女帝の旧友
竜の秘跡亭の一室に二人の人物の姿があった。
片方はこの国の皇帝である、ウェレス・エレ・ヴァルアード=エストリアだ。
もう片方は、異世界から降臨した神を崇拝する邪教の大司祭、ラウエルス・エルザ・キリシアだ。
「それで、よかったのか? 城から抜け出してこんなところで邪教徒と二人きりとは……」
「構わぬさ。別に私が何処で何をしようと関係なかろうに。第一妾を倒せる存在などそうはあらぬ。一人で行動したからと言って皆心配しすぎじゃ」
「そりゃ、これ程の善政を敷く皇帝に万一があったらたまったもんじゃないだろうし……それにどれだけ強くても、負ける時は負けるし、死ぬ時は死ぬよ」
「常日頃命を狙われてる奴に言われるとはの……」
「そんな私が言うだから間違いはないよ」
ラウエルスは不思議かつ異質な存在だ。
操血術師の先祖返りにして、血をさかのぼれば、王族の末裔だ。
それなのに、その国を滅ぼしたとされる神々を信仰する邪教の最高幹部だ。
長い付き合いになるが、彼女の考えは未だに分からない。
「それと、言っていたあれはどうなったの? ウェレスを負かした化け物だよ」
「あー、エリシアの事かの?」
「あんたが負けるなんて、珍しいこともあるものだな」
「妾も驚いた。今まで負けたことなど無かった……」
「それで、私とその女とではどっちが強い?」
ウェレスはラウエルスの応答に暫く時間を要した。
「お主より強い。恐らく、遥かに……そもそもお主は妾に勝てるのか?」
「私は争いは嫌いだ」
「よく言ったものだ。争いしか生まないお主が」
彼女達は二十年前――ウェレスが反乱を決起した時からの友人だ。
だがしかし、二人同士で戦ったことは実はない。実際にどっちが勝つのかは気になるところではある。
「それでこの後、お主はどうするのじゃ? 」
「暫くは帝国にいる。どうせ、やる事もないし」
「この帝都に定住すれば良いのに。邪教の司祭など辞めてしまっての」
「私だってそれが出来たらそうしてる。でも無理……誓約だからな」
彼女は幾つもの誓約と契約によって縛られている。だからその強さを発揮する事が出来るのだ。
「そうか。お主も色々面倒くさそうじゃな」
「まぁ、こうでもしなきゃ私はとっくに死んでただろうし、仕方がない……」
そうして、食事と酒を嗜みながら時間がそれなりに経過した頃だった。
個室の扉が開く。
「あれ? すみません。部屋間違えてしまったみたいでっ……」
「ちょっと、リア。普通に部屋間違えてるじゃないですか!」
「うーん、部屋数が多くて一体何処かどこだか……」
後ろを振り向いてみると、そこに居たのはエリシアとリアだった。
「久しいの。帰ってきたのなら連絡の一つくらい入れても良かろうに……」
「へ、陛下⁈ 何故こんなところに」
エリシアは、まさかこんな所に皇帝がいるとは思いもしなかったのだろう。それなりに驚いていた。
「ウェレス、知り合いか?」
ラウエルスは問いかけた。
「知り合いも何も、さっき話してた私を負かした奴じゃよ」
「へぇ。あれが……にしても、すごい偶然だな。こんな所で会うなんてね」
「こういう事も偶にはあるかろうに」
ラウエルスはエリシアに視線を向ける。
そして直ぐに彼女は気付いただろう。
エリシアが自分と同じように、何かの誓約か契約――或いは縛りを受けている事に、それも自分を凌ぐ程強烈なものだと。




