報告
四狼が救助活動を始めた丁度その頃、草薙は苛立たしさを隠さずに荒れていた。
『くそっ』
草薙は思わず心の中で悪態をついていた。それなりに時間を掛けていた王子の洗脳が解かれてしまっていたからだ。このまま洗脳が進み、やがて王子が国王になればこの国も俺の物になったというのに。
あの四狼という小僧が王子の額に触れた時に何らかの能力を使ったに違いないのだが、俺の3もある鑑定ですらそれらしい能力は見えなかった。あの小僧も何らかの隠蔽か回復の魔道具を持っているのだろうと考える。また初めから洗脳のやり直しかと思うと面倒だがこの国を手に入れる為には仕方が無い。
あまりの腹立たしさに衝動的に見かけた者を数人洗脳して差し向けたのだが、標的が剣術の指導が出来る程の者ならいくら素人を差し向けても撃退されて当り前だった事に気付いたのは全てが終わった後だった。どうも種族的な物らしいが時々強い衝動が抑えきれない時が有る。厄介な事だ。
それにしても、見張らせた者があっさりと見失うとは思ってもみなかったし、どんな能力を使ったのか何時の間にか向かわせた全ての者の洗脳が解けていたという。まあ、あの小僧が予想以上の能力の持ち主だと分かっただけでも良しとしておくか。今後は少し慎重に扱う事にしよう。
計画が順調に進んでいればもう少しで桜花を手に入れて楽しめたというのに、ここに来て障害が増えるのは予定外だった。一層の事桜花も洗脳しておけば良かったかとも考えるが、それでは目的が果たせないから駄目だ。あの美しい顔が屈辱で歪むのが見たいのだ。桜花を洗脳しなかったのは嫁にしてしまえば、好きなだけ嬲れるのだし、感情が無い女は抱いてもつまらないからだ。嫌がるのを無理矢理というのが燃える。獲物は素のままの方が楽しめるのだ。
俺は武力派ではなく知略派なのだから、直接相手をする必要も無い。今まで通りに策略を巡らすとしよう。最も簡単に出来て効果的なのは魔石の供給を減らす事だろう。向こうも予想はしているかもしれないが、予想出来たからといってそう簡単に対策も取れないだろうし、特別な労力が必要な訳でも無い。むしろ労力が減るのだから試して見るのも良いだろう。上手くいけば向こうから泣きついてくるかもしれないしな。
そう結論付けると直ぐに部下を呼び、魔石の市場への提供を減らすよう指示を出す。商売は速度も大事だ。
殺すのも、孕ませるのも功績と知った今なら、金と力で楽しみながら功績を積むことが出来る。本当に良い世界に転生出来たものだ。まさにイージーモードそのものだ。何かあっても俺の能力は最強だから問題は無いだろう。イージーモード×3の俺に勝てる者などいないのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして同時刻、和富王国のお城の一室で桜花が国王に今日の出来事の報告が行われていた。
「それで、四狼も覚醒者だったとの報告を伊吹から受けておるが、本当なのか?」
「はい、父上、本当なのじゃ。それも、かなりの能力を持っておる様じゃ」
「ほう、桜花がそう確信しているという事は、理由もあるのじゃろうな?」
「はい、本来は十歳前後に覚醒するのが普通なのじゃが、四狼は今日覚醒したそうじゃ。つまり十四になってからじゃった。本人の話では能力の数が多いので覚醒に時間が掛かったのではないか、という説明じゃったが童の鑑定にはそれほど多くの能力は見えなかったので尋ねると、多過ぎるので能力で隠している、との事じゃ」
「桜花はその話を信じた、と?」
「実際いくつか見えていた能力では説明の出来ぬ事もやっておったしの」
国王がその言葉に身を乗り出して桜花に尋ねる。
「四狼は何をしたんじゃ?」
「まずはこれを見て欲しいのじゃ」
桜花はそう言うと、指を一本立てて呪力を集中させ呪印を描き、呪力を開放すると呪印が僅かに光り出した。
「何っ!桜花は術が使えなかったのでは無かったのか?」
まだ幼かったとはいえ、八歳から九歳にかけての一年間、王国術師長の指導ですら全く成果が出せず、才能なしの判定を受けていた桜花が、まだ弱いとはいえ術を発動させたのだ、国王が驚くのも無理はない。
「これが四狼に僅か数分だけ術を指導して貰った結果じゃ。以前一年も修行した時間はなんじゃったのかのう」
桜花は本気で虚しさを漂わせながら話す。
「これが、四狼の能力という訳か?」
桜花の話が本当なら、四狼は以前に桜花に指導した王国術師長を超える術師という可能性がある。しかし四狼は本来は剣術指南として桜花の指導を任せていたのだ。つまり、剣術も標準以上の腕を持っていたのである。それが覚醒したとなると、剣術も相当の強化がされている可能性が有る。味方ならば頼もしいが、敵対するとなればとてつもなく厄介な事になるだろう。
「他にも兄上の様子がおかしかったのを治したりもしておったのじゃが、何の能力かはさっぱり分らんかったのじゃ」
更に桜花が分からなかった能力もあるというのか。
「成程、だから桜花は四狼の能力が多いという話を信じた訳か」
「そうじゃ。それに、妙に草薙を気にしておったが、きっと何か童には分らぬ事に四狼は気付いているのじゃろうな」
「草薙というと、一輝が桜花の婿候補にと連れてきた商候じゃったか?」
国王の記憶にある草薙という男は、見た目は悪くないが、何処か捉え処のない薄気味悪さを持った男だった。
「そうなのじゃが、何故兄上が婿候補にと連れてきたのか、そもそも知り合った経緯すら分からぬのじゃ。なのにそれ程の反対意見も出ず、いつの間にか候補に入っておった」
確かに桜花の言う通りで、婿候補にと紹介してきたのが一輝だった為か、大した反対意見も出なかったので了承したが、良く考えると明確な出自は示されていなかった。それなのに候補の中に入れたというのは些か不自然だったかもしれない。
「そうじゃな、いつの間にか候補に上がっておったな」
「それにじゃ、兄上ご自身が連れてきた草薙の事を、兄上は最終的に決めるのは童自身なのだから、嫌なら選ばなければ良いと言い出しおった。今まではそれとなく薦めておったのにじゃ。それも四狼が兄上に手を触れて何かをした後からじゃがな」
「ますます四狼の能力が謎めいてきおったが、桜花から見てどうじゃった? 悪行を働きそうな気配は無かったか?」
桜花は一枚の金属板を懐から取り出して左右に振って国王に見せる。
「それは無いと思うのじゃ、四狼は以前からお人好しじゃったし、術の指導をしてくれた後にこの魔道具を使って術の修行に役立ててくれと貸してくれたが、この魔道具、本体が全て聖銀で出来ており、文字の方は神金製じゃた。これ一つの材料費だけで自走車が買えるんじゃなかろうか。こんな高価な物を簡単に貸し与える者が悪人の訳が無かろう」
「逆に何か企んでいる気もするがのう」
「父上も会った事があろう、四狼にそこまでの腹芸は出来ぬよ。実際、覚醒した当日に童に看破される程度の嘘が精々じゃ」
「それもそうじゃな」
流石に覚醒当日に見破られたというのには国王もあっけにとられたが、国王も以前に会った四狼の顔を思い出すと桜花の主張に納得した。あの兄弟の上三人は武闘派なりの鋭い目つきをしていたが、下二人は武家とは思えない程度には優しい目をしていた。数年前の事だがそう変わってはいないだろう。
「それでじゃ、四狼の婿候補の順位を上げようと思うておる。父上、構わぬな?」
「桜花が認めておるのなら順位の繰り上げ位は構わぬ。まだ最終決定では無いのじゃろう?」
「未だに候補が三〇人近くおるのがおかしいのじゃ、それに童はまだ王位を諦めてはおらぬからの。女王の条件の一つ、伴侶は王家直系の親戚から選ぶ必要が有る。この機会に資格のない者は排除し、数人迄減らす事にしようと思うておる」
「そうじゃな、決めるのは桜花自身だからと、乞われるままに候補に追加しておった弊害じゃな。好きにせよ」
「感謝するのじゃ父上。草薙からの魔石供給が減るかもしれぬので注意して下され。報告は以上なので失礼するのじゃ」
そう言うと桜花は立ち上がり、自室に向かう為部屋を出て行った。王だけが残った筈の部屋で王が話しかける。
「お主は今の話をどう捉える?」
「はっ、姫様の意見に賛同いたします」
誰も居なかった筈の部屋の隅に伊吹が姿を現し答える。
「四狼に害意は無いと?」
「幼い頃から見ておりますれば、四狼殿が姫様に害意を持つ事は有り得ません。べた惚れですから」
「そうか、では草薙の報復は有ると思うか?」
「あの小物でしたら有り得るかと思われます」
伊吹にすら小物扱いされる程度の男を、一輝は何故桜花の婿候補の一人に加えたのか、まさかあの一輝が桜花の足を引っ張る為とも思えない。問題が有れば推薦した一輝の方が評価が下がるのだ。洗脳されていた事を知らない国王には疑問だけが残り、答えはまだ出ない。
「相分かった。下がれ」
「はっ」
そう答えると伊吹は姿を現した時とは逆に、姿を消し去っていった。
「さて、四狼の能力とやら、吉と出るか凶と出るか、厄介な事にならなければ良いのだが」
良い事か悪い事かは分からないが、何かが起こる予感だけは拭えない国王であった。
良かったら、ブックマーク、評価等もして頂けるとお嬉しいです。