竜殺しの英雄
暫くの時間が経ち、太陽は完全に沈みきった。
翼人の国の渓谷近くある、小高い丘にドラゴンの集団の姿があった。
「ヴァイドラは戻ってこぬか」
ドラゴンの長、サヴァイテルはそう呟いた。
日の光が沈み次第、ヴァイドラには戻ってくるように命じたのだが、やはりその気配はない。
恐らく、ドラゴンを倒せる強者は実在する――と言う事だ。
「どうしますか? 一旦引きますか?」
側近のドラゴンがそう言った。
「馬鹿を言うな。こんな事でひけるか……」
サヴァイテルの目的は一つ。
この地に、ドラゴンの王国を建国する事だ。
ドラゴンのみが生存を許され、ドラゴンのみが立ち入りを許可される場所。
そもそも、この世界で最も優れた生物であるドラゴンが国も持たないのはおかしい話だ。
サヴァイテルが造りし竜の国は、いずれこの大陸を制する事へとなるだろう。
まぁ、少しだけ血が混じってる竜人達なら奴隷として、竜の国で生きることを許可してやってもいい。
その為に、この地の他種族を殲滅し続けてきたのだ。
この計画を父である龍神ストロヘルは反対するだろう。
だが、いつまでも親の言いなりではいられない。今回ばかりは我を通す。
「その強者は俺が相手をする。お前達は翼人達を皆殺しにしろ」
「にしても――少しばかり、鳥どもが可哀想ですな。奴らに抵抗を手段はありませんぞ」
確かに、あまりにもオーバーキルだ。
翼人の国を焼き尽くすなど、1、2体のドラゴンがいれば必要十分以上だ。
そして、この場には38体のハイ・ドラゴンがいる。
そして、彼ら個人にも無知性ドラゴンの眷属が無数にいる。
それらは含めれば、177体の大群となる。大国ですら、全焦土と化す大軍勢だ。
しかし、眷属の無知性ドラゴン達は各地に散らばっており、このダロル高原には居ないのだが。
その時だった。
ドラゴン達の前に、1人の少女―エリシアが姿を現す。
「ん、人間? わざわざ死ににきたのか。怯えてる様子もないな」
サヴァイテルは不審な人間に少し身構える。
もしや、こいつがその強者か。
「わざわざ殺されにくるとは、変わった奴だな」
そう言った一体のドラゴンが、エリシアに噛みつこうと接近する。
その瞬間。
ドラゴンが吹き飛んだ。
少女の一撃は、余りにも早くて目で追えなかった。見えない。
その見た目に相応しくない拳の破壊力は、数tはある巨竜を吹き飛ばし、背後の岩にめり込ませた。
「貴方達を倒しに来ました」
エリシアはそう言った。
此奴がその強者だろう。まさか、そっちから来るとは思わなかった。
「作戦は変更だ。お前ら一斉にかかれっ! こいつがヴァイドラとバサーアルスを殺した奴だ!」
間違いない、こいつだ。こいつが規格外のイレギュラーだ。
全てのドラゴンで一斉にかかって、その隙にサヴァイテルが決定打を入れる。それが最適に違いない。
しかし、ドラゴン達は動かなかった。いや、動けなかった。
圧倒的、絶対的猛者である自分達を一撃で殺せるような存在に初めて会い。動揺が広がっていた。
「腰抜けどもがっ!!」
彼らが当てにならないと、悟ったサヴァイテルは単騎でエリシアに攻撃を仕掛ける。
サヴァイテルは、火炎の息を吐きかけた。
エリシアが立っていた場所一体は、完全に炎に包まれる。
サヴァイテルも分かっている。この程度では死ぬ相手では無いと。
「時間湾曲」
サヴァイテルは魔法を発動させる。
その瞬間、世界の色が失われる。
燃え盛る炎は固まって動かなくなり、草木も生命も全て止まった時間に囚われる。
サヴァイテルの発動した魔法は、神々の魔法だ。
龍神ストロヘルの血を引いている、半神だ。
そのおかげもあってか、不完全ながら時間停止魔法が使えるのだ。
しかし、止められるのはせいぜい数秒間だ。その上、次に時間湾曲を再び発動できるのは、1日後だ。
サヴァイテルは、その数秒間の間に、できる限り多くの火球を発動する。
その数、100発。
それがエリシアがいるであろう、火炎の余りを覆い尽くしている。
「火球とは言え、これだけの攻撃を受ければ無事で済むまい」
そう言った直後、世界は色を取り戻し、再び動き出した。
それと同時に起こったのは、視界すら埋め尽くす大爆発。
地形を変えるほどの火炎と爆風が、巻き起こる。
近くにいたドラゴン達は、多少巻き添えを食らったが軽傷だろう、問題ない。
「何処狙ってるんですか?」
しかしだ。
エリシアは、サヴァイテルの背後にいた。
何故、時間停止していたはずなのに、背後に回り込んでいるのだ。
もしや、火炎の息を吐き終わる前に、背後に移動していたと言うのだろか。
ありえない、いくらなんでも早すぎる。
「な、なっ……!!!?」
エリシアは、困惑するサヴァイテルに拳を振り下ろす。
サヴァイテルは、衝撃で後方に吹っ飛んでいく。
だが、空中で翼をはためかせて、体勢を整える。
殴られた箇所を見れば、装甲の様な鱗が、割れていた。
一部からは、赤い肉が見えているほどに。
「この世の全てを拒絶する鱗を粉砕しただと……!?」
ありえない。
サヴァイテルの鱗は、ミスリルやオリハルコンの武器ですら傷つける事すら不可能だ。
最上位の貫通系魔法でも、貫けるか不明な程に。
それをこのようにバキバキに粉砕されたのだ。それも一撃で。
「すごいですね。私の本気の一撃を耐えれたのは、転移者くらいですよ」
エリシアは、そう言い。もう一度殴りかかる。
次の瞬間には、サヴァイテルの眼前にまで迫っていた。
やはり、早い。動きが見えない。
凄まじい衝撃が、サヴァイテルの顔面襲う。
意識が半分暗闇に落ちかけたが、なんとか耐える。
顔を装甲の様に覆っていた鱗がひび割れる。
「くそがぁ!!」
一体なんなんだ、この人間は。
人の強さ――生物の強さを超えている。
火炎の息を、エリシアに吐きかかる。
炎の海はエリシアを飲み込んだ――そのはずだった。
だが、エリシアは既にサヴァイテルの腹部に回り込んでいた。
エリシアの蹴りが、腹部に直撃する。
「うぐあぁぁ!!!?」
凄まじい衝撃をもろに受け、サヴァイテルは後方に吹き飛ばされる。
後方にいた数体のドラゴンを巻き込み、それでもなお吹き飛び続ける。
しかし、これで助かった。
体勢を立て直して、このまま飛び去ろう。
だめだ、この人間には勝てない。どうしようもない。
不服ではあるが、逃げるしかない。
そう思っていた矢先だ。
なんと、反対側にエリシアが回り込んでいた。
エリシアは、下方向に向かってサヴァイテルとドラゴンの塊を蹴りつける。
サヴァイテル達は、地面にめり込んだ。
土煙が辺りの景色を完全に覆い尽くす。
サヴァイテルを中心に大地が大きく抉り取られる。
彼の下には、粉々になったドラゴンの死体があった。
それでも、全身の鱗にヒビが入り、あるいは、割れ。全身から血を流す程度のダメージですんでいる。
「お前ら、いつまでぼーっとしている!! この我が滅ぼされれば、次はお前らだっ! 死にたいない奴は一斉に火炎を放って、こいつを燃やしつくせっ!!」
今まで、動揺で固まっていたドラゴン達が、その怒声を合図に、エリシアに向かい火炎の息を吐く。
辺り一面が、灼熱の炎に包まれる。
その光景は、炎の大海原の様にも見えるだろう。
だが、エリシアは炎の海に飲まれる前に、その場を離脱していた。
地面を蹴り上げて、後方に思いっきり下がったのだ。
そこはもう、火炎の息の射程圏外だった。
「一気に来られると面倒ですね……アラス、お願いします!」
そう言うと、エリシアの影からアラストルが姿を現す。
「ここに来る前、ボクの力は使わないって言ってたのに、結局使うのかい?」
「流石にあの数のドラゴンは少し厄介です。やっぱり力を貸してください」
「まぁ、そう言うところも好きなんだけどね」
アラストルはそう言うと、魔法を発動させる。
「獄炎」
辺りにいた、サヴァイテルを除くドラゴン達が漆黒の炎に飲み込まれていく。
光すら飲み込む地獄の炎は、辺りの夜をより深く暗く染め上げていく。
地獄の炎は、絶対的な火炎耐性を持つドラゴンですら、溶かしてしまう。
黒炎の中で、断末魔を上げる時間すらなく、命を奪っていく。
少しの間を置いて、漆黒の炎は急速に消えていく。
その後には、消し炭の一つも無かった。
「な、なんだ……なにが起こったのだ……?」
そして、残ったのは状況を把握できてないサヴァイテルたった一匹だけだった。




