出かける準備
〇一〇 出かける準備
「少し落ち着け、五狼」
前から興味のあった術の事に、普段の大人しい様子とは違って、とても積極的に教えを乞う五狼にまずは落ち着くように言う。
「今日の午後からは姫様のお供で出掛けるので、明日以降になる。詳しくは明日の朝に相談しよう」
「兄上、明日ですね、分かりました」
五狼は若干残念そうにしながらも、姫様が先約では仕方ないと引き下がるが、今度は三刃が喰い付いてくる。
「四狼兄様は姫様と何処へお出掛けするのですか?」
「お出掛けって言い方は少し違う気もするけど、姫様の仕事の視察にお供するだけだよ」
「お仕事では私もお供する訳にはいきませんね。残念です」
三刃も付いて来たかったのか、姫様の仕事という事で諦めた様だ。
「仕事という程固い物ではないのじゃが間違ってもおらぬし、今回は二人で回るのじゃ」
「二人でって、伊吹さんは付いてこないのですか?」
何故か伊吹さんが抜けているので嫌な予感がして聞いてみたら、姫様は何かを企むような笑みを浮かべながら答える。
「婚約の順位が上がるのじゃ、二人きりで愛を語るのじゃよ」
うん、姫様と伊吹さんの表情から、僕達をからかって楽しんでいるのが何となく分かるが、三刃は分からなかった様で更に食い掛ってくる。
「四狼兄様、姫様に可笑しな事をしたり、言ったりしたら三刃は許しませんよ!」
「いや、何で三刃が許さないんだよ? それに、今の姫様の言葉は明らかに僕達をからかっているだけだよ」
「なんじゃ、三刃は乗ってくれたのに、四狼は乗ってくれんのか、詰らないのじゃ」
「姫様、心中お察し致しするで御座る」
僕が乗っても損しかしないじゃないか。乗って無くても三刃に絡まれてるのに。
ついでに伊吹さんは、僕の心中も少しは察して下さい。
三刃の相手をしていると話が進まないので、三刃はほっといてさっさと話しを進めよう。
「それで、実際に伊吹さんは付いて来ないのですか?」
「うむ、先程の四狼の部屋での話の続きをしたいからの、二人だけの方が四狼も話しやすかろう?」
「それは、確かにそうかもしれません、お気遣い有難う御座います」
二人きりというのが姫様の気遣いからだったと気付き、お礼を言う。
三刃は二人きりでの秘密の会話に納得していないみたいだが、そろそろ昼食を食べないと出掛けるのが遅くなってしまうので、台所に二人分の昼食を頼みに行く。
我が家の食事は秋穂母上が仕切っているので、当然台所には秋穂母上が居たので昼食を頼む。
「秋穂母上、姫様と僕の分の昼食をお願いします」
「分かりました、姫様の分もですね」
昼食を頼んで食卓に戻ると、姫様が伊吹さんに後の指示を出していた。
「伊吹は先に城に帰って父上に伝言を頼むのじゃ」
「王様に伝言で御座るか?」
「うむ、仲間を見つけたので話してくる、害はない。っとな」
「ほほう、分かり申した。しかとお伝えしておくで御座る」
伊吹さんはそれだけ答えると、残っていたお茶漬けを掻き込んで食べ終え、チラリと僕を見てからそのまま帰っていった。
伊吹さんは覚醒者ではなかったけど、姫様との会話から存在自体は知っているのかもしれない。
そこへ秋穂母上が昼食を持ってきてくれる。
「姫様、大したおもてなしは出来ませんが、昼食をお持ち致しました」
「秋穂母上、有難う御座います。さあ、姫様、昼食を頂きましょう」
「何を言う、秋穂殿の料理はとても美味なのじゃ。今日も馳走になる。では、頂きます」
「頂きます」
僕達は秋穂母上にお礼を言って昼食のお茶漬けを食べ始める。
お茶漬けといっても実際はお茶ではなく、だし汁なのだが何故か名前はお茶漬けだったりする。不思議だ。
この国の食事事情はご飯を炊くのは朝だけか、朝夕の二回かのどちらかなのでお昼は冷えたご飯しかなく、お茶漬けかおにぎり等が一派的だ。
尤も、秋穂母上は異界倉庫持ちなので、昼も温かいご飯を食べ事はできる。
昼食が軽い分、朝か夜に多く食べる人も多いのだが、一日が長いので間食する人も多かったりする。
それでも現代日本とは運動量が違うので太ったりはあまりしないが、体質その物が違うのかもしれない。
ちなみに今日のお茶漬けの具は、白子や鮭等の魚や海苔等の海産物だったので、先程の姫様から聞いた生魚は食べられない、というのをどうにか出来ないかと考えてしまった。
一応、いくつか案が浮かんだが、今は試せないので今度時間が空いたらやってみよう。
そんな事を考えながらも姫様より先に昼食を終えたので、姫様には昼食が終わったらそのまま食卓で待っていて貰える様にお願いし、出かける準備に一人で一旦部屋に戻る。
姫様と二人で出かける以上、護衛も僕が担う事になる。そうすると問題なのが緋桜の見た目だ。他の刀を使うと加減が難しいから他の刀は使えない。となると緋桜の方を改良をするしかないのだが、時間も余り無いので天照に相談する。
「天照、姫様の護衛もするとなると緋桜の見た目とか問題だと思うんだけど、何か誤魔化す方法とかない?」
『はい、ご主人様、新たに偽装能力の付与と、次元斬を改変し空間制御を付与する事をお勧めします』
「偽装能力は分かるけど、折角付与した次元斬を改変する必要があるの?」
『はい、次元斬は切る事に特化していますので、切る心算で振るえば目標は切断されてしまいます。人に使うと切った部位が切断されるので、腕や胴等も真っ二つです。護衛には向かないと思われます』
確かに護衛で襲撃者を真っ二つは駄目だよね。辺りが血の海だし。
『空間制御に変更されれば斬りたい深さも調節できますし、内部だけを斬る事も可能です』
なるほど、内部だけ斬れば血も出ないって、それって護衛より暗殺向きじゃないかな?
『肉を斬らずに骨を断てるのですよ』
あ、それは面白そうだ。
『逆に表面を薄く斬る等、斬る深さも自由自在ですので、普通の刀の様に振舞う事も出来ます』
それも便利そうだ。
早速天照の説明に従って、錬成空間を展開し、空間制御や偽装等の能力を追加していく。
空間制御で更に切る対象を細かく選別出来る様になったので月詠の言う、肉を切らずに骨を断つ、なんて事も出来る様になったし、一分(三ミリ)斬りで皮膚だけを斬ったり、一寸(三センチ)斬りで普通の刀の様に斬る等の調節も考えただけで出来る、更に便利な仕様になった。
偽装能力も付与したので、刀身に幻術が掛かって普通の刀に見える様になったが、ある程度以上の呪力を籠めると幻術が吹き飛んでしまうという問題もあるらしい。
しかし、人前でそうそう大量の呪力を籠める必要も無いので大丈夫だろう。後は鑑定で見られても大丈夫な様に見られて困る部分は隠蔽したので、こちらもこれで問題無い。問題が有ればその都度改良すれば良い訳だしね。
『はい、これで鑑定も誤魔化すので鍛冶師の方でも凄く良い刀、程度にしか見えないと思います』
それでも良い刀には見えるのか。まあ、形は変えて無いから仕方が無いか。
とりあえず、準備は出来たし、余り姫様を待たせてもいけないので僕は緋桜を装備し、部屋を出て姫様の元へ向かい、一緒に屋敷を出る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
屋敷の前庭の駐車場には、姫様専用の自走車と運転手が既に待機していた。おそらく伊吹さんが帰る前に連絡していたのだろう。
一応、運転手も鑑定しておこうと思ったが、姫様を長い時間放置する訳にもいかないので、思考加速しつつ運転手の能力を確認してみた。
名前:勢多 保成
生年月日:和富歴1004年1月18日 h30歳(48歳) 男
身長:5尺7寸1分(約172センチ)
体重:17貫(約63.75キロ)
胸囲:(気にしない)
胴囲:(見ない)
尻囲:(見たくない)
状態:良好
性交:14人
腕力:62
握力:74
脚力:72
知力:68
記憶力:72
体力:76
呪力:68
霊格:h80
位階:h42
能力:異界収納4、算術3、太刀術6、小太刀術A、回避8、言霊術6、軽身術8、馬車操車8、危機感知6、隠形7、暗殺術9、自走車操車4
称号:見えざる刺客
役職:和富王国近衛武士
やはり物騒な能力や称号を持っているが、こちらは前世知識も鑑定も持っていない様だ。
当然の事だが、おじさんのスリーサイズは間違っても見たくないので見る気はない。
『天照、何で男の人までスリーサイズが出るの?』
『はい、現在の鑑定は簡易型になっていますので男女に関係なく、スリーサイズは簡易型では固定項目に入っているからです』
『簡易型って事は他の型もあるの?』
多分あるのだろうと思いつつ一応確認しておく。
『はい、詳細型と選択型が有ります。鑑定を詳細型にする事で全ての項目が見られますが、項目が多過ぎるのであまりお勧めは出来ません。選択型で参照項目を設定し、見たい項目だけを見る事も可能です。選択型にし、男性のスリーサイズは非表示に致しますか?』
『選択型だと男のスリーサイズを非表示に出来るのなら、それでお願い。それで、詳細型の項目ってそんなに多いの?』
『はい、詳細型はその人の全てが見れますので、生い立ちまで見れます。一人分を見るだけで数時間掛かるかと思われます』
『本人も忘れてる詳細な日記を見放題なのですよ』
それは黒歴史まで見られるって事なのか? ある意味とんでもなく恐ろしい能力だ。
『そんなに項目が多いんじゃ選択も大変そうなんだけど』
『お任せ頂ければ私が必要と思われる項目を選択致しますが、宜しいでしょうか?』
『勿論、任せて良いなら任せるよ』
『それでは先ず、鑑定に感情看破の能力を関連付けする許可をお願いします』
『えっと、感情看破って何? 関連付けると何が変わるの?』
『はい、鑑定に感情看破を関連付ける事によって、鑑定対象の現在のご主人様に対する好感度や、好感度の高い数名の氏名と好感度が確認できる様になります』
つまり、恋愛シミュレーションの好感度が見える、みたいな物なのかな?
『まあ、実際に見てみないと分からないし、天照が関連付けた方が良いって言うなら関連付けても構わないよ』
『それでは鑑定に感情看破を関連付け致します。一応お尋ね致しますが、男性のご主人様への好感度は非表示で宜しいでしょうか?』
男の好感度って要らないよね? 何でそんな事を確認するんだろう?
僕が不思議そうにしていると、月詠が理由を説明してくれる。
『主様は変身能力と性別反転能力の両方をお持ちですので、女性に変身も出来るのですよ。当然、女性形態での子作りも可能なのですよ』
つまり、僕は男女問わずに子作り出来ると?
『いやいやいや、僕は男と子作りする心算は全くないからね!』
月詠はなんて恐ろしい事を言うんだか。
『天照、勿論男の僕に対する好感度は見えなくて良いから、非表示でお願い』
『了解致しました。今後はその都度必要の有りそうな項目を表示致します』
『うん、宜しく』
運転手の能力も確認したし、項目の選別も任せたので思考加速を解いて姫様と共に自走車に乗り込んだ。
姫様専用の自走車は流石に王族用なのか、運転席のある前部と姫様の乗る後部が完全に分かれており、指示は通信機で行う為、姫様との会話を運転手に聞かれる心配はない仕様だった。
そう考えていると、通信機から音声が流れる。
「姫様、目的地の変更は御座いませんか?」
姫様はその声に答える為に通信機を操作し答える。
「うむ、変更はない。予定通りに頼む」
「承知致しました」
周る孤児院の順番は決まっていた様で、特に説明も無く、静かに自走車は走り出した。