ウェタル市国侵攻-7
時を同じくして、屋敷内――。
「車割」
レーマが魔法を唱える。
その瞬間、オタリの身体が膨張する。だが、魔法の抵抗力が高いからだろうか、直ぐに膨張は収まり、破裂する事は無かった。
「その手の魔法は効かぬぞ」
オタリの周囲に複数の魔法陣が展開する。
そこから無数の聖属性を帯びた魔力の結晶体が射出される。
「聖属性……また面倒なっ!」
レーマは瞬時に結界を展開する。
だが、聖属性を弱点とする悪魔の張った結界がそう長く持つ筈もなく、数撃を防いだだけで甲高い音を上げ、粉砕する。
「うぐっ……!」
レーマに容赦なく、聖属性の塊が降り注ぐ。
それが直撃する度に、意識が遠のき、精神が削られていくのを感じる。
このまま、浴び続ければ魂のみが破壊され、生きる死体になってしまうだろう。
「忌々しい!」
レーマは周囲に8つも魔法陣を展開させると、そこから2メートルを超える筋骨隆々の人型――それに甲殻が全身を覆った悪魔が、魔法陣の分だけ召喚される。
「従僕よ。我を守れ!」
悪魔達はレーマとオタリの間に立ち塞がる。
レーマに振りそそでいた聖属性の塊は、悪魔達に代わりに降り注ぐ。
「聖なる極撃」
オタリが放った白色の光が、悪魔達を包み込む。
そうすると、まるでそもそも存在していなかったかの様に姿を消す。
「聖属性付与」
オタリの鉤爪に聖属性が付与され、白色に輝く。
そのまま、悪魔達の盾を失ったレーマに爪を振り下ろす。
レーマは回避しようとするが、オタリの動きはそれ以上に早かった。
オタリの鉤爪が、レーマの腹部を貫いた。
どす黒い血液が辺りに撒き散らされる。
だがしかし、レーマは一言も喋ることも、呻き声を出すこと無い。ただそこに立ち尽くしていた。
上位個体の悪魔がこの程度で力尽きるはずがない――オタリは強い違和感を感じた。
「ま、まさか……⁈」
これは、あの悪魔本人では無いのではないか。
そう思いついた瞬間、レーマだったそれは急にどろどろとしたどす黒い液体に溶解されていく。
「ま、まずい! 本体はどこにいる⁈」
オタリが索敵の為、周囲を見渡そうと背後に振り向いた時だった。
「大爆破!」
レーマの周辺に無数の魔法陣が展開し、目を開けられない程の閃光を放った。
その瞬間、凄まじい爆音と爆発が巻き上がる。
その爆発は屋敷の半分を吹き飛ばし、瓦礫と木屑へと変える。
レーマは瓦礫と共に吹き飛ばされ、屋敷の庭へと吹き飛ばされる。
普通の人間ならば、バラバラになって死んでいるところだろうが、この世の存在ではない彼女は通常の物理法則が通用しない。
そのせいか、地面に強く叩きつけられても無傷だった。
レーマが周囲を見渡すと、自分の主人であるアラストルと倒れ伏せるエリシアの姿があった。
「我が主人、そっちは……?」
「んー? エリシアが死にかけただけだよー」
「エリシアが死にかけるとは、珍しいですね。そんなに強かったんですか? あのトカゲは」
「相手は取るに足らない雑魚だったよー。変な武装でエリシアを圧倒してただけだねぇ。まったく、雑魚の癖にボクの大切な契約者にこんな重傷負わせてさぁ……腹立たしいし、小賢しいし、忌まわしいし、苛立たしいよねぇー」
レーマが周囲を良く見渡して見ると、リザードマンの物と思わしき、鱗が散乱していた。
アラストルがどうやってあのリザードンを処理したかは想像に容易い。
「我が主人、もしかして怒っていますか?」
「別にー。怒ってないけどねぇ」
アラストルはそう言っているものの、レーマには少し彼女の声色がいつもと違う様に感じた。
怒っている、と言うよりは"不愉快"と言う感情の方が正解なのかも知れない。
「それで助かりそうなのですか?」
「さっきから回復魔法はかけてるけど、身体中グチャグチャすぎて再生が追いついて無いんだよねぇ。多分助からないかなー」
「では諦めますか?」
「そんなわけ……」
アラストルは不敵な笑みを浮かべると、掌に黒と白色が交互に混ざり合う、炎の様な物が出現した。
「エリシア……ボクとの契約はまだ終わってないんだよ。嫌でも人間は辞めて貰うからねー」
「まさか、エリシアを悪魔にするつもりですか?」
アラストルの手の上にあるのは"悪魔の種"と呼べる物だ。今からそれをエリシアの体内に埋め込むつもりなのだろう。
「そうだねー。とは言え肉体は人間のままだし、本当に悪魔に昇格できるのは死んだ後、魂だけになってからだけどねぇ」
「我が主人も生前は人間だとお聞きしましたが、エリシアと同じ様に人間の際に"種"を得たのですか?」
この話は大昔にアラストルから聞いた物だ。彼女は悪魔として存在する前は人間であったと。
とは言え、それはかなりイレギュラーな例だ。レーマ含める殆どの悪魔は、生まれた瞬間から生粋の悪魔であり、前世など存在しない。
「ボクの場合は死んだ後。幾つかの人格が混ざってるみたいだし、生前がどうだかとか気にならないけどねー」
アラストルはそう言うと、"悪魔の種"をエリシアの胸元へと押し付けた。
「ボクが与えるのは、現在空席の"怠惰"の座だよ。君の勝手だけど、これからは敬語使った方がいいかもねー」
「ま、まさか……最上位の悪魔の地位を⁈」
「どうしたの? 不満ー?」
「そ、そんな事はありませんが……」
「心配しなくとも、エリシアはその器だよー?」
アラストルは和やかな笑みを浮かべた。何故だかその笑みはどこか人間らしさを感じた。
新たなる大罪級の悪魔の誕生に胸を躍らせているのだろうか。それとも別の理由でもあるのだろうか。
そんなものは、同じ悪魔であるレーマにも読み取れない。




