1
ミス国で国民的なデモが発生したのは、第50回衆議院選挙が公示され、翌週には投票日が予定される前の日曜日だった。
何と公示日直後にマスコミがスクープしたのは、隣国フズユハ国主催の反ミス国秘密結社に、与党スシブオホ党の立候補者の多数が名を連ねていた、という衝撃の事実だった。
団体名は「フズユハ友好政治同盟」で、この組織のミス国代表を務めていたのが、与党スシブオホ党の若手政治家で、将来の総理を確実視されていた1人、トヤ・ベネギ。今回の衆議選では新人を中心に約3分の1の立候補者がトヤ派から出馬、その全員が同組織のメンバーとなっていた。マスコミの質問にトヤは、
「隣国フズユハと友好関係を築こうとすることに何の問題もない」
と答えていたが、この「フズユハ友好政治同盟」の綱領には、ミス国最南端のニフハイ県の自主独立(将来的にはフズユハへの主権譲渡の疑い)といった内容も書かれていて、トヤはフズユハのスパイではないか、という疑惑が一気に広がったのだ。
ただ、問題はそれだけではなかった。与党についてのスクープで、与党スシブオホ党の歴史的大敗北が予想されると共に、裏の力が働いたのだろうか、主として週刊誌メディアが、野党候補者に対するスキャンダル記事を続々と掲載したのだ。
不倫疑惑、変態疑惑、学歴詐称、反社会集団との密接な関係、過去のヘイト発言など、雑多だが衝撃記事が次々と飛び出した。
これについて、最大野党コフデ党の党首ロタン・ペブケノイが、
「当選の可能性が極めて少ない小選挙区候補にまで、一々詳細な人物調査をしている資金も期間もなかった」
と発言したことが、火に油を注ぐ結果となった。
ミス国の首都ウッビゾのグラ公園で開かれた「反衆議院選集会」には、約1万人の国民が集まり、「選挙阻止」「候補者の選び直し」などを叫んだ後、国会に向けてのデモ行進が始まった。
途中の公会堂で催されていたのが、同地区選挙管理委員会主催のイベントだった。若者や有識者が選挙について通り一遍の討論を繰り広げた後、ゲストのアイドルタレントが「投票に行こう!」と呼びかけようとした直前に、デモの参加者が雪崩込んで来た。
「スパイ候補者、不倫候補者、変態候補者の3人しか選べないのに、その中で、誰に投票をしろと言うんだ!」
「こんな無責任な催しにお金を使って、責任は誰が取るんだ!」
デモ参加者の怒号が響くと、檀上も客席も蜘蛛の子を散らすように人がいなくなった。檀上に唯一残ったのは、評論家モンセユだ。
「これは若者への選挙参加を呼びかけるものだ。文句を言うな」
テレビでもお馴染みのモンセユは、強気に反論した。すると、
「若者が興味が持てる面白い選挙を実現するのが大人の仕事だろ」
「毒にも薬にもならない企画でギャラもらってんじゃないよ」
モンセユに向かって声が飛ぶ。モンセユは「私はギャラなど」と言いかけたが、
「モンセユ先生への謝礼は100万円でございます」
何故か会場に残っていた主催者の1人が、そう答えた。
その頃、デモ隊の先頭は国会に迫ろうとしていた。デモ隊の数は付近の交通を遮断するほど膨れ上がった。
ところがデモ隊が国会の敷地に迫ると、そこには演台が設けられ、その上にデモ隊をまるで出迎えるように、1人の男が立っていた。それが時の総理大臣、ボセニカ・ゴラであった。