襲撃
辺りの日が落ち、人通りが少なくなってきた頃。
時間で言えば、深夜帯だろうか。魔石街灯も昼間に蓄積した魔力を使い果たし、辺りを暗闇へと包んでいた。
「今なら行けそうね」
裏路地に潜んでいたミリスは、フードを深く被り込み、大通りへと出る。
大通りの先にあるのは、魔導遺物保全管理局だ。昼間は人で溢れ返してた管理局前の広間も、誰の気配も無い。
しかし、平間の先にある管理局入り口の門に警備する二人の兵士の姿があった。
広間を越え門に近づくと、此方に気づいた兵士が声をかけてくる。
「この時間は立ち入り禁止だ。日を改め……」
「昏睡」
ミリスはすかさず兵士を魔法で眠らせた。
「き、貴様っ――」
もう片割れの兵士が剣で斬り掛かろうとした瞬間に同じように魔法で眠らせる。
二人の番人を無力化させた後、門を開ける。その先は、受付などがあるロビーだ。そこには何十人もの兵士の姿があった。
どうやら、夜間は警備の為の兵士達の休憩室の役割がある様だ。
「何者だ? お前は何故入ってこれたのだ?」
「門番は何やっているんだ。とりあえず捕まえておくか」
兵士達は、ミリスを囲もうと近づいてくる。
「魔法効果拡大――昏睡」
魔法効果拡大により、効果範囲が格段に広まった昏睡魔法で兵士達はその場に倒れ込んだ。ただ一人を除いては。
「変な魔法を使いやがって……」
その男は、平然とミリスへと迫っていく。
「面倒な奴がいるわね……」
「それはこっちのセリフだろうが」
男は長身の整った顔立ち、全身を独特な光沢を放つオリハルコンの鎧に包んでいた。昏睡魔法が効かなかったのは、恐らく純粋に魔力に対する免疫が高いのだろう。
「神官庁隷下中央聖騎士団所属、第二分隊長のエルオ・マーリナイだ。お前は?」
「別に貴方に教える必要はないわ」
中央聖騎士団――ミリスの記憶が正しければ、構成員僅か500名余りの精鋭騎士団だ。所属する団員は全てBクラス以上の冒険者に相応する実力者で、分隊長ともなればSクラス冒険者に匹敵する可能性がある。
ミリスには負ける気は甚だ無い。しかし、中央聖騎士団の筆頭騎士が出てきた場合は別だが。
筆頭騎士の伝説は他国でもかなり有名だ。
"魔族の軍勢をたった一人で殲滅した"
"エストリア帝国の半竜人の女帝を一対一で負かした"
"各地を暴れ回っていた転生者を倒した"
"要塞を単騎で落とし、その勢いで敵国の首都まで陥落させ、戦争を終わらした"
"顕現した大罪悪魔と互角に戦った"
――と言った訳の分からない実績の数々を騎士になってから数年で打ち立てたのだ。
この噂が本当だとしたらミリスでも勝てると、胸を張っては言えないだろう。
「まさか名乗らないとはな、騎士道精神を理解できない奴は嫌いだ」
「そんな事知ったこと無いわ。騎士道なんて魔導士に微塵も関係ないし……そんな事より中央聖騎士がなんでこんな所にいるの?」
「此処は世界中の魔法産物が集められている場所だ。それ故に狙う奴も多い、ある程度の実力者が警護につく必要がある訳だ。まぁ、そんな事はどうでも良い、では行くぞ!」
エルオは剣を抜き、ミリスに斬りかかろうとした時だった。
一人の兵士が奥から姿を現した。息も絶え絶えの状態でかなり急いできたのだろう。
「エルオ分隊長! 管理局の背面から所属不明の集団からの襲撃がありました。 聖騎士隊及び兵が応戦していますが、劣勢を強いられています!」
「魔導士……お前の仲間か⁈ まぁ良い、直ぐに片付けて応援に向かう。待っていろ!」
「なにそれ、別にそいつら知らないんだけど」
どうやら、ミリスと同時に他の奴らも襲撃を仕掛けた様だ。誰だかはさっぱり分からないが。
これは都合が良いと言うべきか、悪いと言うべきか。
エルオは床を踏み込み、一直線にミリスに向かっていく。
「炎槍!」
ミリスは、それに対抗するように炎の槍を放った。
槍の形に形成された炎の塊は、エルオの剣と重なり合う。しかし、炎の塊を真っ二つに切り裂かれてしまう。
「炎弾!」
ミリスは炎の弾丸を何発も放ち、応戦する。
エルオはそれを悉く剣で打ち潰していく。
エルオとミリスの距離はどんどんと近づいて行っている。
「その程度か。魔導士!」
ミリスの眼前まで迫ったエルオは剣を振り下ろした。
「神盾」
ミリスは白色に輝く結界を展開する。それはエルオの剣撃を弾いた。
「最高位の防御結界か……だが無駄だ」
エルオがそう言うと、彼の剣から魔力が溢れ出した。
「我が国で開発された対結界用の付与魔法だ。例え最高位の結界であろうと容易く砕ける」
エルオはそう言うと剣を再び振り下ろす。今度は容易く薄氷のように結界は砕け散った。
「この様にな……お前の魔法は全て通じない。降参を進めるぞ?」
エルオはそう言った。この哀れな男は自分の方が強いと勘違いしているようだ。とは言え、手加減出来るほど弱い相手でも無い。
後味が悪いが、仮に殺してしまっても仕方がない事だ。
「魔法効果拡大、魔力量制限解除――炎槍」
ミリスは先程と同じ様に、炎の槍を形成し射出する。
「何度やっても同じだ。そんな攻撃、効かない!」
エルオはそれを剣で受け止める。
しかし、炎の槍は剣を容易く砕いた。
「なに……⁈」
槍はそのまま、オリハルコンの鎧を貫通し、腹部に風穴を開ける。炎で肉が一瞬で焼けた為だろう、これ程の大怪我にも関わらず出血は一切ない。
「うぐっ……ぐはっ!」
エルオはその場に倒れ込んだ。
恐らく、致命傷だ。普通は助からないだろう。
「眠れ」
ミリスは手をかざし、昏睡魔法を放つ。
今度はダメージを受け、魔法抵抗力が下がっていたのだろう。眠りについた。
「さてと、死なれたら後味悪いし、しょうがない……回復」
エルオに回復魔法を掛けて、傷口を塞ぐ。
これが戦争であるならば、容赦無く殺していた。戦争なら、自分に殺人を犯させたのは国なのだと責任転嫁できる。
国の指導者の連中が、連中の意思で、他人を使い、連中が殺したに過ぎない――これがミリスなりの自論だ。
だが、今回は自分の意思でこんな暴挙に出たのだ。ここで殺めてしまえば、その責任は全て自分だ。そう考えると殺すのは余り気乗りしなかった。
「嘘だろ。分隊長が負けた……」
その光景を呆然と見ていたのは、言付けに来た兵士だった。
あの兵士を眠らせれば、とりあえずお終いだ。
ミリスが昏睡魔法で眠らせようと思い立ったその時だった――。
兵士の身体を魔力が覆った。
次の瞬間、その兵士が突然、真っ二つに両断されたのだ。血を噴き上げ、兵士だった物が地面に落ちた。
「行けませんね。敵襲があったと言うのに、唖然と立っているのは……」
物陰から姿を現したのは、シュラミアだった。
「奇遇ですね。またお会いできて嬉しいですよ」
――そう微笑んだ彼女の純白のローブは真っ赤に血で染め上がっていた。
実はミリスとエリシアでは、ミリスの方が素の性格は良かったりします。




