三刃の苦行
予定を大幅に超えて大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。
生活パターンが変わったり、新しい体調不良も出てきて執筆に支障が出てしまいました。
今年は不運が重なり過ぎな気がします。
今回、痛いシーンと肌色多めです。
苦手な方はご注意ください。
ブックマークやいいねをして下さった方々、本当に有り難う御座います。
今回も予定より遅くなりましたが、僅かでも楽しんで頂けたら幸いです。
一〇〇 三刃の苦行
台所の新設備の詳細を絡繰り大工から聞いている秋穂母上を残し、僕達は昼食を食べる為に食堂に向かう。
二刃姉上が用意してくれた献立は昨日や朝食の残りだったが、此れから出血するかもしれない桜花様には返って都合が良いし、桜花様も美味しそうに食べている。
昼食を終え、一時間程食休みを挟んだ後は、三刃の苦行の始まりだ。
「桜花様、これから三刃の特別な修行を行います。八神家に連なる訳では無い桜花様は本来受ける必要は無いのですが、先程も説明した様に、桜花様も希望されるのなら三刃の修行を見学なさった後に受けても頂いても構いません。しかし、見た目も厳しい修行なので、僕からは此方で五狼と一緒に座学をして待つ事をお勧めします」
「何を言うておる。先程童も言ったであろう。年下の三刃が受ける修行を童が受けぬ道理が無い、と」
相変わらず桜花様は苦行を受ける気満々だ。
「三刃は若くとも八神の娘ですからね、元から拒否権が無いのです。しかし、桜花様は先程も言った様に八神の元に就いている訳では無いので、無理に受ける必要はないのです」
「姫様、本当に厳しい修行なので無理をせずに、私も此方で待つ事を勧めるので御座るよ」
「無理なぞしておらぬし、八神に拒否権が無いのならば当然四狼達も受けたのじゃろう? ならば童だけ受けぬのでは仲間外れの様ではないか。それに八神の特別な修行と言うならば折角受けられる機会、逃すのは勿体ないのじゃ」
勿体ないとかスーパーの特売を逃すみたいな言い方だが、能力が後々増えるのは確かなのだから、功績的にも受けた方が得と考えるのも間違いじゃない。
只、その修行を行う僕の心労も考えて欲しいものだ。
「仕方がありませんね。予定通り、先ずは三刃の修行を見学なさって下さい」
「うむ、そうするのじゃ」
桜花様が三刃の修行の見学を決めた処で、伊吹さんを含めて四人で小道場に向かう。
「姫様も三刃と同じ修行をするのですか?」
「勿論、受けるのじゃ」
「判断は三刃の修行を見てからですよ」
「私も見学だけに留める事を勧めるので御座るよ」
三刃は嬉しそうに尋ね、桜花様も楽しそうに答えるが苦行は文字通り、そう楽しいものじゃないんだけどな。
この中で分かっているのは既に経験済みの僕と伊吹さんだけだ。
やがて小道場に着くと、修行を受ける二人を更衣室に向かわせて、中の服に着替える様にと説明する。
「わざわざ服迄着替えるとは、随分と物々しいのじゃな」
「激しい修行で服も痛みますからね」
着ている服を切り刻んでは帰りに困るし、桜花様の服は勿論、三刃の服もそれなりに高価だ。
破損させるのが分かっているのだから、多少は安い服の方が良いし、専用の服は気合も入るというものだ。
伊吹さんを更衣室の前に残して僕が道場に入ると、道場には既に一狼兄上と春菜母上、三体の絡繰り大工が入り口から見て左右に分かれて座っていた。
僕は二人に目配せをすると中に進み、道場の中央で三刃達を待つ。
暫く待つと三刃と桜花様が苦行用の白装束に着替えて現れた。
「本当に姫様も苦行を受ける御心算の様だな」
「四狼さんが仰っていたのですから、こうなると思っていました。伊吹さんも居る以上、王様の許可も出ているのでしょう。ならば私の役目は修行後に傷を残さず元通りに治すだけです」
複数の能力で強化された僕の耳に、二人の声を抑えた会話が聞こえて来る。
一狼兄上は若干困り気味だが、春菜母上は苦行の立ち合いは治療の為に毎回参加しているからか、落ち着いたものだ。
「何度も言いますが、見学後もまだ修行を受けると仰るのであれば、桜花様にも修行を受けて貰います。先ずは春菜母上の横で三刃の修行を見学していて下さい。三刃は僕の前に」
「うむ、分ったのじゃ」
「はい」
桜花様は返事を返すと伊吹さんを連れて春菜母上の隣に腰を下ろし、三刃は中央に進み、僕と対峙する。
「三刃、今日の修行はお互いに真剣を用いて本気で斬り合う。隙があれば容赦なく斬るから三刃も遠慮なく全力で掛かって来い」
「ええ! 真剣で切られると痛いのですよ。四狼兄上迄父上みたいな事を言うのですか?」
父上との修行では基本的に神剣を使うが、大きな隙が有ると軽く切って来る。
僕との修行ではあまり真剣を使わなかったので、三刃が驚くのも無理は無い。
依然の僕には真剣を使った手加減が父上の様に上手くできる自信が無かったからだが、覚醒で手加減等の様々な能力が増えたし、今の僕には緋桜が有る。
意識的に切る物を選べる緋桜は手加減にも最適なのだ。
「ああ、凄く痛いから全力で防ぐか躱すかしてくれ。例え斬られても春菜母上が待機しているから大事には至らない。安心して三刃も僕を斬ると良い」
「春菜母上! 四狼兄上が父上みたいな事を言っているのです!」
「三刃さん、この修行は苦痛の行といって、痛みに耐える修行です。しっかりと治して差し上げますので、遠慮なく斬られて来て下さい。大丈夫、死んだら修行にはなりませんから、死なない程度の加減は四狼さんもしてくれます。頑張って耐えて下さい」
「ええっ! 春菜母上まで父上化っ!?」
三刃が春菜母上に訴えるが、頑張って斬られろと可笑しな応援を受けてしまい、困惑している。
「本気なの?」
「勿論、本気で御座るよ。だから四狼殿も姫様は止した方が良いと言ったので御座るよ」
桜花様も伊吹さんに真意を確認していた。そのまま諦めて欲しい。
「さあ、掛かって来ないなら僕から行くぞ」
僕は無限倉庫から抜き身の緋桜を取り出すと構える。
それを見た三刃も、慌てて異界から小太刀を取り出して構えた。
準備ができた三刃に近付き横薙ぎの斬撃を見舞うが、三刃は両手の小太刀で攻撃を受け止め、その勢いに任せて横に跳んで衝撃を緩和する。
僕は三刃を追跡して先程とは逆方向に刀を振るうと、三刃は先程と同じ様に攻撃を受け止めて跳び、続けて方向を変えてもう一度跳んだ後に僕に向かって来た。
三刃は小太刀を左右で上下に高低差を付けつつ挟み込む様に僕に切りつけて来たが、僕は反対側に僅かに下がって三刃の間合いの外に出ると、躱し様に打ち下ろしの一撃を入れるが、三刃は戻す刃を交差させて受け止めた。
「ほう、暫く見ない間に三刃も随分腕を上げているな」
「ええ、四狼さんの攻撃を上手く受け流しながら反撃にも繋げていますし、成長の陰が見えます」
三刃にも二人の会話が聞こえたのか、三刃の口元が若干緩んでいる。
気分を良くした三刃が左右の小太刀を次々と振るい、連続的に攻撃を仕掛けて来るが、元から実力差があったのに、更に覚醒して能力の増えた今の僕にはまるで効果が無い。
一応、何とか躱したり受けたりしている風を装ってはいるが、時々三刃の隙を見付けると服を切り裂く様に念じながら緋桜を振るう。
そんな攻防が数分続くと、やがて緋桜の切りたい物だけを切れる能力のおかげで三刃の身体には若干血がにじむ程度で大きな傷をつける事無く、三刃の服だけが所々切り裂かれて肌の露出が増えて来た。
「はぁ、はぁ、ふぅーっ、破れた服が引っかかるのです」
三刃が息を整えながら、切り刻まれて左右の釣り合いが崩れたり、垂れ下がったりしている衣服を気にする。
「三刃から来ないなら僕から行くぞ」
三刃が攻めあぐねて来たので僕の方から打ち下ろしの斬撃を放つと、三刃は左右の小太刀を交差させて受け止めながら一旦後方へ跳び、直ぐ様反転して僕に向かって来る。
三刃は僕の刀の間合いの一歩手前で横に跳んで、僕の左前方から小太刀を振るって来るが、僕は素早く躱すと三刃の後ろに回り込み、後襟から腰の辺りまで着物を切り裂く。
三刃はそのまま前進して僕との距離を取って振り返るが、左手で襟を掴んでいて片手が塞がっていた。
「服が落ちちゃうのです」
前開きの和服なのだから、後襟を切られれば左右に真っ二つになり、ずり落ちるのは当然だ。
「三刃、戦闘中の服を気にしている余裕は有るのか? 行くぞ」
僕は一言断ると、形だけ構えている三刃の小太刀を横に弾き、伸びた右腕を肘と手首の中間辺りで斬り落とす。
「うわぁぁぁ--っ! 手が、三刃の手が……うぐっ、うわぁぁぁっ……」
一度大きく出血するが、出血は驚くほど早く収まり、数秒後にはぽたぽたと垂れる程度にまでに減る。
出血を素早く抑える身体の仕組みは、この世界が如何に危険かを表しているのだろう。
三刃は大粒の涙を流しながら服を抑えていた左手を離して、斬られた右腕に沿える。
支えを失った服が落ちて、僅かに膨らんだ三刃の胸が皆に晒されるが、三刃は気にしている余裕はなさそうだ。
僕の視界の端には、僕の指示した通りに晒された三刃の胸に嬉しそうにする絡繰り達が映る。
一番若く見える絡繰りは拳を振り上げてあからさまに喜び、中間の歳に見える絡繰りはいやらしい笑みを浮かべ、最後の絡繰りは冷静を装いつつも、やや前のめりで鼻の下を伸ばすという、高度な真似事をしている。
但し、此れ等の絡繰りは人どころか生物ですら無いので当然性欲等は無く、この反応は全て演技の能力に由るものだ。
しかし、折角の絶妙な演技も三刃は痛みで気付いていない。
「三刃、重ねて言うが戦闘中に敵から注意を逸らすのは自殺行為だぞ!」
僕は三刃の注意を引く為に強度二の威圧を放つと、流石に無視できなかったのか、三刃は後方に十尺(約三メートル)近くも飛び退いて、震える手で小太刀を構えた。
僕達兄弟姉妹は幼い頃から威圧を受ける訓練もしてきた影響で、威圧を受けた時の対応は身に染みている。
だから、三刃も条件反射的に対応できるのだ。
「ほう、四狼も良い威圧を放つ様になったものだ」
「匙加減も的確ですね」
一狼兄上が僕の威圧を称賛する声が聞こえて来るが、腕を斬られた状態で行動できた三刃も褒めてあげて欲しい。
「良い反応だ。一旦休憩にするから、春菜母上に腕を治療して貰え」
僕の視線に気づいた一狼兄上が頷いたので、三刃に治療を促す。
休憩の言葉に三刃は少し力を抜くが、僕への警戒は完全には解かずにゆっくりと斬られた手の方へと歩き出す。
気を抜き過ぎないのは良い傾向だが、今はさっさと治療して欲しいので僕は春菜母上とは反対側の絡繰り達の隣に座る。
僕が反対側に移動した事で安心したのか、三刃は歩く速度を速めて手を回収して春菜母上の元に向かった。
「ううっ、えっぐっ、凄く、痛いの、です」
「分かっている。しかし強い痛みを前もって経験しておく事で痛みに慣れておけば、本当の実戦で怪我をしても上手く立ち回れる可能性も上がるというものだ」
「ええ、それに大きな痛みを何度か経験しておくと、痛みを抑える能力を得る事ができます。実戦ではこの能力が生死を分ける事も有るのですから、早めに会得しておいて損はありません」
二人の慰めとは思えない説明を聞きながら、三刃は治療を受ける。
「そして覚えておけ、これが斬られた者の痛みだという事も」
「……はい」
三刃も武芸の道を生きる以上、人を斬る事も有るだろう。
斬られる痛みを知っておけば相手にどの程度の痛みを与えるか等、痛みを有効的に使う事もできる。
苦痛の行は己の痛みだけでなく、相手の痛みも知る修行なのだ。
「痛いのは分かりましたが、何故服が襤褸になるまで切るのです? 胸が丸見えで少し恥ずかしいのです」
治療の効果で痛みが和らいだ三刃は余裕が出て来たのか、左手で胸を押さえながら開けた服を見下ろして一狼兄上に質問する。
「それも羞恥という苦痛に耐える修行だ。性的に襲うのが目的の人や小鬼の様な姓獣、一角獣の様な淫獣と戦っている時に、服が破れたからといって相手が手心を加える事は無いだろう。寧ろ調子に乗ってより積極的に襲い掛かって来る事になる。そんな相手に羞恥で動きが鈍れば、後は相手の為すがままだ」
「一時肌を見られようと、目撃者を全員斬ってしまえば目撃者は居なくなります。目撃者が居なければ見られていないも同然、そう考えれば動ける筈です」
三刃の質問に一狼兄上が具体的な理由を説明し、春菜母上も治療を続けながら若干物騒な対処法を三刃に語る。
「確かに倒せれば問題無い。しかし、それは大きな怪我をする前の話だ。即時回復不可能な怪我をした場合は隙を作るか見つけるかして、早急にその場を離れる事を優先させろ。生きていれば再戦の機会も伺えるというものだ」
「はい、生き残って確実に仕留める機会を伺います」
「三刃さん、良い返事です」
一狼兄上が何より命が大事だと最後に締め括ると、三刃も納得した様だ。
「四狼も修行の時は厳しいと思っておったが、これ程とはのう」
「修行で手を抜いた所為で実戦で後れを取られては本末転倒で御座るからな。四狼殿も心を魔物にしているので御座るよ」
伊吹さんが、厳しさこそが優しさだと説明するが、本人の前で言わると若干恥ずかしさで居た堪れない。
僕は恥ずかしさを誤魔化す為に、三刃の治療が終わると直ぐに二戦目を開始するが、先程よりも三刃の動きが精彩を欠いている。
「どうした三刃、得意の速度が活かされていないぞ!」
「ううっ、今日の四狼兄上は少し怖いのです」
先程、腕を斬り落としたばかりだ、怖がられるのも無理は無い。
「敵対者は命を狙って来るものだから、怖いのは当然だろう?」
「それだけじゃなくて、あの者達の眼つきがいやらしくて気持ち悪いのです!」
三刃が見学している絡繰り達を小太刀で差して抗議するが、元から羞恥心を煽る為に、服を切られたら喜ぶ様に指示を出してある。
実際に暴行目的のごろつきや盗賊が相手なら視線はもっと陰湿になり、見ているだけでなく手も出してくるだろう。
この修行は敵対者の欲望に飲まれない為の訓練でもある。
気持ちで負けてしまえば実力では勝っていても、負ける事も有り得るからだ。
「昨日、二刃姉上を襲って来た者達を思い出してみろ。もっと嫌な眼つきをしていた筈だ。相手の目的に飲まれるな! 三刃、本当の負けとは相手に目的を達成される事だ。相手の思惑を阻止出来れば逃げても負けじゃない」
僕の言葉に感じる物が有ったのか、普段通りと迄はいかないが、三刃の動きが少し良くなる。
そうしてお互いに攻防を繰り返し、隙を見付けると三刃に対応できる速度で攻撃し、隙の存在を教えながら対処法も学ばせる。
やがて疲れが出て来たのか三刃の隙が多くなって来た処で右脛を斬って二度目の苦痛を与えるが、三刃は膝を付きながらも右手の小太刀を僕に投げつける。
僕が小太刀を緋桜で弾いた隙に、三刃は切断された足を拾って後方に下がっていた。
「この修行の意義を理解した様だな。三刃、良く頑張った。修行は終了だ。春菜母上に治療して貰いなさい」
「うぅ……、はい……」
三刃は斬られた足の痛みと苦行が終了した安堵の混ざった複雑な表情で答え、片足の先が無いので四つん這いになって春菜母上の元へと向かった。
「桜花様、これが苦痛の行という修行ですが如何でしたか? 実際に見た後でも受けたいと考えていますか?」
手足を斬られ、肌を衆目に晒す。その覚悟を今一度桜花様に問う。
「むぅ、うーん、おぉっ! 先に聞くが、この修行の目的は痛みと羞恥に慣れる為という事で間違いないのじゃな?」
「ええ、その様な窮地に陥っても負けない為の修行です」
「痛いのは好まぬが春菜が居るのなら直ぐに治せるのじゃし問題無い。童も苦行を受けるのじゃ」
やはり桜花様は苦行を受けるという。
この無駄に挑戦的な行動力は政治とか、僕に負担の無い処で発揮して欲しいものだ。
読んで下さった方々、有難う御座います。
次こそは二週間~四週間後に更新出来る様に目指して頑張りますので、今後も宜しくお願い致します。