第七章 果てしない戦い
明けましておめでとうございます。
謹賀新年です。
昨年は艦魂と、そして艦魂作品をお書きになる先生がたとの出会いという、私にとっては大きな一年だったと思います。
今年の春から三年生になる予定ですが、三年生になったら就活などで忙しくなる一年になると思いますが、今年も頑張って艦魂作品を書いていきたいと思っています。
とりあえずこの士魂作品を先に書き上げたいと思っています。
終戦、そして突然のソ連軍による上陸から始まった戦いは過激さを増して停戦することはありません。この戦いは、いったいどこまで続くのでしょうか。
新年初めての執筆投稿です。
今年もよろしくお願いします。
チハと桐嶋たちが今いる場所は緑が生い茂るゆるやかな地。小さな谷があり、ゆるやかな斜面には背の低い草が生えて、緑が広がっている。そして薄い森の方向にはデコボコ道が続き、岩塊がある。
ただそこに岩塊の間でポツンと鎮座している九七式中戦車――チハは、敵の至近弾を浴びるも作戦行動に異常がないことを確認して、移動して森に続くデコボコ道を進み、岩塊の間に身を寄せて、森から取ってきた木や葉、泥で身を隠し、こうして敵の待ち伏せを待っていた。
鎮座している間に他の仲間たち、自分たちの属する第十一戦車連隊――通称『士魂部隊』は後退する敵の追撃を続行して海岸付近まで追い詰めていた。
しかし無線報告によると、戦況はこちらに有利と思っていた中、敵が対戦車火器の上陸を行って、我が軍の攻勢を追い返し、また内陸への侵攻を再開していると言う。
桐嶋は砲塔から上半身を出して遠方を双眼鏡で見詰めていた。
敵が来るかどうか、見張りである。
その横ではチハが桐嶋にぴったりと寄り添っていた。
敵の至近弾で目立った損害はなかったものの、その身体には切り傷のような跡がいくつも刻まれていた。砲弾の破片を浴びたことによる傷だった。
頬に戦いの決意を示した泥を塗り、日の丸のハチマキを締めた幼い少女は桐嶋に寄り添い、瞳を閉じて身体を休めていた。
「ねえ、お兄ちゃん……」
ぽつりと聞こえた声。
双眼鏡から眼を放して視線を移した先にはチハの開いた大きな瞳があった。
「戦いは、いつ終わるのかなぁ……」
「……どちらかが負けるまで、だな」
「……嫌、だね。…それ。 勝ちと負けなんて、そんな分かれ道、ボクは嫌いだなぁ…」
「………」
先ほど自分たちの上空を通り過ぎた航空部隊、そして第十一戦車連隊の活躍でこれら部隊の奮戦によって戦闘は次第に日本軍側が優先となってソ連軍は海岸付近に追い詰められ、あとわずかの攻撃で日本軍がソ連軍を殲滅という体勢にまでなっていた。
しかしそのとき、北海道・札幌の方面軍司令部から第91師団宛てに「戦闘を停止し、自衛戦闘に移行」という軍命令が届いた。
さらにソ連軍の攻撃は止まることなく、対戦車火器の上陸などもあって打撃を受けた戦車第十一連隊はあと一歩の敵殲滅が困難となっていった。
本土からの軍命令があったがソ連軍の攻撃は止まらず、すぐに停戦することはできなかった。「自衛戦闘」という言葉があった通りに戦闘は続行した。
夜までには、幌筵島の第74旅団も主力の占守島転進を終えた(ソ連軍は霧の晴れ間に航空機を飛ばして海上輸送の攻撃を行ったが、阻止するには至らなかった)
ソ連軍上陸部隊(狙撃連隊2個と海軍歩兵大隊)は、日本軍に対して攻撃を仕掛け、艦隊とロパトカ岬からの砲撃も手伝い、橋頭堡を確保した(「橋の対岸を守るために作られた砦」更には「敵地などの不利な地理的条件での作戦を有利に運ぶための前進拠点」をも指す)そこで反撃行動を停止した日本軍は、無用の損害を避けるため後退した。
さらにソ連軍航空部隊は間欠的に夜間爆撃を行った。
ソ連軍の重砲・自動車など重量のある貨物の荷降ろしが完了したのは、翌日に日本側沿岸拠点に停戦命令が届き、その砲撃が無くなってからだった。
幌筵海峡での海戦(幌筵海峡に進入を試みたソ連艦隊6隻と日本海軍第51警備隊の幌筵島潮見崎砲台との戦闘)もあって、地上戦闘も再開され、戦闘は停戦することはなかった(ソ連側は、幌筵海峡での日本側の背信があったため、攻撃に移ったとしている)
しかし戦闘は続いても停戦交渉は開始せざるを得なかった。
堤師団長は停戦の軍使を派遣することを決めた。天皇陛下が終戦を宣告されたのにまだ戦闘を続けることは陛下に背いていると考えたのだ。
軍使には司令部付の長島厚大尉が選ばれ、わざとソ連軍に捕まりに行った。しかし彼は翌日になっても帰還しなかった。
ふたたび軍使として山田秀雄大尉を派遣した。日魯漁業の清水通訳を連れて赴いた。小泊崎の海岸にあったソ連軍司令部へと向かった。
カムチャッカ地区防衛司令官・グネチコ少将と第一梯団長・ディヤコフ少将が杉野少将
と柳岡参謀長が午後3時過ぎに竹田浜で正式に会見した。
ソ連側の条件は敗軍に対する無条件降伏を求める屈辱的な要求ばかりである。
しかし、戦闘は日本軍に優勢だった。武装解除を求めた後の兵の処遇が語られない。それでもいずれは停戦して武装解除を受けるのであるからサインした。
旅団司令部に戻った柳岡の報告を聞いて、堤師団長は「武装解除と戦闘停止は別である。方面軍から訓令があるまでは武装解除は断じてならん!取り消して来い!」と叱責し、柳岡は清水通訳と竹田浜にふたたび向かった。
……それっきり二人は消息を絶った。
ソ連軍はこの日、夜襲をかけ、これを予想していた日本軍側も反撃した。
停戦交渉を望むも消息を絶つ軍使、そしてソ連軍の止まることのない攻撃。明らかに敵は停戦を望んでおらず、自分たちを徹底的に皆殺しにしようという意思があるのかは明確だった。
停戦交渉は進まず、戦闘は続く。
祖国降伏から五日、敵上陸から二日経っていた。
それでも、彼らは戦い続けた……。戦争でボロボロになった祖国を、疲れきった国民を、そして大切なものを護るために。
本土が再び、戦争の戦火を巻き込ませないために―――
まるで世界に自分たちだけが取り残された気分。
身を隠し、敵を待ち伏せするも中々戦火が飛び火してこない。追撃に出た仲間は戻ってこない。敵も攻めてくることはない。
ただ自然に木と泥に身を隠してジッと息を殺して待つ。それに乗る戦士たちという【士魂】が宿りし一輌の戦車はそこにいた。
日付が変わり、まだそこに居続けていた。
「はぐっ……んぐっ…」
来るべきときに備えて、桐嶋たちは車内にあった非常用の缶詰の魚肉を頬張っていた。
毒牙を向けるソ連軍に対して奮戦する戦車連隊に、ソ連軍は対戦車砲を陸揚げして前面に押し出した。
それはドイツ戦線でドイツのタイガー戦車を打ち抜いたロケット式の対戦車秘密火器であった。世界最強のタイガー戦車を撃破した対戦車火器の前に日本の戦車は無力で、次々に戦車の側面の52ミリの銅鉄をぶち抜かれた。
それでも日本軍は壮烈な体当たり攻撃を加えて健闘していた。
「連隊はこれより敵中に突撃せんとす。祖国の弥栄と平和を祈る」
池田末男連隊長の言葉である。士魂部隊である戦車連隊は圧倒的火力を有するソ連軍の対戦車ライフルを近距離で受けようが(装甲の薄い日本の戦車相手で近距離なら、かなりの威力を発揮した)体当たり攻撃を敢行した。
池田末男連隊長は連隊長車の上にいた戦死者を落としてはならぬと戦車の砲塔に縄で縛りつけ、そして今度はその砲塔の上に跨り、日章旗を振り、なおも全軍に前進を命じていた彼は、突撃を命じて30分ぐらい、敵を散々踏みにじったあと、対戦車銃弾を横腹に受け、それで中に積んであった弾薬が誘爆し擱坐炎上、ついに戦死することとなる(池田連隊長の乗車した戦車は、炎上した後もしばらく前進していたと言われている。まるで、死しても前進を止めない池田の魂が乗り移ったかのように)
そんな大奮闘を見せる戦車第十一連隊――士魂部隊。彼らの士魂精神は永遠に消えることはない。
「チハは食わないのか?」
「…ボクは、いいよ。お兄ちゃんたちが食べて」
「だけど腹減ってないか」
「…ボクはなにも食べなくても平気なんだよ。だってボクは………兵器、なんだもん」
えへへとすこし控えがちに微笑むチハを桐嶋は無言で見詰めてから、桐嶋はゴソゴソと缶が入った袋を漁りはじめた。
ハテナマークを浮かべて首を傾げていると、唐突に袋から出したものを差し出された。
「ほら」
「え……?」
それは、パイ缶であった。
チハの目の前にそれを差し出した後、桐嶋は銃剣でそれをこじ開けた。ぺろりと剥がれた穴からぷるんと水分たっぷりの煌きを放ち、たわわに実ったかのような、とても美味しそうなパイナップルが顔を出した。
「わぁ……」
「食べろよ。 食べないより食べたほうがいい」
「でも……」
「遠慮するな」
ずい、と鼻と口の前に差し出された缶詰から、パイナップルの甘そうな香りと揺れた際にタプンと鳴った水の音が食欲を誘った。
チハは戸惑いがちに桐嶋の真剣な瞳をしばらく見詰めてから、コクリと頷いて無言で受け取った。
桐嶋はチハが缶を受け取ったことを確かめると、ぱくぱくと自分の魚肉を口に運ぶことを再開した。
「………」
チハは中身を小さく頬張ると、泥を塗った頬にぽっと赤みが戻った。
久しぶりの果実の甘さに舌鼓を打ち、チハは自分で気付かないうちに美味しそうにぱくぱくと頬張っていた。
その横で桐嶋が微笑ましそうに見詰め、そして最後の中身を口の中に放り込むと缶を放り投げた。
ふと気がつくと……
「でざーと」
慣れない外来語を舌に乗せながら、チハはパイナップルの一切れを桐嶋に差し出していた。
「……いいのか?」
「いいよぉ」
ニッコリと微笑んだチハの可愛い笑顔は、桐嶋をドキリとさせた。
「じゃ、もらおうかな…」
「うんっ! はい、お兄ちゃん。あ〜ん」
「……………」
「あ〜ん」
「―――んぐっ!」
ぽかんと呆けていた桐嶋の口にパイナップルが押し込まれた。それを桐嶋はもぐもぐと頬張り、口の中に広がる果実の甘さと搾り出された汁を味わいながら、ニコニコな笑顔のチハを見詰めた。
「おいしい?」
「……ああ」
ゴクリと飲み下し、頷く。
「ねえ、お兄ちゃん。これもあげるよぉ」
そう言って差し出したのはパイ缶。中身の汁が揺れていた。
「これ、とってもおいしいんだよ。ボクばっかり食べちゃったから、お兄ちゃんどうぞ」
「チハ……」
無垢で純粋な、優しい笑顔をニコニコといつまでも絶やさない少女の顔。戦いを意識した頬に塗られた泥。額に巻かれたハチマキ。肌に見られる切り傷。それらが彼女の本来の姿を物語っている。
だけど本当は、こんなにも小さくて、こんな可愛い笑顔を出せるような、自分が知っている世間の女の子とどこも変わりないのだ。
彼女の本当の姿は―――傷つき尚戦い続ける兵器なのか―――年相応の笑顔を輝かせて楽しそうに微笑む女の子なのか―――
初めて出会ったとき、不機嫌になったとき、摩耶と楽しそうに話しているとき、自分が兵器であるという姿を見せたとき、演芸会を見せたとき―――
そして、防人の姿となった彼女という光景―――
……いや。
そうだ。
それらを全部含めて、彼女というひとつの存在なのだ。
重いものを担いだ華奢な少女。
それが、彼女。
「……チハ」
「うん? なぁに、お兄ちゃん」
「貸してみろ」
桐嶋はそれを受け取ると、自分の水筒から缶の中に水を足した。
「チハ、自分の水筒あるだろ?」
「え…? あ、うん」
「それも貸してくれないか」
「いいけど……。 どうするの?」
「こうするんだよ」
首を傾げたチハから水筒を受け取り、中に水を足した缶の中身をチハの水筒の中に移した。
「これでジュースの完成だ。ほれ」
そのまま水筒を差し出されたチハはそれを受け取った。そして桐嶋に促されるままに中身を明けて口にすると、パイナップルの甘い味が喉奥に流し込まれた。
「わぁ……」
「なっ」
ニッと微笑む桐嶋に、チハは「ありがとっ お兄ちゃん!」と頬に赤みを灯して笑顔で言った。
チハは水筒の蓋を閉じるとそっと大事そうに懐にしまった。そして桐嶋のほうに寄り添い、チハの柔らかくて暖かい温もりが伝わってくる。
夜。八月の夏だというのにさすが最北端の島である。アラスカに近いだけある。すこし肌寒く、霧も濃くなっていて視界が不十分だった。
まるで外の世界と断絶されたように静かで、あたりはなにも見えない。
しかし暖かった。ディーゼルエンジンが働く車体から帯びる熱とは関係なく、すぐそばにある小さな温もりが何よりも大切で、優しい温もりがあった。
夜・濃霧。
この条件を活かして敵に見つからないよう友軍と合流することに決定した。岩塊の間から抜け出した車体は磁石と地図、霧が薄くなって視界がマシになる刹那を頼りに、行進を始めた。
しかし谷に出た直後、草原がざわざわと不吉に揺れた。
その瞬間だった。
「敵の段列だ」
砲塔にいた車長の五十嵐が言った。反対方向を見張っていた桐嶋が思わず振り向く。
しかし五十嵐の視線の先は濃い霧で、なにも見えない。
「ど、どこですか?」
「あの先、一キロ先から敵の段列がいる。……おそらく装甲車とトラック、自動車を含めた部隊だろう」
五十嵐は双眼鏡すらしていない。桐嶋はジッと目を細めて凝視するがやはり見えなかった。
しかし、耳を済ませてみるとかすかに自分たちのとは違う【音】が聞こえた……。
「まさか………?」
ノモンハン時代からの戦車に関してはベテランである五十嵐の研ぎ澄まされた感覚が物を言ったときだった。
「戦車は……ない。 装甲車二〜三輌、トラックは約五輌、おそらく対戦車ライフルを備えた歩兵一個小隊……というところか」
それだけでこんなことまでわかるとは、桐嶋は感嘆するしかなかった。
「明智中尉、停車せよ」
無線機のインカムから車内に伝わり、車体がガクンと停まる。
シンと静まり返り、聞こえるのはエンジン音だけ。
そして―――
微かに、聞こえる音。
それが、近づいてくる。
「……桐嶋中尉」
「はっ」
振られて応える桐嶋の目の前で、振り返った五十嵐は真剣な面持ちで言った。
「直ちに砲弾を装填し、先頭の車両を必ず破壊せよ。敵が足を止めた瞬間にジグザグ走行で突撃する。よって狙いは正確に、確実に、だ。そして敵が混乱している間、それに乗じて敵陣に突っ込む! 敵陣の中に紛れ込めば敵は同士討ちを恐れて撃ってこなくなる」
そんな先まで考えている五十嵐の言葉に、桐嶋は一瞬震え上がった。
そして「了解っ!」と威勢の良い声を張り上げて敬礼した。
五十嵐は世界を埋め尽くすような濃霧を仰ぎ、呟いた。
「……晴れ間のタイミングは……」
その間、桐嶋は車内に潜っていった。
濃霧の中で、桐嶋たちは息を殺してそこに佇んでいた。
なにも見えない濃霧の中、ただ近づいてくる音だけが唯一敵がいることを確かめてくれた。
桐嶋はすでに砲弾を装填して、発射レバーを握っていた。いつでも撃てる。
やがて前方正面からぽっと灯った灯りが見えた。それは敵車両から濃霧の中でお互いの姿を確認し合うための灯火であった。
あまりの濃霧に灯しざるを得ないのか、それともただ舐めているのか、どちらにせよどこに敵がいるのかその灯火が知らせてくれていて大いに助かる。
57ミリ砲がその灯火に向けられた。
灯火の数からして、先頭車両は装甲車。二輌だ。おそらく後ろにはトラックが控えているのだろう。戦車がいないことが救いだ……と言いたいが、もっと恐ろしいものがある。それは歩兵が担いだ対戦車火器だ。
欧州戦線でドイツのタイガー戦車を打ち抜いた対戦車ライフルは日本の戦車に対しても脅威となっていた。実際それによって優勢だった第十一連隊の戦車がいくつも破壊されてしまっている。
震える。すでに実戦は経験しても、震える。
それは、恐怖心だ。
その震える手に、小さな手がそっと重なった。
見ると、すぐそばにチハがいてくれた。
「……落ち着いて、お兄ちゃん。ボクはここにいるよ」
「……ああ、そうだな」
「大丈夫。訓練だってお兄ちゃん、すごくできたんだからっ! あの時のことを思い出してよ。 お兄ちゃんなら、きっとできる」
「……そうだな。ああ、そうだな」
桐嶋は照準を覗いた。そして発射レバーを握る。
「撃ったらすぐに前に向かってジグザグ走行。覚悟しておけよ」
「それくらい平気だよ。それにボクは明智さんの操縦、信じてる。もちろんお兄ちゃんも、ここにいるみなさんを、ね」
チハはニッコリと微笑んだ。そこには、戦場で微笑む少女――【兵隊の女の子】がいた。
しかしその白い歯は震えていた。
なんといっても外見は満十五歳にも満たない少女なのだ。
「お兄ちゃん、二輌目からは動きながらの砲撃になるから修正、頑張って」
「弾道計算任せろ。俺は子供の頃から算数は得意なんだ」
「敵兵の対戦車ライフルも警戒。もちろんボクも当たらないように精一杯動き回るよっ」
「その意気だ。だけど前も言ったが、無茶だけはするな」
「…無茶くらいしないと、勝てないよ?」
「……それも、そうかもな」
一個小隊相手に一輌で挑む。
なんとも無謀な挑戦だろう。
でも、自分たちは戦わなければならないのだ。
二人はお互いの手を重ねあったまま、発射レバーを握り締めた。
脳の後ろがざわざわとざわめき、それがじっとりと脳から汗を吹き出す。それが嫌な汗だった。へばりつき、まとわりつく嫌な感覚。
先頭の装甲車が照準の中に入った。錯覚だろうか、赤い星がうっすらと見えてきたような気がした。
十分に敵を引きつけ、照準の真ん中に敵が入ったことを確認すると、ちょうど砲塔にいた五十嵐の号令が聞こえた。
「てぇーっ!!」
二人の重なった手が、主砲レバーを叩いた。車体を震わせる震動と轟音、そして閃光とともに放たれた砲弾が霧を一瞬で引き裂いて、砲弾は敵装甲車の正面に突き刺さり、貫通した。大爆発とともに横転した車体は炎上し、敵の足が止まった。
それと同時に自分たちが乗り込む車体のエンジンが振動した。始動したエンジンがまるでオーバーヒートするくらいの勢いで震えだし、キャタピラが大きく回転して前進を始めた。
「ひゃーはーっ! すっ飛ばすでぇぇっっ!!」
テンション(士気?)も高揚した明智の上ずった声が響く。
さらに軽やかな射撃音が車体前部から聞こえてくる。皇が敵小隊に向けて放つ機銃が火を噴いていた。
着弾と同時に爆発した炎と爆風がまるで濃霧を振り払ったかのように、霧が晴れていた。お互いの姿は丸見えとなり、桐嶋たちの車体は荒い走行でジグザグに走り回った。
その姿を追うように敵も火力を振り回した。
「初弾命中。よくやった、桐嶋中尉。次も頼むぞ」
無線機からの五十嵐の声。
「はいっ!」
次の砲弾も装填完了。
「次は―――あれがいいと思うよ」
瞳を閉じたチハが指したそれは、横転して炎上した車両の右横にいたもう一輌の装甲車だった。その装甲車からはすでに敵の攻撃を理解した敵歩兵たちがわらわらと外に飛び出していた。炎上する車内にも歩兵はいただろうが、あれだと全滅だろう。
「仰角、五コンマ修正。準備よしっ!」
「先の攻撃によって目標は後退してる…。現在敵歩兵が展開中……。今撃てばまだ車内に残っている敵やそばにいる敵を巻き添えできるかも……。後退しているから、すこし遠方に向かって撃って」
淡々と述べる言葉の数々は少女の口にしては物騒なものばかりだが、それが彼女の本来の姿でもあるのだ。
そして自分も、それに応える。
「合点だ!」
「目盛り……一個上。…うん、そこ」
「よし、撃てッ!」
チハの言葉を信じて砲弾を発射する。
発射された砲弾は空を切り、見事に落下地点には敵装甲車がいた。装甲を突き破って車内に侵入した砲弾が起爆し、同時に閃光が走った。
わずかに車内にいた兵諸とも焼き尽くし、そしてまだそばにいた兵たちの身体をなぎ払った。砕け散った装甲が空を舞い、車体は爆発を起こして鎮座した。
「よしっ!」
ぐっと拳を握り締める暇もない。すかさず次の重い砲弾を抱え込む。
「移動!」
五十嵐の号令が響く。
縦横無尽に走行を続ける。動きがおせじでも速いと言えなくても、敵戦車もいない。装甲車はすべて排除し、敵歩兵が慌てて戦闘態勢に展開していた。
「……まだ、だよ」
チハはゾクリと背筋に氷が滑り込んだかのような嫌な感覚を覚えた。
大多数の敵歩兵が五輌のトラックから積荷を下ろしていた。その箱から出しているのは―――
「敵、対戦車ライフルを装備! 警戒を厳と為せッ!」
五十嵐の叫ぶ声に、桐嶋たちは戦慄する。
チハの顔も真っ青だった。もし対戦車銃弾が一発でも命中すればお終いである。
「お、お兄ちゃん……」
震える小さな手が、きゅっと桐嶋の裾を掴む。
「ど、どうしよ……どうしよう……ボク、……ボク…」
「落ち着け、チハ」
桐嶋はぐっとチハの震える肩を掴む。
「とにかく敵の攻撃を受けないように避けるしかない。そして撃ちまくるんだ」
「……うん」
「車長!」
呼びかけた無線機から、すぐに返事が返ってきた。
「ああ、わかっている。 とにかく突撃し、前方に見える敵を確実に仕留めろ。あとは――」
その続きを、桐嶋が呟く。
「―――あとは神頼みってわけだ」
どこの世界の軍隊でも、最後は神頼みである。日本だって、アメリカだって、ソビエトだって……。
桐嶋はこの日、人生二度目の神頼みをしたのだった。
いよいよ次回で停戦、次々回で最終回となる予定です。
こんな作品を今まで付き合っていただきありがとうございます。最後までどうかお付き合いしてくだされば嬉しいです。
この作品を書き終えたら本来の艦魂のほうに戻り、葛城の物語を再開させたいと思っていますのでそちらもどうかよろしくお願いします。