次の狩り
お待たせいたしました。
予定より少し遅れてしまい申し訳ありません。
今回も僅かでも楽しんで頂けたら幸いです。
桜花様達を見送った僕達は普段の夕食の時間より遅くなっていた為、浄化装置を使って簡単に汚れを落とすと、それぞれの自室に着替えに戻った。
僕は手早く鎧を脱ぐとそのまま無限倉庫に仕舞う。
鎧等の武具の整備は夕食後、五狼達に教えながらするので今は必要ない。
部屋着に着替えると気持ち早歩きで食堂へ向う。
食堂に着くと既に兄上達は揃って食事を初めており、僕の直ぐ後に三刃が到着し、僕達は自分の席に座った。
座る場所は決まっており、普段はコの字の中央の上座には父上、その両隣に母上達が座り、左辺に一狼兄上、冨月義姉上、三狼兄上、五狼と座り、対面に二狼兄上、二刃姉上、僕、三刃と座る。
「三刃が夕食に送れるとは珍しいが、そういえば今日は狩りに行っていたのだったな」
「見た処、目立った怪我は無い様で何よりです」
一狼兄上が僕達が遅れた理由を察し、春菜母上が僕達の体調を確認して安堵する。
そこに遅れて五狼が到着して、現在屋敷に居る全員が珍しく夕食で勢ぞろいした。
「はい、魔道薬も多めに用意しておきましたから、問題無く狩りは大成功でした」
「魔道薬を使ったという事は怪我もしたのでしょう。無事に帰って来てくれて良かったわ」
秋穂母上が自分の異界倉庫から僕達の膳を取り出して並べながら、心配そうに話し掛ける。
「姫様も御一緒だったのでしょ? 姫様にお怪我は無かったの?」
二刃姉上がご飯を持って来て僕達の膳に置いてくれながら訪ねてきた。
「確かに今日一番の怪我をしたのは桜花様ですが、直ぐに魔道薬で回復しましたので、今は傷一つ無い筈ですよ」
「そう、それなら良かったわ」
二刃姉上は安堵したのか、微笑んで自分の席である僕の隣に座った。
「おい四狼、姫様に怪我をさせるとは何たる為体、もっとしっかりとお守りしないと駄目だろう!」
桜花様が怪我をしたという事で、桜花様大好きな三狼兄上がご立腹だ。
「僕の仕事は桜花様の護衛ではなく、剣術指南です。それに、僕の制止を聞かずに突進した結果です。安全策は十分にしてありますので、多少の怪我は桜花様ご本人の為にもなったと思います」
今日の目的は狩りであり、狩りとは危険なのものなのだと理解させるのも目的の一部なのだ。
そういう意味でも十分に目的を達成したと思う。
「三狼、そう怒ってやるな。姫様が心配なのは分るが武芸の修行とは危険と隣り合わせ、それが学べたのならば次の機会に生かせば良い。余程の怪我でもなければ回復も可能なのだからな」
「一狼兄上がそう言うのなら、分った」
この世界は危険が多い分、怪我の治療に関しては治癒術や魔道薬が有る為、ある意味地球より進んでいて、手足の欠損程度ならお金さえ掛ければ治せるのだ。
しかし、それでもある程度の死亡者が発生するのが、狩りの怖い処でもある。
今日の熊之介も、僕が間に合わなければ今頃、狼の腹の中だったのだ。
先日の試合で負けたせいで焦っているのかもしれないが、一番大事なのは命を大切にだと思う。
生きていれば再戦も可能だが、死んでしまったら、そこで全てが終わってしまうのだから。
「それで、大成功だというのなら、大物でも仕留めたか、大量に狩れたのだろう?」
「はい、大物も仕留めましたし、数の方も大量に狩れました」
「狼が次々襲って来ましたから、午後はずっと狼と戦っていた気がします」
一狼兄上の質問に僕が答え、五狼が補足する。
「狼は群れますから大変だったでしょう。よく無事に帰りましたね」
二刃姉上も僕達を労ってくれた。
僕達は三人で代わる代わる状況を話し、灰色狼の撃退を説明していく。
「後ろを土壁で覆う事で、囲まれる事を防いでの防衛戦か、悪くない戦術だ」
「ありがとうございます」
一狼兄上が僕の戦術を褒めてくれる。
「しかし、その戦術だと相当の数を倒す必要が有ったんじゃないのか?」
「はい、三狼兄上の仰る通り、かなりの数の狼を狩る事になりました」
「三刃もいっぱい狩ったのです」
「皆さん凄いですね」
「でも、それだけの数の狼、倒しきれなかったら危なかったのでは?」
冨月義姉上が感心し、二刃姉上が心配そうに尋ねて来る。
「危なくなれば全方位を壁で囲って狼が入って来れない様にしてから地面に穴を掘って逃げるか、分厚い土壁を作って上を逃げるかすれば良いので、引き際は考えておりました」
「そう、ちゃんと後の事も考えていたのね」
二刃姉上も感心を込めた目で僕を見つめて微笑んだ。
「成程、それが大量に狩った獲物という訳だな。それで、大物は何を狩ったのだ?」
「はい、大鹿や草原蜥蜴を数頭狩ったのと……」
「三刃は熊も狩ったのです」
僕の言葉に重ねて三刃が自慢すると、何故か嫌な予感がした。
『主様、危険予知が反応しているのですよ。膳の前に壁を作るのですよ』
思考加速で月読が警告してきたのに従い、僕は素早く金術で下が向こう側に伸びたL字型の軽銀(アルミ)の壁を作り出す。
土壁にしなかったのは、食事に土埃が入るのを避ける為だ。
次の瞬間、僕の目の前に座っている三狼兄上が、丁度飲んでいた味噌汁を盛大に吹き出した。
「ぶふぅーっ!」
「三狼兄上ー、汚いです」
三狼兄上の隣に座っていた自分の食事に、僅かに掛かった味噌汁に涙目で五狼が訴える。
「四狼、助かりました」
「四狼兄上、ありがとうです」
僕の両隣に座っていた二刃姉上と三刃が、壁を作って被害を食い止めた僕に礼を言う。
僕も警告してくれた月読に礼を言って二人の礼に答えながら、軽銀の壁に幻術を掛けて反対側を透けて見えるようにした。
「どういたしまして。僕も自分の食事を守っただけですから」
「三狼さん、食事中にはしたないですよ」
「けほっ、す、すみません、秋穂母上。皆も、悪かった」
「それで三刃、熊とはどういう事だ?」
皆が落ち着いたのを見計らって、一狼兄上が三刃に尋ねる。
三刃は救援信号に答えて遭遇した赤熊について語り、最後の一撃を自慢げに語って見せた。
それを聞いた一狼兄上は少し困った顔で答える。
「人助けは良い事だが、お前達に赤熊はまだ早いと思うのだが、四狼、少し無謀過ぎると思わんかったのか?」
「かといって、あの状況で桜花様が引くとは到底思えません。倒せる様に協力した方が安全だと判断いたしました」
そう言うと一狼兄上も、まぁ姫様だしな、と納得してくれたが三刃の爆弾報告は続く。
「それに、姫様は三刃の倒した熊よりも、もっと大きな熊を倒したのですよ」
「もっと大きな熊、とは?」
いや、素材の事も相談する予定だったから、隠してる心算もないのだが、一狼兄上がじろりと僕を見てくる。
赤熊を倒して調子に乗った桜花様が吹き飛ばされた後に、進化した灼熱熊を皆で協力して倒した経緯を説明すると、一狼兄上は疲れた顔で「本当に、あまり無茶はするな」と窘めてきた。
それは僕にじゃなくて、桜花様に行って欲しい。
「赤熊なら俺でも一人で倒せるかもしれんが、灼熱熊は無理だ。それを姫様が倒したのか」
三狼兄上は少し悔しそうに話しているが、桜花様が一人で倒した訳じゃないし、使った武器の性能のおかげでもある。
その事を告げると三狼兄上も渋々納得してくれたのだが。
「よし、四狼、次の非番の日は俺の狩りに付き合え、勿論五狼と三刃も一緒にだ」
「ええっ、僕もですか?」
「また狩りに行けるのですか? やったーっ!」
巻き込まれた五郎は面倒臭そうに、三刃は嬉しそうに答える。
「何故、三狼兄上の狩りに僕達もなのですか?」
「最近、俺は仕事で狩りに行っていないから実戦不足な気がしたのと、姫様に灼熱熊を倒させた四狼の指揮振りが見てみたくなった」
「そいつは良い! よし、二刃、俺達も参加するぞ!」
「ええっ、私もですか? しかし、一狼兄上が参加したら四狼の指揮等関係無くなりませんか?」
三狼兄上の説明に、一狼兄上も乗っかり二刃姉上も巻き込むが、二刃姉上の言う様に一狼兄上が参加したら僕の指揮とか関係なく、殆どの獲物を一狼兄上一人で狩れてしまう。
「何、俺はお前達の実力を見る為に狩りを見学するだけだ。余程危なくならない限り、手は出さんよ。そして、二刃が加われば人数も今日と同じになるから丁度良い」
こうして、一狼兄上の鶴の一声によって、僕達の次の狩りが決まってしまった。
「それで、三狼兄上は何処に何を狩りに行く心算なのですか?」
「そうだな、やはり姫様と同じ様に、赤熊や灼熱熊と同等の強さの魔物と戦ってみたいな」
「熊を相手にするとなると、林か森の外周辺りになりますから、狩人組合の合同狩猟には参加できませんが、宜しいのですか?」
「構わんだろう。目的は熊を狩る事なのだから、運良く素材の依頼が有れば売れば良い」
狩人組合や商業組合では欲しい素材の依頼等も出しているので、狩れた獲物に依頼が出ていれば、通常より高額で買取して貰える。
当然、この素材依頼を専門にしている狩人も居るが、依頼の多くは中型の強力な魔物だったりするので、依頼を達成するのは大きな猟団や、僕達の様な武芸者が腕試しのついでに受ける事も多い。
しかし、合同狩猟ではないので組合の荷車を使えないし、荷車で未整備地を走るのは乗り心地が最悪だ。
その為、狩場まで自分で歩くか、未整備地を走れる自走車を用意する必要があるのだが、今回の目的地を歩きで日帰りは無理なので、自走車を使う事になる。
「三狼兄上の非番に合わせるとなると日帰りの狩りになりますが、移動手段はどうしますか?」
「その辺りの準備も四狼に任せる。しっかり計画を立てて指揮して見せろ」
一狼兄上はすっかり見学気分で僕に丸投げする。
父上の自走車は街乗り用なので町の外では乗れない。
目的が熊狩りなら、相応のお金が手に入るし、今後の事も考えて、無限倉庫に入っている自走車を分割払いで買った事にしようかな。
詳細は後で月読に相談するとして、一狼兄上には「分りました」と答えておく。
三狼兄上の非番は四日後だそうなので、先ずは明後日の準備だ。
「話は変わりますが、今日狩って来た獲物の解体の手伝いと、ついでに五狼達に解体を教えてあげて欲しいのですが、秋穂母上と二刃姉上は明日の午後に時間を取れますか?」
明後日に桜花様達と焼肉会を開く事も説明すると、二人は問題ないと請け負ってくれた。
「そう言えば、狩った数も多かったそうだが、実際何頭狩ったんだ?」
「はい、大半が灰色狼になりますが、全部で三百七十二頭です」
「さ、三百だと」
「多いとは聞いていたがそれ程とは、本当によく無事に帰ってこれたものだ」
三狼兄上の質問に答えると、三桁は予想外だった様で一狼兄上も驚いていた。
「それで狩った獲物に関していくつか相談が有るのですが、先ず大半は集団狩猟の規定で組合に売却するのですが、五狼達にいくら渡して良いのか僕では判断がつかないので、二人の分のお金は一旦秋穂母上にお預けしてお任せしたいのですが、宜しいですか?」
「その程度の事でしたら勿論構わないのですが、四狼さんが困る程の金額になるのですか?」
「はい、間違いなく一人辺り四十両を超えます」
「「「「!」」」」
「四十両……」
「そうか、大半が灰色狼だとしても、数が数だけにそれ程の金額になってもおかしくは無いか」
三刃以外の女性陣は金額の大きさに声も出ず、三狼兄上は金額を繰り返し、一狼兄上だけが冷静に状況を確認していた。
驚いている内に三刃と約束した八分以上を提案すると、すんなり了承してくれた。
驚きながらも、全額と二人の年齢を考えると妥当と判断された様だ。
「二人共、今後欲しい物が有ったら相談しなさい。買っても良いと判断すれば必要なお金はお返しします」
「はい、僕は本を買えれば良いので、今は八分で十分です」
「三刃は先ず街を見て周ってから考えます」
二人も僕が言っていた金額が保証された事に加えて、秋穂母上が預かったお金も必要にお応じて返して貰えるという事で嬉しそうだ。
「もう一つ、灼熱熊の素材ですが、桜花様が魔石を欲しているので、売らずに僕らで使おうと思うのですが、欲しい素材は有りますか?」
「いきなり言われても困るが、素材を扱う技能も無いからな、食える部位だけ取って後は売るしかないだろう」
「灼熱熊は美味しいですから、調理のし甲斐が有りますね」
「そうだな、毛皮くらいなら使い道もあるだろうが、今の季節には向かんし、買い叩かれるだろう。四狼の異界も倉庫になったのなら、慌てて売らずとも保管しておけば良い」
一般市場には余り出回らない食材も、僕達の住む中央区の高級店では時々販売されており、父上も狩った時には持ち帰ってくる灼熱熊の肉の味を思い出したのか、三狼兄上と二刃姉上は食べる事しか考えていなかったが、一狼兄上が的確な案を出してくれた。
僕は一狼兄上にそうしますと答え、伊吹さんへの対価は僕が出せば良いかと結論を出す。
話すべき事が終わったので、疎かになっていた食事に集中するが、既に少し冷め始めていた。
ちなみに今日の夕飯は、ご飯にいつもの具沢山味噌汁と鯨の唐揚げだ。
僕は直接見た事が無いのだが、この世界の他の生物の例に漏れず鯨も大きく、体長は二キロを超えるそうだ。
当然、小さな船しか持たない一般の漁師では獲れず、捕鯨可能な大型の船を持った漁師や海軍が何隻もの船で囲んで獲っている。
既に狩りの技法が確立している為、大きさの割には安全に狩れ、一頭から採れる肉の量も半端ないので赤熊の肉より安かったりする。
僕が食事に集中している間も三刃達の話は続き、位階が三つも上がった事に再び三狼兄上が吹き出しそうになったりと、今日の夕食は終始普段以上に賑やかだった。
夕食を済ませた僕は五狼と三刃と共に、今日使った武具の整備を終えると、五狼と風呂に入って疲れも流して布団に入る。
横になりながら日課の記憶統合をするが、流石に他の分体もアルベール王国以上の事件には遭遇していなかった。
怪我をしたお婆さんを治療したり、迷子の男のを親元に送ったり、轍に嵌まった馬車を助けたりと、小さな親切をして周った分体や、ただ美味しい食事を楽しんだ分体。
盗賊撃退を陰から手伝ったり、魔物に襲われてる商隊を応援した分体等、昨日と大差は無かった。
戦争等に積極的に関わらなければそんなものだろう。
その戦争に間接的に関わっているアルベールの分体は、既に早朝に差し掛かっていて、今日の活動を始めていた様だ。
この分体の行動力に、本当に自分の分体なのかと訝しみながらも、動き始めた計画に大事になったと溜息を堪えながら、僕は僕でこちらの生活を頑張ろうと声に出さずにおやすみなさいと呟き、眠りについた。
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