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異世界転移時の状況説明はデフォルトにしてもらいたい

不意打ちのショックは、私を大いに動揺させた。


もしも、私が25万を持って行方不明ということになっていたら、25万ははした金だ。

けれど家計簿を細かくつけていた私にとって、いつもの日常における25万は大金なのだ。

私はそれを失った。


年甲斐もなくしゃくりあげ、聞かれるままに貨幣の形状を答えながら、ふと、冷静になる。


あれ・・・。この世界で諭吉先生は意味を成すのか・・・?


聞けばこちらの貨幣は金、銀、銅のコイン型。重さによってはその形状を変えるらしいが、基本は紙幣を使わないという。もちろん換金所などありはしない。


そういえば、私は銀行の封筒にいれたままバッグの内ポケットに入れっぱなしにしていた。

こちらに来てから、中身を確認すらしていない。

だがパンがこの世界に来ていて、封筒だけ残して中身が来ていない事にどんな意味かあるというのだろう。


まぁ、夫のところに飛んでくれているなら、それはそれでありか・・・。


「大丈夫か?詳しく形を絵にしてくれれば聞き込みくいらは出来るが・・・。」


ああ。その顔は見つかる見込み無しってことですね。


「いえ、いいんです。そもそもこちらでそのお金が使えるとは思えないので・・・。」


私は取り乱して泣いたことが急に恥ずかしくなった。なんだかちょっと消え去りたい。できればそんな可哀そうな目で見ないでほしい。


「すみません。取り乱しました・・・。」

「いや、色々と心細いだろう。気にしないでくれ。少し話を詰めすぎた。今日はもう休んだ方がいい。」

「でも・・・。」

「いや、顔色が悪すぎる。夕食はまたここに運ぶから少し眠った方がいい。」

「そうですか・・・。」


その申し出は正直ありがたかった。

突拍子もないことの連続で頭がぐらぐらしていた。


「何か欲しいものはあるか?」

「・・・。お風呂は、ありますか?」


これは祈りだ。あってくれという祈りだ。じっと考えているのは言葉の意味が通じないからか? 急にこの通訳機能に不安が募る。


「風呂か・・・。風呂は今の時間は、ちょっと勧められないな・・・。」


「桶と湯を持ってくるから、ここで体を拭ってくれ。明日の日中場所を案内しよう。」


私はコクコクと頷き、ありがたいと素直に口にする。心の中で万歳三唱だ。

ひゃっほー!!ばんざい!!私は信じてたよ!!古代ローマにもマリーアントワネットの時代にもお風呂があったんだから!もちろん前のめりで信じていたとも!!


「あと、ベッドを汚してすみません。明日洗濯もさせてください。」

「いや、こちらこそすまない。浄化の魔法はかけたんだが、女性の手がその時なかったのでそのまま寝かせてしまったんだ。」


ギルフォードさんが照れたように頭をかいて、へにゃっと笑う。

なんだか気の抜けた笑い方で、私も思わずつられて笑った。


ギルフォードさんは終始安定した態度だった。私が落ち着いていられたのも、彼のおかげなのだろう。





そうして私は、部屋に1人残された。

窓の外はまだ明るかったが、僅かに赤みが増していた。

この世界も夕日は赤くなるのかと、なんだか少し感動したのだった。


さぁ!おちおち休んでなどいられない。ここは異世界でした。ならばチートに希望が漲ってくるというのが人情ではないのか。今こそ貪り読んだ異世界ファンタジーが役に立つとき!うなれ!!わたしの転生知識!!


「ス・・・ステータス・・・。」


満を持しての私の言葉だったが、周りを見回しても半透明な画面とか見えない。


あれかな・・・。ちょっと恥じらったのが原因かな・・・。

心のテンションに実年齢がついていかなかったよ。

・・・もう一回言ってみるべき? 活舌って大事だよね。勢いも大事だよね。


「ステータス!」


8畳ほどの部屋に、私の声が大きく響いた。


私は心を殺したが、しかして心は殺された。ベッドに手を付き、深くこのまま沈み込みたい。いっそどうか消え去りたい。40にもなって意気揚々と叫んだ私を見ないでくれ。


「・・・。」


そしてチートを胸に、奮い立たせてしばし。なんの単語も出てこない自分に絶句している。

唸ろうにも唸るものがないとはこれ如何に。がっかり感が半端ない。自分へ心底落胆する。


「パラメータ」

「ウィンドー」

「ブラウザ」

「デスクトップ」

「・・・・。」


もうあれだな。私のチート説は地に落ちた。では次だ。

あったらいいな!無限収納!


「インベントリー」


・・・。うん。そんな予感してたよ☆


「チェスト」

「無限収納」

「箪笥」

「冷蔵庫」

「キャビネット」

「バスケット」

「ラック」

「ストレージ」

『ヴン』


ヴン?


調子づいてどんどん収納名を唱えていたら突然目の前の視界が歪んだ。

夏の日のアスファルトに立つ陽炎のように、空気が揺らめいている。


「おおおお。」


恐る恐る手を近づけてみると、何もないはずの空間が透明な壁のようになっていた。


「おおおおおお。」


ペタペタと触ってみると、その壁は30㎝四方だとわかる。だがそれだけだ。収納口はどうした。これじゃ何が入っているのかもどうやって入れるのかもわからない。


「こう、財産目録とかリストとかは・・・。」


ないのかね。そう言おうとして、目の前の画面に言葉を失う。

タブレットだ。見慣れたそれが目の前にある。それも虚空に浮いている。半透明で。


20年ほど前に観た洋画。近未来を描いた作品で、警察官の主人公がPC画面にどんどんウィンドーを展開させていくように、空間にホログラムのシステム画面を何枚も出して手で動かしていくシーンを思い出す。

箱とマウスで画面を操作していた時代だ。その発想の斬新さに画期的で面白いと思ったものだが。


今実際に目の前にあると思いのほか違和感がない。むしろ自分で持たなくていい分楽ちんだ。20年という時代の流れは、マウスからタッチパネルへと変わり、フィクションをノンフィクションに変えるのだなぁ・・・。


画面をスクロールしながら詮無いことを考える。しかしいくら項目をめくっても空っぽだ。スクロールバーのアローに対してノブがめっちゃ短いのはそれだけ沢山入るということ?こんなに身軽で荷物を持てたら一人キャラバンじゃん。あ、最後の項に、なにか・・・


金貨 5枚

銀貨 200枚

銅貨 400枚




ぞっとした。


何のお金だ。




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