婚約者
お待たせ致しました。
今回も楽しんで頂けたら幸いです。
どうやってフランシーヌさんの頼みに答えようかと考えていたら、地図上にこちらに近付いてくる反応がある事に気が付く。
部屋を素通りするかと期待したが、そのまま部屋の扉が開いて三十代半ば位の男、おそらくフランシーヌさんの父親が入って来た。
「フランシーヌ、入るぞ。何やら美味そうな匂いがするのだが……ん? 何だ? この部屋の明るさは?」
男は部屋の明るさに驚いて光の照らす中央を見ると、ベッドの上のフランシーヌさんと、その横に腰掛ける僕を見つけて一瞬固まったが、その直後には腰の短剣を抜いて構える。
「貴様は何者だ! 見た事の無い顔だが共和国の者か? 邸への立ち入りは許しておらぬぞ! 何処から侵入した!? 娘の部屋で何をしている!?」
男は矢継ぎ早に次々と質問を叫んできたので、どう説明しようかとフランシーヌさんを見るが、彼女も突然の事に固まっていた。
黙っていると斬り掛かって来そうな雰囲気だったので、僕は立ち上がって頭を下げて謝罪と説明をする。
「夜分遅くにお嬢さんの部屋に押しかけたのは申し訳ないと思いますが、時間に余裕が無かったのでご容赦下さい」
「時間とは何だ!? 貴様の目的を言え!」
男はフランシーヌさんと僕の距離を確認しながら、油断なく僕を見つめて詰問を繰り返す。
「僕の目的はお嬢さんの病気を治す事です。お嬢さんの余命は二日を切っていたのですが、幸いにも治療が間に合いましたので、後は栄養の有る食事さえ取れれば直に健康な身体を取り戻せます」
「治療が終わっただと!」
「余命二日!?」
男は信じられないといった顔でフランシーヌさんを見つめると、フランシーヌさんも余命二日に驚いていたが、その衝撃に逆に冷静さを取り戻したのか、頷いて答えた。
「はい、お父様、余命は初めて聞きましたが、シロウさんが言うには私は二つの病気を併発していたそうで、両方とも治して頂きました。明日には少し歩ける様になるそうです」
フランシーヌさんの答えに男は「信じられん」と呟きながら、暫くフランシーヌさんを見つめていたが、フランシーヌさんが身体を起こして普通に会話している事に気が付くと、油断なく僕を確認しながらベッドに近付いて来る。
親子の会話を邪魔しない様にと、僕は横に逸れてベッドから離れた。
僕がベッドから離れると直ぐに男がベッドに駆け寄り、フランシーヌさんに声を掛ける。
「無事か?」
「ええ、痛みも全く有りませんから、一時前より元気なのは間違いありません」
「こうして、また普通に会話できる様になるとは思ってもいなかったが、その様子を見るに本当に治ったのだな」
男は驚きと嬉しさの入り混じった、複雑な表情でフランシーヌさんを見つめた。
「ええ、全てはシロウさんのおかげです」
フランシーヌさんはそう言って僕の方に視線を向け、男もその視線の先を追従して僕を見ると、短剣をしまって頭を下げる。
「娘を助けてくれたそうだな、礼を言う」
「いえ、僕にも理由が有るので、気にしないで下さい」
「そういう訳にもいくまい。褒美には何を望む? 財貨の大半は共和国軍に持っていかれて大した物は残っていないが、可能な限り善処しよう」
既にフランシーヌさんに協力をお願いしているから、他の対価は必要無いのだが、どう説明しよう。
『折角領主と直接面識を持てたのですから、ご主人様の国の管理者に加えては如何でしょう?』
『実際に任せられるかは、一時待機の町で確認すれば良いのですよ』
確かに現領主に町の管理を頼めるのなら、僕としても助かる。
「では、一つお願いが有るのですがその前に、お嬢さんのもう一つの願いを叶えてからにしましょう」
「ん? フランシーヌの願い?」
男はそう言ってフランシーヌさんを見る。
「お父様も先程の匂いを気になさっていたでしょう? シロウさんがとても美味しい食事をご用意して下さったのですが、私だけがこっそり頂いたのも悪い気がいたしまして、家族にも分けて貰えないか、お願いしていたのです」
「食事だと? 例の商人の事もあるが、大丈夫なのか?」
「心配は無用です。わざわざ死にそうな病人を治してから毒物を食べさせる意味なんて無いでしょ?」
娘の言葉に男は溜息をついて納得する。
「娘の病気を治して貰ったばかりか、食事まで頼むのが図々しい申し出なのは承知だが、娘が美味しいと言う食事も気になる。何よりこの国にはまともな食糧が殆ど残っていないのだ。我らにも分けられる食糧が有るのなら、分けて貰えないだろうか?」
「勿論構いません。他のご家族も呼んで皆で味わって下さい。場所はどうしますか?」
そう聞くと男が食堂に行こうと言ってフランシーヌさんを見るが、彼女はまだ歩けないので、無限倉庫から車椅子を出して乗せて運んであげる事にした。
「車椅子なんて懐かしいわね。日本の物と区別が付かない位にしっかりした作りで凄いわね。それにこの服も、浴衣みたいで懐かしい」
車椅子に座ったフランシーヌさんは車椅子や着ている服を見回し、ご機嫌で感想を口にする。
日本の物と区別がつかないのも当然だ。この車椅子は初めから無限倉庫に入っていた日本製なのだから。
「気に入って貰えたなら良かったです」
そう言って廊下に出るが、廊下の明かりは薄暗いので、僕の作った明かりをそれぞれの前方やや上に配置して廊下を進む。
食堂に着くと、男は他の家族を連れて来ると言って出て行った。
暫く待っていると、三十代位の女性と十歳位の女の子を連れて戻って来て奥の席に着く。
「ああ、本当に、フランシーヌが、ベッド、から出られる、なんて…」
「これ、まずは挨拶を終えてからにしなさい」
フランシーヌさんの母親らしき女性が彼女を見て涙を流している。
「すまない、まだ名乗っていなかったな。儂はクリストフ・シャリエ侯爵、ここクロスベルの領主だ」
「失礼、しました。妻の、ロザリー、です」
「じ、次女、のジスレーヌ、です」
「そう言えば、私もまだ名乗っていませんでした。ごめんなさい。私は長女のフランシーヌです」
皆が名乗ってくれるが、身体が痛むのだろう。言葉が途切れ途切れになっているし、ジスレーヌさんに至っては、知らない男が居る事にも怯えている。
折角だから、食事の前に皆の中毒症状も治した方が良いだろう。
「僕はシロウと申します。折角なので食事の前に皆さんの体調も改善したいと思うのですが、構いませんか?」
「それは願っても無いが、頼んでも構わないのか?」
「勿論です。それが僕の目的ですから」
そう言って順番に席の横に立ち、出して貰った手を僕の手で包み、中毒物質の回収と治療をする。
「おお、身体が軽くなったぞ」
「痛みが消えたわ」
「痛く、ない!」
毎回同じ様な反応だが、同じという事は回復したという事でもあるので、僕はそのまま皆の前に雑炊の椀と果汁水の入った湯呑を出して配り、席に戻る。
既に食べ終えているフランシーヌさんと僕の前にはお茶の入った湯呑と、赤実の乾燥果物を置いて準備完了だ。
「熱いので火傷に気を付けて食べて下さい」
そう言うと早速侯爵が食べ始める。
「これは! 匂いだけでなく味も素晴らしいな」
「初めての味ですわ」
「あつっ、でも美味しいです」
ここでも雑炊は好評で、僕も嬉しい。
皆が食事に集中しているので、僕とフランシーヌさんは乾燥果物を摘まみながら皆の食事が終わるのを待つ。
「この乾燥果物も美味しいですわね」
「気に入って頂けて良かった。この乾燥果物も栄養が有りますから、遠慮なく食べて下さい」
「はい、美味しいので手が止まらなくなりそうです」
そう言ってフランシーヌさんは乾燥果物をもぐもぐと食べていると、早くも雑炊を食べ終わった侯爵が羨ましそうに見ているので、彼にも小皿に分けて出してあげると美味そうに食べ始めた。
「これも甘みと酸味が絶妙で、美味いな」
そんな父親を見たジスレーヌさんも急いで雑炊を食べようとしているが、慌てると火傷しそうなので声を掛ける。
「急がなくても乾燥果物はいっぱい有りますから、まずは雑炊を味わって下さい」
乾燥果物も初めから無限倉庫に収納されていた物なので、在庫は万トン単位で有ったのに加えて複製世界でも回収しているから、そう簡単には無くならない。
そして僕の言葉にジスレーヌさんは恥ずかしそうにしながら、食事の速度を緩める。
やがて全員が雑炊と乾燥果物を食べ終えたので、話が始まる。
「まずは儂と家族の病気を治してくれた事に感謝する。して報酬だが、命の恩人に対する程の物が残っておらん。代わりにフランシーヌを嫁にと言いたい処だが既に婚約者が居る身なのでそれもできん」
「でもあなた、フランシーヌの婚約者は出兵し、現在生死不明。構わないのではないでしょうか?」
「いや、相手が格下ならばそれもできようが、相手が格上とあっては死亡が確定してからでないと、こちらが不義理者として糾弾されるだろう」
「お父様、シロウさんは実力性格共に素晴らしく、魅力的な殿方だとは思いますが、たとえ彼が既に亡くなっていたとしても、せめて彼を思い出にするまでの時間を頂きたいと思います」
何やら勝手に僕の嫁が決められそうな雰囲気に待ったを掛ける為に、僕も発言する。
「お待ちください。僕はその様な事で嫁を求める心算は有りません。婚約者がいらっしゃるのならば、先ずはその方の安否を確認した方が良いのではないでしょうか?」
「安否の確認と言っても、あの広い戦場を隈なく探すだけの人員がおらんし、死んでおれば例え戦いでの損傷が少なくとも、既に獣に喰われて判別もできまい」
侯爵の言う事は正論だが、僕なら探し物は検索で一発なので直ぐに見つけられる。
問題は検索結果を侯爵達に信じさせる方法だが、ここは転移を襖で誤魔化したのと同じ方法を使う事にする。
「僕がフランシーヌさんを見つけたのと同じ方法で探せます」
僕はそう言って無限倉庫から大きめ水晶玉を取り出して説明する。
「これは探し物を見つけてくれる魔道具です。これで流行り病で余命二日以内の者を探した結果、フランシーヌさんを発見したのです」
「余命二日!?」
ロザリーさんが、フランシーヌさんの余命を聞いていなかったので驚いている。
「同じ様にフランシーヌさんの婚約者を探せば、たとえ死亡していても遺体の場所が分かります」
「凄い道具なのですね。私にも使えるのでしょうか?」
「この魔道具はもの凄く多くの魔力が必要なので、おそらくこの国の者では無理でしょう」
フランシーヌさんは使えない事に残念そうだが、元から僕の能力を誤魔化す為の嘘で、これはただの水晶玉なのだから誰が使っても何も起きない。
「更に探す対象が増えたり、範囲が広がればそれだけ多くの魔力が必要になります」
「シロウ殿になら使えるのだな? ならば早速試して貰えないだろうか?」
「勿論、その為にお見せしたのですから構いません。それでは、婚約者の方の名前や特徴、役職等を教えて頂けますか?」
「はい、私の婚約者の名はライルハイト・アルベール、この国の第三王子です。戦場では第四騎士団指揮官だったと思います」
驚いた、まさかここでライルさんの名が出て来るとは思っていなかったのだ。
『天照は知っていたの?』
『いえ、そこまで詳細に情報を確認しておりませんでした』
まあ、普通はわざわざ婚約者の情報まで確かめたりしないか。
そして驚きが顔に出ていたのだろう、侯爵達が僕の反応に不思議そうな顔をしている。
「ああ、すみません、まさか知っている方の名前が出て来るとは思ってもいなかったもので、先に結論をお知らせしますが、ライルさんなら生きています」
「ライル、さん?」
「ライル様が生きていらっしゃるのですか? それに、どうしてシロウさんがその事を知っているのでしょう?」
侯爵は王子の名を僕がさん付で呼んだ事に驚き、フランシーヌさんは僕がライルさんの生存を知っている事を疑問に思った様だ。
僕がライルさんと知り合った経緯を話し、ライルさんの健康状態を見て、この国で流行っている中毒を知ったので、緊急の治療が必要な者を探した結果にフランシーヌさんが含まれていたのだと説明した。
「つまり、偶然では有りますが、シロウさんがライル様と出会えたおかげで、私は助かったのですね」
フランシーヌさんはライルさんとの繋がりを感じているのか、少しうっとりした顔で答える。
「そうか、王子はあの商人を追い詰めたのだな」
「しかし、キンスは共和国の武器を持っていたので、あのままでは良くても相打ち、寧ろ返り討ちにあっていた可能性の方が高かったと思います」
「結局、王子もシロウ殿が助けてくれたのだな。感謝する」
侯爵は頭を下げて謝意を表し、更に続ける。
「して、王子は今何処におられるのだ? お身体に問題は無いのか?」
「今は僕が用意した宿に泊まっていますし、毒素も抜いてありますから、皆さんよりお元気ですよ」
侯爵は「そうか」と溜息と共に安堵の声を吐きながら力を抜く。
そしてライルさんとの計画を話すと、侯爵達は更に驚いた。
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