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オレはお前に賭けるぜ

何年か前に、急に身軽になりたくなって、物を、とりわけ自分の物を沢山処分した。

そもそもは、子供の為の空間を作ろうと思ったのがきっかけだった。

けれど捨て始めると、私はそれらに縛られていたことに気付いたのだった。


私の物は私の趣味の時代とイコールだ。

ミシンにはまり、布を買い漁った。ヨーロッパに旅行に行けるほどお金を使った。


食器にはまり、ここは小料理屋かというほど集めた。益子の陶器市は夢の街だった。問屋のようにたくさん買った。


安い服も捨てた。高い服を着始めて分かったのは、金額の高さに躊躇し買うまでに熟考し、何度も試着をし、扱いが丁寧になったこと。だから結果、高くても安物よりも長くきるのだ。そして体に添うものは着ていても恰好がよかった。


そして、本。これには手を出すつもりなどなかった。

しかし夫の一言に激昂し、手当たり次第に処分した。売りに行く車の中で、私の目は死んでいた。帰りの車の中で1万数千円を握りしめ、あの家に帰る意味について考えた。


そうして波乱の断捨離の末、私の手元には珠玉の品ばかりが残ることになったのだが…。まさかその世界から私がはじき飛ばされることになるとは夢にも思わなかった。


『元の世界に帰れるのか』


私の問いに、言いづらそうに視線をそらし、目の前の男性は口を開く。


「わからない。少なくとも、俺は聞いたことがない。」


すまない。

そういって再度頭を下げてくれる。


二度の謝罪のどちらも、彼の責任ではないというのに。


「はは・・・。」


思わず虚ろな笑いが漏れる。


ですよね。なんとなく察しがついていました。だって帰れたっていう話読んだことないんですよ私も。


私の笑い声に、気の毒そうな顔を向けてくるこの人を、私は割と信用している。


開けたままのドア。初対面時の適度な距離感。丁寧な言葉遣い。説明に惜しまない言葉。

そして、謝罪にためらいがなかった。

それも、自分のではなく、部下の失言に、だ。


利害の無い通りすがりに、普通ここまでするだろうか。

いい人、なのだろう。

けれどそれで一括りに出来ない何かを、私は感じていたのだった。


もう、ここで命運をあずけてもいいんじゃないかと、私の中の私が言う。

たとえ彼が悪人で、私を利用しようと考えていたとしても、今この時よりも『いい人』に会えるという保証はない。

信用できない医者に通っても、結局その処方に疑惑が消えずセカンドオピニオンに通う私だ。

こういう時の対人のカンは、信じていい。


「ありがとうございます。私は、あなたの誠実さにとても感謝しています。」


一度は死んだと思った。

けれど死んではいなかった。

なら次は、もう一度生きるために何が出来て、何が必要かを知らなくてはならない。

私の失ったものを思い出すと、泣き崩れて一歩も動けなくなる。

私は一度、そういう喪失を経験している。


それならば一時忘れよう。思い出に触れても、痛みに耐えられるようになるまで。

私は楽天的で、気が長い。待つことは苦にならないのだ。


やるべきことがあるのはありがたかった。それが生きることに直結しているなら、なおさらだ。


頭を下げた私を、ギルフォードさんは不思議な顔で見ていた。


「ご迷惑をおかけしますが、色々教えていただけるとありがたいです。」

「もちろん。あなたの身の振り方が決まるまで、当ギルドで面倒を見よう。」


少し慌てたように、けれど少しだけはにかみながらギルフォードさんが言う。

私はほっとして、破顔した。

当面の寝床と、食事の確保は重要だ。ギルフォードさんの言葉は、心底ありがたかった。




トントン


ノックの音に目を向けると、残念イケメンが開いたドアの隙間から、こちらを伺うように見ている。


「入ってこい。」


苦笑をにじませ、ギルフォードさんが入室を促す。目に見えてしょんぼりしているのが、なんだかますます残念だ。

青年は私のバッグをギルフォードさんに渡すと、私に向かって深々と頭を下げてきた。


「不用意な言葉であなたを傷付けて、ごめんなさい。」


面食らい、とっさに言葉が出てこない。

こんな真っすぐな謝罪は、なかなかお目にかかれない。

ちらりとギルフォードさんに目をやれば、出来の悪い子供を見る父親のように困ったように笑う。


「ルカは今年16でな「ええっっ!!」まだ世間慣れしていないんだ。これから厳しく躾けるので、今回は俺に免じてはくれないだろうか。」


16、だ、と・・・


もう、とっくに二十歳の壁を軽く越えてるかと思ってたわ。副長的立場の人だと思ってたわ。それが16!? ギルド長の座る椅子を蹴っておいて!?


ーーーなんか、もう疲れちゃったな。


私はふぅぅぅと鼻息を吐く。


「はい。・・・許します。」


なげやりな私の口調にもめげる様子もなく、青年はバネのように顔をあげる。なんだ、そのきらきらしい笑顔は。無表情の時の方がまだよかったな。


ぐったりとした気分で、私はその顔を眺める。


「無くなったものがないか確認してくれ。」


手渡されたバッグを開ける。

財布、スマホ、ガラケー。バッグインバッグの中には会社の入退館証、ファンデーション、リップ、ハンドクリーム、ティッシュ、ハンカチ、通帳、パンの袋。


「あれっ!?」


私はもう一度バッグの中身をガサゴソして、ついでに財布の中身も確認する。


「ない・・・。」


私は急に絶望感に襲われて泣いた。

ぎょっとしたであろう二人はおろおろとして私の傍まで来ると、何がないのかを口々に問う。

後から考えるとかなり滑稽な事なのだが、この時の私には重大事項だった。


「お金、ない。」


それも25万だ。


1ケ月の生活費をおろしたままで、私はここに来ていたのだった。



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