初代様の日記
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自走車に乗り込むと直ぐに腰に差していた刀を外し、座席前にある刀掛け台に置く。
腰に刀を差したままでは座席に座れないので、姫様も同じ様に刀を置いていた。
そして自走車が走り出した直後に天照が話しかけてくる。
『ご主人様、姫様を護衛するのであれば、重要物登録をお勧め致します』
また新しい単語が出たので詳しく聞いてみる。
『今度の重要物登録ってのは何?』
『はい、言葉通りに重要だと思う者や物を登録しておく事で、その物の状態を常時把握出来る様になります。護衛等をするには有用な能力だと思います』
『状態を把握って、どんな事が分かるの?』
『はい、意識するだけで対象物の状態や現在位置が分かります。また、緊急時は自動で通知が来ますので護衛任務には最適かと思います』
緊急時の通知って凄く便利そうなので、早速姫様を重要人物登録しておく。
『折角なので、地図も索敵状態にしておくのですよ』
『索敵状態? 敵が分かるの?』
『はい、地図に悪意感知、敵意感知、殺意感知等を関連付ける事で、こちらに敵対心を持っている者を地図上に表示する事が出来ます』
これも便利そうなので関連付けを許可し、地図を見てみたが僕達の周辺には特に敵対心を持っている者は居なかった。
範囲を街の外まで広げてみると無数の反応があったが、どうやら魔物や野生動物の反応の様だ。
問題がなさそうなので範囲を半径1キロ程に狭めておいた。
これだけ厳重といっていい準備をしているが、実際街中は平和そのものなので何も起こらないだろうなと思いつつも、姫様の身に何かあったら大問題だし、僕自身も嫌なので新しい能力も使っていつも以上に安全には最大限で気を付ける事にする。
「ところで姫様、孤児院を回ると仰っていましたが、今日は何ヶ所の孤児院を回るのでしょうか?」
「今日の予定は4ヶ所だけど、また呼び方が姫様になっているわよ。二人きりなんだからなるべく普通に話しなさい。敬語も余り使わなくて良いからね」
あ、車内で二人きりになったせいか姫様の口調が変わってる。
「分かりました桜花様。なるべく普通に話します」
「そうしてくれると私も気が楽だわ」
やはり普段から色々気を使っているのだろう、桜花様は言った通りに少し楽にしている様に見えた。
そんな桜花様の顔には年齢に似合わない色気と美しさを漂わせていたので思わず少し見とれてしまったが、桜花様に気付かれるのは恥ずかしいと思い、慌てて視線を外に向ける。
今自走車が走っているのが自走車と歩行者の両方が使用出来る中道なので徐行運転中だ。その窓の外にはこの国の標準的服装の和服の人達が数人歩いている。中にはズボンの様な物をはいている人もいたが、こちらは少数派の様だ。時間的にも丁度昼食を終えて、午後の仕事に向かう人達なのだろう。
ちなみに僕と桜花様の服装は羽織袴だが、この国の服装事情は士族は身分を表す為に羽織を羽織っており、袴は武家の者や武器等を使う武闘派に好まれている為、僕と桜花様の服装は身分の割に特に珍しい物でもなかった。
外を眺めながらそんな事を考えていると、桜花様が話しかけてくる。
「四狼は今日覚醒したばかりなのよね? 色々混乱していると思うけど、この世界については私も知らない事の方が多いから説明は出来ないけど、この国の事ならある程度は説明が出来るわ。何か聞きたい事はある?」
有難い事に桜花様は覚醒したばかりの僕の事を考えて、色々気を使ってくれている。折角なのでさっき分体が考えていた事でも聞いてみよう。
「そうですね、気になったのは国名の文字が何で和富って漢字を使ったのかとか、大きな街なのに郷と名付けたのかとか、天皇じゃなく国王なのかとかですね」
「やっぱり四狼も中途半端に日本的なのが気になるのね。私もそうだったから前に色々調べてみたのよ」
桜花様も納得といった顔で答える。
「まず和富の漢字については和の雰囲気で富む国を作るって意味らしいわね。わふうって音で聞けば前世日本人にも興味を持って貰えるだろうって考えもあったみたいだし」
「なるほど、そう言われると何となく納得できますね」
僕の言葉に一つ頷いて桜花様が続きを答える。
「次に郷って名前だけど、初代様が始めにこの土地に住み始めた頃はその名の通りに町とすら呼べない程に小さな村だったのよ。人口も百人も居なかったらしいわ。それがあっという間に大きくなって今に至るのだけど、初代様が生きてる間に人口が五十万人近くになったから、逆に下手に改名しても混乱するからってそのままになったらしいわ。読み的には首都っぽいしね」
そっか、元から大きな街ではなくて、初めは小さな村だったのなら納得だ。
僕が頷くと桜花様が更に続ける。
「最後の天皇は当然、初代様の前世は農家だったらしいから、天皇なんて名乗れる訳がないって事らしいわね。だったら国王は良いのかって話なんだけど、日本で国王って名乗った人は知らないから気にしないって事らしいわ。所詮前世は農家だったし、それほど勉強も得意じゃなかったから歴史も良く知らないし、時代劇や漫画のうろ覚えでしかないって事らしいわ」
色々納得の理由だけど、逆に何で桜花様がこんなに詳しく説明出来るのかの方が謎なんだけど。
っと僕が不思議そうにしていると桜花様は見透かした様に答える。
「四狼は私がやたらと詳しく説明しているのが不思議なんでしょ?」
「前に調べたといっても流石にそこまで詳しく説明されるとは思っていなかったので、逆に信じがたいです」
僕は正直に答える。千年も前の事を詳しく知りすぎているのか不思議だったのだ。
「単純な事よ。初代様の日記を読んだのよ」
「日記をですか?」
「正確には建国記みたいな物なんだけど、お城には王家の覚醒者だけが入れる部屋が有るの。そこに初代様の書物がいくつかあって、読んだ感想が日記みたいだったのよ」
「建国記なのに日記なのですか?」
「表に出している建国記と大筋は同じなんだけど、こっちは初代様の主観で書かれてるから、日記みたいに感じたのかもしれないけどね」
表に出してない書物の内容を僕に教えて良かったのだろうか?
僕の顔を見た桜花様が大した内容じゃないし問題無いと答えてくれる。
「それで、その日記には初代様も覚醒者だったって書いてあったわ」
「いや、それは言ったら駄目な話だと思うのですが…」
「勿論、他の人には言ったら駄目よ。四狼に聞きたい事があったから教えたの」
「聞きたい事って何なのでしょう? 僕に答えられる事なら答えますが…」
なんか凄い事を聞かれないかと心の中で身構える。
「初代様の転生能力が案内人だったらしいのだけど、能力を多数持っているっていう四狼なら何か知っているんじゃないかと思ったんだけど、何か知らない?」
思った以上に答え難い質問に、僕がどう答えるか困っていると月詠が教えてくれる。
『初代様という方の能力は私と同じ、攻略案内人なのですよ』
『月詠と同じなの?』
『私と同じ能力ですが私では無いのですよ。私は主様の能力なのですよ』
いまいち違いは分からないけど、それが月詠の拘りなら納得しておこう。
『つまり、初代様は攻略案内人の能力で建国からここまでの国を作ったって事なの?』
『そうなのですよ。月詠はあらゆる過去の調査と大抵の未来予想が可能なのです』
月詠の能力は改めて聞くと規格外以外の何物でもない気がするのは気のせいだろうか? それでも。
『大抵のって事は、分からない事もあるの?』
『いくつかの例外がありますが、その内の一つが覚醒者の行動予測が完全には出来ない事なのです』
『なんで覚醒者は予測が出来ないのかって説明は出来るの?』
『はい、覚醒者はその前世の影響によって行動にずれが発生しますので、予測が不完全になってしまうのですよ』
『つまり、この後の桜花様の行動も予測が出来ないって事なのかな?』
『出来なくは有りませんが、外れる可能性も有るのですよ』
『だったら今は答えない方が良いのかな?』
『はい、覚醒後まだ時間が経っていなから分からないって事で誤魔化すのが今は良いのですよ』
そうやって月詠との相談を終え、桜花様には誤魔化して答える。
「えっと、まだ覚醒したばかりで自分の能力も良く判っていないので、今は分からないとしか言えません」
「そう、今は分からないのね? 良いわ、何か分かったら教えてよね」
そう答え、桜花様はあっさりと引き下がった。
「分かりましたが、もう千年も前に亡くなった方なのに桜花様は何で初代様の能力を気になさっているのでしょうか?」
「深い意味は無いわよ。ただ、私の能力が最強だと思っていたのに、もっと便利そうなのが有ったのなら少し悔しかっただけよ」
「桜花様の能力ですか」
『桜花様の能力ってそんなに強力なの?』
『桜花様の固有能力の優しい世界ですが、残念ながら罠で御座います』
『罠?』
『はい、説明にはイージーモードとなっておりますが、能力の倍化という事は、1は2にしかなりません。10は20に、100は200になります。つまり、元の能力が高い方が効果が高いので、実際は大器晩成型になりますから、能力の低い初期はあまり効果は有りません』
『なるほど、まだ位階の低い桜花様ではその能力を生かしきれないって事なのか』
『はい、更に倍化する事が前提ですので初期値は通常より下がるのです。ですのでイージーモードというのは嘘というか、初めは恩恵が有りませんので罠だと説明致しました』
そんな天照の説明に僕は少し暖かい目で桜花様を見ていたら桜花様が気付いたのか、文句を言われた。
「なんで四狼がそんな残念そうな目で私を見るのよ!」
「いえいえ、そんな目はしてないですよ」
等という会話を桜花様としていると、いつの間にか自走車は自走車専用道路の大道を走っており一つ目の大壁の門を自走車が潜り抜けていた。
この大壁は郷にある三つ壁の中で一番内側にある壁で高さは約9メートル、幅が約7.2メートルある。この壁の内側は城や士族、商候の屋敷等が多い所謂貴族街の様な区画で、半径約8キロの八角形をしている。他の2つの壁もそれぞれ約8キロずつ離れた場所にあり、この一の壁と二の壁の間には一般の家や商店等がある普通の町になっていて、二と三の壁の間は農地が広がっている。農地も壁で囲うのは外には魔物等がそれなりに居て危険だからだし、対策をしておかないと、夜に食い荒らされてしまうからだ。
そんな壁を見ていると姫様が説明をしてくれる。
「初代様が始めに作った壁がこの第一の壁で、最初に国としての領地はこの壁の中だけだったのよ」
「今ではこの島全体と、いくつかの島も版図に入れているのに、初めはこんなにも狭い範囲だけだったのですね」
僕は改めて初代様の功績を実感していた。
『ご主人様ならもっと凄い国が作れます』
『主様なら余裕なのですよ』
『いや、まだ国を作るとか決めてないからね!』
二人の案内人のやる気に若干引きながらも、国造りも面白そうかな、っと少し思ってしまった。
「四狼は知ってる? この道、元は馬車用だったのが今は自走車専用になってる理由」
桜花様がしらないでしょ? っと顔で言いながら少しドヤ顔で聞いてくるが。
「確かに知らないですね。何か理由があったのでしょうか?」
「自走車が発明されて暫くは両方走っていたんだけど、馬の糞で自走車の車輪が滑る事故が多発したのよね。なので、自走車と馬車の専用道路は分けられるようになったの。そうしないと、全ての道で徐行する事になるからね。折角の自走車の速度が勿体ないわ」
確か一般っていう程には普及はしていないが自走車の最高速度は時速60キロ位は出るのだが、とうぜん街中でそんな速度で走れる訳もなく、それだけの速度が出せるのは街を繋ぐ専用道路だけで、街中の専用道路では最高時速30キロ位で、それ以外の道では徐行が義務づけられている。馬車も普通に走る場合はその位の速度なので丁度良いのだろう。
実際時速30キロで事故を起こすと、それなりに被害は出たのだろう。車両専用道路なので歩行者が居なかったのが幸いか。
「四狼も自分の自走車を持てる位稼げる様に頑張りなさい」
桜花様はそう言って激励してくれるが、自走車自体は無限倉庫に大量に眠っているのは秘密だから言えないし、稼ぐ以前に僕はその前段階すら決めかねていた。
「その前に、まずはどんな職業に就くかを考えないといけません」
「あら、四狼は来年には成人でしょ? 今まで何も考えていなかったの? もうそんなにゆっくり考えている時間も無い筈だけど」
桜花様の言っている事はもっともだけど、それは昨日までの話、今日の朝に色々ひっくり返ってしまったのだからしょうがない。
「いえ、昨日までは普通に武家の者として軍に入る心算でしたが、今日の朝に覚醒してしまいましたからね。色々振出しに戻ってしまいました」
「あ~そうね、前世知識や色々能力が使えるようになったのなら、選択肢も変わる筈よね」
桜花様も納得した顔で大変そうねと労ってくれる。
「まぁ、実際は何が出来るのかも分かっていないのが現状でして、何処から手を付けるべきかも分からないので手探り状態です」
実際は何が出来るかより、大抵の事は出来そうなのが問題だったりもするのだが。
いっその事、複製世界に居る分体で色々試してもらうのも良いかもしれない。
「普通ならとっくに覚醒している年齢だから、色々考えも纏まっている筈だものね。決まらなかったら私の所に来なさい、私の近衛に入れてあげるわよ」
桜花様がそう言ってくれるが、また何かを企む様にニヤリと笑いながらなので安心出来ない。それでも桜花様の誘いなので僕は言葉を濁しながら答えておく。
「今はお答え出来ませんが、お気持ちは有難く受け取っておきます」
「うん、今はそれで良いわ。でも、四狼は四男なんだから士族席は受け継げないし、本当に真面目に考えないと駄目よ」
「それは十分わかっています」
そう、この国の身分制度は王族、士族、商候、その他の4種で士族と商候は各8段階の位階が存在する。
僕の父である龍牙は第二位士族なのだが、子供はそのまま士族位を継ぐ事は出来ず、長男が二つ下、次男が三つ下の士族位を継ぐ事になり、三男以下は士族位を継げない。男の子供が居ない場合は女でも継げるのだが我が家の場合は男が余っているので関係が無い。
ちなみに商候は単純に税金を一定以上の額と一定以上の期間の間収めると成れるが、政治には間接的に係わる位しか出来ないし、軍事には全く関与出来ないので大した権力は無いのだが、街同士の移動等に若干の融通が利くので商売には有利になるし、一般的には第五位士族と第一位商候が同じ位の扱いを受けられるので、商候にも評判は良かった。
それにこの国の身分制度は地球の中世の様な厳密な物ではなく、むしろ会社等の役職程度の違いでしかないのだが、それでも婚姻等には影響が有るので高いに越した事は無かったりもする。
「武闘関係以外にも一刃姉上の所も有りますからね」
「一刃と言うと、藤邑商会だったかしら?」
「そうですね」
僕は頷きなから藤邑巧、一刃姉上と結婚し、僕の義兄になった人を思い浮かべた。
一言でいえば武術とは縁のない細い人で、呪術の方なら若干使えるという程度なので戦闘能力は一般人に毛が生えた位でしかないが、商人としては結構優秀な様で、次男だった為家を継げなかったのだが、母親の旧姓で商売を始めて僅かな期間で第五位商候にまでなり、元実家の第六位商候を抜いてしまった位だ。
それに、商候になっていなかったら一刃姉上との結婚処か出会いすらなかった筈なのだから、努力で身内とはいえ士族の娘を娶った彼の事は僕なりに尊敬している。
「巧義兄上なら優秀な商会主ですから、頼るのも有りかと思います」
「そうよね、一代処か数年で商候になったんだから優秀なのは間違いないわ」
桜花様はそう答えながらも、上には上がいるけどね、っと嫌そうに呟いていたが、触れて欲しくなさそうだったので聞かなかった事にした。
そんな会話を続けていると、初めの訪問予定の孤児院、桜第一孤児院が見えてきた。
前回、10話目の単語を2つ変更しました。
恋愛補助→感情看破
恋愛度→好感度
宜しくお願いします。