襲撃
お待たせ致しました。
今回も楽しんで頂けたら幸いです。
拡張視覚に常時表示している地図の端の方から、獣の反応が急に増えだしたのだ。
地図の表示範囲を半径四キロから六キロまで広げて確認すると、何故か南東方向から大量の灰色狼がこちらに向かって来ていた。
この数が一度に来られると桜花様達では捌き切れなくなると思い、少し慌て気味に思考加速して月詠達に相談する。
『月詠、この数だと桜花様達が対応しきれないと思うんだけど、どうしたら良いかな?』
『主様、灰色狼の強さは先程までの獲物とそう変わらないのですよ。なので分断すれば桜花様達でも各個撃破は容易いのですよ』
『具体策としては、我々との間に壁や穴を作って分散させると良いでしょう』
『更に今朝確認されていた、あの能力を使えば余裕なのですよ』
確かに、今朝の記憶統合で知ったあの能力ならこの状況に有効そうだと考え、僕は少し気が楽になった。
『ありがとう月詠、これで安全に桜花様達の修行が続けられそうだよ』
『どういたしましてなのですよ、主様』
月詠に礼を言った僕は早速地図を見ながら、まだ三キロ以上離れた場所にいる灰色狼達の少し手前に、灰色狼達には飛び越えられない大きさの穴を無作為かつ大量に作っていく。
これで灰色狼は穴の淵を走らないとこちらに来られないので、徐々にばらけて行くだろう。
更にここから二キロ程の場所に、今朝確認した異界創造の下位互換みたいな能力の迷宮創造を使って地面を削り、奥行き四百メートル程の迷宮を作る。
壁の上が地面の高さになるが、入り口側全域を低くしているので迷宮を通らないとこちら側には来れないし、迷宮の両端も抜けれない様に深い崖を作っておいた。
その崖すら回り込んだ場合はここからは大きく離れてしまうので、何処か別の方向に向かうと思うが、そちらは他の狩人に任せよう。
後は迷宮を操作して数を制限しながら順次こちらに誘導していけば、桜花様達の良い経験値になってくれるだろう。
休憩が必要になれば迷宮の出口を閉じてしまえば良いので、安全面も問題無い。
最後に迷宮の管理を任せる為に、多重思考を一つ起動して監視させながら、後は灰色狼の到着を待つだけだ。
僕の準備が終わって数分待っていると、伊吹さんが魔物の気配を捉える。
「姫様、何やらこちらに近付いてくる気配があるで御座る。おそらく獣でしょうから迎撃の準備をするで御座る」
皆は伊吹さんの警告を聞き、直ぐに戦闘準備を始める。
僕も卓の上の湯飲みなどを無限倉庫に片付ける
「伊吹、どの方向から来るのじゃ?」
桜花様は兜を被り、紐を絞めながら伊吹さんに襲撃方向を聞く。
「姫様、南東方向で御座る」
「こっちじゃな、んーまだ何も見えぬのじゃ」
桜花様は伊吹さんに言われた方向を確認するが、木が疎らに生えていたり背の高い草などの障害物があるので、百メートル程しか見通せない為にまだ目視は出来ない。
僕は幕から出て南東に向かって階段状に太い石壁を作ってその上から確認する。
「桜花様、そちらの草叢の向こうから来ます。距離約七十間(約百二十六メートル)、数は三つですが、その後にも複数の影があります」
「了解なのじゃ四狼、皆も準備は出来ておるな?」
「勿論です姫様」
「はい、問題ありません」
「いけるで御座るよ」
「来ます!」
僕がそう言うと同時に草叢から灰色狼が三匹飛び出して来た。
皆はそれぞれ武器を構え、迎撃態勢を整える。
そこに一匹の灰色狼が飛びかかって来るが、桜花様も前に出て灰色狼の下から刀を振ってその喉を切り裂いた。
その横ではまっすぐに突っ込んできた灰色狼の額に五郎の槍が突き刺さる。
そして伊吹さんが牽制している灰色狼の横から三刃が斬り掛かり、それを避けた灰色狼に伊吹さんの小太刀が突き刺さって第一陣はあっさり片付いた。
「次は五匹です! 今のより少し東から来ます」
僕は次に灰色狼が現れる方向を指さしながら階段から飛び降り、倒した灰色狼を無限倉庫に回収して障害物を排除する。
また周辺監視を続ける為に階段登ると、直ぐに次の灰色狼の小集団が現れる。
今度の灰色狼は先に倒された灰色狼の血の臭いを感じているのか、慎重に距離を詰めてくる。
僕は草を操って長く伸ばし、鞭の様に真ん中にいる灰色狼に叩き付けた。
灰色狼は飛び退いたが僕は着地地点で草縛りを使い、一頭の灰色狼を拘束する。
他の灰色狼は僕の攻撃に各個撃破を恐れたのか、皆に襲い掛かる。
左右に飛び跳ねながら向かってきた灰色狼に五狼が牽制の突きを放ち、それを躱した処に桜花様が斬り掛かって一頭目を倒した。
刀を振るって動きの止まった桜花様を狙っていた灰色狼は、桜花様の後ろから飛び出した三刃が前足を切り裂き、動きの鈍った処を桜花様に止めを刺された。
同じ様に五狼を攻撃しようとしていた灰色狼は伊吹さんが撃退する。
残った一頭も皆に囲まれてあっさり桜花様に切り倒され、その隙に草縛りで拘束された灰色狼も三刃が止めを刺して二度目の襲撃も終了する。
僕は先程と同じ様に階段上から飛び降りて、灰色狼を無限倉庫に回収しながら次の襲撃を知らせる。
「少し距離がありますが、次は初めのより南側から来ます。数は四つです」
「まだ続くの?」
「いったい何頭いるのじゃ?」
「狩り放題です」
「切りが無いで御座るな」
約一名を除いて少しうんざり顔だが、本当の事を言うと無理矢理撤退しようという事になりそうだし、後ろから狙われると返って危険なので少な目に答える。
「見えている影と距離から最悪百近くになるかもしれませんが、ばらけているので皆なら各個撃破出来ますよ。頑張りましょう」
「百は多すぎじゃ!」
「しかし、足は灰色狼の方が早いで御座るから、逃げるのも難しいで御座るよ」
「全部狩ってしまえば良いのです」
「四狼兄上、本当に僕達で撃破出来るのでしょうか?」
「後ろに穴や壁を作って回り込まれない様にすれば、前だけ見て戦えるから皆なら大丈夫だよ。実際に二回の襲撃にも問題無く撃退出来ただろう?」
「そうじゃな、逃げれないのなら撃退するしか生き残る道は無いのじゃ」
桜花様の言葉にみんなの覚悟も決まった様なので、僕は階段を上り監視と補助を続ける。
「来ます!」
「返り討ちにしてやるのじゃ!」
「三刃が狩ります!」
そうして灰色狼を撃退し続ける事二十数回、倒した灰色狼が百を超えた辺りで皆の疲労もかなり溜まってきていたので、一旦迷宮の出口を閉めて休憩に入っていた。
「今の処次の襲撃は暫く無さそうなので、皆は少し休憩して下さい」
僕がそう言うと、伊吹さんはその場で警戒を続け、他の者は卓に着いて上半身を預けていた。
「流石に疲れたのじゃ」
「いっぱい狩れたのは良いけど、三刃も疲れたのです」
「四狼兄上、まだ続くのですか?」
「そうだね、距離はあるけどまだ多くの灰色狼がいるみたいだし、もう暫くは続きそうだから、今のうちに怪我の治療と疲労回復をしておこう」
二人とも何度か灰色狼の体当たりや、鎧越しに噛みつかれたりした打身があったので、桜花様と五狼に青い魔導薬を渡す。
「打撲や骨折に効く魔導薬です。一口飲んで残りは異界に収納しておいて下さい」
「苦い薬じゃが仕方がない、我慢して飲むのじゃ」
「そうですね我慢して飲みます」
桜花様と五狼は嫌そうな顔をしながらも、一口飲んで異界に収納する。
「三刃も女の子なんだから、傷が残ったら困るでしょ。薬を塗るから怪我を見せてごらん」
三刃は何度か灰色狼の爪で引っ掻かれていたので、手足に浅い切り傷が複数あった。
その傷口に霧吹き型の魔導薬を吹きかけると、赤い液体が傷口に染み込み、やがて傷と共に消えていく。
「四狼兄上、ありがとうございます」
「どういたしまして」
立ったまま警戒している伊吹さんも一か所引っ掻かれていたので魔導薬を吹きかけ、最後に全員に疲労回復の魔導薬を渡して飲んでもらう。
「「「すっぱーーい」」のじゃ」
「確かにすっぱいで御座るが、この薬は凄く効くで御座るな。すっかり疲れが取れたで御座るよ」
「む、確かに先程までの倦怠感がまるで無くなっておるのじゃ」
「不思議な感じですね」
「三刃、復活です」
伊吹さんの言葉に確かにと桜花様と五狼は納得顔だが、三刃は元気になり過ぎたのか今にも飛び出しそうだ。
すっぱいと言う皆に口直しの果汁水と串団子を配り、水分と糖分を補給して一息ついたら迎撃の再開だ。
暫く待つと灰色狼の襲撃が再開され、誰かが牽制し、誰かが誘導された灰色狼を倒すという流れが繰り替えされた。
そして更に百頭近い灰色狼達を撃退し、二度目の休憩をとっている間に僕は灰色狼の襲撃の原因の確認をしようと思い、思考を加速させて月詠に聞く。
『月詠、何で突然こんなに多くの灰色狼が襲撃してきたのか、原因は分かるかい?』
『はい、主様、地図の範囲を更に四キロ程広げて見て欲しいのですよ。そこに原因が居るのですよ』
僕は月詠に言われた通りに地図の表示範囲を半径六キロから十キロに広げると、八キロ位離れた場所に灰色狼より更に大量の魔物の反応が有った。
詳しく調べると、それは小鬼族の集団で、総数は三千を超えている。
『なんでこんな所に小鬼の集団が居るんだ? 小鬼族の生息域はずっと南の筈なのに』
僕はこの辺りに居ない筈の小鬼族と、そのあまりの大群に驚いていた。
『おそらく草薙の仕業だと思うのですよ』
そういえば、草薙の種族は亜小鬼族にだったと思い出す。
『え、亜小鬼族って、小鬼族と繋がっているの?』
『当然です。亜小鬼族は小鬼族の雌と人族の男の間で極稀に産まれる希少種族です』
『亜小鬼族は小鬼族の上位種族なのですよ』
なるほど、亜小鬼族が上位種族なら下位の小鬼族を使役出来るのも納得だ。
『それでも、どうやって僕達が狩りに出る事を知ったのかな?』
『狩人組合の前で何人かがこちらを確認しておりましたから、その中に草薙の協力者が紛れていたのでしょう』
そうか、桜花様と一緒に居ると注目されるのは当たり前になっていたから全く気にしていなかったけれど、その中に草薙の仲間が居たのか。
『たとえ監視していたとしても行動が早過ぎるので、前もって準備をしていたのでしょう』
『準備していたとしても草薙は、これだけの灰色狼を嗾けて、桜花様まで死んでしまう可能性は考えなかったのかな?』
『所詮は小鬼族なのですよ。そこまで深くは考えていないのですよ』
『もしくはご主人様が食い止めている間に、桜花様を逃がすと考えたのかもしれません』
『それでも、僕があっさりやられたりしたら、意味が無いよね?』
『結局は小鬼族程度の頭だから、としか言えないのですよ』
なんて行き当たりばったりというか、考えなしというか、桜花様が目的の筈なのに障害の僕を排除する為に一緒に襲っていては、寧ろ僕より弱い筈の桜花様の方が先に死んでしまいかねない。という発想が出てこなかったのだろうか?
どうにも目的と手段が噛み合っていない感じがして、いまいち草薙の行動が予測出来ない。
『とりあえず、今はこの小鬼族の集団は無視して大丈夫かな?』
『今すぐに問題が起こるとは思えませんが、後々邪魔になる可能性も高いと思います』
『後で問題になる前に、今の内の排除するのが一番なのですよ』
後で迷惑を掛けられる前に排除って、やはりこっちの世界は過激だよな。
『たとえ今どうにかするにしても、この数を相手にするのは面倒じゃないかな?』
『主様なら三千が三万でも余裕なのですよ』
『しかし、桜花様達に気付かれずに倒すのは難しいかもしれません』
僕がここ数日でやった魔物の排除方法は近くに人が居たので強力な術は使わずに、雷の術で麻痺させるのが目的だったから、かなり出力も絞っていたので、ほとんどの魔物は死んでいない筈だ。
そして雷の術は威力以上に派手なので殺す心算で使ったら、これだけ距離が離れていても桜花様達に異変を気付かれるだろう。
『後で問題を起こさせない為に、今問題を起こしても意味が無いから、今回は諦めるしかないかな?』
『簡単な解決方法が御座います。ご主人様が直接倒さなくても、小鬼族を纏めて東に一万キロ程転移させるだけで殲滅出来ます』
それはそうだ、一万キロ東には海しか無いし、近い陸地まで数千キロ在るのだから、間違いなく全員溺れるだろうね。
『折角なのですから、月詠はこの小鬼族も有効活用するべきだと思うのですよ』
『小鬼族を活用なんて出来るの?』
『はい、主様はこれから国を作るのですよ。国には牢屋なども必要なので小鬼族を看守にしてしまえば良いのですよ』
『看守というよりは寧ろ執行人ですね。監獄用の島などを用意して、小鬼族を放置すれば良い執行役になってくれるでしょう』
『どうせなら主様の前世知識にあった監獄惑星をお勧めするのですよ。わざわざ島を探す手間も掛からないし、主様の作る国でしたら、その程度の規模の監獄が必要になるのですよ』
え、監獄惑星ってSF小説や映画に出て来る、星を丸ごと一つ監獄にするっていう、あれか?
『そんな規模の大きい物が必要になるとは思えないんだけど』
『この惑星自体が地球とは比べ物にならない位に大きいのですから、監獄も、より大きい物が必要になります』
『大は小を兼ねるのですよ。それに他にも使い道は有るのですよ。使わなければ放置しておいても良いのですよ』
そういう問題なんだろうか? 何か違う気もするが、僕には他の案も無いので月詠の言う通りに新しい異界を作る為に複製世界の分体に依頼する。
向こうの準備が出来るまでに、こちらの準備もしておこう。
先程と同じ様に皆に傷や疲労の回復薬を飲んで貰い、果汁水で水分補給を済ませる。
「たぶん次で最後だ、気を抜かずに頑張ろう!」
「分ったのじゃ」
「本当に最後ですか?」
「狩りとは三刃が思っていた以上に、忙しいのです」
「いえ、普通の狩りではこんなに多くの獲物に遭遇しないで御座るよ」
三刃の勘違いを伊吹さんが訂正する。
「だったら童達は運が良いのじゃな」
「いえ、寧ろ運が悪いと思います」
「対応出来なければ喰われるのは私達の方で御座るからな、運は悪くとも最悪では御座らん。最後まで全員で生き残るで御座るよ」
「うむ、そうじゃな」
「頑張ります」
何処までも前向きな桜花様に僕がつっこみ、伊吹さんが上手く纏めてくれたので五狼も前向きになった処で最終戦の始まりだ。
今日だけでも大量の灰色狼を狩ったおかげで伊吹さんが一つ、他の皆は二つずつ位階が上がっていたし、何度も交戦した為に灰色狼の行動も読めているので、皆はあっさり灰色狼を撃退していく。
そんな様子を見ながら時々術で補助をしていると、分体から監獄惑星の準備が出来たと連絡が入る。
僕は礼を言って監獄惑星を確認すると、十二の大陸と数千の島がある直径二万キロ程の惑星が作られていた。
とりあえず北海道位の島があったので、そこに南東の一定範囲内に居る小鬼族を纏めて転移させてやる。
突然景色の変わった小鬼族達は驚いて周りをきょろきょろと見回しているが、そこは全く別の世界なので帰ってくるのは不可能だ。
一応こちらの世界の自然を再現しているので食べ物には困らないだろうから、後は自給自足で頑張って欲しい。
これで後方の憂いも無くなったし、残っている灰色狼の大半は迷宮から出れずにうろうろしているので、後は撤退しながら追って来る灰色狼を倒せば良いだろう。
「数も減って来たし、後は戻りながらの撃退にしましょう」
「了解なのじゃ」
「やっと終わりなのですね」
「疲れたけど、楽しかったー」
僕は物見の階段から飛び降りながら幕を掴みそのまま無限倉庫に収納し、倒した灰色狼も回収する。
「よし、撤退だ!」
「「「おーー!」」」
そして僕達は来た時と同じ隊列で荷車の場所へと戻り始める。
しかし、暫くすると突然東端担当の分体から連絡が入った。
『本体、丁度良いタイミングで良い物を作ったね。島を一つ借りるよ』
どうやら向こうでも、何か問題が起きていたらしい。
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