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異世界転生するための終活をしている……はずだった

作者: 小鳥遊彰吾

 俺の名前は橘翔平。

 異世界転生を日々願うごく普通の高校2年生だ。

 

 だが俺は漫然と異世界転生を待つタイプではない。

 いつ異世界転生をしてもいいように終活をしている。

 そんな俺の1日を語りたいと思う。




 終活生の1日は早い。

 朝5時半の目覚ましで起床。

 着替えて軽くストレッチした後にランニングを始める。

 人間、身体が資本だ。

 異世界転生したところでチートの才能がもらえるという保証があるわけではない。

 そうすると基礎能力は自分で鍛えなければならないのだが、転生したとしても今まで漫然とだらけて生きてきた人間がいきなり身体を鍛えることなどそうそうできるはずもない、三日坊主が関の山だろう。

 ゆえに今から身体を鍛える癖をつけておくべきだと考える。

 それに俺は異世界転生ではなく異世界転移でもよいと考えている人間だ。

 身体を鍛えておくに越したことはないだろう。

 チートをもらっても損になることはないのだから。




「――ワンワンワン!」


 いつものランニングコースを走っていると犬の鳴き声が聞こえる。

 見なくてもわかる。


「おはよう、ベッキー」


 飼い主のリードから離れた大型犬が俺に尻尾を振っている。

 俺はいつものように頭を撫でてやっていると、


「翔平くん~、おはよ~」


 と飼い主の亜依さんが大きな胸を揺らして駆け寄ってくる。

 

「もう、ベッキーってば翔平くんをみるとすぐ走っていくんだから!」


 と頬を膨らましてリードを拾う。

 毎朝犬の散歩をしている女子大生、亜依さんとの出会いは数か月前。

 亜依さんが転んでリードを離してしまい、解放されたベッキーが勢いよく走りだしたときにジョギングをしていた俺と出会った。

 普通ならびびるくらいの大型犬だが俺には関係ない。

 なぜなら俺は常在戦場の気持ちで日々生きている。

 いずれモンスターやドラゴン、はては魔王を倒す俺が犬ごときに後れを取ってはならない。

 吠えるベッキーに睨みあうこと数分、彼女は俺の軍門に下る。


「でも不思議だよ~。ベッキーって私以外に全然懐かないのに、翔平くんには今じゃ私より懐いているんだから」


 と不思議そうに言う亜依さん。

 ……もしかしたら俺にはテイマーの素質があるのかもしれないな。

 そんなことを思いつつ腹を撫でる。

 異世界に行ったときにモンスターを仲間にゲットする、そんな未来も一つ候補として入れておこう。

 もしくは犬に好かれる体質かもしれないから犬型の亜人が仲間になるかもしれないな。




 ベッキーとスキンシップを取りながら亜依さんと会話をし、「また明日~」と言う亜依さんに手を振りながら日課のジョギングに戻る。

 およそ1時間後に家に戻り、シャワーを浴びようとドアを開けるとパジャマを脱ぎ掛けた少女が立っている。


「もう! 義兄さんのエッチ!」


 と数年の前に親の再婚で2歳下の妹になった泉が叫ぶ。

 異世界転生の主人公にはラッキースケベがつきものである。

 ここでどう対応するかで好感度が変わるというものだ。


「大丈夫、まだ成長期だから」

「死んじゃえ、バカ!」


 俺の優しい励ましに罵倒と一緒に物を投げつけられる。

 しかし毎日同じ時間にジョギングから帰ってくるのに何でこいつはいつもシャワーを浴びているんだろう、ずらせばいいのに。




 異世界転移もしくは異世界転生を願う俺に学校が必要かと問われれば必要だと声を大にする。

 知識を学ぶということは裸一貫で転移もしくは転生しても知識チートで無双できる可能性もある。

 学校の勉強が社会に出て何の役に立つのかという思春期特有の悩みなどは俺には関係ない。

 文系・理系の知識すべてが俺の異世界生活の礎になってくれることだろう。


 また学校と言うのは1つの小さな社会である。

 学校程度の人間関係を御せずして異世界でやっていけるはずもない。

 例え文明レベルが低い異世界だったとしても、人は一人では生きられない。

 そこで生活するためには人の手を借りる必要はある。

 ゆえに学校生活は大事なのだ。

 ……それにもしかしたらクラス全員で転移と言う可能性だってあるしな。

 転移後優位に進むためにも学校でも生活は非常に大事だ。




「翔平、おはよ~」


 朝、教室でギャル風のメイクをしたクラスメイトが挨拶をしてくる。


「おはよう、宇佐美」


 彼女は幼馴染で幼稚園の頃からの付き合いである。

 中学までは普通だったのに高校デビューをしようとギャルになった奴だが、それだからと言って疎遠になることもなく、なんだかんだで会話はしている。

 そして朝一から不自然なくらいに笑顔で来るときはだいたい用事は決まっている。


「なんだ、宿題か?」

「ピンポ~ン」


 宇佐美は拝むように手を合わせる。


「英語? 数学?」

「もちろん両方」


 宿題は自分でするべきだとかいう説教などは特にする気もない。

 俺はカバンからプリントを取り出し渡す。


「サンキュー、翔平」


 まあちょっとした親切の練習のようなものだ。

 異世界に行ったときに何がフラグになるかわからないからな。


「しっかし、翔平マジメだよね~。宿題は毎日してくるし、それ以外の勉強もしてんでしょ?」

「まあコツコツとな。将来に備えないと」

「……もう将来のこと考えてるの?」


 びっくりしたような顔する宇佐美。

 こいつは日々遊ぶことしか考えてなさそうだが、世の中の高校生はこの時期になると少しくらいは考えているものだ。

 とはいえ正直に「異世界転生」などというと白い目で見られることはわかっている。

 かつては「中二病」などともてはやされたこともあったそうだが、そんな痛い感じで見られても困る。

 俺は異世界で無双するための練習を今この世界でしているのだ。

 そんなごっこ遊びと一緒にしてもらっては困る。


「まあそれなりに」


 ということで無難に返事をする。


「へ~。そうなんだ。……あんた昔からそういうところはちょっといいよね」


 なにがちょっといいのかよくわからないが俺を見る目が若干変わる。

 よくわからないがむず痒い。


「いいからさっさと写してこい」

「うん、そうだね。……今度お礼に奢ったげるよ」




 昼休み。

 今日は図書委員の当番で図書室に来ている。

 うちの高校は昼休みの図書室などあまり利用者はいないのだが、それでも二人体制で(バン)をしている。


「……橘君はちゃんと当番にきてくれるんですね」


 と同じ当番の江草さんが俺に話しかける。


「……みんな来ないのか?」

「男子は……あまり……来てくれないです」


 しまったという顔で言う。

 こんなことを言うと右にならえで俺も来なくなるかもしれないと思ったのかな?


「俺、本読むの好きなんだよね」

「そうなんですか?」


 もちろん真面目に仕事をするという責任感を育てるのもあるが、図書委員と言うのは異世界転生で必要な知識を集めるのに持ってこいである。

 もしも俺が転生後、軍を率いることになった場合、兵法の一つや二つ諳んじられなくてどうしようか。

 また例え桶狭間の戦いやら一の谷の戦いとかの奇襲を知識として知っていても、それが指揮できるかどうかは別問題だ。

 資料を見て地形を把握、戦力や状況の類似性を理解しなければただの机上の空論である。

 ゆえに俺は暇さえあれば図書館で戦史やらの資料を読んでいるのだ。


「橘君も歴史が好きなの? ……私も実は」


 どうも江草さんは俗に言う歴女のようだ。

 同行の士と思ったのか色々話しかけてくる。

 しかしディープな話はありがたくもある。

 こういった雑談が頭に残って、異世界転生後命拾いするという可能性もある。

 俺は持っての幸いと歴史談議に興じた。




「橘、ちょっと放課後職員室に来てくれる?」


 と担任でもあり英語担当の教師である小倉先生に呼び出される。

 20代半ばの若くスタイルのいい女性で、二人っきりで話すなどと言ったらクラスメイトから羨ましがられるシチュエーションだが、そんな色っぽい用件ではない。


「スピーチコンテストの件ですね?」

「そうなんだけど、大丈夫?」


 今回小倉先生に頼まれたのは全国でする大きいものではなく、この街で暮らす外国人向けに日本人の高校生がこの街の魅力を英語で語るというものである。

 どちらかというとボランティアに近いものだ。


「大丈夫ですよ、原稿ももう暗記しましたし。……まあ発音は少し危ういかもしれませんけど」


 と俺はおどけていうと、小倉先生も少し砕けて、


「英語云々はあんまり心配してないのよ。橘は優秀だから」


 と前置きをして、


「心配して言うのは人前で、それも外国人の前でスピーチすることに不安はないのかなって。こういうのって初めてだと戸惑うこともあるでしょう」


 それはもちろんそうだろう。

 しかし、俺は異世界に行ってもしかしたら王や貴族になり民や兵士の前で演説をするかもしれないのだ。

 その時に委縮して話せないなどの恥をかくわけにはいかない。


「不安は不安ですけどね、まあ失敗しても死ぬわけでもないですし。まあ一つの経験だと思ってやらせてもらえれば」


 大勢の前で、それも見慣れぬ外国人となれば異世界転生後のいいシミュレーションになるだろう。

 俺はこの経験を持って異世界に行くのだ!


「橘。そういう心意気はずっと大切にして。そういう考えがきっと将来役に立つんだからね!」


 まったくです。



 

 小倉先生との会話が終わった後、俺はバイトに向かう。

 放課後は格闘技系の部活に入って鍛えようかとも思ったのだが、異世界転移でこの体のままならともかく、異世界転生で体の大きさが変わってしまえば、今の身体で変な癖がついた場合にそれが命取りになるかもと考え諦める。


「あ、先輩、ちーっす」

「香澄ちゃん、ちーす」


 バイト先で着替えて更衣室を出たところでツインテールの女の子が声をかけてくる。

 この店の一人娘の香澄ちゃんだ。

 中学1年生で俺と接点もなかったのだが俺を先輩と呼んでくる。

 香澄ちゃんのほうがこの店では先輩なのだが年上と言うことでたててくれているのだろう。


「今日はちょっと遅かったっすね?」

「先生に呼び出されてね」

「おお、なんすか! とうとうやっちゃいましたか! 不良の階段、登っちゃいました!」

「登ってないよ。今度英語でスピーチすることになって、その打ち合わせ」


 ニヒヒと笑っていた顔が俺の回答を聞きつまらなそうになる。


「先輩って本当に真面目って言うか面白みがないって言うか。なんかないんですか、ヤンチャな出来事って」


 いやそういうのは異世界転生後の楽しみにしてるんだから、と反射的に言いかけるが、


「いいんだよ、それなりに楽しいもんだよ」

「そんなもんすかね」


 そんなもんですよ。

 異世界転生のためにコツコツ準備している充実感があるんだよ。


「てか先輩ならウチみたいな小さな定食屋じゃなくて、ファミレスとかファーストフードとかのほうがマニュアルがあっていいんじゃないんすか?」


 いや、街の小さな定食屋こそが最高である。

 異世界で冒険者が行く酒場のような活気がある。

 親父どもが飯を食い、酒を飲み、時に喧嘩する。

 そういう場所に今から慣れておかねばならない。


 そういう点では居酒屋も考えたのだが定食屋だといろいろな料理がある。

 ここで料理を覚えることで異世界でコックという道も開けるというものだ。

 

「……俺はここの飯が好きなんだよ」


 と正直に言うわけにはいかないのでごまかす。

 すると香澄ちゃんはキョトンとした後に嬉しそうに笑い、


「もう先輩ったら、真面目な癖に味覚だけはヤンチャなんだから!」




 バイト終了後帰宅。

 早速風呂に入りたいところだが、俺は学習する男。

 朝の轍は踏まない。

 義妹、泉がリビングでくつろいでいることを確認して風呂に行く。

 

「…………」


 そこには下着姿の妙齢の女性が立っていた。

 泉の実母にして俺の義母の喜久子さんだ。


「もう、翔くんのエッチ」


 朝にも言ったが異世界転生の主人公にはラッキースケベがつきものである。

 ここでどう対応するかで好感度が変わるというものだ。


「喜久子さん、まだ20代で通用しますよ」

「もう、翔君の意地悪」


 と優しく言われる。

 泉の時と違って物も投げられなかった。

 よし、これが解か。

 異世界に行く前にひとつ成長できた。




 終活生の夜は長い。

 風呂に入り、宿題をし、予習復習。

 その後ネットで異世界転生系の小説を読みふけ12時を回る。

 

「そろそろ寝るか」


 その前に準備を行う。

 異世界転生ならいいが、もしも異世界転移だった場合持っていきたいものの筆頭はスマホである。

 俺がどんなに勉学に励もうとも人間である以上限度がある。

 そこにスマホが持っていけるのならば鬼に金棒、異世界にチートである。

 マイクロSDに百科事典や法律から火薬・羅針盤・活版印刷などの文明の作り方からマヨネーズの作り方など片っ端からいれまくり、モバイルバッテリー、ソーラー充電器、山ほどの乾電池をウエストポーチに入れて身に着けてる。

 これで異世界転移されても持っていけるだろう。


 さあ目が覚めたら異世界にいますように。

 そう念じて俺の一日は終わる。




 翌朝、残念なことに異世界召喚もされずに目が覚める。

 まあしかたない。

 いつかは異世界転生できる日が来ることを備えて今日も一日終活をしよう。

 異世界に行って無双するために今日も知識を蓄えよう。

 今はそのための準備期間なのだ。

 つまらなく、苦痛な人生かもしれないが、将来異世界転生するための準備だと思えば耐えられる。

 そうだ、俺は異世界転生をするために今生きているのだ。

 どんな異世界にも対応できる男になるのだ。

 

 でもどんな異世界でも俺は心に決めていることがある。

 ハーレムなどは邪道だ。

 1人の女の子を愛そうと決めている。


 どうしてこうなった?

 俺、なにかしちゃいましたか?


 と言うこともないように、勘違いされないように生きよう!



 …………と思っていたのだが…………




「あ、翔平君。今度~ドッグスポーツのイベントがあるのよ~。一緒に行かないかな~? お姉さんが交通費だすから」


「義兄さん、今度の日曜、買い物行くから付き合ってください。これはいつも私の着替えをのぞく義兄さんへの罰であって、デ、デートなんかじゃないんですからね!」


「翔平、いつも宿題見せてもらってるから奢ってあげるよ。ちょうど映画の前売り券をもらったんだ。ついでにご飯食べよ」


「橘君。来週、博物館で戦国時代のイベントがあるんだけど、きょ、興味ありませんか?……よかったら一緒にいきませんか? いえ、別に無理なら……いいんですけど」


「橘。……今度隣の県に住んでいるアメリカの友人の家でホームパーティーがあるんだけど、一緒に来るか? い、いや別に君にエスコートしてもらおうというのではなくてな、そ、そう、勉強だ! 英語の勉強にもなるからどうかなと思って!」


「先輩! デートしましょうよ、デート。JCとデートなんて滅多にできないっすよ! 光栄でしょう? 真面目だけが人生じゃないっすよ! ヤンチャしましょうよ!」


「ねえ翔くん。お買い物つきあってもらえないかな? ちょっと大きい荷物を買いたくて、持ってほしいなあって。お礼に翔くんの好きなものお義母さんご馳走しちゃうから」



 どうしてこうなった?

 俺、なにかしちゃいましたか? 



しばらく充電中のはずが突発的に書きたくなり書いてみました。

とはいえ時間が取れないので短編で。


2020/1/1追記

『異世界転生するための面接をしている……はずだった』

ncode.syosetu.com/n3649fy/

後日談的なものを書きました


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かった。 連載版にするなら「はんだくん」又は「潔癖男子!青山くん」や「坂本ですが?」みたいな感じが良いなぁ。(ちゃんと同性からも好かれる) 例えが漫画ばかりですみません。
[良い点] すっごい好感の持てる主人公でオチも最高でした!
[良い点] 異世界転生・トリップを本気で夢みるなど、非モテのオタク、ボッチだと思ったのに...リア充とかズルくない? 本人は煩悩まみれなのに、端から見れば完璧超人な件。
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