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原理を知らない魔石は手品

トントン


突然のノックにドキィィと心臓は跳ね上がる。私は大いに慌てた。

空間の歪みは一見わかりにくいが、視界の一部が明らかにゆらゆらしている。この現象はこの世界で普通と認識されるかわからない。そもそも何が普通で、何が特殊かを私は微塵も把握していないのだ。それを見極めるまではおとなしくしているに限る。


「消えろ。終わり。クローズ。仕舞って。ないない。」


私は慌てに慌て、思いつく限りの言葉を早口で捲し立てる。そして歪みが消えると、何食わぬ声で返事をし、ドアを開けた。


そこにはギルフォードさんと、恰幅のいい中年の女性が立っていた。


「桶と湯を持ってきた。彼女はアガタ。君の事情は話してある。彼女の事は俺が保証する。安心してくれていい。」


アガタさんを見ると、気安い微笑みを向けられる。その笑顔の感じに私は安心し、挨拶をする。

挨拶は大事だ。なるべく心証を良くしたい。


「青 立山です。何もわからずご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。」


「ええと・・・。アガタです。あたしはここで客室の清掃とこまごましたことを任されています。困ったことがあれば何でも相談しておくれ。」


なぜだ。何かまずったか?

アガタさんの最初の人当たりの良さは、なぜかぎこちなくなって返ってきた。

私の困惑がギルフォードさんに伝わったのか、彼は困ったように「あー・・・。」と口ごもる。


「あー、アオ、と呼んでも?では、アオ。実は君の話し方は限りなく貴族的だ。俺たちはその話し方に慣れていない。ここで生活するなら少し崩した方がいい。」


ああ。なるほどですね。


「わかりました。本来私は口が悪く、もっと砕けて話すんですが・・・。慣れるまでは暫くこんな感じです。」


私は困って思わず笑った。

以前コンビニで真剣に立ち読みした占いの本に書いてあったことを思い出す。


曰く。あなたは人見知りですが、生来ずうずうしい性格なので、新しい環境にもすぐに慣れるでしょう。


あんた私のお母さんかよ・・・。

全くもってその通りだった。

私のへらへらした笑いにほっとしたのか、アガタさんからも少し力が抜けたのが分かった。


持っていた木製のタライを部屋に置くと、ギルフォードさんはアガタさんを残してそそくさと出ていった。


「さて、それじゃあ湯を出す前にシーツを変えようか。その服も洗濯した方が良さそうだね。」


そう言いながら、ベッドから素早くシーツを剥いでいく。私はそれを慌てて手伝い、二人でベッドメイクをする。


「連泊するならシーツの替えは週に1回。衣類は基本的に自分たちでやってもらってるんだが・・・。アオさんは洗濯の経験はあるのかい?」


正直、私は感動していた。この世界の衛生意識が、私の常識から今のところ逸脱していない。


「毎日自分でやっていました。・・・。ここでの洗濯は手洗いですか?」


「まぁ、そういう人もいるだろうけどね。ここでは魔法か魔石を使うね。」


マホウかマセキ!!


「魔法があるんですか!!洗濯は何時からするんですか!?ぜひ見たいです!」


私のあまりの食いつきに、アガタさんがびっくり顔で固まっている。そして、あははと豪快に笑った。


「朝、客が宿を出たら洗濯屋に持って行くんだけど、あんたはまだ体調が万全じゃない。暫くの間はギルと話をしなくちゃならないし、大人しくしときな。機会があったら連れて行ってあげるよ。」


その優しげな顔に、私はほっとする。私の足場はぐらぐらだ。けれど体調を心配してくれることに、疎外されてはいないということを知って安心したのだ。


「その代わり、魔石は今から使うよ。」


アガタさんは、エプロンのポケットから無造作に取り出した物を、手のひらに乗せて私に見せてくれた。

それはビー玉のように艶やかで丸く、青い透明なガラス玉に見える。


食い入るように見つめる私の前で、アガタさんはもう片方の人差し指で魔石に触れる。玉は淡く輝き始め、手のひらに薄青い光を映した。

魔石をタライの上に持って行き、アガタさんが呟く。


「アローサル。」


魔石を乗せた手のひらからかなりの勢いで水が流れ出した。

私はその一連の動作を一瞬も見逃せないとばかりに見つめる。


魔法だ。魔法を見せられている。


「くくく。」


漏れ聞こえた笑いに目を向ければ、私を見つめて目を細める顔が隣にあった。


「面白いかい?」

「すごいです。」


笑いを含んだその声に、私はこくこくと頷きを返す。

一抱えほどのタライに、7割ほどの水が溜まる。


「セスゥラ。」


呪文と魔法。本当に物語のような世界に居ることに、しみじみと感動する。

アガタさんは青い魔石をエプロンに仕舞うと、今度は赤い玉を出して見せてくれた。青い魔石とは違い、こちらは透明ではなく赤く濁って見える。


「これは術式が組み込まれていてね。水を一定の温度に保ってくれるんだ。」


先ほどと同じように指先でふれ、魔石が赤く瞬くと、水に沈めながら「アローサル」と唱える。タライの水を手でぐるりと回すと、アガタさんが立ち上がった。


「さて、あとちょっとで熱くなるからね。」

「あ、私トイレに行きたいです。」


驚きの連続ですっかり忘れていたが、思い出すと私の尿意は限界だった。ついておいで、と部屋を出るアガタさんに慌ててついていく。

部屋を出ると短い廊下に出て、さらにドアをくぐる。私のいた部屋は角部屋に当たるようで、両脇にドアが並んだ廊下を抜け、つき当りの階段を降りた。

アガタさんが急に2階の踊り場で足を止め、私は不思議に思ってその顔を見上げる。


「この下は酒場になっててね。今の時間からどんどん賑わってくるんだ。トイレと風呂は1階にあるんだけど、建物の造り上酒場から丸見えでね。なるべく人目に付かないようにあたしの陰になって壁際を歩きな。」


それは目を付けられると痛い目に合う的な?というか酒場から丸見えで風呂場に行くのは恥ずかしい。そりゃギルフォードさんも渋る。


「街の皆は気のいい連中だけど、気性の荒い流れ者もいるからね。慣れないあんたをからかいのマトにはさせないよ。」


微笑み、肩を撫でるアガタさんに、ほっとして笑い返す。

もちろん、壁際を歩きます。無用な接触は私も全然望んでない。ぜひともひっそり生きていきたい。


階下からは賑やかな喧騒と、食器の鳴らすような音が響いていた。それは懐かしい居酒屋を思い出させたが、見知らぬ土地の飲み屋は尻込みする。イギリスのバールなど怖くて一人では入れなかった。


階段は急に明るさを増し、人々の声がダイレクトに聞こえ、酒場に来たのだと分かった。階段を降り切ると、そこはカウンターの内側になっていて、バトラーのような老人が立っていた。

その人とアガタさんは目配せし合うと鍵を手渡し、老人はまた酒場の方に向いてしまった。


階段からの壁沿い、ちょうど老人の後ろになる位置に扉があり、鍵で開ける。

続いて中に入ると、そこは6畳ほどの小部屋でトイレとお風呂になっていた。






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