初陣なんて言葉で飾り立てるほどに英雄感はないだろうけれど
チャラ男を筆頭とした集団が切り込んでいった。
実力者揃いなのか、バッサバッサとゴブリンが切り捨てられていく。興味はないけど、ゼファーもなかなか勇姿を見せてくる。
そうして、勢い付くチャラ男達だけど、ゴブリンらも無能ではないのか、物量で応戦し出した。
もちろん、このままでは不味いので、すぐに駆け付け――ながら武器を顕現し、ゴブリンの集団の元へ疾駆する。
切り込みは、先頭を走っていたのと、やはり慣れているからか、コリンが一番速かった。まずは注意をゼファーらの方に向けて、会話? しているゴブリンたちへと不意打ち。光の剣を勢いよく振るうと、ゴブリンは死角からの一撃になす術もなく、バッサリ。血飛沫が舞い、それに驚いた隣のゴブリンがたちまち動揺し、体勢を崩す。コリンは、それが、チャンスとばかりに、すかさず斬り伏せた。
遅れて、見届ける間も無く、私も挑むことに。
「ミウ様、いきなりですが、大丈夫ですか?」
というルルカの問い掛けに、
「駄目だったら下がって援護に回るから」
って答えた。
「わかりました。精々頑張ってくださいね」
精々というと、冷たく聞こえるかもだけど、今のはニュアンス的に精一杯の方だよ。
そのままルルカは他のゴブリンのもとへ。
一方、お姉ちゃんは私の援護に付きたかったようだけど、ゴブリンに狙われてしまって来れない。
ゴブリンと、一対一で向かい合う。
前回見たときから脳内で意識して、人型とはいえ人間ではない相手だ。と考え、どうにか割り切っていた私は、尻込みせずに済む。
「アイスグラベル!」
遠くから氷の礫を飛ばすも剣と盾で防がれてしまう。
威力がホブゴブリンを倒した時より落ちているのもあるだろう。あの時は暴走状態で自分の全魔力を放出したとかだったのかもしれない。気絶したしね。
アイスグラベルは味方を巻き込んでしまう恐れもあるし、このゴブリンに命中させるのは至難だと思われた。
接近戦を仕掛けよう。
私の実力で倒せるかは未知数だけど、自身を奮い立たせ、果敢に打ち込んでみる。だけど、ゴブリンは、気味の悪い盾を持っていて、なかなか防ぎよる。
結構ガツガツやっているけれど、不思議なことに手が一切痺れないのは、これまたサナの言っていた精霊としての力のお陰かもしれない。
でも、優位には立てていない。生まれが現代日本の私は、盾を相手にした立ち回りなんかよく分からず、四苦八苦している。
しかも、このゴブリンは、何故か頭に鍋なんか被っていて、頭をかち割れない。ラピッドエッジやアイススラッシュで試そうとしたけれど、盾で防がれてしまった。代わりに、盾にひびを入れることが出来たけれど、それだけで、割れはしなくて、決め手に欠ける。
余裕があるのか、ゲヒヒと醜悪な笑みを浮かべるゴブリンに、次第にペースを乱されていた。
つまるところ、早速、苦戦というわけ。
防備がなかなか徹底している奴は、他とは醸すオーラが違った。
そして、ゴブリン側も、防戦一方ではなかった。
切り込む合間に隙があったのか、
「きゃっ!」
盾で強打された。
咄嗟に剣で防ぐも、体勢が崩れる、ゴブリンの剣が目の前、――身を捩り、ギリギリ……回避!
今のは危なかった。あやうく、傷物にされるところかと……。
冷や汗をかきながら、体勢を立て直す。
ゴブリンを、しかと見据える。
すると、眼光に射竦められる。
威圧感に後退り。
「くぅ……」
弱音をあげる。
このゴブリンはかなりの強者っぽい。
腰が引けてしまう。すると、私がかかっていかないので、チャンスと取られてしまったか、ゴブリンが機敏な動きで攻めてきた。
剣で受ける。二撃、三撃が来る、どうにか受け続けるけれど、受ける技術が未熟な私にとってはとても辛い状況。私はさっきのゴブリンと一転して、あっという間に追い込まれてしまう。
これは……。
なかなかにピンチかもしれない……。
余裕がなく、助けを呼ぶのもままならない。
しかも、ゴブリンの数が多くて、皆が皆、戦闘中で助けが来るのはいつになるか……。
このままだと、生傷を付けられてしまうかも……。
私はほんとは実兎の援護をしたかったけど、ゴブリンの小隊に行く手を阻まれてしまった。数は二十以上といったところ。
妹を保護する対象だと思っている、実兎の第二の保護者ポジな私は歯痒い思いをしながらも、仕方なしにゴブリンらと相対する。
だけどそれは不運に見せかけた、僥倖だったのかもしれない。と後に思う。
脳裏に過る不安。
――実兎がゴブリンにやられてしまうかも。
そんな心配は杞憂だったのかもしれない。
最初は不安しかなかった。
けど――、
気付けば、実兎の姿を見て、気をしきしめていた。
何せ、あの実兎がゴブリンに果敢に打ち込んでいるのを見たから!
相手は盾を持っているけれど、あれなら時間の問題だろう。
手傷を負うことはなかったけど、群れていて、なかなか殺せない。
困った。
すると――、
「ベネット騎士爵家三男、ルイスです! お助けします!」
「同じく四男、レイナルドです!」
「同じく五男、ロッキーです!」
「同じく次女、リリーナです!」
「同じく三女、ルーミアです!」
おそらくは女神の眷族である私に顔を売りたいのだろう……(辛辣)、ここぞとばかりに、名乗りながら(覚えておくべきなのかしら……?)騎士さんらが援護に来たのもあり、実兎の戦いに気を取られていたとはいえ、まだまだ余裕があり既に手傷を負わせていたということよりも、一人で早々に打ち倒せなかった不甲斐なさが先だって、こうしちゃいられないと勢い付き、果敢に立ち回る。
ベネット騎士爵家を名乗る彼らは、皆が皆、剣持ちで、爽やかな印象を受けるけど、好戦的なので脳筋一族と命名する。
そんな脳筋一族が前にいき、中衛となってしまったので、もちろん、前の爽やか脳筋一族の邪魔にならない範疇で、考えて、先ほどとやり方を変え、うまく戦う。
すると、見事、ゴブリンたちのペースを乱せ、活躍することができた。
そうして、道を阻んでいたゴブリンたちは、途中から一緒に戦っていた爽やか脳筋一族に仕留められた。
これだけで充分な戦果といえなくもないけど、それで満足はしていられなかった。
ちょうど実兎が相手の鍋被りゴブリンの盾にアイススラッシュをお見舞いしていた。
実兎が頑張って戦っているんだし、私も気合いを入れていかなきゃ!
護衛である肝心のセリファーはホブゴブリンと戦っていて、こっちに来れそうにないけど、一人でいけそうだったので、
「次は一人で!」
と脳筋一族に宣言する。
脳筋一族のエールを背に、張り切った私の次の相手は棍棒持ちと弓持ちゴブリン。
遠距離攻撃は厄介だし、まずは一気に距離を詰めて、弓持ちを潰そう。
疾走する。すると気付いたのは棍棒持ち。即座に私に向かって、フルスイングされる棍棒を身を捻って回避し、そのゴブリンの身体に槍の柄をぶち当てる。棍棒持ちを足蹴にした私は、放たれてくる矢を見切り、回避、弓持ちに接近し、間合いに入れる。
弓を弾き飛ばし、一瞬戸惑った私は、覚悟を決めて、ゴブリンに槍をぶっ刺した。ゴブリンは痙攣し、ゴフッと血を吐いて、そのまま死んだ。
哀れに思いつつ、手早く槍を抜く。
「ヤな感触ね……」
感傷に浸る間も無く、後ろから、棍棒持ちが駆け寄ってくる。
「しつこい――!」
と振り返り様に、蹴りをかます。
吹っ飛んだゴブリンに駆け寄り、ブスり。
「ふう……」
顔を手で拭ったタイミングで、妹のピンチを直感が告げた。
「新たな敵に囲まれでもしたのかしら」
不安に思いつつ、すぐに駆け付ける。
邪魔するゴブリンもいたけれど、払い除けた。
すぐ傍まで着いたら、まださっきの盾持ち鍋被りゴブリンとまだ戦っていてそいつが強いのか、実兎が押されていた。
――あれ、余裕そうに見えたのに、見誤った!?
畳み掛けを、なんとか凌いでいるという様子だった。
爽やか脳筋一族め、こっちにも応援来なさいよね!
なんて心中で毒づきつつ、即座に助けに入る。
鋭い突きをお見舞いし、あえて盾で防がせた。
すると、一瞬、ゴブリンは突きの威力を殺すことに力を割かれ、実兎に追撃ができなくなる。
――よし、うまいこといったわね。
余裕ができて、実兎が距離を取ることに成功する。
「お姉ちゃん!」
ゴブリンを牽制しながら、会話する。
「なかなか苦戦しているようね」
すると実兎が不甲斐ないといった面持ちで申し訳なさそうに、
「このゴブリン強くて……」
頑張っていたのはわかる。それでも勝てなかったというのなら、本当にこのゴブリンは強いのだろう。
ゴブリンとはいえ、さっきまでのとは違うはず、実兎をてこずらせた相手だと気を引き締め直す。
「迷惑かけてごめんね……」
「そんなこと、気にすることはないのに……」
私たちは姉妹でしょう?
私は安心させるようにしかと伝える。
「でも、二人がかりならきっといけるわ」
いかなる艱難辛苦も姉妹で乗り越えられるはず。
きっと。
私の言葉に宿る意味に気付いたのか、実兎は目を見開いた。
「だよね!」
実兎は俄然やる気が出たのか。
はりきって、ゴブリンと打ち合い始めた。
私も攻める。盾で上手いこと凌がれる。
決定打が決まらない。
二人がかりの攻めにも、ゴブリンは器用で対応してきた。
なので打開策として、強い一撃を与え、盾を吹っ飛ばすことに。
にしても、
「……不気味な盾ね」
呟く。実兎も同感のようだった。
邪気を感じて、気味が悪い。
これも精霊となったゆえなのだろうか。
今の私たち姉妹は、そういうものが感じ取れるようになっているのかもしれない。
そして、実兎のおかげか、その盾がひび割れていた。
そこに、本気の一点突き。
見事に盾に突き当たり――、
「――ありゃ!?」
驚きの声をあげてしまった。視界に入るのは、飛び散る破片。盾はまさかの耐久限界を迎えたらしい。
よし――、
「驚いたけど、結果オーライ!」
無茶苦茶だけど、まぐれで盾を壊すことが出来た。盾が壊れてなくなったので、動揺するゴブリン。盾に何か秘密でもあったのか、盾を失った途端、弱くなったように感じた。
「後は私一人で!」
良いところを見せたいのか実兎は、全力で剣を振るい、やがて斬り伏せた。
なんとかお姉ちゃんに良いところを見せれた。
だけど、まだまだゴブリンはたくさんいる。
すると、遅れてきたセリファーが駆け付けてきた。
前回と同じく、護衛なのに何やっている状態だったけど、間の悪いことに現れたホブゴブリンと戦っていたのはさっきチラリと見えたので、本人のペコペコもあり、良しとする。
あちらで血の雨を降らせていた、ルルカもこっちに来た。
私の隣に並んだのがなんか嬉しい。
「中が気になります。こちらは騎士様方とコリン様に任せ、神殿の中に向かいましょう」
チャラ男が抜けているのは忘れられているのでも、ハブられたわけでもなく、単にルルカと面識がないからか。
「道中蹴散らしながら行きますか!」
お姉ちゃんが賛同した。
私とセリファーも頷く。
「待ってください! ボクも着いていかせてください!」
神殿内に向かおうと思ったら、ニノが来た。ルルカがうげぇって顔をしたのが見えた。
ニノが言う。
「死兵の盾に打ち勝ったところを見ました」
「……死兵の盾?」
「はい、装備した者の、死への恐怖を無くし、対峙した相手への強力な殺意を植え付けるとても危険な呪いの盾です。あんなものを持ったゴブリンが現れるとは思いませんでした。しかし、さすがは女神の眷属たる精霊様です。見事な戦いっぷりでした」
『それほどでも……』
褒められて照れる、私たち姉妹。
にしても、死兵の盾か……。
嫌な盾だなぁ……。嫌悪感が湧いてくる。
「既に優秀な皆様がいるとはいえ、嫌な予感がします。人手がほしい、もう少し待ちましょう」
ニノの提案で、他にも来るかなと、しばし待ってみる。ルルカはというと、腕を組んで、すっかり黙り込んでしまった。両目を閉じている。
私はルルカに話し掛けた。
「ねぇ、ルルカ、ニノは多分悪い猫又じゃないよ」
ルルカが片目だけ開いてこちらを見る。
「多分ってついているじゃないですか……」
嘆息するルルカ。
「だって、まだあったばかりでよく知らないし……」
「ん」
突然、ルルカの耳がピンとなった。
あっ、ニノがこっちに来た。
ルルカの前で止まり、ルルカを見て言った。
「妖力を感じます。あなたもしかして妖怪では?」
「……」
むすっとしているルルカの和服の袖をくいくいと引っ張る。
「答えてあげて」
「ええ、妖狐ですが、何か?」
ルルカの冷たい声に、ニノが少し怯んだ。
「これも何かの縁です。妖怪仲間として仲良くしていきましょう」
ニノがおずおずと手を差し出す。握手をしようということらしいけど、
「キャラが被っている気がするので仲良くしたくありません」
ルルカはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「それに猫又はどうにも苦手なんです。マイペースなところとか」
「ちょっと、ルルカ……」
私はルルカを注意しようとするも、
「ふん、です」
駄目だ、どうしよう……。
すると、
「ふむふむ」
ニノがルルカの周囲を周りながら、ルルカの身体を眺めて言う。
「ルルカさん、見るからにお年を召していらっしゃるのに大丈夫ですか。お身体に障りますし、あまり無理しない方が……」
ルルカがピクリとした。
そして、
「ニノ、あなた喧嘩売ってるんですか!? 若いからって調子に乗らないでください!」
ニノに猛然と抗議する。
「ニノは優しいんだね」
「ご主人様まで!」
「ほらほら、喧嘩しない」
お姉ちゃんが仲裁に入ってくれた。
ルルカとニノは相性が悪いのかな。要観察だね。
牽制するルルカに、お構いなしに寄っていこうとするニノ。
二人を眺めながら、増援を待つ。
向こうで暴れているから、ゼファーは来ない。そして神父様はいやに光っているあの辺で活躍しているんだと思う。
遅れて女子が二人来た。
「ベネット騎士爵家四女レヴィアです! 私もお供します!」
「同じく、五女のロミナです。私も行っていいですか?」
お姉ちゃんが「……脳筋一族、何人いるのかしら……」なんて呟いていた。
はて、なんのことだろう?
ベネット家の子たちを先頭に隊列を組んで神殿の中を進む。
「てぇい!」
猫人族と不思議な少女が戦っていた。
「ぶぉー!」
口から炎まで吐いている。
「あの方は人化した守護竜ですね」
ニノが言った。
すると、決着が着いたようだ。
「いっちょあがりー!」
黒焦げになった猫人族を踏みつけ、ピースしている。
ふとこちらに気づいたようで、じっと見てくる。そして、
「あ、邪悪じゃないね。味方かな? 私はトゥルクだよ。よろしくねー」
「竜の時の威厳ありそうな雰囲気は……?」
「勝手に君たちが感じてるだけ。竜にも色んな気質のがいるの」
「なるほど」
なんか納得した。
「こっちにサナティス様がいるよー」
そうしてトゥルクの案内であっという間にサナがいるという場所へ。
「んっ、んっ♡」
中から途轍もなくやらしい声が聞こえると思ったら、
「いやー、いい声で鳴きますね。もっとエッチな声を聞かせてください」
中を見て、ぽかーんとしてしまい、状況を理解するのに数秒を要した。
だって、サナが猫人族の女の子相手に触手プレイしていたから。
楽しんでいるみたいだ。鼻の下を伸ばして、女神にあるまじき顔をしている。
足元にも、口から涎を垂らし、びくんびくん痙攣しているのがごろごろと転がっている。
「……何やってるのサナ?」
サナがはっとして振り向いた。かと思ったら、平然と答えてくれる。
「触の御手です。手を触手に変換しておさわりしています。うーん、女の子の身体はやわらかくて最高ですね。男の子はちょっと遠慮したいカナ。ショタ以外は」
サナのこういう言動に慣れている私たち姉妹以外の皆が、ゾッと身を守る。今、この隊列には女の子しか居なかった。ショタはいないけど、だからといってなんだって話。
「皆さん、何で逃げるんですか?」
サナがとんでもない痴女だからだよ。
「つまり触手プレイして、楽しんでたの?」
白い目を意識して私が訊くと、
「いいえ、拷問してました。彼女も悪の手先です」
しれっと言うけれど、絶対に趣味でやってた。
「今、私にはサナの方が悪の手先に見えるよ」
「ひどいです! ぷんぷん」
するとお姉ちゃんが呆れたといった様子で溜め息をついた。
「サナったら、遊んでたのね。心配して損したわ」
私もうんうんと同意する。
「ほんとだよ。ホブゴブリン相手に怖い目にあったんだからね」
「え!? そのようなことが!?」
目を見開いておったまげたサナは虚空から全知の書のようなものを取り出す。
「なるほど、神殿への襲撃はレシアさんとローゼフさんの仕業と、今すぐ転移しましょう。殴り込みってやつです。私のお友達にひどいことをしたお二人に文句を言ってやりますよ! 他の方はここの猫人族の皆さんをどうにかしておいてください。お願いしますね。――では、柚月さん、実兎ちゃん、転移しますよ」
というわけで、即座に三人で転移した。他の皆が口を挟む隙を与えない勢いだった。