聞き取り調査は不発に終わった
なんだかもう、よくわからないな。
それが今の正直な心境だった。
混乱や不安はなかったが、とにかく状況が見えないことには判断のしようがない。
しかるべき方法でちゃんと成仏できればそれでいい。
もし叶うとするならば、最期に家族たちの顔が見れれば尚良い。
私は腹をくくった。
芯が決まれば、後はぶれずに進んでいける。
ノックの音に、私は決意を込めて応えた。
入って来たのは、先ほどの二人組だった。
ベッドの前に椅子を置いて座るギルフォードさんに向き合えべく、私もベッドに腰掛ける。
黒髪美人はギルフォードさんの脇に立ち、変わらぬ無表情で私を見ていた。
まぁ、面接官がツーマンセルで仕事をするときはこんなものだ。
立っているか座っているかの違いしかない。
むしろきちんと話を聞いてくれそうな表情をしているだけ安心できるというものだ。
私は面接が得意だ。
何社も渡り歩ってきたが、面接で落ちたことは一度もなかった。
…どの会社もまぁまぁのブラックだったから、面接時に求める要求が低かったのかもしれないけれど。
「食事が出来てよかった。」
温和な表情でギルフォードさんが口を開く。
量は足りただろうか、と次いで問われ、私は自分の失念に、おっと、と思う。
これは私から礼を述べねばならなかった。
「ありがとうございます。とても美味しかったです。5日ぶりに温かいものを口にしました。」
「それはよかった。もし少なかったら言ってくれれば用意できるから声をかけてくれ。」
感情の読み取れない儀礼的な微笑みでそういわれ、私もニコリとして礼を述べる。
「さて、単刀直入で申し訳ないのだが、あなたがどこから来たのかを教えてほしい。」
「はい。私は日本の東京から来ました。」
チラリと、二人の視線が交差する。
「えっと、現住所を申し上げた方がよろしいでしょうか。それとも戸籍の方が?」
それとも宗派だろうか。
檀家の代表は父になっているから、父の名前も言うべきだろうか。
私は夫側の墓ではなく、実家の墓に入ることを希望していた。
相手側と不仲であったわけではなく、私は足しげく通った私の家族の墓に入りたかったのだ。
あの海の見える土地で。私を育てた人たちと一緒に。
夫にも子供達にも、そして母にもそのことは伝えてある。
頼むぞ、夫よ。私を必ずあの寺へ連れて行ってくれよ。
私の成仏計画の問いに、ギルフォードさんやや困ったように頬をかく。
「いや…、その、あなたはポドリーへと繋がる街道から来たようなんだが、馬車は使わなかったのだろうか?」
え。まずい。何をいっているのかわからない。
「馬車は使いませんでした。歩いてここまで来ました。」
またも視線を交差させる二人。
私は少々困惑している。
こんな質問が判決に役に立つのか、まったくもってわからない。
善行と悪行の程度が重要なのではないのか?
質問の意味が分からない時には、もう正直に話してしまった方がいいこともある。
「ええと……。質問の意図から外れていたら教えてほしいのですが。」
わたしはそう前置いて、自分の把握している状況を話してみることにした。
「私は目が覚めたら森の中に居ました。やみくもに歩くうち川を見つけたので、下流へ向かうように歩き続けました。途中道と交差したので、下流に向かう方の道を選んで歩いてきたのです。」
二人は黙って聞いているので、とりあえずもう少し話をしてみることにする。
「森で目覚める前は地下鉄に乗っていました。えっと、メトロです。職場からの帰り道だったので。電車に乗っていたはずなのに、急に森で目が覚めたのですが、私は一体どうなったのですか?」
「えっと、すまない。順に整理しよう。」
「あなたのいた森は、サーザヴォの森という。川はブルタ川だ。丁度5日ほど前に、ブルタ川の上流にあるシュヴァールに向かう街道のあたりで魔物が大量に発生したらしい。あなたはそこで魔物に襲われたのではないか?」
ちょっとしたパワーワードが出てきたが、落ち着け。
闇を恐れていた時代、人々は黒い犬の事ですら魔物と言っていたではないか。
「えっとすみません。魔物とはなんですか?熊とか狼の事でしょうか。」
「いや、そういう獣ではなく、オーガやトロールのような大型の魔物が多かったと報告を受けている。中にはコカトリスも混じっていたようだから討伐に苦労したと聞いた。」
「ちょっっ!!!ちょっと!!]
ちょっとまて!!と。
私は手のひらをギルフォードさんに向けて、もう片方の手で頭を抱える。
なんだ。どういうことだ。
私は察しが悪い方ではない。むしろ世代的に漫画もゲームも散々やってきた。
小説だって浴びるほど読んでいる。深夜アニメにハマっていた時期だってあった。
だが待て。
ここは現実からの地続きでのはずではないのか。
宗教が生者救済の概念だということは重々承知だ。
でももしかしたらって思うじゃん!
そういう土地で刷り込まれてきたら、極楽浄土に夢を馳せるじゃん!!
私は和風を求めていたよ。
ファンタジーは、ファンタジーとして楽しむ派なんですけど。
「いくつか確認したいのですが。」
額を覆う手を下ろしギルフォードさんを見ると、黙って頷きを返してくれる。
「私は死んだのではないんですか?」
私の言葉に訝し気な表情をしたあと、それでも紳士的な表情を取り繕う目の前の男性に、私は少しありがたいと思っている。
相手は辛抱強い。
同じ言語を話せても、言葉が通じない相手というのは社内に1人や2人は居るものだ。
「あなたは生きているように俺には見える。」
なるほど……。
「ここは死の世界ではないのですか?」
どこの国かは知らないが、閻魔様のいる場所の説明をしてもわからないだろう。
私にだってよくわからないのだから。
ギルフォードさんは無表情だ。
そりゃそうだ。
訳の分からないことを言い出す人を見た時、人は大概無表情になる。
相手の真意が見えるまで、警戒するのは普通だ。
「ここはフライシュタルト国、グヴェイン公爵領、ディルロイトの街だ。」
……。私は地理に滅法弱い。
世界の国名を全てそらんじているわけではない。特にアフリカ大陸はカオスだ。
「ここはユーラシア大陸ですか?」
ギルフォードさんは無表情だ。だが、私もだんだん心が死んできた。藁にもすがる思いだ。
頼む!何か私と共通した情報をくれ!!!
「その名前には聞き覚えがない。」
私は突っ立っている黒髪美人を見る。
彼も僅かに首を振ることで、私に返事を返す。
信じて疑わなかった、私の黄泉路説は死んだ。
もうあれだ。
あれしか残っていない。