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非日常奇譚/絞殺欲求・十二支編  作者: 柊木 渚
絞殺欲求・十二支編
22/36

【第二章 事件と猫】04【

「いらっしゃい、今日も同じのかい?」

「あぁ、いつもの二つお願いするよ」

 店主が飯塚さんを見て尋ねると飯塚さんは慣れたように言葉を返した。

「お、随分と若い客なこった!あんちゃんにはここは古臭いだろうよ、だけど腕には自信があるんでね、損はさせねえぜ!」

 店主はそう言いながら調理を始めた。

 パンパンに膨れ上がった腕に大胸筋がでかでかと主張してくるずっしりとした体躯が服の上からでも分かる程であり、ハスキーな声をした白髪の男性。

「凄いでしょおやじさん、元ボディービルダーなんだよ」

 どこか誇らしげに飯塚さんはそう口にした。

 通りで凄いわけだ。

「何でラーメンを?」

「それは俺が答えてやるよ、俺にとってボディービルは己の筋肉を洗練させる楽しいものであったんだよ。だがそれだけなんだ。そりゃ研究とか色々ボディービルはするんだけど俺にはどうやら合わなかった様でね、そんで昔お世話になった移動販売のラーメン屋の事をふと思い出してよ、これなら俺は自分の気持ちに正直に向き合えるんじゃねえかと思って始めたわけよ。そしたらあらまあなんと不思議なことにこのざま!自分でも五十年も続くとは思わなかったがな!ハハハ!」 

 ふと疑問に思った事を聞いてみると笑い話の様に愉快な笑いと共に答えてくれた。

「五十年?!店主さんは今何歳ですか?」

「今年で七十かな」

 僕が想像していた年齢よりも二十年上だったとは、ますます見かけで判断してはいけないな。

「話はここまでにしてっと!はいよ!醬油ラーメンおまち!」

 店主の言葉と共に視線を丼に移すとそこにはほんのり煌めく醬油ラーメンが置かれていた。

「はい白野君」

「あ、どうも」

 テーブルの端に置かれていた割りばしを二つ取って一つを僕に渡してから飯塚さんは自分の箸を割ってスルスルとラーメンを食べ始めた。

「いただきます」

 僕も箸を割って麵を箸で掴んで口の中へ入れる。

 ほんのりと醤油の味を絡めながら独特のまろやかさと脂っこさが後から主張してくる面白いほど口の中で麵の味が喉の奥へ行くほど変化するラーメン。

「美味しいです!」

 一気に食べ終えると僕は興奮した様子で店主に向かってそう言っていた。

「そうか!そりゃあよかった!午後の時間帯はここで店を構えてるからまた来ると良いさ!」

 にこやかに笑いながら店主はそう言った。

「さすがだねおやじさん、初見の人の胃袋を満足させるなんて、借金して作っただけはあるね」

「うっせえ飯塚!てめえはもっと頑張りやがれ若造が!」

 飯塚さんの言葉に笑いながらまるで自分の子供の様にあしらいながら店主は返した。

「借金してたんですか?」

 何となく飯塚さんの言葉で気になり聞くと飯塚さんから

「このおやじさん、「俺は日本一のラーメンを作るんだ!」って俺が通い始めた二十年前くらいからずっと言っててね、食材を高価なものにしたり研究してたら百万ぐらい借金してたんだよ。今思い出すとブフ!――腹が痛い」

「笑い過ぎだ馬鹿!年上を敬いやがれ!」

「そうだったんですね」

 二人のやり取りを見ているどこか気持ちが落ち着いてくる。

「二人はまるで親子みたいですね」

 僕がそう口にすると飯塚さんは「俺とおやじさんがかい?」と聞いてきたので頷くと今度は店主から

「まあな、こいつ子どもの頃から面白味のねえやつでよ、最初にこの店に来た中学の時だって家出したはいいがどうするか分からなくて迷った末に自宅近くのこの屋台へやって来たんだぜ!いやあの時の顔は阿保丸出しだったわ、ほれ、そん時の記念に置いてあるんだ見るか?ブフ!今見ても面白れぇや!」

 店主から差し出された写真を手にとって見てみると今とは想像の柄ない程の魂の抜けた人形の様な顔をした飯塚さんが映っていた。

「うわ、なんすかこれぶふ!」

「おやじ!それは言わないでくれよ!って見るな!白野君も今のは忘れて!」

「いや、――はいブフ!」

 二人の関係性や昔の事を一通り聞いていると何だか笑いがこみあげてくる、本当にこの人達はお互いを心から打ち解けているんだなと分かる。

「はいお勘定!さあ!白野君帰ろうか、あんなゴリラおやじにかまっていたらゴリラになっちまう」

「なんだと!あんちゃん、そいつにゃ気を付けな!猫みたいにシャアシャア鳴くだけで甲斐性無しの野郎だ!まあ面白味は少し出て来たがな!ガハハハッ」

 九時ごろになるまで屋台でだべった後、そんな事を二人は口にしながら出ていくことになろうとしていた。

「僕もお金を――」

「いいよ白野君。今回は僕のおごりだ。昨日のお礼とでも思ってくれ」

 そう言って飯塚さんは屋台の暖簾をくぐった。

「それじゃあお言葉に甘えて――ありがとうございました。また今度来ますね」

 僕は店主にそう言うと「あぁ!待ってるよ!」と返されてから僕も飯塚さんの後に続いて暖簾をくぐって店を後にし、自転車を取りに行ってから飯塚さんと合流した。

「いいおやじさんだろ、ああ見えてお節介焼きなんだ。もし良かったらだけど白野君も定期的にここへ来てくれないかな?ここあまり人気が無くてね、なのにいつもあの人はここに店を構えるんだ。馬鹿だろ?だけどそんなところがあの人らしいところだから場所を変えろとは言いづらくてね。だから言い出さない分。店を存続させるために少しは俺もあの店に貢献したいんだよ」

 先程までの嬉しそうな顔は消え去り、どこか悲し気な表情を浮かべながら飯塚さんは僕に言った。

「そうですね、美味しかったですし今度は友人を連れて一緒に食べに行きますよ」

 僕がそう言うと飯塚さんは「そりゃあよかった」と笑いながら言った。

「それじゃあね白野君。また会えるかは分からないけどどうぞあのラーメン屋を御贔屓に」

 柄でもなく別れ際に飯塚さんは深々と頭を下げてそう言ってから去っていった。

「なんだろうな」

 何故だか飯塚さんの姿を見ていると悲しく思える。別段思い入れがあるわけではないのに何故かそんな感情がこみ上げてくる。

 僕はそんなモヤモヤとした感情を抱えながら飯塚さんとは逆方向へ自転車を走らせ寄り道もせずに自宅へ向かった。

           ❃     

「これでよし!」

 マンションに着いてからすぐさま自身の住戸へ向かってタイヤ交換のセットを取り出してから駐輪場に戻って自身のロードバイクのタイヤを交換していた。

「早めに済ませておかないとやる気なくて一ヶ月くらい放置してずっとあのママチャリ使う羽目になるからな」

 油さしやら色々な作業をして手袋が真っ黒になったのをまじまじと見て達成感に浸りながら自転車を元の位置へ戻し、手袋を外して後ろポケットに詰め込んでから交換セットを片手にエレベーターへ乗り込んだ。

 時刻は十一時、飯塚さんと別れてからはこれといって変わった事は無く九時過ぎに自宅へ着いてから現在に至るまでずっと自転車とにらめっこしながら修理をしていた。

「ご苦労様で~す」

 エレベーターのドアが開き、視界の端に映る二人の警官を見て何となくそんな言葉を呟きながら僕は自身の住戸へ入っていった。

 交換セットを玄関脇に置いて手袋をゴミ箱に捨てそのままシャワーをする為に洗面所へ向かった。

 本当、最悪の連日の疲れを洗い流すにはシャワーに限るよ。

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