【始まり始まり】03【
「どうして――」
その現状を不可解に思った僕は現場に駆け寄って公園内を凝視するが殺傷によって飛び散っている筈の血は一滴たりとも見当たらず地面を見るも横たわるお爺さんが酔いで吐いた吐しゃ物だけがまき散らされていた。
「噓だ・・・・・・」
あれは夢だったのか？いやそんなはずはない、だって僕はこうして母さんを呼んでここに戻ってきたんだ・・・・・・
状況に混乱している僕を尻目に母さんは公園内の光景に何か違和感を抱えているのか当たりを見回してから地面に顔を擦り付けながらある事を確認していた。
「何やってるんですか大城主任・・・・・・」
呆れながら近寄って来る白髪の目立つ男性警官に向かって母さんは
「ここ、なんかおかしくはないか？」
「おかしいって何がですか？」
突拍子もなくそう言ってから姿勢を立て直し、母さんは警官にここを見てみろと指示するも汚れるのを嫌った男性警官が拒否しようとするが
「いいから地面に顔をつけろ！」
と半ば強引にグイっと警官の顔を手に取り、地面につけて言った。
「今居る位置から何が見える？」
母さんが警官に聞くと
「大城主任の足と少し土の厚みに差が出来てるくらいですけど・・・・・・」
「最初のは余計だ」
土の厚み？
自分も確認するために地面に顔をつけて遠くの土を見てみると五センチ程高い位置で不自然に厚みが出来ているのが見えた。
「これがどうしたって言うんですか、それとなんで主任が――」
警官が制服に着いた土を掃いながら喋るが母さんはそれを遮って喋り始めた。
「私個人の見解だが、ここにはシートが予め敷いてありその上から砂をまき散らしてシートを隠して置き、その上で殺したと推測するがどうだろう？その様な事が原因でこの土の差が出来たとも考えがつくしな」
母さんがそう説明すると警官はまたも呆れた顔をしながら
「――大城主任、言っておきますけどこのお爺さん数十分前からここで酒を飲んでいたと仰っています。それにもしもそうだとして死体をどこに隠したって言うんですか？」
「車で運んだり死体をシートで覆い隠してから引きずってどこかへ持っていたとか色々な仮説が立てられるぞ」
冷静に分析して答える母さんに対してどこか諦めにも似た顔をした後にこちらに気が付いたようで何か思いついた素振りをしながらこちらに近寄ってきた。
「君が大城主任に報告したした白野君かい？」
「はい、そうですけど・・・・・・」
「いいかい白野君。ここには何もない、血も刃物も死体も何も無いんだ。証拠の一つでも見つかれば君の報告の信憑性が増すが見たところどうだい？先ほど挙げたものが何も見つかっていない、もしかして君、虚言を吐いたんじゃないだろうね？」
「何を言ってる！うちの子に限ってそれは無いぞ」
「あんたは何でそう――あぁもう！過保護も異常性を増すとここまで来るのか・・・・・・失敬、失言が過ぎました、先程の言葉は忘れてください大城主任」
母さんは手を僕の前に突き出して警官の視界を遮り警官へ向けてそう言うとバツが悪そうにぼそぼそと一人で苛立ちながらも平静を装って母さんにそう言った。
警官は母さんの肩をポンと叩き耳元で
「転勤早々の事の上、子供の事で少々戸惑いがあると思いますが私情を現場に持ち込むのは駄目ですよ。しっかりしてください大城主任」
と口にした。
何かがおかしい。この警官はさっきから何を言っているんだ？
気にはなるが考えたところで答えはでそうになかったので一度その疑問は置いといて今の状況を整理していく。
母さんの導き出した推測で死体は隠せたとしてあの時飛び散った血まではこの短時間で隠すことが出来ないはずだが・・・・・・
二人が話している隙に気になる事を調べるためにそっと移動し、スマホのライトを点けて木々に近づいて血が付着していないか見てみるが夜遅く暗い事も相まってか血一滴見つけることが出来なかった。
「やっぱりダメか・・・・・・なら――」
すぐさま次の事に切り替えて公園の中央に居るお爺さんに駆け寄り、一つだけ質問をしてみた。
「お爺さん、いつ頃からここに居たのでしょうか？」
未だに嗚咽交じりに吐きこむお爺さんは空を見ながら答えた。
「大体八時くらいからかな」
スマホに映る現在時刻は午後九時二十分、そして僕がヘブンへ買い物に行った時の時刻が八時過ぎ、歩いてヘブンまでの距離を考えても行きで午後八時二十分頃の筈だ。その時公園には金髪の男性とポニーテールの女性の二人しか居なかった。もしお爺さんの証言を通したとしても僕がお爺さんを見ていないのはおかしくないか？泥酔しきって嘔吐していたならそちらに目が向くし少女たちはそんな嘔吐をする爺さんが居る中でイチャコラできるのか？
否だ。
吐しゃ物の臭いで満ちた空間で気が引けるが躊躇している場合じゃない。
お爺さんの耳元に顔を寄せて誰にも聞かれない様に聞いてみる
「貴方、あの少女とどういう関係何ですか？どうしてそんな噓を――」
少女という単語で一瞬お爺さんの顔が引き攣ったと思えば次には急激に発狂しはじめた。
「私は悪くない！私は悪くない！悪くないんだ！！」
身を引き発狂するお爺さんに戸惑っているとさっきまで母さんと話していた警官が僕の襟を引っ張って
「お前このお爺さんに何をした！」
と鬼の形相をしながらそう口にした。
「僕はただ聞きたいことがあったので尋ねただけで――」
「もうこの件に関してはこれ以上詮索はするな！お前は何も見なかった。あの爺さんはずっとここに居た。それだけだ」
と怒鳴りつけて勢いよく突き放し、僕はその反動でよろめきながら後ろに倒れた。
一体何が起きているんだ？この公園に居たあの少女はいったい誰なんだ？
心に広がる複数の謎に戸惑っていると
「はくは先に家に帰っていて、この件は私が調べておくから」
と母さんはそう言ってから男性警官と共にお爺さんに近寄って行った。
まだ疑問が残る中、これ以上僕が何かを為す術もなく母さんの言われた通りに帰路に就くことにした。
「あ、白野君、さっきはありがとう」
先程までずっと吐いていた女性警官が青ざめた顔で僕に向かってお礼を言ってきた。
「それと気を悪くしないでね、大城主任もあの警官も訳があってこんな事になってるだけだから」
「は、はあ――」
気づかいからだろうか警官はそう言ってから遅れながらも合流する為母さん達の下に駆けて行った。
パチンッ
玄関の電気を点け、鍵を置くと疲れで体がだるく一刻も早くシャワーを済ませて寝たいと思いながら洗面所に向かい、ポケットからスマホと財布を取り出して洗濯機の上に置いてから脱いだ服を洗濯用の籠に放り込んでバスルームに入っていった。
シャワーの蛇口をひねると勢いよく水滴が出てきて身体の疲れを水滴と共に洗い流していく。
「本当、引っ越しそうそうついてないな・・・・・・」
苦笑いをしながらも度々脳裏によぎるあの公園での出来事は良く分からないままになってしまったのでいっその事、いつも通り母さんに後は全部任せて僕は心の中にしまっておこうと思いながらシャワーを済ませる。
寝間着に着替えて自室に入り、気が進まない中で僕は明日の転校先の時間割で必要な教科書と転校手続きの書かれた書類を鞄に詰め込んでいく。
「それにしても時期がな～」
高校二年、一学期中間試験一週間前での急な転校って僕の精神的にも生徒の反応的にも今じゃない感が否めないだろうな。
それにしてもテスト範囲は一体どこら辺なんだろうか？
そんな事を考えながら明日の支度を済ませる。食欲も無いので電気を消してそのままベッドに潜り込み、目を閉じて次に目を開けた時には何もかも夢で平凡な日常が待っているんじゃないかなんて淡い希望を浮かべながら就寝する。
