第31話 忘れかけてた御子守
注水2日目の朝を迎えた。
猟奇的なSM劇場を砂被り席、もとい、返り血席で見せられていたせいか、疲れが取れた気がしない。
いや、むしろ疲れた。
まぁ、俺が悪いから仕方ないんだけど。
そんなことより、俺の中にある肉塊だ。
完全乾燥してから、闇の粒子を取り出して、エネルギーを吸収して・・・。
全てイメージするだけで、一秒もかからずに済むんだから、マジで今後は忘れずに吸収の一環として処理しよう。
今後もお世話になる先生のあんなおっかない姿は、もう見たくない。
それに、今日という日を楽しくも大切に過ごすためにも、いつまでも過去のことを引き摺っていても仕方ない。
侯爵の機嫌が悪くなければ、昨日許された自由行動時間を利用して、ダム周辺の散策ができるはず。
散策の準備を済ませて、侯爵が要るはずのダムの管理人棟に顔を出して出発の挨拶をする事とした。
侯爵は、無機質な石壁で囲まれた管理人室で、優雅に紅茶を飲んで寛いでいた。
どこに居ても、貴族ってのは絵になりますね。
「おはよう、ルラン。」
「すんませーん。おはようございまーす。」
呆気に取られて挨拶が遅くなってしまった。
「注水は順調ですので、ちょっと辺りを散策してきます。」
「分かった。」
いやいや、行ってらっしゃいくらい言ったって、侯爵の地位が落ちる訳でも、価値が下がるわけでもないだろう・・・。
そっけない返事して。
「もしかすると、本日は戻らないかもしれないんで、悪しからず。」
「え・・・」
「では、失礼しま~す。」
「ルラン、ちょっ・・・」
何か侯爵が話していたような気がしたが、大した話じゃないだろう。
ここに居る目的は、ダムへの注水で、今問題無く実施されている訳だし。
気持ちを切り替えて、楽しい散策~。
管理人棟を出て、エラムに跨ると、執事がダッシュして来たのが見えた。
「どうしたんですか?」
「はぁ、はぁ・・・どうしたも何も・・・侯爵が付いて行くって・・・言ったのに・・・勝手に出て行かれたので・・・」
はい~?
勝手に出て行ったって、おいおい、結構な言い様じゃないですか・・・。
まぁ、それでも、息の上がるほど必死で追いかけられてしまっては、無下に断ることもできないなぁ。
「お願いしますよ・・・侯爵の事・・・。」
あ・・・いけね。
侯爵の気分転換の話、すっかり忘れてた。
「すいません。」
「今用意していらっしゃるので、もう少々お待ちください。」
「分かりました。」
やれやれ・・・
気楽で自由な散策の筈だったのに・・・
散策は気分転換程度で終わりにして、ルーロック山の全容は、光の粒子でサクッと把握しちゃおうと思ってたのに。
侯爵が要る目の前でそれをやる訳にはいかないもんな~。
ただでさえ、連日の俺の言動で、“空”の筈の俺が何故って怪しまれているってのに、わざわざ助長させるようなことをしたら、侯爵は「納品後は実験台な」って言い出しかねない。
いっそのこと、二度と「連れてけ」って言われないように、ちょっとタフな散策に出ますか。
程無くして侯爵が付き人を連れてやってきた。
で、侯爵は、当たり前のように、ストークに跨ろうとするし、ストークも満更でもないようだし。
しゃーない、気持ちを切り替えて、今できる散策をしますか・・・。
確か、マイール山のカヅオ村長の話では、最南の集落で、マサオさんに会ってみろって話だった。
最も南の集落って言う位だから、ちょっと南の集落とか、今居るダムから北のルーロック山頂上までにはいくつかの集落があるはずだ。
まずは、ダム最奥まで移動だ。
そこを起点に、エルフの集落探しを始めよう。
・・・
・・・・・
ろくに休憩も取らずに未整備の道をひたすら移動して、夜の帳が下りてきたころ、ダムの最奥に到着した。
ここまでの道すがら、ゲート内の水のストックと注水の進捗を確認していたが、至って順調だ。
折角、到着したというのに、明朝には帰路につかないと、スケジュールを押してしまう。
ここからルーロック山に頂上に向かって進みながらエルフの村散策を始めようってのに。
出張ついでにってのは、案外上手くいかないものだな。
ミーヴ侯爵も、ストークの背でグラーシュと楽しげに話しつつも、ダムの水嵩をしきりに気にしていた。
「まだ注水完了までかかりそうなので、明日は1日散策します」って言っても、侯爵に噛みつかれるんだろうな~。
予め、納期を長めに伝えても、作業を定期的にチェックされたら、誤魔化せん。
ミーヴ侯爵・・・本当は気分転換ってのは口実で、本当は俺をしっかりチェックするのが目的なんじゃないのか。




