第26話 ダム到着
チラッと俺が馬車を見ると、さっきまで馬車の窓から身を乗り出していた侯爵も付き人も引っ込み、窓が閉められていた。
なんだよ、労いの言葉くらい返せんのかい!
「グラーシュ、一旦、フォグパレスは継続でお願いしまーす。」
「はい。」
ゴブリンと野犬の躯を通過しようとしたときに、突然馬車が止まった。
馬車から付き人が1人降り、騎馬隊の半数を残し、本体は移動を再開した。
馬車の中に居るはずの侯爵をいくら呼んでも反応が無い。
後方に視線を送ると、残された付き人と部隊は現場検証をしているように見えた。
まぁ、いっか。
幾ら現場検証をしても、空の俺は魔法を使ったわけじゃないし、何の魔法の痕跡も出ないから、何も分かりはしないんだから。
俺が圧倒した光景を脳裏に焼き付けて、ちょっとは俺に気を遣うようになれ!
・・・
・・・・・
日が昇りきったころに、目的地のダムに到着した。
ゴブリン撃退後は、平穏無事に移動できた。
侯爵城からここまでの移動で4日間、長かった~。
「即刻、管理担当者たちと打合せを始め、速やかに納品作業に取り掛かれ!」
一息入れようとした俺に、侯爵が有難い檄を飛ばしてくれた。
おいおい、人使い荒すぎだろ!
さっきのゴブリン殲滅戦と言い・・・
いや、待てよ。
袋を設置して注水を始めてしまえば、注水完了まで俺は自由だ!
侯爵とぶつかっても面倒だし、出来るだけ揉め事は避けたい。
気持ちを切り替えて、素直にダムの管理人棟に入り、案内に従って会議室へ通された。
会議室に入るなり、ダムの管理人たちと注水の打ち合わせが始まった。
侯爵のプレッシャーもあって、簡単な挨拶を済ませて、すぐ本題に入った。
「一気に水で満たそうとすると、ダムに急激な負担が生じます。流石に決壊はしないと思いますが、耐用年数が縮まる可能性があります。」
「そうですよね。何となくイメージはしていました。だから、転移魔法の出口である革袋は20袋用意して点在させようと思います。」
「ご配慮ありがとうございます。それと、安全な注水のため、ルラン様の用意した革袋はダムの底に下りて、注水して頂きたい。」
「了解です。ダムの深さは?」
「最深部で、淵から約400mです。」
「え?・・・そんなに深いんですか?」
「はい。」
淵から400m下りるって、垂直に降りれないんだからさぁ。
下りるのも一苦労だし、革袋設置後は、ちょっとした登山しなきゃじゃない。
もっと浅くて広いダムを想像してた・・・。
「馬で行けると有難いんですが、どうですかね?」
「行けますよ。」
「良かった~。ありがとうございます。特にありません。」
「それでは、出発は10分後です。用意してこの建物の前に集合してください。」
・・・
・・・・・
集合場所に集まったのは、侯爵と付き人と執事、管理責任者、俺、グラーシュの6名。
ゆるい傾斜を下って、ダムの最深部に到着した。
初めてダムの底に降り立ったが、ただの大地だ。
何か水が抜けてしまうのを防ぐような加工が施されているかと思ったけど、そういうの無いんだね。
周囲は、草も、樹も生えている。
この世界に転生して間もない俺だけど、この地に至るまでに見てきたものとは異なる草木も自生していることが分かった。
ルーロック山が風の山で、その吹き下ろしも相まって、独自の景観が広がっている。
ここに、大量の水を注ぐのか・・・。
水を注ぎ始めれば生き物は逃げるから、あまり気にしていないんだけど、草木と、この景観は・・・なぁ。
「ルラン!!この期に及んで、余計なことを考えてないだろうな!」
何かを察したのか、突然口を開いた侯爵から釘を刺された。
「別に、余計なことは考えてませんけど・・・。」
「だったら、ぐずぐずしないで取り掛かれ!」




