無能聖女の覚醒
エリシアは真っ暗な平原を歩いていた。
辺りには、村や都市といったものは見当たらない。何処までも続く平原だ。
屋敷からも随分離れた。
そろそろ、村や街を見つけて身体を休めたいところだが、一向に見つからない。
屋敷の直ぐ側にも大規模な都市があったが、あんな間近なところでは、追っ手に捕まる可能性が高い。
そこまでして、捕まえる必要もあるのかと思うが、エリシアには濡れ衣を着せる道具としての利用価値はあるのだ。連れ戻そうとするのは当然であろう。
「どうしましょうか。このままだと、朝になりますね」
いくら歩いても、一向に集落を見つける事は出来ない。此処で眠ったものなら、獣達の格好の獲物だ。
エルミール領は整備が行き届いており、モンスターの侵入は無いとはいえ、狼などの肉食動物が居ない訳では無い。
モンスターの被害の大きさに隠れ、目立ってないが獣害もかなりなものだ。
エリシアは、鞄からタオルを巻きつけた木の棒を取り出す。
別で用意した小瓶に入った油をかけ、タオルに染み込ませる。これで即席の松明の完成だ。
そこに、火打ち石で火を灯すと周辺が一気に明るくなる。これなら、大抵の獣は怯えて近づいてこないはずだ。
エリシアは松明で、辺りを照らしながら先へと進む。
松明も無限に燃える訳では無い。なるべく早く、集落を見つけなければいけない事には変わりない。
しばらく、歩いていると少し遠くの草むらに、数人の人影の様なものが見えた。
「誰か人でしょうか......こんな夜中に?」
何もない平原、それも真夜中に歩いているのは、余りにも不自然すぎる。
それも、その人影が此方に向かってきていた。松明の灯のせいで、此方の位置がバレている様だ。
「松明を使ったのは失態でしたねっ」
エリシアは松明を地面に投げつける。
盗賊など、人攫いの類だった場合は最悪だ。捕まったら奴隷として売り払われるかも知れない。
エリシアが走ると、正体不明の人影達も此方に走ってくるのが分かった。
それも、かなり早く。エリシアとの距離はだんだんと近づいて来ていた。
更に距離が詰まったとき、エリシアは違和感に気付く。
(人間の割には大きい...⁈)
エリシアとの距離が数メートルになった時、その正体に気付く。
それは、人の2倍ほどの体躯を誇るオークと呼ばれるモンスターだった。
数にして5体、手には棍棒や古びた剣が握られていた。恐らく火を恐れる類いの生き物でも無いし、当然エリシアには勝ち目もない。
「なんでオークがこんなところに⁈ う、嘘でしょ、あり得ない‼︎」
エルミール領はカルミア王国内で、最も安全な領地と言われており、ダンジョンや未開地からモンスターが侵入しない様、厳重に警備されている。
運良く領地に入って来たのだろうか。若しくは人為的に放たれたかだ。
オークの脚力は人間の比ではなく、その小太りな体型から想像できないほど足が速い。
そんなものから逃げられる訳もなく、エリシアは呆気なくオークに捕まってしまう。
「ニンゲン、捕マエタ!」
「メス、御馳走ダ......」
オークはエリシアの頭を掴み、誇らしげに高く持ち上げる。
オーク達は空腹な様で、誰もがよだれを垂らしていた。
「や、やめてください......私は食べても美味しくありません!」
エリシアは抵抗するが、オークの筋力は人間の10倍以上だ。到底抗える訳がない。
「嘘ダ、ニンゲン、味イイ!」
「や、やめ......」
オークはそう言い、エリシアの足に噛みつこうとする。
「勝手ニ食ウナ、何処食ベルカ、皆デ決メル」
「ウグ......ワ、分カッタ」
別のオークに静止され、齧り付こうとするのを止める。
エリシアも胸を撫で下ろした。少なくとも、足を食いちぎられるのは先延ばしになった。
とは言え、これからオークに食われると言う事実は変わらない。恐怖で身体が震える。
「わざわざ、人を食べる為にこんな所まで? どんな執念ですか......」
「違ウ、俺タチノ森、人間ニ奪ワレタ。仲間沢山殺サレタ......此処ニ来ルマデ、殆ド死ンダ。俺タチモ、イズレソウナル」
「ニンゲン以外食ベル動物居ナイ。村、襲エナイ。強いニンゲンスグ来ル、ダカラ一人ノ奴、襲ウ」
記憶が正しければ、先月に未開地の森林を開拓する為、大規模なモンスター掃討作戦が行われた。その時の生き残りだろう。
オーク達は、エリシアの何処の部位を食べるか話し始めた。
どの四肢が肉付きが良いのかを、言い争ってる様だ。
「どうして、ここまで来たのに......」
エリシアの頬に涙が伝う。
何年も辛い生活をして、ここまでたどり着いたのだ。それなのに、こんなあっさりと人生が終わってしまうのは、あんまりだ。
ーー涙が止まらない。今までずっと泣かない様、我慢していたのだが、もう限界だ。
「い、嫌ですよ......な、なんでこんな......」
一度目の人生では、何度も泣いた。しかし、二度目は今まで、どんなに辛くても必死に我慢していた。
泣いてしまったら、一度目の人生と同じになる様な気がしたからだ。しかし、今更そんなルールなど意味はない。
せめて、松明を灯さなければ、そもそももう少し前に脱走していればこうはならなかったかも知れない。
悔やんでも悔やみきれない。
暫くして、オーク達の話し合いが終わった様で、エリシアの頭を掴んでいたオークが大口を開ける。
「俺ガ先ニ、右腕食ベル」
オークが、エリシアの右腕に噛みつこうとする。
「い、嫌です......やめてっ!」
エリシアはオークの腹部を蹴る。
無駄な抵抗だと分かっていた。どうせ、生身の人間の蹴りなどオークには通用しない。
それでも、エリシアは諦めが付かなかった。
ーーしかし。
もう一度蹴った時、身体に妙に力が入ったのを感じた。
その蹴りが入ったオークの腹部に、凄まじい衝撃と共に風穴が空いたのだ。
「ガフゥ⁈」
オークは短い断末魔を挙げ、その場に倒れ伏した。




