国王からのお礼。王女らとの遭遇
なんかわかんないけど……私がクズめらを倒したということらしい。
まあ、考えていても仕方のないことなのかななんかわかんないけど……………と。割りきってひとまず冷静になろう。もうホブゴブリンの時みたいに絶叫してバタンッからのブラックアウトはこりごりだし……。
ってことでまずは、王女様を助けなきゃ……。
――改めて、王女様を見る。
王女様? は立った姿勢で両腕を天井から伸びる縄で縛られていた。下着姿で純白でレースのブラとパンツを着ている。
そんなお姿は、すごくエッチで、思わず生唾飲んじゃった。凌辱もののヒロインって感じがしたから。『屈しません』とか言っといて、最後には堕ちちゃうアレみたいな。
とりあえず、胸をチラ見。
やっぱり露になっていると多少は気になっちゃうしね。
――ふむ。なかなかのサイズだね……。
しかも、王女様の身体ときたら、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
理想的なプロポーションという感じで、ちょっと羨ましい。
目線を下げる。
パンツにはちょこんとリボンが付いていた。
そりゃそっか。女の子だしね。
そうして王女様を凝視してしまっていた私に、
「あの……」
王女様が声をかけてきた。
「あっ、ごめんね……」
拘束されたままはつらいよね……。しかも王女様ときたら裸に近い格好だし、寒いでしょ。そもそも同姓であろうとこの格好を見られるのは恥ずかしいのではないのかな? けれど、恥を感じている様子は全くない。うーん、王女様というからには、やはり侍女に着替えを手伝って貰ったりしているから、こういう格好への抵抗感が薄れるのかな? わからん。
そんなことを考えながら、私が、王女様を拘束している縄を、蒼氷の剣でちょんぎると――。
「そこの人たち、残念ながら、まだ、死んでないようだねー、衛生兵も外に到着しているようだしー、助かってしまうかなー」
「なんで、がっかり気なのよ……、無駄な殺生はよくないわ……、私は可愛い妹にだけは、そんなことをさせたくないのよ……」
ようやく、コリンとお姉ちゃんがこっちに来た。なんかシリアスな事話しながら。
とりあえず、私は蒼氷の剣をマナに還す。下着姿の王女様の前で、武器を持っているというのが、なんとなく、良くない気がしたのだ。下手すりゃ私が王女様を襲った痴女と間違えて捕まっちゃうかもしれないし。さすがに、それはないかな? いざとなったら王女様に証言してもらうとしよう。
「お名前を伺っても宜しいですか?」
こっちを見た王女様に、名前を聞かれた。
「サナティス様の眷族をやってます。美里実兎です」
「ミウさんですね。この度は、助けていただきありがとうございます。処女の恩人ですし、サナティス様の眷族でありますし、無理にかしこまらないでください。私は、フレイア、この国の第一王女です」
王女様は真に王女様だったらしい。しかも第一王女ときた。どうりで高貴なオーラをひしひしと感じるわけだ。
「そうなの? 第一王女ってすごいね」
即座にフレイア王女の要望に答えた私の順応力を褒めてほしい。
「産まれるのが早かっただけで別にすごくないですよ。ともあれ、つきましては、この度の報奨を用意いたしますので、王城までご同行願えますか?」
フレイア王女がそうお願いしてきた。
「うん」
私は即答した。権力者には従うが吉。
「あのー、フレイア王女様」
「あなたもどうやらサナティス様の眷族のようなので、無理にかしこまらなくても結構です」
「わかったわ。私は美里柚月、その子の姉よ。フレイア王女。とにかく、まずは服を着て頂戴」
そう言って、お姉ちゃんが何処からか、先ほどぶらぶらしてたときに買った服のうちの一着を差し出した。
「あげる」
「えっ、いいですよ」
フレイア王女が遠慮する。
――え? でも、そのままだと痴女まっしぐらだよ?
口に出ていたのか、お姉ちゃんにコツンと頭を叩かれた。
「遠慮しないで。そのままだと、その上品でかわいい下着を兵たちに見られちゃうわよ?」
「ふふ……」
フレイア王女は口元を抑えてお上品に笑い、
「それは困りますね」
顔を綻ばせた。お姉ちゃんの発言がよっぽど面白かったのかな?
そうしてフレイア王女が服を着て、間もなく。
兵隊さんたちが『突入ー』と突入してきた。皆、決意に満ちた顔をしている。
戦う覚悟を決めに決めているところ悪いけれど、もう終わっているんだよね……。
先頭のちょっと偉そうな兵隊さんが問う。
「これはどういうことですか?」
フレイア王女がその問いを発した兵隊さんの一人――近衛隊長のリッケンというらしいに耳打ちすると、リッケンはすっ飛んでいった。
私たちが展開に付いていけずに呆けていると――、
フレイア王女が私たちを見て、にこっとしながら、教えてくれた。
「みなさんをお出迎えする準備をしてもらうんです」
とのことらしい。
軽い事情聴取――といっても私たちも駆けつけたばかりで大したことは話せなかったけど――、その次に行われた現場検証とやらを尻目に、豪華な馬車に乗る。――ちなみにチャラ男ら怪我人はそのまま病院送りとなった。もちろん、悪いことした人たちは治療後、投獄とのこと。
そうして道すがら、フレイア王女に聞いた話だけど……、チャラ男と近衛騎士を連れて、お忍びで、町を探索していたらしい。チャラ男は宗教人でありながら聖騎士としての地位も持っており、近衛騎士を指揮できるくらいの立場でもあるらしかった。チャラ男は、眷族……つまり私たちが到着した報告を神父様と一緒に教皇様や王様にした後、民の様子を見るためにこっそり外出したいというフレイア王女の申し出を引き受け、忙しい人たちの代理で長を勤めていたらしい、フレイア王女にデヘデヘして二つ返事で引き受けたんだとか。チャラ男って、結構偉いんだね。
そしてフレイア王女に、なぜか住んでいる宿も訊かれたので、正直に答えた。
フレイア王女の導きで、王城に着くと、王城のお偉いさんは、先ほどの衛兵により、皆事情を知っているのか大声援を送られた。「実兎! 実兎!」とコールしてる。
王女様は案内を、メイドっぽい格好の巨乳の人? に引き継ぎ、先に一人で戻っていった。
人に疑問符が着いたのは、彼女の頭に牛の耳がくっついていたから。
「やかましくてすみませんね。私はフレイア王女のメイドをしているタルティアです。こちらに着いてきてください」
苦笑混じりの牛さんメイドの言葉に私たち三人は頷いた。
牛耳が少し気になったけど、溶け込んでいるのでこの世界ではケモっ娘は普通なのだろうと、気にしないことにする。お姉ちゃんも、突っ込まないので野暮だと思ったのだろうね。王城だしね。不用意な発言はできないよね。にしても、牛さんかぁ……。
ともあれ、なにやらフレイア王女のお着替えの時間があるとのことで、時間潰しにと王城内を適当に案内される。
どこに行っても私たちは大いに歓迎された。
道すがら、
「あはは……なんか実兎がすっかり遠い人になった気分ね……」
お姉ちゃんが圧倒されたように言う。
「恥ずかしいよ……」
実兎コール、やめて……。
「まあ、たまにはー、こういうのも、ありだよねー」
コリンはあっけらかんとしていた。
大者だなぁ、コリンは……。
「ところで」
タルティアが話を切り出す。
「お二方は我が国の実態についてどこまでご存知ですか?」
私たち姉妹にそう問い掛けてきたので、姉妹揃って素直に返す。
『まったく知らないです……』
「教える暇なかったからねー」
「そうですか。ではとりあえず、スーウェル騎士王国がサナノ神聖王国となるまでと、王族についてお教えします」
タルティアが語り始める。
私たち姉妹は傾聴する。
「時間も限られているので要点をかいつまんで説明しますが、およそ十余年前の話です……スーウェル騎士王国の当時の王様は騎士も勤めており、業を煮やして単身で侵略してきたサナティス様に挑み、完膚なきまでに敗北しました。ミネスト家やベネット家の活躍で天使ミスティの率いる眷族の軍勢を退けた直後だったので、騎士団自体が疲弊していたのもありますが、サナティス様は圧倒的だったのです。男どもは、神装フェイルノートでのめされ、成人未満の若い男女の騎士はその手を触手に変えたサナティス様に徹底的に辱しめられたと聞きます。聞くところによると、サナティス様はロリとショタが大好きとかで、夜伽の相手のリクエストにそう答えられたとか。そんなサナティス様に魅せられた者達が興した宗教が今のサナティス教の原点だったりもします。王様は敗北した責任を取り、サナティス様の意見もあり、王位を女王に譲りました。今は帝国とのいざこざで女王が居らっしゃらないので代理で王を勤めておりますので玉座にふんぞり返っていても突っ込まないでくださいね」
途中途中で、サナ何やってるの!? ちょっとアブノーマルな人なのは日頃の言動で勘づいていたけどさぁ……と百面相していた私たち姉妹は、最後のいささか不敬な冗句に苦笑いする。
タルティアは続けて、
「それから、我が国の王室には女性が多く産まれるようになりました。何故だか分かりますか?」
「いいえ、まったく……」
とお姉ちゃんが答える。
うん。キリッとした表情で問われても、想像もつかないよね。
「サナティス様の祝福によるものです。サナティス神は、女王様と王様の同意を得て、自分が愛でるために支配下の国の王室に女の子がたくさん産まれるようにしたんですね。それまで、我が国は男女平等を謳っていたんですが、今では女性が優位になりました」
とんでもない事実に、私たち姉妹は仰天した。
「サナったらとんでもないことしてるわね……」
「愛でるとか支配下とか言わなかった……?」
友人の暗黒面を知ってしまい複雑な気分になった。
やがて、もう一人、パシりっぽい人が駆けつけ、タルティアに耳打ちする。
「どうやら準備が整ったようです。では王の間へと向かいましょう」
私たち、三人は満を持して王の間へと向かうこととなった。
そうして、辿り着いた王の間にて。
真正面で、王様が偉そうに玉座にふんずりかえって座っているのが目に付いた。豪勢なマントに王冠なんか被っちゃっているから王様だって一目でわかっちゃった。フレイア王女がJKくらいの歳と思われるのに対して、三十後半から四十前半くらいの若さだった。
流石は王様といったところか、覇気に満ちていて、威圧感がある。王様の目は優しげな目で柔らかい表情を浮かべていた。
私はほっとする。サナと対峙したっていうからどんな人かなって気になってたけど、どうやら優しい王様みたい。サナの眷族である私たちに対して、敵意とかも無さそうだ。しかめっ面じゃないしね。
そんな王様の傍には臣下とおぼしき偉そうな人たちとフレイア王女がいた。
臣下たちは、直立不動。気を使ってくれているのだろう、チラッとは見られたが、じろじろと眺められたりはしなかった。
そして、フレイア王女は、こちら――私を見て、にっこりと笑みを浮かべている。
フレイア王女は、お姉ちゃんが渡した服は脱ぎ捨てたのか、ちゃんとしたドレスを着ていた。ひどいよね。
お姉ちゃんの渡した服はどこにやったの……と思わず、睨み付けそうになった。けど、なんとか我慢した。
危ない危ない。今は王様の前だった……。ここで無礼な態度をとったりしたら、打ち首にされるかもしれないんだよね。
王様が順繰りと私たちの顔を眺める。王様は、目を右に左に何度も何度もぐるんぐるん往復し、やがてコテッと首を傾けた。そして、「うーん」などと力んだ様子で低く唸る。その後、唇をすぼめて梅干しみたいな困り顔をした。
――王様のそんな様子に笑いそうになったけど手の甲をつねくり耐える私。わざとやってるんじゃないかってくらいに、コミカルすぎて、しんどい。
隣から、お姉ちゃんとコリンが噴き出しているのが漏れ聞こえてくる。私はそれが、王様にバレないことを切に願った……。
「うむ」
やがて。王様はお顔を改めて、真面目くさったものにし、フレイア王女を見る。
私を見ながら阿呆みたいににっこにっこしているフレイア王女に向かって、
「はて、どなたかの?」
そんな感じに王様はボケたお爺さんみたいな間抜けな顔をして尋ねたの。
すると、フレイア王女は笑みを引っ込めちゃった。そして、スイッチが入ったかのように優雅と清楚さを兼ね備えたかのような雰囲気に切り替わったフレイア王女は、王様にわからせてあげるかのように、
「あの方です」
ふんわりとした動きで私を掌で指し示し教えてあげたの。優しいね。
――あっ、王様がこっち見た。「なるほどのう、お主かー」って言いながら目を細めてる。
とにかく、ピシッとかしこまる私。
「ミウ殿。こちらへ」
なんか私が名指しで呼ばれたよ。なんで……?
「はい」
答えつつ、他の二人はいいのかな……? と思った。
ともあれ、私は王様のもとへ。
……うわぁ、王様との謁見かあ……、緊張するなぁ……。
思いっきり見といて今さらだけど、相手は王族だからと、なるべく顔を見ないようにし、一応、膝をついて頭を垂れようとしたら、「よい」と手で制された。カットしていいのかな……?
「ミウ殿やそちらにおるユヅキ殿は、サナティス様の眷族であるそうではないか。であるならば立場は殆ど対等だ。面を下げんでもよいぞ」
おそるおそる顔をあげる。
すると王様は「うむ」満足そうに頷いて、
「此度は、我が娘フレイアを助けてくれて、誠に大義であった」
「私からも改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございました」
……そうだっけ?
残念ながら、その時のことは、よく覚えてないから、助けたっていう実感がいまいちないんだよね……。
まあいっか。とりあえず、合わせとこ。
「いえいえ、そんな……滅相もない……」
と、両手振り振り困り顔。
私は役者の才能に目覚めたらしい。
我ながら、いい演技だと思う。
「よって褒美を使わそう。何を望む?」
うーん、どうしよ。
急に褒美って言われても、困っちゃう……。
ここで、たとえば、お前の席って言ったら、打ち首かもだよね……。そんなもんもらって、首をちょん切られたくないし……。何か無難なものを要求することにしよう……。
こういうときって、皆なら何を要求するんだろうなぁ……。
――ぽわぽわぽわわん――
想像してみたけど……何も浮かばない。そもそも、現代の日本に王様から下賜されるってシチュエーションなんてないんだよね……。参考例があると助かるんだけどなぁ……。
今、必要なものってなんだろ……?
衣、食、住の内だと……。
――住だ!
決まった。わりと即決な気がする。
一応、お姉ちゃんを見ると、
「実兎の好きにしなさい」
と、言ってくれた。
なら、
「拠点――家をください」
宿屋での寝泊まりでもいいんだけど……、家もほしいよね。
「よかろう。明日までに用意しておこう。今後も、よきにはからえ」
「はい、陛下」
私が答えると、
「よろしい」
王様がにっこりと笑った。
――あれ、謁見はこれでおしまい?
なんか思ったより、あっさりで拍子抜けしてしまうなぁ……。短い方がいいけど。
『――失礼しました!』
私たちは王の間より退室する。
コリンはというと、
「ニコラス王様ー、フレイア王女様ー、まったねー!」
元気一杯で、王様――ニコラス王とフレイア王女に手を振った。
「ああ、コリン、またのう」
親戚の子供に接するおじちゃんみたいな顔をするニコラス王。
「コリンさん、またねです!」
ニコラス王、フレイア王女は、二人ともにっこにっこで、コリンへ親しげに手を振り返す。
どうやらコリンは、王族と関わりがあるらしい。
けど私は、おそらく、修道院つまり宗教団体と王族の関係であろうと推測し、特に尋ねようとはしなかった。
お姉ちゃんも同じように自分の中で推論を出し、納得したのだかな? 不思議そうな顔はしてたけど、尋ねる様子はなかった。
つまり、私たち姉妹はそんなコリンに説明を求めることはしなかったというわけ。
そうして、三人で、王城を後にしようとしたのだけれど――
城中の通路にて、二人の人影が行く手を塞いだ。
一方は、一見、実直そうだけど、どこか暗い影のある青年。化けの皮でも被っているのだろうけれど、内から漏れだす不気味なオーラは隠しきれていない。聖騎士の正装を着ているから聖騎士だろう。油断のない足取りが強者くさい。
もう一方は、フレイア王女に似た顔立ちだけれど彼女よりかは若干幼くJCかJS高学年かなって感じの、対面してみて狂気を感じずにはいられない少女。豪奢なドレスを着ているから貴族だろう。フレイア王女の血縁ならば王族か。なんとなくだけど、近寄ったらパクりと食べられてしまいそうな感じがする。
この二人はヤバイと直感が告げている。
すると青年が冷えきった眼でこちらを見た。
「よお」
なんて声を掛けられる。
「ローゼフじゃん。名ばかりの聖騎士団長閣下が何のようかなー?」
あからさまに敵対心を剥き出しにしたコリンが私たちを庇うように前に立った。
しかも煽ったけど、仲が悪いのかな? さっきも愚痴ってたし。
と思ったら、ローゼフ閣下がフンと鼻を鳴らし、徐に手を伸ばした。蔑んだ目を向けて、羽虫を除けるようにぞんざいに叩く。
「邪魔だ」
と押し退けられそうになっても、足で踏ん張りローゼフ閣下を気丈に睨み付けるコリン。
ローゼフ閣下は手を引き、やれやれし、ボソリと呟いた。
「乳だけでかい俗物が」
「……!」
絶句し、目を剥くコリン。
ローゼフ閣下は、それに構わず続けて冷淡な口調で、
「お前ごときに用はない。失せろ」
と言い放つ。
「はあ!? なんだと、てめー!」
そこまで言われて、コリンが流石に頭にきたと食って掛かる。胸ぐらを掴もうとするも、払われてしまう。
「年増は好かん。私に触れようとするな。お前ももう二十を越えただろう? 間もなく、婚期を逸するぞ」
ローゼフ閣下はロリコンらしい。自分だって二十越えてるだろうに。
そして、たぶんこの世界は結婚適齢期が若めなんだろうね。
「……」
コリンは唇を噛み締めて俯いている。……とても悔しそう。
コリンは、薄々気づいていたけれど、私たちよりちょっと歳上のお姉さんだったらしい。にしては振るまいと口調が幼いような……。今度コリンお姉ちゃんって言ってみようかな? うーん。しっくり来ないから、やめよう。
「ちょっとあんた、コリンになんてこと言うのよ!」
お姉ちゃんがローゼフ閣下を非難する。
私も『うんうん』と頷く。
女の子に年齢のこと言うなんてデリカシーがなってない。
しかし、ローゼフ閣下は外野の声など聞こえていないといった様子で、
「聞こえなかったのか? さっさと私の眼前から消えろ。目障りだ」
なおもコリンに向けて追加口撃する。
ふと私たちを見て、
「ああ、お前たちが女神を僭称するサナティスの玩具か。あまり良い気になるなよ」
「良い気になってるのはそっちでしょ! 聖騎士団長ってそんな偉いの?」
お姉ちゃんの指摘に、私も『うんうん』と頷く。
ローゼフ閣下は即答した。
「偉いぞ、少なくとも異世界の出身ってだけでいい気になっている出来損ないのお前らよりはな。そもそもミネスト家はな、愚民風情とは家格が違うんだ。舐めるなよ」
言い終わると、『言ってやったぜ。スカッとした』といった表情をしたローゼフ閣下は人に悪罵を浴びせるのが大好きらしい。最低な男だ。
「ちょっと私の仲間になんてこと言うのー! ひどいよー!」
コリンはたまらず、状況を見てるだけの少女に泣きついた。
「レシア王女様も見てないで、臣下を黙らせてくださいよー」
「え?」
レシア王女と呼ばれた彼女はきょとんとした。
「あなた、たしかコリンだっけ?」
「そうですよー」
「コリン、なんで私がそんなことをする必要があるのかしら? 訳を言いなさい」
「臣下だからですよー。臣下の教育も上に立つものの務めですよねー。というかー、そもそも人選ミスではないですかー?」
「なんで私がそんな面倒なことをしなくちゃいけないのかしら、言っていることが理解できないわ。それに、ローゼフはクズだけど有能よ」
レシア王女は『こいつ何言ってるんだ』って目でコリンを見て小首を傾げる。
「聖騎士として有能でも、人として下劣ですー!」
コリンが反論するも、レシア王女は意に返さず。
「たしかにそうね。けど、ローゼフがやったことなら、ローゼフが悪いの。私は関係ないじゃない。私がやったのはそこの姉妹にホブゴブリンの一団をけしかけた事くらいよ」
『……』
あまりにも堂々と白状するものだから、私たち姉妹はぽかーんとしてしまった。
「関係ないって臣下は臣下ですよー!?」
「ウェンディンならともかくローゼフなんか知らないわよ」
「そうなんですかー」
どこまでもローゼフを好きにさせる様子のレシア王女に、コリンは嘆息した。
コリンは、ならばとつつく話題を変える。
「ていうかー、ホブゴブリン仕組んだのレシア王女なんですねー、ひどいですー!」
『そうだ、そうだ』
私たち姉妹もローゼフに妨害されつつ、詰めよった。
「まさか女神の眷族を殺す気だったんですかー!?」
「殺す気なんて今はないわ。別に邪魔ってわけじゃあないしね。サナティスに喧嘩を売りたくないし……」
「サナティス様の逆鱗に触れたも同然ですけどねー」
「え? そうなの? た、ただ、仲良し姉妹でムカついた。それだけよ。それに彼女らは仮にもサナティスの眷族でしょ、精霊なのも調べが付いているわ。ホブゴブリン程度で死ぬわけないじゃない。死ぬわけないわよね。あれの一撃で死ぬタマじゃないでしょ。死んだらその程度だったってだけよ。キャッハハハ」
サナが怖いのか、必死に弁解してたかと思えば、開き直って哄笑する。
「何をほざくんですかー! ゴブリンも臣下もきっちり管理してくださいー! いえ、ゴブリンを使役するのは駄目ですー!」
「コリン、私はね。昔のような絶対王政を目指しているから、臣下なんて所詮他の権力者を潰すための使い捨ての駒程度の認識なの。失敗した時の責任の擦り付けにも使えるしね。いちいちメンテナンスなんてしていられないわ。それに臣下をどう扱おうと、私が正義よ。ゴブリンを玩具にするのもね」
とんでもない言い分と彼女の諭すような口調のコンボがイラッときたのか、
「はあ!? なんですとー! サナノ神聖王国をまたしても絶対王政にとか、馬鹿じゃないですかー!? そんなの、サナティス教もサナティス様も許さないですよー!」
「私、馬鹿な女の子は大嫌いなの! 愚かにも自分が神です、なんていう子とかは特にね! 王国が似非女神に玩具にされている現状を打破するのよ! 私だって王国を玩具にしたいわ! じゃなかった、素晴らしい治世を敷いて国民にちやほやされたいわ! ちやほやされるのは私だけで十分! そのためにまずは、ウザい王女たちは皆、手ずから殺していくのよ! キャハハハ! ……と思っていた時期もあったわ。ちょっと前に給仕に扮してフレイアに一服盛ろうとしたこともあるしね。まあ、バレたけど! 馬鹿なフレイアは私を庇って、ほんと嫌い! あの時対面して、あの子の澄んだ瞳を見てしまってから、なんだか駄目なのよ! そこの姉妹も、何故かムカついてしょうがないわ! あと、ローゼフはもっと嫌い! 肩書だけは良くて国民にちやほやされているんだもの!」
「さっきから言論がめちゃくちゃですねー! サナティス様に喧嘩売りたくないとか言っといて、思いっきり喧嘩売ってるじゃないですかー。キノコとかヤバい薬とかキメてませんかー!?」
コリンが王女様を相手に凄い口を利く。
すると、レシア王女がキーッといきり立つ。
「何よその口の利き方は! 私は第八王女よ! 貴女よりも偉いのよ! それなのに、なんて無礼なの!? いい加減にしないと蹴るわよ!」
終いにはヒステリックに捲し立てた。
足まで出そうとしてきたので、コリンは引き下がった。
「ダメだー。さすが頓痴気姫、話が通じないよー……」
コリンは額に手を当てて途方にくれた。レシア王女って、頓痴気姫って呼ばれているのかな?
「レシア王女ってアホなのかしら……」
お姉ちゃんも呆れている。
「おい、私を無視するな」
ローゼフ閣下がなんか言っているけれど無視して、ホブゴブリンをけしかけてきたことについて、きちんと叱らないと。とレシア王女の方へ歩み寄ったら、キッと見据えられた。
ひえっ、と怯んでしまう。見た目は美少女だけど、常軌を逸脱した人っぽいし、怖くて近寄れない。
すると、
「おやおや」
後ろからフレイア王女がやってきた。
「騒ぎが起きていると聞き付けてきたら」
私たちを順繰りに見て、レシア王女をじっと見据えた。
「レシアちゃん?」
「フ、フレイア!? なんであんたまで来るのよ! やりづらくなるじゃない!」
レシア王女がぎょっとし、みるからに慌て出した。
もしかしてチャンス到来かも?
「レシアちゃん、何をやろうとしてたんですか? フレイアお姉ちゃんに言ってみてください。さあ」
落ち着いた声色で話し掛けながらフレイア王女はゆっくりとレシア王女のもとへ歩いてゆく。
一歩詰められるごとにレシア王女は後退りしていく。
今が攻め時と、私もフレイア王女に続く。レシア王女の背後をとろうと狙う。
ローゼフ閣下は、お姉ちゃんとコリンと罵り合いを再開していて、意識がそっちだ。
「レシアちゃん、いい子だからお話ししましょう?」
フレイア王女が勢いに乗って距離を詰めると、
「く、くんなー――って、きゃあ!」
レシア王女が自分のドレスの裾に引っ掛かってスッ転んだ。あまりにも派手に転ぶものだから、気を取られて足を止めてしまう私。
「痛ったー!」
「レ、レシアちゃん、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ったフレイア王女が手を差し伸べた。
「あ、ありがと」
レシア王女はその手を取って立ち上がり、はっと目を見開いて手を振り払い、むきーっと喚いた。
「ああ、もう! 引くわよ! ローゼフ!」
言うが早いかレシア王女は慌てて踵を返した。
私ははっとして追い掛ける。ホブゴブリンの御礼がまだだ。
けれどレシア王女ときたら、駆け出したら、足がめっちゃ早い。
「ちょっと待ちなさい! レシアちゃん!」
フレイア王女も駆けっこに参戦した。彼女も健脚だ。
中庭に出た。
レシア王女がそこに待機していた。馬耳メイドに向けて、
「ウェンディン背負いなさい!」
言いながら、駆けている勢いのままに肩に手を掛け、飛び乗った。あれだけ早いなら自分の足使えよ。と一瞬思ったけれど、ウェンディンのが馬鹿みたいに早い。
私とフレイア王女は必死に追ったけれど、城外まで逃げられてしまい、あえなく追跡を断念した。
「ミウさん、必死でしたけど、もしかして妹になんかされました?」
「実は、ホブゴブリンをけしかけられて……、倫理観が狂っているみたいで、わからせようかなって」
「まあ……。それはさすがに看過出来ませんね。一度話し合うためにも、捕まえなくては……」
どうやら大捕物が始まるみたいだね。
お説教するためにも、ちゃんと捕まえてきてほしい。という意思を伝えると、
「レシアちゃんを捕まえたら、また連絡します。今回は相当なことをやらかしたので、たっぷり叱ってくれて結構です。自分がどんなにいけないことをしたのか、わからせてあげてください」
そう言って、すぐにレシア王女の捕獲作戦に取り掛かるのか戻っていった。
実兎がレシア王女を追っていってしまったけれど、あちらは任せよう。今はローゼフだ。
「レシアの奴。何やってるんだか……」
ローゼフは彼女らが向かっていった方を冷ややかな目で見て、こっちを見た。
「まったく、興が冷めた……」
ローゼフが嘆息した。
「フレイア王女までしゃしゃり出て来られたんじゃあ、仕方ないか。今回は見逃してやろう。――あばよ」
捨て台詞まで吐いて、くるりと踵を返し、悠々と歩いてゆく。
「カス! 二度と来るなー!」
「肩書きだけのクズね!」
私たちはその背に罵声を浴びせかけた。もう全部あいつのせいってことでいいんじゃないかしら。
その後すぐに、実兎と合流した。実兎はレシア王女を叱るんだと意気込んでいた。狂った彼女の倫理観を治すための再教育を施したいってことらしい。つまるところ、更正させたいのかしら? 大丈夫かしら……。私もレシア王女をわからせたいから協力するわよって言っても一人でやるって言って聞かない。どうやら、ホブゴブリンけしかけられた事が相当腹に据えかねているようだった。私もなんだけど、実兎の気持ちを優先して任せることにした。そこまで執心だとは……、レシア王女相手に妬いてしまうなぁ……。
「なんとか撒いたわね……」
ウェンディンの足の速さのおかげで窮地を脱することが出来た私は、息を吐いて、これまでのことを思い返す。
私はサナノ神聖王国の第八王女という立ち位置にいる。ぶっちゃけ、権力なんて全くない。けれども、フレイアにはある。我が国は今、女王が帝国との諍いで忙しく、代わりに王が国を治めているんだけど、王はフレイアが傀儡として上手く操ってしまっている。王座にいるお飾りの王様を影で支えるフレイア。その実は国を支配し思うがままにしているというわけよ。外道なことはしていないけれど、とにかく邪魔だったの。私だって国が欲しいわ。ちやほやされたいのももちろんあるけれど、隠しているもう一つの本音はミネスト領の再興を果たすためでもある。ローゼフのためではなく、私が領民に崇められるため、私の手でこの領地を復興させたい。だけど、悪の手先に占拠された領都にはローゼフの心を折った怪物がいる。私も心を折られた。聖騎士団長であるローゼフが敵わないだけあって、王国の精鋭で組まれた討伐隊も駄目だった。
私のミネスト領が掌握されると思うと、いてもたってもいられなかった。傀儡の王様は元より、女王の居ぬ間に裏で権力争いをする王女は、皆、ミネスト領に巣くう悪の手先に手をこまねいていて役に立たない無能だとも思った。
だからまずは第一王女であるフレイアを毒殺しようとして、バレた。
私は人が踠き苦しむ様が見たくて、給仕の格好をして毒入りハーブティを目の前で注いだ。
バレたのは、フレイアが、「あれ、レシアちゃん、お仕事体験ですか?」とか目を丸くして訊いてきたから。私がミネスト領に引きこもり避けていたから、録に話したこともないのに、フレイアは平然と話し掛けてきた。
ぎょっとして、「そ、そうよ! お仕事体験よ!」――名目では、本当にお仕事体験だった。第八王女の微々たる権力をフル活用したら出来た。そしてメイドを軽く脅したら役を変わることが出来た。その日はタルティアが病欠だったのも味方した――って上ずった大きな声で答えてしまい、それと同時に毒の入った袋を落っことしてしまった。呆然としたわ。そのうち兵士がすっとんできて、私の毒殺計画がすぐにバレた。
馬鹿なフレイアによる懇願で、なんとか極刑は免れた。実のところ、私の臣下のローゼフが聖騎士団長であのミネスト家というのも大きい。
フレイアが駆け付けた自分の臣下であるリッケンに言ったのは「血の繋がった妹だから、どうかこれは内密にしていただけませんか」だったか、ほんと馬鹿だ。リッケンもあの筋肉馬鹿のベネット家の人物だから、よく分かっていなかっただろう。「なんでハーブティに毒が? 警備! 何をしていた!?」とか言ってたっけ、犯人目の前にいたのに間抜けだ。でもフレイアの命令だけは守るだろう。うちのローゼフとは違う。臣下の差に辟易する。ローゼフは優秀だけど、思うがままにならないときもあるし、ミネスト領が悪の手先に支配されてからクズだし。
ともあれ、あれから、「あれ、レシアちゃん、お仕事体験ですか?」っていう台詞が何度も脳裏でリフレインする。
フレイアは姉だ。血の繋がった姉だ。私を殺さなかったし、それどころか馬鹿なお願いまでして助けた。殺そうとした殆ど顔も合わせたこともない第八王女の私をよ。詳しく知りもしない第八王女なんて切り捨てても良いというのに、血の繋がりに固執でもしているのかと思ったら、「レシアちゃんはお話が嫌いなのかなと思って今まで積極的に声を掛けることをしていなかったんですが、反省しました。私を殺そうとしたのは、不幸なすれ違いなのでしょう。これからは積極的にお声掛けします。馬鹿なお姉ちゃんを許してください。姉妹としてお話しましょう」なんて、頭がおかしいと思う。あれからしつこく絡んでくるしウザいったらありゃしない。毒殺されかけたことによる警戒心からの顔色伺いか、あるいは……、で王女たちを頻繁に召集するようにもなったし。
だけど、とりあえず、殺すのはやめてあげることにしたのだ。興が削がれたし。
ローゼフに、失脚ならともかく殺すのはまずいだろう! と本気で止められたというのも大きいけどね。
しかし、フレイア、私の姉、あんな風に対面しなければよかった。
あんな澄んだ瞳をしているなんて……。
血の繋がりがあるなんて信じられなかった。
それはともかく、サナティスの眷族だとかいう姉妹をこっそり見に行ったら、なんかフレイアと自分の姿が彼女たちにダブって見えて、姉妹仲が良いのがムカついて、ホブゴブリンをけしかけたけれど、それも失敗。全部、実兎とかいう妹の方のせい。なにがお姉ちゃんよ。シスコンめ。
「ならば次の一手よ!」
「どうするんですか?」
ウェンディンが訊いてきた。
「生憎、ウェンディンに教えてあげている時間はないわ」
厄介なお姉ちゃんに目を付けられてしまった以上、迅速な行動をしなければならない。尻尾を掴ませるなんてへまをするもんですか。
「がっかりです。レシア様のお話、私、大好きで訊きたかったのに」
「またの機会にね」
ウェンディンの頭を撫でてあげた。
「というわけで、ウェンディン、今から仕込みにいくわ」
「仰せのままに」
ウェンディンはローゼフよりも私の命令をちゃんと訊いてくれるから嫌いじゃない。
再度走り出す、ウェンディン。
「とりあえず門から外に出て」
「はいー」
というわけで、門の方へ。
って門に兵がいっぱいいる!?
「レシア王女、大人しくフレイア王女のもとに!」
もう連絡がいってるの!?
ルーシアでも使ったのね。フレイアときたら、手が早いんだから。
「レシア様突撃しましょう!」
「いいわね!」
素晴らしいアイデアだ。無様に兵士が地に倒れ伏すところを見てみたかったからそう思った。
すると、ウェンディンが力一杯、駆け出した。
「でやぁ!」
立ち塞がる邪魔な兵を吹っ飛ばして門を駆け抜ける。
「キャハハハ、爽快ね!」
背後で兵士たちがぶっ倒れてるのが面白い。とにかく最高の気分!
「レシア様、目的地は?」
「もちろん旧ミネスト領の私の城よ!」
「それなら、ちょっと飛ばしますね! しっかり掴まっててください!」
「わかったわ!」
彼女の頼もしい背中にぎゅっとしがみつく。
気恥ずかしいから本人には言えないけれど、私が真に信頼するのはウェンディンだけ。
ローゼフとの合流なんてもはや頭にはなかった。
そのローゼフはというと、ダルいと思いながら、レシアの向かった方へ向かおうとし、途中、門の方を見ながら唸っていた。
「ちっ、門兵が大勢いるじゃねえか。面倒くせえな……」
私は、どうするべきかと考えた。
「アレ使ってみるか」
ふと、異世界のブツを思い出す。
ローゼフが取り出した赤色のシルエットのそれは――
召喚士に召喚させたシロモノだ。何者かの妨害により、実効性のある武器は召喚出来ないはずなんだが、これは召喚出来た。盲点だったんだろうな。
前に物は試しとゴブリンに使ってみたが、有効だった。無論、限りがあるので無駄遣いは出来ないが、兵士の奴等へ嫌がらせがしたいからここで使う。
まずはバレては不味いので、一応、ローブを被る。
そして、私は兵士のもとへ駆け出し、ホースの先端を向けた。
「くらえ!」
発したのは声色を変えた声。ほぼ同時に、私が持つ謎のブツを見て、怯んだ兵士らにこれまた謎の薬剤が噴射される。
私はそのまま兵士全員にぶっかけた。
「ヒャッハー!」
まったくもって爽快だ。
興が乗ってしまい、おかしな舞をしてしまったがフードを被っているので大丈夫だろう。
後はこれで殴って黙らせるだけ。
盗んだ馬に乗って、ウェンディンの駆けた後を辿り、道中、邪魔な兵士たちを打ち倒していく。ウェンディンの他の馬が通れないところを突っ切りまくるという無茶苦茶な走りによるもので追うのに苦労したことと、信頼関係の築けていない馬であれ巧みに乗りこなす私の乗馬技術によるもの、私がミネスト領の事を熟知していることによるもの、それらが重なり、追い付くことが出来たのだ。こいつらが口ほどにもないのもあるのだろう。しかしウェンディンも時には役に立つものだな。
そして合流だ。
辛うじて悪の手先の支配下にないミネスト領の僻地にあるこの廃教会はレシアの城らしい。サナティス教とは違う宗教のものだ。悪の手先を崇めるこの宗教はサナノでは邪教としてサナティスにより炙り出され潰されたが、他の国では、こっそり信仰されているらしい。無論、私たちは信徒ではない、寧ろ嫌悪しているが、建物の質が良いから占拠させてもらっている。
――レシアときたら、いい気なものだ。
レシアは偉そうにミネスト領の職人に作成させた玉座に座っていた。ウェンディンが侍っている。
「ローゼフ遅いわ」
「……これでも走ってきてやったんだぞ。邪魔な兵士も寝かしておいた感謝しろ」
「私のためにローゼフが働くのは当然よ」
「その通りだが、少しは労いの心を見せないと下のものも不満を持つぞ」
「ローゼフがそれを言うの?」
「口先だけだが労っているぞ。私は聖騎士団長だからな」
「まったく、感心だこと」
「絶対褒めてないだろう。まあいい、次は何をやらかすつもりだ?」
フレイア王女に捕まるのは時間の問題だろうが。どうせ、あまちゃんなフレイア王女のことだ。自分の事を毒殺しようとしたレシアのことを見捨てていないようだし、今回のレシアのやらかしも泥を被ってくれることだろう。私としてはそのまま失脚してもらいたいものだ。レシアに権力を持たせるためにも、被る泥の量を少しでも多くしておきたい。サナティスがこちらへ来る前に方々に最大限の嫌がらせをしなくてはな。
「それはね――」
王族も色々あるんだねーということで、ローゼフとのことは忘れて、王城を後にした私たちは、宿へと向かっていた。
「これで実兎もすっかり英雄ね……。私が着いていった意味あったのかしら……」
お姉ちゃんがそう漏らす。
「まあ、いいじゃん」
そんなお姉ちゃんを私は、宥めた。
「王様、ボケ入ってるから、此度のこと、おそらくすぐ忘れるよー」
コリンが爆弾発言。
『え?』
私たち姉妹は揃って目を見開いた。
「冗談だよー」
今の言い方、マジぽっかったよね?
「そういえば、王様名乗ってくれなかったよね?」
『あ』
私の指摘で、時が止まった。
確信をついてしまったかもしれない。王様ボケてる説が濃厚となった。
「いやー、まさかねー。王様もそんな歳じゃないでしょー、まだー」
「ま、まあ、人間なんだし、そういうこともあるわよ。――というわけで明日からは、私たちもマイホーム暮らし、今日で宿とはお別れよ。ということで、改めて宿にいきましょっか」
「賛成」
「賛成ー」
次は、宿で夕食を取る。と可決された。
道中。お姉ちゃんがふと思い出したように問い掛けた。
「そういえば女王様はいらっしゃらないの?」
「帝国とのいざこざで忙しいみたいだよー」
「へぇー」
「帝国なんてのもあるんだね」
そうして宿に着いた。早速食堂に入る。
「今日でここのご飯も最後だよー。よく味わって食べてねー」
コリンは自宅で食べるらしいが、私たちと歓談するためか相席していた。
お魚が、今日の晩御飯らしい。名前は知らない。
「言われなくても」
お姉ちゃんが魚を食べ進める。
「私は、最初で最後なんだけど……」
そう。スプラッターのせいで、寝込んでた所為により、ここではまだご飯を食べてなかった。
「……まあ、私も2回目だし」
色々語らって、食事を終えた。
うん。異世界の魚料理もなかなかに美味しかったよ。というか、普通に洋風料理だね。
そして、コリンのお見送り。
「じゃあねー、また明日ー」
コリンが大きく腕を振る。
「ええ」
「おやすみ、コリン」
私たち姉妹はそれぞれ返す。
「ミウちゃん、ユヅキちゃん、おやすみー」
そうして、コリンは自宅へと帰っていった。
コリンを見送った私たちは、風呂に入り、宿屋の部屋へと入る。
すると、すぐに扉がノックされた。
「あら、どなたかしら?」
「ちーっす。とりあえず中入れて」
軽い挨拶をして、どこかフレイア王女やレシア王女と雰囲気の似た少女が部屋にづかづかと乱入してきた。
こっちに来て、ビクッとする私。
「ちょっと……」
お姉ちゃんが咎めるように言うも。
「へー、ダブルなんだー。仲いいんだね」
などと言いながら、彼女は徐にベッドに腰掛け、
「私は一応第六王女やってるルーシア。よろしく」
片手を軽く挙げながら挨拶した。
「え? 急に何? フレイア王女の妹さん二号? 雰囲気がかなり違うけど……」
「二号って……。まあ、そうなるね。ただ、女神の寵愛を受けただけの人間という括りは一緒だし、性格の違いなんて些細なことでしょ」
「そうなのね」
お姉ちゃんは適当に流すことにしたらしい。
「で、私たちに挨拶するために、わざわざここまで歩いてきたってわけ?」
「いんや、転移で来たよ」
「ほう」
転移とは何とも興味深い話だった。
私たち姉妹の関心に、ルーシア王女は苦い笑みを浮かべ「そんないいもんじゃないよ」と切り出して、
「移動は短縮されるけど、座標の設定で頭使うし、魔力もごっそり持っていかれて、とても疲れるからおすすめはしないね」
「それなら馬車にでも乗ってくればよかったのに……」
「あんまり大勢で来るのは迷惑かなって気を利かせたんだけど」
「それはどうも」
「それに個人的に興味もあったしね」
「へぇ……、で、用件はなにかしら?」
「他の王女たちも代表してフレイア姉を暴漢から救ってくれたお礼を言いに来たんだ。ありがとう、他の王女たちも感謝してるはず」
「はずって……」
「そりゃあ、色々あるでしょ。政敵同士」
「姉妹で争うなんて馬鹿げてるわ」
「まったくね……私も小うるさいのに目をつけられててさ。公務をサボって遊びにいく度に叱られるんだ」
なんか愚痴りだしたぞ。
「それはルーシア王女も悪くない?」
私は思わず横から突っ込んでしまった。
「手厳しいね。というか呼び捨てでいいよ、こっちもそれでいくから。あとね、王女なんて肩書き煩わしいだけ」
「王女を呼び捨てはちょっと……」
お姉ちゃんが拒むと、ルーシア王女が「そっか」と笑う。
「王女嫌なの?」
私が訊いてみると、
「嫌ってわけじゃないけど、とにかく疲れるよね。これは姉御にもよく言われるんだけど王族としての振る舞いっていうの? そんなん出来るかー、ダルいわ」
はぁっと嘆息する。
「そんなこと言っていると、王城から追い出されるわよ?」
「それも嫌だね。なんだかんだ王城での生活は快適だしね。身の振り方を考えなきゃいけないかもなー」
「まあ頑張りなさい」
「頑張る? その言葉は大嫌いだよ」
「他に言いようがないわ」
「それもそうか。って、なんかごめんね、話し込んじゃって。そろそろ帰るとするか、じゃあね」
言ったそばから足元を輝かせて、そのままひゅんと何処かへ(多分王城へ)転移してしまった。
「別に気にしてないけど……って、もう消えた」
「だね……」
私たち姉妹は、独特のペースにすっかり翻弄されてしまった。
というわけで、寝る間際となった。
「今日も色々あったわね」
お姉ちゃんがそう言うので、
「うん。暴漢に襲われたり、蒼氷の剣と出会ったり、王女が暴漢に襲われていたり、私の意識がぶっとんじゃったり、そういえば王女たち三人も会話したんだね。フレイア王女。レシア王女。ルーシア王女。皆、個性的だった。極めつけは王様との謁見だね。王様の変顔祭り面白かったなぁ……」
私は頷き、指を折る。今日は沢山のことがあった。明日はもっと沢山の……、出来れば――、楽しいことがあるといいな。ローゼフ閣下は意図的に記憶から抹消する。
「ええ、思わず笑っちゃったわ……。あの梅干しみたいな顔は夢に出そうね……」
「お姉ちゃん思い出させないでよ……笑っちゃうじゃん」
「じゃあ話変えるわね。――王女様の下着、ちゃんとブラパンだったわね。しかもレースで可愛かったわ」
「うんうん。お姉ちゃんと服買ったときもそうだったけど、カボチャパンツとかじゃなくて良かったよ。縫製技術は現代日本並みなんだね」
「ええそうね。魔法の賜物ってところかしら。あと、ゼファーが居たわね」
「そういえば居たね。怪我してたけど、今度こそ、死んだかな?」
「大丈夫でしょ。てか、死んでほしいの? チャラ男って呼んでたり、嫌うわねー。まあ、いっか。この世界の魔法の力で怪我なんかちょちょいのちょいよ。たぶん」
「そっかぁー、じゃあ寝よ」
「あっ、これパジャマね」
お姉ちゃんがすっとパジャマ出す。
私はそれを受け取った。
パジャマに着替えながら、同じくパジャマにお着替え中のお姉ちゃんに訊く。
「ところで今、パジャマどっから出したの?」
そういえば、ポンポンものを出したりしまったりしていると思っていたので、何の魔法だろうと。
「あれ、言ってなかったっけ?」
お姉ちゃんはそう言って、ズボンから何かを取り出した。
それは白いキューブだった。
「これに、アイテムボックスって呪文がエンチャントされてるの。実兎にもあげるね」
「へぇー。これがね」
いいものもらった。
そうこうしている内に着替えが終わる。ベッドに倒れて……
「ってこれ、ダブルベッドじゃん!」
びっくらこいた。
「看病するためよ」
お姉ちゃんが弁明した。
弁明になってないけどね……。
「それ、関係ないよね」
「――別にいいでしょ?」
どうにも腑に落ちないけど……。
「まあいっか……」
――お姉ちゃんなら、許せる。
「はい、おやすみ、実兎」
お姉ちゃんが明かりを消した。
「おやすみ、お姉ちゃん」
布団を被る。ふかふかのお布団とお姉ちゃんの体温を感じながら目を瞑り、私は眠りに就くのだった。