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目が覚めたら森だった

重い草の匂いで目が覚めた。


普段とは違う違和感。電車を乗り過ごしたかもしれないという焦りで、慌ててガバリと半身を起こす。

目に入ってきたのはまばらに生えた木々。そしてわずかに差し込んでくる木漏れ日だった。

頭を巡らせてみても、360度同じ光景が広がっている。


自身の服に目をやれば、カーキの春夏物のジャケットと、白のカットソー。パンツは遠目にするとグレーに見えるが黒とベージュの細かい千鳥格子になっている。傍にはグレーのバックと買い物袋。

今日、会社へ行った格好だ。


今日、会社行ったよね?


浮かんだ問いに自ら答える。


行った。


滞りなくデイリー業務をこなし、隣に座る人の良い上司に面白半分で暴言を吐いてきた。

派遣社員として入社して半年。

最初の、強烈に過酷な2か月をやり切った今では、もはや居心地のいい『私の職場』という認識に変わりつつある。


その職場を16時に退社し、最寄りの地下鉄に乗り帰宅の途に着いたはずだ。

蓼科とか屋久島に来れるはずがない。

そもそも電車はどうした。

こんな森林深い場所に捨て置かれたにしては、電車から車に乗り換えるだのといった意識の継ぎ目がない。

電車でうっかり眠ったにしては、説明がつかないことだらけだ。


これはなんなの。犯罪?犯罪に巻き込まれた感じ?


一般人が、一体何の目的で森に捨てられる羽目になったのかは甚だ疑問だが、とにかく家に帰らねばならないということはわかる。

頭痛や倦怠などの症状は今のところない。眠剤の影響はうけてないようだ。


とにかく歩こう。

山なら頂上に行けば周りの様子がわかるだろうし、森だったとしても雑木林なら人の手が入っているから道も小屋もあるはずだ。


「ああ!!!」


携帯あるじゃん!!


よほど混乱していたとみえる。

だが、慌てて取り出したスマホもガラケーも圏外になっていた。

まあ、そうだろう。和暦が変わったとはいえ、そうそう山まで電波は飛ばないのだ。現に私の実家では三大キャリアの内一社しか繋がらなかった。

大需要があるところにしか供給はないのだ。大きなリターンを求めてこそ大企業なのだ。


世の無常を噛みしめながら、私は当てもなく歩き出す。

唯一よかったと思ったのは、靴が履きなれたローヒールのパンプスだったことくらいだ。




鳥のさえずりと、私の下草を踏む足音だけが森の中に響いている。


歩き出して大分たつ。

知らない道は感覚的に長時間に感じる。上からさしてくる光が強くなったことから、今は昼頃なのかもしれない。


正確な時間がわからないのは、携帯の時計機能が止まっているからだ。

時計機能が内蔵されているのだから、電池があれば動くはずだ。それはわかっている。

だが、止まっているものはしょうがない。圏外の影響で動かなくなったと思うことにする。

嘆いているより体感を頼りに進んだほうが建設的に思えた。


雑木林なのかどうかを確認しようと植生を気にしてはみたが、常緑樹なのか落葉樹かの違いくらいしか分からなかった。

メタセコイヤやブナ科があるのはわかったが、本当にそうか自信がないのだ。

そもそも私が街路樹や庭木をいじっていたのは、もう20年も前の話だ。

前に友人が、観葉植物をいくら見慣れていても、鉢植えと地植えではまるで別物なのだと言っていた。

そんなわけで、私は森の植生については早々に放棄した。


あー、しかし。

風景の変化がない場所を黙々と歩いていると頭の中の声がうるさい。

取り留めもないことをずっとしゃべってしまうな。

少なくとも1日は無断外泊をしたことになるわけだが、我が家は一体どうなっているのだろう。

捜索願はいつくらいに出すのだろうか。


急に、子供たちの顔を思い出してグッと喉が詰まった。


絶対に帰る。


ゆがんだ視界を強引に拭って、私は奥歯を噛みしめた。


こんな森の中で、どうにかなって堪るものか。





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