第八章 彼と彼女
新年早々不幸に見舞われました……。
なんといつも使っているPCがウイルスに感染しました。うぉぉいっ!いったいどこから感染したんだよぉぉぉっっ!!
インフルエンザやノロウイルスが流行ってると聞いてますがまさか無機物にウイルスが感染するなんて夢にも思いませんでしたよっ!
でもウイルスに感染したとはいえ、インターネット系列に異常はないんですよ。だからこうして書いていられるわけで…。
どこがイカれたかというと、動画関係です。
動画を編集したり、動画を別の機器に移したりする作業に入ると何故か画面が青くなって意味不明の英語が並んで強制終了&再起動ーッ!意味ワカランーッ!
まぁそれがウイルスだったんですけどね。
ウイルスは除去してもハードディスクは修理しないと駄目っぽい。とほほ……。
動画関係は結構痛いです。何せ使うこと多すぎですから。主に動画を別の機器に移すときに。動画編集するときも。
せっかく特攻隊関連の動画作ったのに消えたーっ!ちくしょーっ!
と、いうことでマジで本当に痛いんですよ…。
てなわけで、実はこの機会にマイパソを買ってしまいました。今思うとやっちまったって感じです。しかも在庫なかったので取り寄せです。いつ来るかなわくわく。
いつも使ってるPC、家族用なので、前々からマイパソは欲しいと思っていましたので。
お正月特価で普段よりは安いほうでしたし。おかげでお年玉とバイト代はパーですが。
でもこれからもずっと自分のPCで出来るなら良いかなと。あ、もちろんノートです。
しかしウイルス感染したせいで動画の他にも色々と犠牲が多かったから本当に辛かった…。
新年早々なにこれ……。
はっ!長くなってしまいました。失礼しました〜っ!
そんなこととは関係なくチハ連続二話投稿。普段ではありえませんね。
と、いうことで一気に二話投稿で本作品は終了です。
二話投稿なので、この話の次がまだありますので。
いよいよ決着。
二人の運命はいったい――?!
……ってな微妙にやる気なさそうな盛り上がりですが読んでくれたら嬉しいです。ではどうぞ。
ソ連軍上陸の不意打ちによって始まった戦争の戦況は海岸に押し込められたソ連軍に対し、一挙に攻勢をかけて殲滅すべく、師団主力を幌筵島から占守島に集中させた兵力を以って更なる攻撃に出る。ソ連軍の対戦車火器によって戦車第十一連隊は苦戦するも、戦況は日本側の優勢であることは変わらなかった。しかし北海道札幌市にある第五方面軍からの、停戦と自衛戦闘への移行命令が届き、ソ連軍に停戦の軍使を派遣する。しかし、派遣した軍使は消息を絶ち、更なる軍使が派遣された。
この無益な戦いを、終わらせるために……。
しかしソ連軍は日本からの停戦交渉に派遣された軍使を射殺するという暴挙に出るなど、小規模な戦闘が島の各地で続くことになった。
そして、この戦場もその一つだった……。
ガガガガガガッッッ!!!
まるで地面を削るような音。それともヒートアップする暴走したエンジンの音?
そんなことはどうでもいい。
聴覚よりこっちは視覚のほうが重要だ。
覗いた照準に敵が入り込むか確認する。
砲弾を持ち、砲に詰めた。閉鎖器を閉め、これでいつでも撃てる。
操縦手の明智に向かって大きく叫んだ。
「前進ッ!突っ込め!」
「了解や!」
それに応えるように明智はアクセルを踏み、エンジンが一層震え上がり、白煙を噴き出しながら鈍足には鈍足の速さで前進を始めた。
パタパタ――――ッ
額に巻いた日の丸のハチマキの先が土煙を混じった風に吹かれて靡いた。
砲塔の中から上半身だけを突き出した、迷彩色を施した上着とそのはだけた真ん中に見える土と泥に汚れたシャツ。その生地からたわわに実った果実を揺らす。その華奢な身体とは不似合いの右手は厚い装甲に覆われた砲身が突き出していた。
地を揺るがすように前進する中戦車の砲塔から上半身だけを出して、右手に覆われた装甲から突き出す砲口を構えたそれは―――少女。
名を、チハ。
士魂の精神を刻むもの。
その砲口が、世界を掻き消すように黒煙を撒き散らしながら火を噴いた。
装甲車はすべて冒頭のうちに破壊できたが、慌てて飛び出た敵兵がトラックから降ろした対戦車火器を装備し出した。もし一発でも命中すれば一貫の終わり。弾に狙いを定められないように動き回るしかない。
なにせ機関銃の銃弾でさえ壊せるような薄っぺらい装甲だ。対戦車銃弾なんて冗談ではない。
とりあえず照準に入ったトラックを視認した。
その周りには敵兵たちが物騒な武器を持っている。機関銃や対戦車ライフルだ。
対戦車ライフルを構えようとする敵兵が、いた。
「テェーッッ!!」
瞬時に轟音が響き渡る。トラックの車体が火山の噴火のように炎を噴き出し、車体が横転した。巻き込まれた兵たちも倒れていく。対戦車ライフルを構えた敵兵も炎に呑み込まれて消えた。
しかし敵兵も負けていない。横転した装甲車の陰から、そしてトラックに隠れながら射撃を加えてくる。鋭い音を立てながら銃弾が何発も飛んでくる。
それに皇が連射する機関銃の射撃が応戦していることがわかる。
次の砲弾をこめて、照準を覗く。
「装填よしっ!」
照準に敵のトラックが入る。
「テェーッ!!」
轟然と放たれる砲弾が真っ直ぐにトラックの運転席に突っ込んだ。しかしガラスが飛び散っただけで炎も黒煙も噴き上がらない。――不発だッ!
「―――ッ!?」
不発、その運命の悪戯が彼らに最初の傷を負わせた。
深い、深い傷を。
ガガガガガッッ!! ガガガガガンッッ!!!
なにかが思い切り外から装甲を叩くようなやかましい音。敵の機関銃だ。
その時、上から温かいものが飛び散ってきた。飛び散ってきたそれを触れてみると、生暖かくてべっとりとした、赤い液体だった。
それを脳が答えを導くまでの短い間も与えないままに第二段階が襲い掛かってきた。突然の轟音とともに襲った衝撃が自身の身体を激しく揺らし、まるで世界が回転したかのような感覚だった。
身体全体が強力な震動を受けて内臓が震え、骨が軋んだ。危うく舌を噛みそうになり、鼓膜を大音響が鋭く刺しこんで来た。
それは機関銃に続いて、車体のすぐそばで起爆した敵の砲弾による土煙と爆煙、そして衝撃だった。至近弾である。それも『極』がつくほどだ。
しかし車内にいる者たちにはなにがなんだかわからない。
なにが起こった?!――と心の内で叫んだ途端、すぐそばから悲鳴が聞こえた。
「ああッッ!!」
「チハッ?!」
―――視界に入ったそれは、両足が血に染まって崩れ、苦悶の表情を浮かべるチハの姿だった。
ガクンと車体が揺れ、動きが止まった。
ぶすぶすとした煙を噴き、桐嶋たちが搭乗する一輌の九七式中戦車は、その場に鎮座し、行動不能となった。
「チハッ!!」
ぐったりしたチハを抱きかかえ、何度も名前を呼ぶ。
細い足が血で真っ赤に染まって、肉がえぐれていた。もはや歩ける足ではない。それは本体である『足』――キャタピラが破壊されたことを物語っていた。
敵の対戦車ライフルが車体の下を直撃し、車体を押し上げたのだ。その攻撃でキャタピラの一部が吹き飛んだ。
「チハッ! しっかりしろ、チハッ!!」
「う……ッ お、兄ちゃん……」
ゆっくりと瞼を開いたチハはその瞳で桐嶋を見た。桐嶋は薄い安心した笑みを浮かべた。
「よかった……」
「お兄ちゃ………――あぐぅッ!」
目を覚ましてから気付いた深い傷の痛みを鋭くチハの神経が伝達する。
「……い、痛い……痛いよぉ…」
激痛で身体が震え、肉がえぐれて真っ赤に染まった女の子の細い両足から血が未だに噴出し、その大きな瞳からはぼろぼろと大粒の涙がこぼれていて、非常に痛々しい姿だった。
「チハ……ッ! 痛いか……かわいそうに…ッ 待ってろよ……」
桐嶋は自分が着ている服の生地を口で破って、チハの残酷な光景を見せる両足に縛り付ける。その途端「ひぐぅっ!」とチハが痛みに震えたが、桐嶋が傷口を止血する間、下唇を噛んで我慢しているように見せた。
「ごめん…! ごめんな、チハ……!」
桐嶋は後悔に悔やみ、少女の小さくて華奢な身体を抱き締めた。
チハは涙をこぼし、ひゃっくりをするほどに泣き震えていたが、懸命に言葉を紡いでいた。
「お、お兄ちゃんの……せいじゃ……ひぐっ…ないよ……ひっぐ……お兄ちゃんは……えぐっ……悪く、ないもん……っ」
「チハ……。本当に……ごめん…」
「謝らないで……ひっく……お兄ちゃん…」
チハはゆっくりと桐嶋の胸に手を添えて、離れる。
「ボクは……」
涙を指で拭い、にっこりと笑って見せた。
「これくらい平気だもん……!」
本当はすごく痛いはずだ。泣き叫びたいくらいに。だって目の前の女の子は中学生くらいの普通の女の子と変わらないんだぞ?
そんな少女が、笑顔を見せるなんてどれだけ彼女は強いんだ。
「……チハ。 ――ッ!?」
その時、突然砲塔で指揮を執っていた車長の五十嵐の身体が転がり落ちてきた。
「しゃ、車長ッ!」
桐嶋が呼びかけて見た瞬間、息を飲み込んだ。
痛みに苦悶を浮かべながら視線をそっちに動かしたチハも「ひっ」と軽い呻き声をあげて、手で口もとを覆う。
転がり落ちてきた五十嵐の首から肩、腰にかけておびただしい真っ赤な血が赤黒く染まっていた。歯を食いしばり、呻く五十嵐の玉汗が浮かぶ顔があった。うっすらと開いた瞳が桐嶋とチハを映した。
「……う、ぐ……」
荒い息を吐く五十嵐の首からはどんどん血が溢れてくる。車内は五十嵐の真っ赤な血で染まり、桐嶋は五十嵐が敵の銃弾に撃たれたと瞬時に悟った。
桐嶋の服にも五十嵐の血がべっとりと付いていた。
「車長…ッ! しっかりしてくださいっ!」
「……お前は…………がはっ!げほっ!」
口もとから血を流しながら、五十嵐は桐嶋の肩を掴んだ。
「……俺に、かまう…な……」
「なにを言っているんですか…!」
「…お前、たちは……ぐっ…」
五十嵐の桐嶋の肩を握る手は強かった。本当に重傷であるのか疑わしくなるくらいにギリギリと桐嶋の肩を握り締める、震える手。
チハは自らの両足も滅茶苦茶になっているはずなのに、痛みも忘れて身をよじらせて五十嵐のもとに寄った。
チラリと、そばで青い顔をしてこの場の状況に愕然として震えている小さな女の子を見詰めて、五十嵐はこれ以上ないというくらいの優しげな表情を見せた。
「……すまないな…。巻き込ん、で……」
チハはふるふると首を横に振る。泣きそうな顔で震えながら。
「……本当に、すまない…」
ぼやける視界にいる二人の子供。
大人の起こした戦争に巻き込まれた子供たち。そして戦争が終わって子供たちを親元に帰してあげられると思っていたのに、結局それは叶えられることはできなかった。
せめて、この戦いを生き抜いて、一人でも多くの子供たちを親元に帰らせてあげたい。
大人は―――大人だけが、こうして死ぬだけで良いのに。
子供は―――生きるべきだ。
生きて未来を掴んでほしい。国を再建してほしい。
五十嵐は最後まで謝罪の言葉を述べてから、瞳を閉じてそのまま二度と開くことはなかった。生命が抜かれていくように溢れ出る血が車内を赤黒く染め、大量出血による死が彼に覆いかぶさった。
祖国に残している妻と子供たち。家族を残して、彼は逝った―――
桐嶋はそっと彼の身体を横たえらせ、目元を袖で拭った。
「……明智、聞こえるか? 聞こえるなら、返事をしてくれ…」
無線機のインカムを口に近づける。
「……明智?」
応答は、ない。
桐嶋は目を伏せ、インカムを捨てた。ゴトンと音を立ててインカムが落ちる。
べっとりと付いた拳のチハの血、そして五十嵐の血を握り締め、わずかな外の空気と光が漏れる上を仰いだ。
「……お兄ちゃん」
少女の凛と通った声が聞こえ、桐嶋は振り返った。
「……ああ」
チハの瞳を見た桐嶋はそう言った。チハはコクリと頷いて桐嶋に自分の身体を預けた。桐嶋はチハを抱き寄せて、鉄帽を被る間もないままに砲塔の上へと上がった。
外に出るとむわっとした熱気と、血なまぐさい匂いと火薬の匂い。あたりは霧ではなく煙がもくもくと立ちこめ、至るところが大穴だらけで、炎がチラチラと見えていた。
離れたところに横転した炎上する装甲車と、不発弾を頭から生やしたトラック。残骸。そして敵兵たちがこちらに向けて機関銃などで射撃している。
砲塔の上に出た桐嶋と抱きかかえられるチハのすぐ横をピュンピュンと数発の銃弾が通り過ぎる。
しかし二人の表情に、恐怖も迷いもなかった。
「……ぐっ」
呻き声に気付いて見下ろすと、そこには機関銃座で負傷した皇の姿があった。
「皇…ッ!」
桐嶋は目を大きく見開いて叫んだ。
皇にも負傷が見られた。機銃座に身を捩じらせて傷口を片方の手で抑えていた。
しかし見たところ、腕を撃たれたようで命に別状はないようだ。さらに皇の「大丈夫だ…」という応答にほっとする。
桐嶋は意を決して、口を開く。
「…皇、機関銃を貸してくれ」
「ああ!」
チハを降ろし、桐嶋は皇が機銃座から取り外して放り投げた機関銃を受け取り、それを構えた。
「弾倉はっ!?」
「入ってるッ! やっちまえ桐嶋ぁッ!」
戦友の叫ぶ声が、彼を突き動かせる。
この車体はもう二度と動かせない。キャタピラは破壊され、車体の一部が爆発によってへこんでいた。
もはや、ここに鎮座したまま戦うしかない。
桐嶋のやけくそのような汚い射撃が始まる。とにかく敵の段列に向かって撃ち続ける。
敵兵ももちろん黙ってはいない。横転した装甲車やトラックから身を隠して射撃してくる。光の弾が桐嶋のすぐ頬の横を通り過ぎていった。
その時、目の前に嫌なものを見つけた。
ゾクリと寒気が体の芯まで伝わる。
そしてその直後、明るい光が瞬いたかと思うとそれが瞬速の速さで奇妙な形をしたロケット弾が真っ直ぐに突っ込んでくる。
「対戦車ライフル―――ッ!」
皇の叫び声が、スローモーションに聞こえたような気がした。
迫り来るロケット弾も、おそろしくゆっくりと飛んできているように見えた。
そして、自分の動作も、おそろしすぎるほどにゆっくりだった。
そのゆっくりとした動作を、逃げるためでなく、【彼女】を抱き締めるためだけに使った。
そして―――
着弾。
その瞬間、物凄い衝撃が大地を揺らした。
ズドドォォォォォォォォンッッ!!!
【妹】を――【彼女】を抱き締めたまま桐嶋は砲塔から車内へと転がり落ちた。世界がぐるりと回転してなにが起こったのか頭の中が真っ白になった。
柔らかい感触がした。それが桐嶋を救った。横たえた五十嵐の身体に落ちたおかげか、怪我はしなかった。そしてしっかりとチハの身体を護るようにして抱き締めていたため、チハも無事―――
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――抱き締める自分の腕と身体はべっとりと赤い血で染まり、彼女の身体のほとんどが赤い血に染まっていた。
それを見たとき、目の前が真っ白になって、視界がぐらりと傾いたような感じがした。
「チ……チハッ!」
抱きかかえる少女はもはや血だらけに染まった存在そのものだった。ダランと下がった両手、服はほとんど破けて真っ赤な肌が露出し、端が途中で切断されたハチマキだけが強く頭に巻かれたままであった。
「……チハ……チハぁ……」
桐嶋はぼろぼろと涙をこぼし、その小さな身体を抱き締めた。
またあのときと同じ。
これではまるで繰り返しだ。
あの死ぬ前の妹を抱いたときと同じ。また、自分のそばから大切な人がいなくなる。
それは、もう嫌だった。
――三度目の神様への願い。
一度目、二度目は叶わなかった。
そしてまた三度目の神頼み。
こんなことしかできない自分が本当に情けない。
ぽろりと流れた涙が、チハの頬に落ちた。
「お、にい……ちゃん…」
「…チハッ!」
血で汚れた頬、微かに開いた漆黒の瞳が桐嶋の顔を映した。
その口もとが、微かに微笑んだ。
「泣かないでよ……お兄ちゃん…。お兄ちゃんが悲しいと、ボクも…悲しい」
ガガガンと装甲を叩く音。
そして外から聞こえる射撃音と、焦げ臭い匂い。
じわじわと危険が忍び寄ってきていた。
「ねえ……お兄ちゃん…」
「なんだ……チハ…」
「ボク、お兄ちゃんのこと……大好きだよ…っ」
目の緑に涙を浮かべながらも、ぱぁっと笑顔で言ってくれた。
この笑顔を、救えない。
助けたくても、助けられない……。
「本当に……大好き…っ!」
そう言いながら、チハの両手がそっと桐嶋の両頬をおさえた。
そしてそのままぐっと唇と唇を合わせた。呆気に取られて硬直する桐嶋を残して、チハは唇を離した。
「今度…生まれ変わることがあったら……お兄ちゃんの本当の妹がいいって思ってた……でも、今は違うよ……」
さっきまでうるさかった射撃音が止む。
「今はね……人間の、普通の女の子としてお兄ちゃんに会って、普通に恋をしたい! ……そんな、夢……だよ…。 持ってて、いいよね…? ねえ、お兄ちゃん……」
その瞬間、ドンッという音とともに轟音が鳴り響き、世界が衝撃の渦に巻き込まれた。
ズドオオオォォォォォンッッ!!!
凄まじい爆発と轟音が轟き、桐嶋はチハの小さな身体を庇うようにして覆いかぶさった。
そして鉄版が桐嶋の上に覆いかぶさり、二人は重なった。
「……お兄ちゃん……」
「……チハ…」
のしかかる鉄版が熱い。そして、息ができない。でも、不思議と苦しくなかった。
暗闇の中で、すぐそばにチハの温もりと、そして声が聞こえた。
「……ありがとう、ボクの大好きなお兄ちゃん……」
それが、意識が遠のく間に桐嶋が最後に聞いた言葉であった。
●
闇の中、なにもないところに倒れたチハに一筋の光が射しこんだ。
「……誰?」
ゆっくりと視線を動かすと、自分のすぐ前に一人の少女が立っていた。
「……ボク」
それは、答えた。
チハはゆっくりと立ち上がり、目の前に立つ背丈が同じ少女と真正面で立ち合う。
「……ボク?」
「……そう、ボク」
自分と瓜二つに似すぎた少女。しかしどこか違うようで、同じにも見える。
「……楽しかった?」
「……うん」
「……悔いはある?」
「………」
もっと過ごしたかった。
大好きな彼と、もっと生きたかった。
兄妹の関係ではなく、もっと別の深い関係で想いたかった。
それが、自分の中で正直言って残っている。
「……ボクと同じ」
「……そうなの?」
「……だってボクはボクだもの」
「……ごめんね」
シュンとなって謝るチハに、その少女はきょとんと首を傾げる。
「……なんで謝るの?」
「……だって、ボクはお兄ちゃんを…」
チハは、自分と同じで違うその少女に、強い意思をこめて言う。
「……元々は、あなたのお兄ちゃんなのに」
「……言ったでしょ。あなたはボク。ボクはボクだって」
少女はニコリと微笑む。
「これはボクの願い。お兄ちゃんを――また、支えることがすこしでも出来たなら十分だよ。ありがとう、ボク」
少女は、黙りつくしているチハに向けて言葉を紡ぐ。
「チハ……ううん。 ―――桐嶋おりんちゃん」
「……ボクは―――」
瞬きをして、次に瞳を開いたとき、少女は消えていた。
でも、なんだか身体が暖かくなった気がした。
自分の両手を見詰めて、ぐっと握り締める。
彼女は振り返り、微笑んで、手を振る。
「――ばいばい、お兄ちゃん…」
彼女は―――光の先へと元気良く駆け抜けていった。
●
ガララ……
覆いかぶさっていた重いものが取り外され、光が射しこんできた。
「おいっ! いたぞっ!」
耳に、聞きなれない異国の言葉が聞こえる。
「息はしている。生きてるぞ!」
「気を失っているだけのようだ」
対戦車ライフルの大穴に身を埋めていた桐嶋は目を覚まして、上体を起こした。
「あれ…。 俺……生きて、る……?」
開いた両手を見詰める。その両手にはパリパリに渇いた血の痕が残っていた。
「――ッ! チハッ! 車長ッ! 皇ッ! 明智ッ!」
桐嶋は周りの残骸に向かって叫ぶ。
彼一人を囲む異国の者――ソ連兵たちはいきなり叫びだした日本兵を訝しげに見た。
「おい、落ち着け。日本人」
「気でも狂ったか?」
「…いや、攻撃的なところは見られない。誰かを叫んで呼んでいるみたいだ」
「撃っちまいましょうか」
「馬鹿。撃つな。捕虜として連れていくんだ」
「本当に、囚人は困った野郎どもだな。俺たち真っ当な軍人には迷惑だぜ」
「なにをぅっ?!」
「やめろ。こんなところで喧嘩してどうする」
「おい、それより日本語を話せる者はいないか?」
ソ連兵たちの言葉など耳に入らない。
「みんな、どこだ…ッ! チハ……チハァッ!!」
桐嶋は、すぐそばに鎮座した車体を見つけた。
「チ……」
桐嶋は、それを見て言葉を呑んで、絶句した。
もはや鉄魂と化したそれは、かつての色も薄れた車体。大破して半分も原型をとどめていないそれは、元が戦車だったのかもわからない。
おそらく周りにある残骸が、その残りだろう。
桐嶋は、車体に寄りすがって、大声をあげて泣いた。泣き叫ぶ桐嶋の慟哭がどこまでも響いていた。
静かになった島で、彼の嘆きが響く。
車体には、はげているがわずかに見えている士魂の【士】の文字があった――
終戦後の八月十八日から二十一日まで続いた占守島の戦いは、二十一日の日本軍の降伏という条件のもとで完全に停戦した。
これは正式な停戦交渉の結果、合意のもとで行われたものだった。戦況は優勢であったが司令部の即時停戦という指示もあったために、ようやく停戦は行われた。
軍使射殺などでソ連側が停戦を遅らせていたが、ソ連軍艦上の堤師団長による日本軍降伏を示した降伏文書に調印し、二十三日にはソ連軍の監視のもとでの武装解除を終えた。
武装解除のとき、守備隊将兵は悔しがっていたと伝えられている。
―――なぜ勝った方が、負けた連中に武装解除されるのか―――
日本軍の降伏によって幕を閉めているが、戦術的に見ても戦況は日本軍が優勢で、あと一歩でソ連軍を殲滅することはできていた。しかし日本軍は理不尽なもとに降伏文書に調印せざるをえなかった。
日本軍が何故それほどまでに強かったのか、様々な諸説がある。
1.ソ連軍が上陸できる砂浜が狭い竹田浜しかなく、上陸地点が予想され狭い砂浜で効果的に攻撃する事ができた。
2.ソ連軍の戦車揚陸艦が日本軍の砲爆撃により撃沈され、戦車を揚陸できなかった。
3.天候不良、航続距離の短さのため、ソ連軍は航空兵力による効果的な援護ができなかった。
4.ソ連軍は上陸作戦の経験がなく、上陸前の艦砲射撃が1時間しか行われず、陣地の破壊が充分ではなかった。
5.日本軍の兵士はノモンハン事件やガダルカナル島の生き残りが多く、経験・士気が高かった。
6.北方方面はほとんど戦場にならなかったため、日本軍の食料・弾薬が十分であった。
7.政治的な色合いが強く、戦術戦略上の意義が皆無の作戦(既に日本は降伏している)ため、指揮官にも攻略の意欲は乏しく、ソ連軍の戦意も著しく低かった。
しかし彼らは果敢に祖国のために、【戦争が終わったにもかかわらず】戦い続けたのだ。そして無念にも命を散らした者も大勢いた。
日本は八月十五日を【終戦】としているが、彼らにとっては【開戦】であり、戦闘は継続していたのだ。
ソ連軍は大きな損害を受けながら、日本軍の武装解除にたどりついた。当時のソ連政府機関紙イズベスチヤは「八月十九日はソ連人民の悲しみの日であり、喪の日である」と述べている。両軍の損害は、ソ連側の数値によれば、日本軍の死傷者一〇〇〇名、ソ連軍の死傷者一五六七名である。日本軍は武装解除後分散されたため、死傷者の正確な数をつかめなかった。ただし、日本軍人による推定値として、日本軍の死傷者は六〇〇名程度、ソ連軍の死傷者は三〇〇〇名程度との数値もある。どちらにせよ戦死者数はソ連軍のほうが上回っていた。そして九月半ばまで両軍の戦死体は島の各地に放置されたままであった。
――――そしてソ連軍に降伏した日本兵たちは、祖国に帰ることもできずに、極寒の地へと強制労働を強いられ、今度は奴隷の待遇との戦いに身を投じていくのだった。
チハたん……(?!
というか、今回特に後半執筆していて思ったのですが、わかりにくいのではないかなとちょっと不安。
えっと、察してくれれば助かります。
わかるかな?
実はチハは〜的な感じなのですが。
とりあえず次回で終わりです。
では次回へ。