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随分長めな夢ですね

人間は、水なしでは4、5日が限界だとTVで観た。

そもそも口を湿らすほどの水量で、何日動き回れるか分かったものではない。

生きていても歩けないと意味がないのだ。とにかく自力でこの森を抜けねばならない。


私は叫んだ。


「川だ!!!」


水だ!!!


私は駆け寄り、浴びるほど川の水を飲んだ。

水は澄んでいて河底がすっかり見えるほど美しく、口に含むと、まるで甘露のように美味しかった。

エキノコックスがチラリと頭をよぎったが、喉だけでなく身体中がカラカラになっているような渇きが耐えられなかった。それをとにかく癒やすことを脳が選んだ。

ほっとしていた。水とはなんと偉大なことか。


傍の岩場に座り込みながら、水の流れを見るともなしに眺める。

陽が傾いてきたのだろう。あたりが薄暗くなりかけていた。


へとへとだった。

足は痛さを通り越し、もはや麻痺しているように感覚がない。

履きなれているとはいえ、パンプスは森歩きには適していない。

なぜよりにもよってパンプスなど履いてきたんだ。これからは会社へはスニーカーで行くべきだ。

家に帰りついたらすぐさま買いに行こうと心に決めた。


私はのろのろと立ち上がる。今日の寝床を探さねばならない。

適度に下草があって、身体を預ける木があるところがいい。

私は煙草を吸わないのでライターもマッチも持っていない。

最低限のリストの中にライターも入れるべきだ。


闇にのまれ始めた森の中。小さく丸まりながら息を吐く。

スマホは圏外を確認してすぐに閉じた。

バッテリーの消費が怖かった。けれど闇を切り裂くような強烈な明るさと、それが突如として消えた時の、何もわからなくなるような深い闇の色が心底怖かった。

ずっと明かりを点けていられないなら、夜に目を慣らしておいたほうがいい。

耳をそばだてると、明るいうちは気にならなかった川の音がやけに大きく耳に届く。

遠くで生き物の鳴き声もわずかに聞こえた。


タヌキかな。


そこまで考えて、考えるのを止めた。

タヌキじゃなかったら怖いからだ。



目が覚めた時、私は落胆を隠しきれず、思いのほか大きく溜息を吐いた。

正直夢落ちを期待していた。

けれど目に入るものも、空気も、匂いも土の手触りも。これは現実なのだと突き付けてくる。


夢は、見ている間は夢だと気づかない。

稀に夢の中でこれは夢だと明確に気付くときもある。けれど大概、そうとは気付かず大真面目に取り組んでいるものだ。


陰謀説も捨てきれない。だが一般女性を攫って山に捨てることの、利益が見いだせない。

ドッキリだとしても、こんな犯罪まがいの行為にどのTV局が旗を揚げるのだ。

そうなると、もう夢に賭けるしかない。

今回は、ちょっと長めな感じなんですかね?


起きてトイレを済ませ、帰宅途中に買っていた食パンを食べる。あまりの美味しさに心が震える。

そしてまた、下流に向かって川沿いを歩いた。


水から離れることへの恐怖もあったが、川とは本来生活に密接している。

人類が平野に集落を移した後は、稲作の影響で川沿いに村や町が発展したはず。

どれほどの田舎であろうと、川の恩恵を受ける場所に人は住むはずだ。


昨日から歩いていて思ったが、この森は山ではなくずっと平地だった。川の上流に目をやっても、特に坂になっているようには見えない。


行きつく先は海だろうか。それなら漁港もあるだろう。そうなったら人と会い放題だ。

私の未来は明るいに決まっている。


しかし、と、川を見ながら私は思う。

パンを持っていたことは何という僥倖だろう。

それも食パン一斤6枚切り。切り詰めればあと5日は食べられる。

私はパンが好きで、三食の内二食はパンでもいいと思っている。

だから帰宅時にパンを持って帰ることは、それほど珍しいことではない。

だが、持っている時にここにいるのと、持っていない時にここにいるのでは、意味が大きく変わってくる。


何もなければ、この川で釣りでもしなければならなかっただろうか。

そこまで考えて、私の思い出の本100選の一冊を思い出す。

主人公の女の子が自分の髪を何本も縒り合わせ、釣り糸にして川で魚を釣るシーン。

幸いなことに、私は現状髪が長い。細めなので強度に問題はあるだろうが、そこは数でカバーだ。

大丈夫。お風呂で抜ける量を見るに、結構抜いても平気なはずだ。

そういえばバッグの中にクリップが入っていた。あれは釣り針として使えるのでは。


仕事中についポケットに入れてしまうクリップや指サック。会社に置いて来ようとして再度持って帰ってきてしまい、ぬぬ、と思う日はよくある。だがまさか活路を見出すことになる日がこようとは思わなかった。


「はっ…。」


思わず、怨嗟の呻きが漏れる。火がない。

私は川魚に慣れ親しんでいない。生食は絶対に避けたいところだ。何せ寄生虫とかいたら怖い。

こんな何もないところでお腹を下してのた打ち回るのは怖い。

下さなくても寄生虫からの激痛も怖い。

常在ピロリ菌だけで私のお腹は手一杯だ。


私はただただ黙々と歩く。

黙ってはいるが、口に出していないだけで、頭の中では自分との会話が止まらない。


思考を止めるな。


誰の言葉だったか。今私が考えたにしてはなかなかいい言葉だと自画自賛する。

なにせ狂うかもしれない。

我ながらその思考には心底ぞっとする。


いかん。

この可能性からは目を逸らさねばならない。







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