打開策
ミリスはその魔導書を手に取って、書かれている内容に目を通す。
古い魔法文字で書かれていたが、ある程度教養のある魔導士ならば問題無く解読できる物だ。
ミリスは、暫くその場に突っ伏して分厚い魔導書を読み込む。
たった一つも魔法に関して、まるまる一冊を使用するというのは、大規模な魔法である証拠だ。
魔導書を解析して分かった発動条件は、数万の魂、および詠唱者の死――発動方法自体はそう難しくない。魔式自体も二、三時間あれば暗記できる程度だ。
「この魔法、発動条件が難しすぎる……」
詠唱者の死はまだ良い。命くらい捨てる覚悟はできている。
しかしもう一つの数万の命はハードルが高い。その気になれば、その程度の人間は殺せるかもしれない。だが、どうしても気が向かない。
そもそも、時間を巻き戻したら自分の死も、他者の死も無かった事になるのかもしれないし、時間が戻っても結果が同じなら、ただの無限ループだ。
やはり、人を蘇らせる魔法でなければ駄目だ。
「一つお言葉ですが……」
そう話しかけてきたのは、シュラミアだ。
「死体が死後直前じゃなければ、死者蘇生は不可能です」
そう言って、魔導書のとあるページを開いて、渡して来る。これも相当年季の入ったものだ。
その本は死者蘇生の大魔法に関して、書かれている魔導書だった。
その本には、死体が完璧な状態で保存されてなければ発動できないと言う旨の内容が書かれていた。
「なんで……ここまでは来といて」
死者蘇生の魔法は使えない。使えるのは過去に巻き戻す魔法だけだ。
「姉様を生き返らせられない……私は何の為に……」
ミリスは、全身の力が抜けて行くのを感じる。本棚に身体をもたれ掛け、頭を抱える。
全てが破綻した。残された唯一の希望も、対して役に立たなさそうだ。
「何をしているのです。諦めたのですか? まだやれる事はあるじゃないですか。時を過去に巻き戻す魔法が」
「あんたは他人事だから良いかもだけど……それに過去に巻き戻したって結果が変わらなければ同じこと。そもそも私に何万人の命を奪える覚悟なんてありしないわ」
「やってみなければ、わかりません。必ずしも同じ結果に進むとも言い切れませんよ?」
確かに、シュラミアの言う通りだ。古代人達がわざわざ書き残した魔法だ。結果が何も変わらないなら、こんな無意味な魔法を一冊の本を使って書き残すわけがない。
「それと......」
その瞬間――一瞬だ。一瞬だけだが、シュラミアが笑みを浮かべた様に感じた。何か良からぬ事を考えているかの様に。
「たった一人の悪人を殺すだけで、数万人の魂を集められるかもしれません」
「何よ。それ?」
「命を奪い、それを自身に蓄える恐ろしき古代の残影です。神々からの解放を謳う私達の敵――恐るべく邪神を崇拝する者達の指導者。ラウエルス・エルザ・キリシア……これがその者の名です」
ミリスはそのラウエルスという人物について教えてもらった。
その女は、漂神聖教の最高位司祭だそうだ。
漂神聖教とは、千年前にこの世界に別世界から降臨した邪神を崇拝する宗教だ。単純な規模、認知度は友愛教の何倍もあるだろう。
当然ながら、正当な宗教では無く、単純な邪教に過ぎない。
「この女は、奪った命を蓄える能力を持っています。つまるところをこの女を殺しさえすれば、数万の魂くらいは集められるという事です。そしてこの女の居場所を私は知っている。たまたまです……ある信者が教国内で彼女と思わしき人物を見つけたと」
シュラミアはそういうと、ミリスに手を差し伸べて来る。
「私達は、この女を殺すべき諸悪だと認識しています。そして貴方はこの女が蓄えている数万の魂が欲しい――なので貴方の手で、この女を殺して欲しいのです。お互いに、利害は一致しているはずです」
「別に居場所知ってるならあんた達でやればいいんじゃない?」
「そうもいかないのです……残念ながら相性が悪く、私では勝ち目がありません。だからと言って、他の者で彼女と渡り合える存在はいません。唯一勝機があるのは、特段相性も悪くなく、私に匹敵する魔導士である貴方なのです」
ミリスはこの手を取るべきか迷った。
だが、彼女の出した答えは――。
「いいわ。本当にそいつが数万の魂を持っているなら、自分の意思で誰か一人くらい殺してあげる」
信用ならない話だ。全部全て。
だが、それ以外に信じる他ないならば、嫌でも信じなければ、いけないのだろう。
その先に見える望んだ未来が、少しの確率であっても。




