災厄、再び
地を埋め尽くす程のオークとオーガの大群がウル市国に進軍していた。
総勢六千の人型の怪物達は、先頭にキングオークとジャイアントオーガが立ち、歩みを進めていた。
「モンスターは、相変わらず怖いねー」
「貴方様程恐ろしい方はありませんよ?」
呑気そうに呟いたアラストルに、レーマは微笑み返す。
二人の眼前には、オークとオーガの大群が迫ってきていた。
「人間イル!」
「折角ダ、食ウ! 獣人トハ別腹!」
二人の悪魔の存在に気づいた、モンスターの群れはいっそう行進速度を早める。
少なくとも、彼らは"手頃な前菜を見つけた"程度にしか考えていない様だ。
「レーマは先頭にいるジャイアンオーガとキングオークを頼むよ? ボクは背後の奴等を襲うから」
「殺した魂は貴方様の身元までお運びします」
「別に良いよ? 自分で獲った魂は自分で消費しなよー。ボクは向こうでお腹いっぱいだろうし」
「……確かにそうですね。わかりました」
レーマは軽く頭を下げた後、無数の魔法陣を展開する。
「それでは我は、先頭の二体をやらせて貰います」
「それじゃあ……ボクは雑魚をやるねー」
アラストルはそう言い転移を発動させ、姿をくらます。
次の瞬間、レーマの魔法が発動する――瞬時に結界が作動し、先頭にいたキングオークとジャイアンオーガを内側へと包み込む。
ジャイアントオーガは結界を不思議そうに見つめ、そこへ拳を振り下ろした。
しかし、結界はびくともせずヒビすら入らない。
結界の外側には有象無象のオークとオーガがひしめき合い、中に閉じ込められた自身の長を助けようと雑多な槍や棍棒で結界を何度も殴打する。
だが、結界が割れる事は決してない。
「オ、オ前何ヲシタ⁈」
キングオークが、レーマに怒鳴りつける。
「我の結界に閉じ込めさせてもらった。我が解除するか、死ぬかしない限り絶対に壊れはしない」
「殺ス殺ス!」
キングオークは手に持っていた巨大な棍棒を振り下ろしてくる。
しかし、その瞬間だった。オークの腕が血を爆ぜさせながらも吹き飛んだ。
「ブゴオォオォォ‼︎」
キングオークは悲痛な叫びを上げた。
「我とて不死では無いからな。攻撃は防がせて貰った」
彼女の無詠唱かつ、一瞬で捉えられた爆裂魔法がオークの腕で爆ぜたのだ。
しかし、レーマはある異変に気づいた――。
キングオークの腕の断面図がぐじゅぐじゆと泡立ち少しずつ再生を始めた。
これは、キングオークのユニークスキルである《超回復》によるものだ。
「流石に、そうやすやすとはいかぬよな……まぁいい、後回しにしよう」
レーマは、キングオークの脚の付け根から爆裂魔法で爆ぜさせる。
再生能力があると言えど、あれ程の傷を再生するには時間がかかるだろう。
「次はお前だ……愚物」
レーマは無数の魔法陣を展開する。
そこから放たれた七色に輝く魔力の塊は、ジャイアントオーガに向けて一斉に飛んでいった。
ジャイアントオーガの身体に当たった魔力の塊は、火を吹き上げ、凍らせ、風で切り裂いていく。
レーマは最高位の魔導師だ。
特に元素魔法を得意とする彼女は、本来は四元素しか無いのにも関わらず、七元素すらも操ることができる。
「ウゴオオオォ‼︎」
しかしジャイアントオーガは、魔法の暴風を切り分けながらも、レーマに向けて迫ってくる。
「人間‼︎ 魔法使ウナ、卑怯‼︎」
ジャイアントオーガはズタボロになりながらも、レーマの元まで迫り拳を振り下ろす。
しかし、拳が振り下ろされた瞬間霧になり姿を晦ます。
振り下ろされた拳は大地を揺らし、地面がひび割れた。
霧化――と呼ばれる魔法を発動したレーマは、霧が再び集まり再形成される。
「人間弱イ癖二‼︎ 魔法使ウ、フザケルナ‼︎」
ジャイアントオーガは激昂する。しかし、何処か怯えた様子で後退りする。
レーマが迫ると、ジャイアントオーガは咆哮のような悲鳴をあげて結界から出ようと、何度も殴りつける。しかし、やはり結界は破れることはない。
「完全氷結」
レーマがそう言うと、ジャイアントオーガの足元から凍りつき、物の数秒で氷の氷像へと姿を変えた。
「人間と同一視されるとは腹立たしいな……」
レーマが氷像に触れると、粉々に砕け散る。
「さて」
レーマはそう言い、地面に倒れ伏せるキングオークへと歩みを寄せる。
脚はまだ半分程しか再生しておらず、歩ける状況ではなかった。
「止メロ、人間モウ襲ワナイ‼︎ 森帰ル、許シテグレェエェェ‼︎」
キングオークは、凶悪な鳴き声をあげて動かない足を動かし、何とか逃げようとする。
「我はお前が人間をどうしようが興味が無い……あるのは我が主人の意向のみ」
「プギイィィィ‼︎」
レーマがキングオークに手を付けると、足元から凍りつき、オーガ同様氷の氷像へと姿を変えた。
「随分と弱かったな……幾千のモンスターの長と聞いて期待したが、とんだ拍子抜けだな」
レーマは結界を解く。
そこに広がっている光景は、オーガとオークがこんがりと焼き焦げ、あたり一帯が炎が包む地獄のような光景が掲載されていた。
恐らくアラストルの仕業だろう。彼女に炎系魔法で敵うものは存在しないはずだ。
レーマは、その光景を見て故郷を思い出す――そんな彼女が空に目を向ければ飛行魔法で宙に浮かび、彷徨う魂を全身で貪り満足げな表情を浮かべたアラストルの姿があった。




