救済
ウル市国軍総勢八千は、直ぐそこまで迫ってくるオーガとオークの大群六千を向かいうつべく、城壁の外側に集結していた。
しかし、そこに集まる兵士の表情は暗く絶望的なものだった。
勝算があるなら誰もこんな顔はしない。せめて半数の三千程度なら勝ち目はある。しかし、倍数がいれば勝算はほぼ無い。
そもそもウル市国軍の正規兵は僅か二千名だ。
それなのに、八千名もいると言うことは非正規の兵士と言うことだ。
中には老人や女性の姿が多くあった。寧ろ殆どがそれで、若い男の方が珍しい。
そもそも槍や剣などまともな武器を持っている者が少ない。殆どが鎌や鍬、鉈などの待ち合わせの者だ。
辺りに漂う絶望的な雰囲気を感じていたのは上層部も同じだ。
部隊の中央で陣取っていたウル市国の都市長であるレレカ・ヘサレスと言う獣人族の女も暗い表情で、今後起きるだろう惨劇を脳裏に浮かべていた。
軍の指揮権も都市長が持つウル市国では、必然的に彼女も戦列に加わることとなったのだ。
(今日で死ぬな。私……)
彼女は心の中で呟いた。
一体この中で何人が生き残れるだろうか? いや、生き残っても悲惨だろう。
少なくとも、自分たちは此処で食い止めて住民達の逃げる時間を稼がなくてはならない。きっともうすぐ避難も始まるはずだ。
(人生これからなのに、最悪だ……)
彼女はまだ26歳だ。人生これからのはずだったのだ。婚約者とも来月には結婚する予定だった。
でもこれで、全て台無しだ。今の今まで頑張って、都市長の座についてこれから楽しようと言うタイミングだったのだ。この中で誰よりも絶望している自信があるくらいだ。
悔やんでも、今更どうしようもない。後のことは、婚約者に任せている。彼も最初は共に戦うと言ったが、彼には生きてほしい。そう強く説得して避難させた。
ならば、最後まで役目を果たそう。そう強く胸に刻んだのだ。
「ウェタル市国の連中は何をしている? 援軍でも呼んでくれればいいが……」
空を見上げてみると、ウェタル市国が数年前に発掘したと言う旧文明の浮遊要塞の姿がある。
あれに気づいて、援軍でも呼んでくれないだろうか。
そもそも援軍を他国に要請する手筈だったが、余りにも急すぎる進撃だった為、呼んでいる暇すら無かった。
今から来られたところで、耐えれるかどうか不明ではある。
「レレカ都市長!」
その時だった。一人の男がレレカに話しかける。
彼はこの国の宰相で、レレカの右腕的な存在だ。彼が居なければ、此処まで上手く国はまとめられなかった筈だ。
「どうした。奴らが撤退でもしてくれたのか?」
レレカは深い溜息を吐いた。今更何の用事があるのだろうか。
「それが、正体不明の大魔法によりモンスターの軍勢が壊滅しました……」
「つまらない冗談を言うな。六千のオーガとオークを滅する魔法など聞いたことがない」
レレカは宰相を睨みつける。こんな時に何故このようなつまらない冗談を言ったのだろうか。
「嘘ではありません、本当です。その目で確かめてください!」
宰相は興奮気味で、レレカの手を引っ張りモンスターの群生があるだろう方向に向かっていった。
レレカは早馬に跨り、暫く進むと目を疑う光景が広がっていた。
辺りを一面が炎により焼き払われ、無数に横たわるオーガとオークの焼死体。
こんがりと焼ける豚肉の良い香りと、そこに混じってオーガ特有の激臭が立ち込めていた。
「な、何なのだこれは?」
それを見たレレカは唖然としていた。
助かったと言う喜びよりも、目の前の光景の異様さが勝ってしまっている。
「何があった? 魔法か? しかし、こんな強力な魔法が実在するのか……」
「分かりません。私も先程、偵察隊の報告によりこの惨状を知りましたので」
レレカは安心したからなのか、その場に倒れ込んでしまう。
「良かった。私、死ななくて済むんだな……」
喜びと安堵から溢れた涙が頬を伝った。
しかし、一体この惨状を作ったのは誰なのだろうか。
そこで気になるのが、ウェタル市国の浮遊要塞だ。
あそこに彼らが居たのは偶然なのか、それとも彼らの仕業なのか。だとしても確認しなくてはいけない。
「事態が落ち着き次第、ウェタル市国に向かう準備をしろ」
兎も角事実の確認は必要だろう。と言うかレレカ自信が真相を知りたいのである。
そして仮に彼らのおかげならば謝礼の品をいくらか渡さなければいけない。それが最低限の国家間同士のマナーだろう。
「ウェタル市国ですか?」
「さっき見ただろ? ウェタル市国が所有する浮遊要塞……」
「ええ、先程飛んでいましたね」
「関係あるとも言い切れないが、何かしら関わっている可能性があるからな。話を聞きにいくだけだ」
「ですが、その前に国民達へ状況を説明しませんとね」
「そうだな。大分混乱してるだろうし……骨が折れそうだよ」
兎も角、モンスターが襲撃してくると思い込み混乱を極める群衆を落ち着かせなければならない。
意外とウェタル市国に赴くのは先になりそうだと、レレカは思い溜息を吐いた。




