転生者
「終わったみたいだねぇ。ボクが出るでも無いね」
「そう見たいですね」
アラストルとレーマは城壁の上で、戦場を見出していた。
ゴブリンロードとビーストトロールは討たれ、残ったモンスターも各個撃破されて行く。
最早、彼らに勝ち目は無いだろう。つまるところ、此方の勝利で、依頼を達成出来たのだ。
「これで終わりですね」
「そうだね。やっと家に帰れそうだよー」
後はエリシアの帰りを待ち、壁内で待っているリアを向かいに行くだけだ。
そう思っていたその時だった――。
「君が例の大悪魔か……」
余りにも突然だった。アラストルとレーマの眼前に突如として一人の男が現れた。
黒髪の青年で、何処にでもいそうな平凡な外見の男だ。
「貴様、何者だ⁈」
咄嗟に臨戦体勢に入ったのは、レーマだった。無数の魔法陣を展開する。
「君に用事は無いよ。君の相手は僕じゃ無いんだから、突っかかって来ないでよ」
男が言い放ったその瞬間。レーマの周囲に結界が張り巡らされる。
「な、何⁈ な、何だこれは……‼︎」
「これはシュラミア……僕の従者が作った結界だ。結界を作った本人も遠くにいるから、まぁ解除は無理だろうね」
「この程度の結界、今直ぐにでも粉砕してやろう!」
レーマはそう言ったが、結界が割れることは一切ない。幾度魔法を放ってもヒビの一つも入らないのだ。
「僕の名前は、キリシマ・ユーマ。君の言うところの転生者。一応勇者らしい、憤怒の悪魔には懐かしい存在かもね」
「転生…勇者……」
それを聞いたアラストルの顔つきが変わった。正気のない瞳に一瞬輝きが戻ったように見える。
「兎に角だ。君にこれ以上僕の事は邪魔させない……ここで死んでもらう。君達のせいで折角用意したモンスター達が全滅してしまったからね」
それを聞いたアラストルは笑み浮かべた。
「あははっ。いいねいいねぇ! 勇者の魂……喰らいたいっ!」
先に行動に出たのはアラストルだった。
「豪炎」
アラストルから放たれた豪炎は、キリシマの身体を一瞬にして包み込んだ。
だがしかし、キリシマが片腕を振り上げると、その炎は火の粉の様に散って消える。
「全属性絶対耐性――僕にはそんな物は通用はしない。全く、転生特典と言うのは便利な物だね」
「神の祝福のこと? やっぱり転生者は面倒な存在だね」
アラストルはそう吐き捨てると、魔法陣を展開する。
「最上位武具召喚」
その魔法陣に腕を突っ込み、そこから全長が150センチはある大剣を取り出した。
その大剣は、光沢を持ったドス黒い赤色の刀身が禍々しい物だ。
「それなら魔法を使わず殺してあげるねぇ」
アラストルは体格に似つかわしくない大剣を軽々と持ち上げる。
「本来の化け物の姿で戦わなくていいのかい?」
「ボクに姿形なんて大した問題ないのさ。むしろ的が大きくなって不利だしねー」
大罪の悪魔――アラストルは虚ろにも見える瞳をキリシマに向けそう言い放った。その顔には若干の笑みが篭っていた。
「地獄門」
アラストルがそう言い手をかざすと、彼女の背後に巨大な門が姿を現した。
全長30メートル、幅10メートルはあろうか巨大な朽ちた門。まるで何百年と前からそこに存在していたかの様な佇まいのそれは、程なくして開門した。
開いた門から姿を現したのは、文字どうり地獄の軍勢だった。
夥しい悪魔の群れがひしめき合い、門から流れ込んでくる。しかも、その誰もが中位以上の者達だ。中には上位の悪魔の姿もあり、レーマに匹敵する様な最上位クラスの大悪魔も少なからずいるだろう。
「悪いんだけど、ボクも本気でやらせて貰うよ。今回ばかりは遊んでられなさそうだからねー」
「本当は一対一でやり合いたかったけど、仕方ないか」
キリシマはそう言うが、彼はその場に仁王立ちのまま動こうとはしない。
「ボクはこの門から出てきた眷属と全ての命を共有している……つまるところ此奴ら全員殺さないと、ボクの命には届かないよ?」
アラストルはそう言うと、悪魔の波の中に飲まれて行った。もはや彼女を目視で見つけるのは不可能だろう。
ひしめき合う悪魔の群れは、一直線にキリシマの元へと向かっていく。
先頭にいた体長10メートル程、異常なまで痩せ細った、鋭利な鉤爪を持つ顔の無い悪魔が、キリシマに斬かかった。
――しかし、キリシマが腕を振り上げる。その瞬間に先頭にいた悪魔達が光の粒子になり、まるで溶けるように消えて無くなって行った。
悪魔の群れのニ分の一程度が一瞬で消え失せたのだ。とは言え、未だに門から悪魔が放出され続けてはいるのだが。
「一国すら滅ぼした"死の波"もこの程度か……今ので2000は消し飛ばしたと思うし、後は8000くらいかな」
アラストルの眷属である一万体の悪魔を全て放出する彼女の切り札――死の波。
一つの国すら滅ぼしたその津波すら、転生者には意味をなさなかった。
キリシマが腕を振り上げると、再び悪魔達が光の粒子になり消えていく。
悪魔の様な邪悪な存在を消し去る魔法――聖撃。それをスキル範囲超拡大により、本来ならばあり得ないほどの効果範囲を得ていた。
「あの門は邪魔だな。強制破壊」
キリシマはそういい門に手を翳すと、粉々に門は砕け散る。
「それで君一人になったみたいだけど?」
「あんなくらいで勝ち誇ってるのも気持ち悪いねぇ……」
アラストルはそう言うと大剣を構え、キリシマに飛びかかった。
キリシマは何重もの結果を展開する。
しかし、アラストルの大剣はそれを硝子の様に容易く粉砕した。
だが、それをキリシマは片腕で掴み取る。
「まさか、シュラミアの結界を破るなんて……その剣はなんなんだい?」
「さぁねぇ。なんなんだろうねー」
アラストルはそのまま、大剣をキリシマに押し込んでいく。
キリシマの足元の地面はひび割れ、膝丈程まで大地に埋まる。
「このまま潰してあげるよ。転生者……」
アラストルはそのまま、圧をかけ続けていく。
「ぐっ……聖撃」
キリシマは聖なる極撃を浴びさせる。アラストルの視界は一瞬真っ白になったが、直ぐに意識を取り戻す。
「そんな小細工が効くと思ったの?」
「転移!」
キリシマが転移魔法を唱えてると、彼の姿が消えて無くなる。
そのまま大剣は地面に振り下ろされ、そのまま縦に大地が二つに分断される。
「強制破壊」
アラストルの背後に姿を現したキリシマは魔法を放つ。
アラストルの身体中に張り裂ける様な感覚が襲う。
「最上位の悪魔であろうとこの強制破壊からは逃げられないだろう?」
「そうだねぇ……」
アラストルは腕に意識を集中させる。
程なくして、アラストルの片腕が粉々に砕け散る。赤い鮮血が辺りを染め上げる。
「被害の全てを腕に逸らしたのか⁈」
強制破壊――デストロイは自分の魔力を対象物の身体に強制的に流し込み、一気に爆ぜさせる。
自身のは兎も角、体内に入り込んだ他人の魔力を操作するのは相当な高等技術だ。
「痛いのは久しぶりだねぇ」
「まぁ、いい。何度も繰り返せば、死ぬだろうし」
キリシマはアラストルに再び腕をかざす。
(あれを何ども喰らうのはまずいね……肉体の再生も追いつかないだろうしねぇ)
とはいえ、彼女は負ける気などは一切なかった。単純な戦闘能力では相手はアラストルよりも格下だ。自分が戦闘不能になる前に相手をすり潰せばいいのだ。
(こんなザマで言うのもなんだけど、正直期待外れだね……同じ勇者でも"あの人"の方がずっと、ずっと強い)
少なくとも、アラストルは目の前の男を勇者とは認めたくなかった。せめて勇者は自分の様な邪悪で悪辣な存在では無く、純粋な善人で無ければならない筈なのだ。
「デスト――」
キリシマは全てを破壊する大魔法を発動させようとする。それと同時にアラストルは地面を蹴り上げ、一気に距離を詰めようとする。
「うぐっ⁈」
その瞬間だった。
三メートル程度の岩石が凄まじい勢いで、キリシマに直撃したのだ。
キリシマは、そのまま岩石に巻き込まれ、遠く離れた地面に衝突する。
「助けに来ましたよ! アラスっ!」
アラストルが視線を声の方へ向けると、そこにはエリシアがいた。
「来てくれるなんて嬉しいねぇ」
「悪魔の大群が辺りを埋め尽くしたって報告があったので、何かあったと思い来たのですが……その腕は大丈夫なんですか?」
「問題ないよ。魔法を使わずとも自然治癒でどうにでもなるしねー」
「それなら良いのですが、にしてもさっきのあいつは?」
「転生者らしいねぇ。全く厄介な奴に目をつけられたもんだよ。まったくね。あいつがモンスターの大群を扇動していた張本人らしいしねー」
厄介な奴に目をつけられた――アラストルが余計な事を何かしでかしたせいなのでは、ふとエリシアはそう思う。違ったら申し訳ないのだが。
「ぐっ……⁈」
その時だった。エリシアの身体中が、引き裂ける様な激痛を襲う。
アラストルは、キリシマが吹き飛ばされたであろう方向を見ると、彼がエリシアに片腕を向けていたのが見えた。
「例の破壊魔法をエリシアに、ねぇ」
アラストルはエリシアの肩に手を置く。
「被害を逸らす」
アラストルがその魔法を唱えると、エリシアを蝕んでいた激突がスッと消える。
しかし、それに代わる様にアラストルの残った方の腕が吹き飛んだ。
「あ、アラス⁈ もう片方の腕がっ!」
「ボクが身代わりになってあげたよ。さっきエリシアが吹き飛ばした男が仕掛けてきた攻撃だね……受けるダメージの全てを代わりに受けるからその隙に倒してきてくれないかな?」
「わかりましたよっ」
エリシアは全てを理解した。地面を蹴り上げて一気にキリシマとの距離を詰める。
「は、早い……! なんだお前はっ!」
キリシマが防御の姿勢を取り切る前に、エリシアの蹴りは彼の顔面に直撃した。
キリシマはその衝撃で、地面に叩きつけられ、辺りにクレーターを作り上げる。
エリシアはそこに容赦なく追撃する。何度もキリシマを叩きつけ、気づけば辺りの景色が見られないほどにクレーターは深くなっていった。
「強制破壊……デストっ!」
キリシマは何度も破壊の魔法を唱えるが、その被害は全てアラストルが肩代わりしている。エリシアに一切のダメージは無い。
(不味い、このままじゃ死ぬ……な、なんなんだこの女は!)
キリシマは薄れていく意識の中で、そう思った。神の加護によりダメージは相当軽減されているが、もしそうでは無かったら肉片と化していただろう。
そう思ってしまう程の猛攻である。
「た、助けてく…っ……シュ、シュラミアっ!」
キリシマがそう叫ぶと、何重もの魔法陣が辺りに展開される。
その次の瞬間、辺りが眩い閃光に包まれる。
「うっ……!」
エリシアは余りの眩しさに目を瞑る。
その光は、直ぐに消えて無くなってしまうが、そこにはキリシマの姿は無かった。
逃げられた――エリシアはそう直感的に感じた。
兎も角、心配なのはアラストルだ。あの肉体を強制的に破壊する魔法の被害を何発も身代わりになっていてくれた筈なのだ。
彼女の事だから死んでいるという事はないのだろう。そもそも、死んだら元の地獄に帰るだけなのかもしれないし、悪魔に死の概念が無い可能性もあるが。
兎も角、これで依頼は終了した。
全員の無事を確認し報酬を貰い受け、エストリア帝国に帰還するだけだ。




