食の安全
〇〇九 食の安全
早速部屋を出て食卓に向かおうと思って腰を上げようとした所で、姫様が声をかけてくる。
「そうそう四狼、食事で思い出したけど先に聞いておく事と、言っておくことがあるわ」
僕は食事の前に急いで伝える様な事って何だろうと思いながら、もう一度腰を下ろす。
「覚醒直後は特に気を付けないと、色々と大変な事になる可能性もあるからよく聞いて」
姫様が真面目な顔で僕の目をしっかり見つめて言ってくるので僕も真剣に聞く事にする。
「まず、四狼の前世は地球の日本で良いのよね?」
「そう言えば僕の前世が日本とは言ってませんでしたが、どうしてわかったのですか?」
「簡単よ、転生先にこの国を選んでいるし、話し方や雰囲気、後は勘かな。違ったら違ってても返って問題は減るし」
「前世が日本だと問題があるのですか?」
僕は姫様が何を言い出すのか少し怖くなってきていた。
前世が日本だと他の覚醒者と違い、何か問題でも起きるのかと気持ち身構えて姫様の言葉を待つ。
「前世が日本ならまず、ここが日本では無いって事をしっかり肝に銘じておいて欲しいの」
なんだか凄く当り前の事を言われて僕は肩透かしを食らった気がした。
「真面目な顔をしてどんな重要な事を言われるのかと思ったら、凄く当り前の事を言うのですね」
「とても重要な事よ。色々似ている部分もあるから返って気付き難いけど、結構意外な所が違っていたりもするの。特に食料関係とか食の安全は重要でしょ」
食の安全は確かに重要だけど、何か危険な食べ物ってあったかな?
「何か違う所ってありましたか? 僕は気が付かなかったのですが」
「色々あるのよ。分かり易い物では肉に限らず、野菜も生では基本的に食べられないわ」
「普通、野菜は兎も角、生肉はあまり食べないと思うのですが」
「それが魚や卵でも?」
生魚や生卵が食べられないって、そうだった。
「そういえば、生卵は勿論、刺身や握り寿司は見た事が有りませんでした」
「そういう事よ。この世界の殆どの魚には寄生虫やなんらかの細菌が居るわ」
「それは、凄く残念ですね」
「そう、残念なのよ」
僕と姫様はやはり元日人なのか、食べ物の事で本当に残念だと真剣に話合う。
「折角米と醤油が有るのに刺身が食べられないなんて」
「更に生卵に付いている細菌は熱には弱いのだけど、それ以外には物凄く強いのよ。つまり、すき焼きにも生卵は使えないって事だし、マヨネーズも作れないわね」
思った以上に大事な事だった。
刺身や寿司が食べられないのは凄く残念だから、何か方法が無いのか後で天照達に聞いてみよう。
「ご忠告有難う御座います。知らなかったら食べていたかもしれません」
「知らせるのが間に合って良かったわ。たまに刺身を食べて死ぬ人が居るのよ。こちらで暮らした時間も有るから知っている筈なのに、不思議よね」
姫様は不思議そうに言っているが、この国での転生を望んで来た人はやっぱり日本食を欲しがっているから、覚醒直後の記憶が混乱している間は忘れてしまっているのだろう。
「一番困るのがマヨネーズを作って儲けようとか考える人ね。自分で味見して死ぬのは自業自得なんだけど、他人に試して殺してしまったりする人が過去に何人か居たらしいわ」
「それは、試された人が可哀そうですね」
「本当にそうよね、四狼も気を付けなさい」
ちょっと不思議なのだが、何で先に自分で試さなかったのだろう?
前世の何処かで聞いた、料理の下手な人は味見をしないってやつなのかな?
それに、冷静になって考えれば分かる事だが、他にも覚醒者が居るのだから、簡単に作れる物なら先に作っている人も居る筈なのだ。
「他には魔物の肉の中には瘴気が含まれている物があるから、食べるなら浄化してから食べないと病気になる物もあるわ。でも、そういう肉に限って、浄化すると美味しいのよね」
その肉の味を思い出したのか、姫様は少し困った顔で笑っている。
「後は自分で料理をするのなら、記憶の摺り合わせをしてから料理をしなさい。食事に関して急いで知らせておく事はこれ位ね」
「姫様、有難う御座います。料理はしないと思いますが、気を付けます」
「後、料理以外の注意、という程じゃないし、知っていると思うけど、将棋やなんかのボードゲームとかトランプとかの電気的じゃない遊びは随分前から出回っているから、前世知識で儲けようとしても難しいわよ。電動的な物は電気もないから作れないしね。この国の主な動力は呪力や魔石等の地球には無かった物だけど、一部では風力や水力も使ってるから、それらを使う新しい道具なら儲かるかもしれないわ」
今だけでなく過去にも大勢の覚醒者が居たのなら、既にその辺りのネタは先に使われていても仕方がないのだろう。
僕には錬成魔術が有るから魔道具で稼ぐ事も出来そうだけど、これも先に平田さんがやっているから難しいかもしれない。
風力や水力があるなら電機は作れそうだけど、呪力の方は大抵の人が持っているから余り使い道もないだろうし。
まあ、無限倉庫にはいくつもの国のお金が各種一千万枚以上ずつあるのだから、お金には困って無いんだけどね。
「最後にもう一つ、覚醒者仲間は名前で呼び合っているの。だから今後は私の事も名前で呼びなさい」
「え、姫様のままでは駄目なのですか?」
「折角の元日本の仲間なんだから、仲間内で位は気楽に話したいじゃない?」
「はあ、そういうものなんですか?」
姫様の考えは良く分からないけど、姫という身分にもそれなりの重圧が有るのだろうという事で納得する。
「そういうものなのよ。さ、言ってみて」
「それでは今後は桜花様とお呼びしますが、これで宜しいでしょうか?」
「うん、それで良いわ。じゃ、伝える事も伝えたし、お昼にしましょう」
そう言って席を立ち、姫様も何度も来ている食卓に向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
姫様を伴って食卓に行くと、そこには五狼と三刃ともう一人、伊吹さんが居た。
彼女は一応、姫様の護衛の筈なのだが、何故かこの家に来ると姫様を放ってさっさと道場に行ってしまう。
そんな彼女が、今は我が家の食卓でお昼のお茶漬けを食べていた。
一応、伊吹さんは道場の門下生だった事もあってか、今でもこの家に来るとこうして自分の家の様の寛いていたりする。
折角、背が高くて胸も大きく、黙っていれば結構な美人なのに、ご飯を頬張っている姿は何処か小動物的な愛嬌がありつつも、滑稽でもあった。
残念美人という奴なのだろうか?
姫様より長い付き合いが有るのだが、一応姫様の件が有るので鑑定もしておこう。
名前:春風 伊吹 (はるかぜ いぶき)
生年月日:和富歴1036年3月32日 h10歳(16歳) 女
身長:5尺2寸7分(約158センチ)
体重:13貫(約48.75キロ)
胸囲:2尺9寸1分(約88センチ)
胴囲:1尺9寸1分(約58センチ)
尻囲:2尺8寸(約84センチ)
状態:良好
性交:無
腕力:28
握力:34
脚力:38
知力:33
記憶力:30
体力:38
呪力:28
霊格:h80
位階:h22
能力:異界収納3、生物鑑定3、算術3、太刀術2、小太刀術4、回避3、槍術1、苦痛耐性4、狩猟4、言霊術1、暗殺術2、隠形3
称号:天然素材
役職:和富王国近衛武士
取り合えず、前世知識は持っていないようで安心したが、何か知らない内に色々能力が増えている気もする。
前の能力を知らないから何時から持っているのかは分からなけど、暗殺術って護衛に必要なのかな?
称号も気になるけど、生物鑑定持っている人、結構多いよね?
『鑑定って、普通に持っている物なの?』
『いえ、一万人に一人位の能力の筈ですが、護衛に就く者は持っていないと護衛の難易度が跳ね上がります』
確かに、人物鑑定が出来れば、敵がどんな能力を持っているかも分かるから、対応もし易いだろう。
『この国の女性の平均身長は148センチ位なので、とても大きな女性なのですよ』
月詠が気になるのは身長なのか?
いや、確かに家の女性陣で身長が150センチあるのは春菜母上だけだったけど。
『ちなみにこの国の男性の平均身長は163センチ位になります。一部の例外を除くと、文化や時代を考慮して近いと思われる、江戸時代と現代の日本の中間位の平均身長になります』
なるほど、確かに江戸時代の日本人はかなり小さかったと聞いた事がある。現代日本と江戸日本の中間なら、全体的に背が低いのも納得だ。全体が低いんだったら、建物等もそれに合わせているので特に問題も無いだろう。
少し考えが脱線してしまったが、それよりも……。
「伊吹さん、何時も思うのですが、護衛対象の姫様を放って一人で道場に行っても宜しいのでしょうか?」
僕の質問に、伊吹さんは急いで口の中の食べ物を飲み込んで答える。
「何、この屋敷の中なら私よりも強い者も何人も居ますし、何時でもそれなりに人が居ます。何より姫様の側には四狼殿が居るのですから、何も心配の必要は御座らん」
信用してくれているのは嬉しいのだが、一応僕も男なので、女性の警護は必要なんじゃないかと思うんだけど、伊吹さんだけでなく姫様も気にしていないのだから、僕に男らしさは認められていないのだろう。
なんだか自分で考えてて少し悲しくなってきた。
「一応、僕も男なので、女性の護衛は付いておいた方が良いと思うのですが?」
「何を今更言っておるの御座る? それに四狼殿が姫様の嫌がる事をする筈が有りません。仮に何かあっても、それは姫様が許しているという事ですから、問題御座らん」
「いや、大問題だと思うよ!」
仮に姫様本人が良くても王様とかが許さないと思うのだが、伊吹さんの考えが軽すぎなんじゃないかな?
「そうじゃな、軽々しく許す心算はないが、四狼の事は信じておるし、一応、四狼も私の婿候補の一人ではないか」
「候補だからこそ、二人きりになるのは問題があると思いますし、候補と言われても僕は二十番目以降の候補ですから、次の選定で消える筈ですよ」
そこで、また姫様がニヤリと笑った気がした。気のせいで有りますように。
「安心せい!めでたく四狼の候補順位は数日中には上がるじゃろう!」
姫様、突然可笑しな事を言うのは止めて貰いたい。
伊吹さんがこちらを見てニヤニヤしているし、五狼は惚けているし、三刃が睨んでいるので勘弁して下さい。
「四狼兄様は姫様に一体何をしたのですか? 何か良からぬ事をしたりはしていませんよね?」
三刃は姫様にとても懐いているせいか、睨みながら此方に詰め寄ってくる。
僕は慌てて弁明を始める。
「いや、特に何もしていない筈だよ。桜花様も、どうしてそんな事を言うのですか?」
そんな狼狽えている僕を見ながら姫様が嬉しそうに答える。
「なんと四狼は先程私に刀ではなく、術の指導をしてくれたのじゃが、今まで一度も発動出来なかった術をあっさりと使える様にしてくれたのじゃ!」
「姫様、本当で御座いますか? あれだけ訓練をしていて出来なかったのに、一体どの様な指導をしたのか、とても気になるのですが、まずは、おめでとう御座います!」
伊吹さんが大げさに手を動かしたかと思うと、そのまま頭を下げ姫様に祝福を言う。
「うむ、ありがとうなのじゃ」
「しかし、成程、それだけの功績が有れば婿候補の順位を上げるのも頷けるというものです」
そんな事位で上げて良い物なんだろうか? 若干何か裏が有りそうな気もしたのだが、仮に裏が有っても大した事にはならないだろうと、気にするのをやめて不思議な位に盛り上がっている城組の二人を見ていると、今まで黙っていた五狼も此方に来て話しにまざってきた。
「兄上は何時から術の指導等を出来る程に術の事を勉強なさっていたのですか? 良ろしければ僕にも指導をお願いしたいのですが、何時でしたら時間が空いておりますか?」
五狼が以前から刀等の武術よりも術の方に興味がいっていたのは知っていたが、予想以上の喰い付きに僕は少し狼狽えつつ、今度はやり過ぎない様に何処まで教えて良いのか天照達に聞いてからにしないといけないなと思った。