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第五章 ソ連軍上陸! 占守島の戦い

クリスマスが終わったと思いきや、バイトが異常に忙しい。おかげで執筆が進みませんでしたよ……。もう一日の大半をバイトで費やしている感じです。まぁその分貰えるんだけどね……アレ。


いよいよソ連軍上陸!占守島の戦いが始まります。

まず最初に言っておきますが、この小さな島での戦いはガタルカナル島・硫黄島と同等に語られるべく島の戦いなのであります。

それが、占守島しゅむしゅとうです。

最南端の硫黄島での戦いが映画化もされて世界的に有名になりましたが、最北端というところでの占守島の戦いもまた知っておかねばならない戦いであります。

この島がもし占領されていたら、彼らの果敢なる戦いがなかったら、北方四島のみならず北海道もソ連に占領されていたことでしょう。

しかし、北海道はこうして日本の領土としてあります。北海道在住の私がこうして日本の北の大地に住めるのも彼らのおかげでもあるのです。

お得意の火事場泥棒的に攻撃を仕掛けてきたソ連軍と島の日本軍との戦い。

これをここに語りましょう。

この機会にぜひ多くの日本人に知ってほしいです。

 昭和二十(一九四五)年八月十八日。

 大日本帝国の無条件降伏からわずか三日後のことだった。

 突如、千島列島最北端に位置する日本軍の防衛線であった占守島に敵軍が上陸した。

 それは日ソ不可侵の中立条約を破棄してまで領土拡張の野望に踏み込んだスターリンの配下によるソビエト軍の攻撃であった。

 米英連合国との終戦の仲介をソ連に頼んだ鈴木貫太郎内閣とそれに同意した帝国海軍に陸軍は驚いて不満を持っていたが、やはり陸軍のソ連がどういった国であるのかが的中した瞬間でもあった。「火事場泥棒」を国是とするソ連が、日本が敗北しようとしているのに何の収奪物もなしにおとなしくしているはずがなかった。

 終戦になる前に獲れるものは武力の実力行使で占拠するのがソ連のやり方である。

 日本を占領してドイツのように割譲して欲しいのがスターリンの欲望であった。狙いは満洲、樺太、千島列島、そして北海道。そして既に満州・樺太は現在進行形で占領中だ。

 アメリカ大統領トルーマンに北海道の割譲を求めたが、トルーマンは拒否し、「日本民族を奴隷化しない」と明言した。しかし、スターリンも引き下がらない。「こうなれば実力で奪うのみ」と決意した。

 終戦直前に日本に宣戦布告し、日本の敗戦の原因ともなったソ連軍。満州・樺太に侵攻したことと同じ、ソ連軍は北海道占領という目標を目指して占守島に上陸攻撃を仕掛けてきた。そのソ連軍による作戦計画の概要は、「八月十七日日夜占守島北東部に奇襲上陸し、主攻を小泊岬から片岡方向に指向し、十八日日没までに片岡海軍根拠および全占守島を占領する」という方針の下に、約一個師団基幹の人員8363名砲迫218門よりなる上陸部隊と、総数54隻からなる艦艇部隊で編成された部隊により、占守島上陸作戦が開始された。


 

 ―――スターリンは、「占守島は一日で占領する」と確信していた―――


 

 八月十七日の午後11時57分に突然カムチャッカ砲台のソ連軍15cmカノン砲が砲撃を開始し、十八日日の午前1時ごろソ連軍の上陸が開始された。日本軍には「敵軍が攻撃してきたときは自衛戦闘は妨げず」という命令を受けていたので、第五方面軍の司令官・樋口季一郎ひぐちきいちろう中将は大本営の意向に従って黙認するか、反撃するかの選択を考慮したが「断乎反撃に転じ、上陸軍を阻止せよ!」と堤兵団に電報を飛ばした。そして反撃の初弾として国端岬の野砲、臼砲、竹田岬と小泊岬の速射砲、大隊砲、臼砲は所在の歩兵部隊と協力して、これに反撃した。


 ズドォンッ!! ドゴォンッッ!!


 海からは島への艦砲射撃が轟き、浜を挟むようにしてある岬からは海や浜辺に向かって砲弾が飛び込んでくる。各々の砲弾が飛び交い、轟音が轟き、まさにそれは戦争であった。

 歩兵たちを乗せた多数の上陸用舟艇が波に揺られながら浜辺に近づくが、野砲や速射砲による水柱がその進路を妨害する。

 そして遂に放たれた砲弾が一隻の舟艇に飛び込み、乗っていた歩兵諸共木っ端微塵にして海の藻屑とする。


 ズドォォォォォォォォォンッッ!!!


 すでに数隻の舟艇が撃沈また鎮座して、黒煙と火の手をあげる。そして浮かぶ兵士の死体と肉片が海を赤く染め上げていった。

 しかし次々と押し寄せる舟艇の中には島まで辿り着く数も次第に増えていき、浜辺はあっという間に上陸した敵歩兵に制圧され、敵の上陸を許してしまう。

 死に物狂いで砲弾の中を潜り抜け、上陸した敵歩兵が内陸への侵攻を開始した。

 マンドリン銃をその手に抱えて構え、鬼の形相でロシア人たちが「ウラー!(万歳!)ウラー!」と叫びながら進撃してくるのだから凄まじい勢いであった。

 64輌の戦車を持つ方面軍の「虎の子」である池田末男中佐率いる戦車隊はこれに応戦して上陸して進攻しようとするソ連軍をふたたび竹田浜に撃退しようと反撃に出る方向に向かい出た。


 岬から迎え撃った砲兵である彼らの奮闘もあって上陸用舟艇の三割以上(13隻)を撃沈・擱坐させるという戦果を挙げた。しかし敵の上陸を完全に妨げることは不可能だった。

 だが三割の上陸用舟艇を失い、上陸前に損害を受けたソ連軍は、このために指揮官不在、通信機水没という状況が各部隊に発生し、指揮が混乱した状態に陥っていた。

 ソ連軍は指揮官不在と日本軍の予想以上の火力を恐れたため、上陸後直ちに日本軍の拠点となっている国端崎や小泊岬を攻撃する任務を持った部隊までが、四嶺山しれいさんに向かうという状況まで生じていた。これによって戦闘終了後、国端崎の部隊は停戦まで大活躍したということが知らされている。

 しかし日本軍の第一線は遊撃戦闘を行うことを目的としており、拠点防御の配備を採っていたので、陣地は隙間だらけになっていた。このため上陸部隊の損害が大きかったにもかかわらず、ソ連軍の前線部隊は六時ごろには四嶺山に進出し、ここにおいて村上部隊(独立歩兵第282大隊)主力との近接戦闘が開始された。

 重砲隊は四嶺山の南側に10cm加農砲1門と15cm加農砲1門の陣地を構築し、敵上陸部隊の打撃を与えるように準備すると共に、15cm加農砲にはカムチャッカ半島のロパトカ岬にソ連軍が配備している重砲4門に対応するよう準備していた。しかし、この15cm加農砲は50kgの重量の弾丸を26kmの遠距離まで射撃できるという当時の最新兵器であった。そういうことがあって機密扱いされていたため、終戦の詔勅が下されると、すぐ射撃諸元表等の機密書類は焼却していたのだった。

 ソ連軍が上陸を開始すると、ロパトカ岬のソ連軍重砲が射撃を開始してきたので、濃霧のため観測困難な状況だったが、15cm加農砲の小隊長は覚えていたロパトカ岬のソ連軍重砲に対する射撃諸元により射撃を開始した。しかし1門だけの同一諸元での射撃では効果が薄いと判断し、射距離と射撃方向を少しずつ変化させて地域射撃の効果が得られるような方法で射撃を継続。これにより射撃の効果が次第に現れ、ソ連軍の重砲射撃の間隔が長くなり、遂には放たれた砲弾がソ連軍の火薬庫に命中、見事に破壊した。折から霧が薄くなってきたので、この爆発音と火炎が上がるのを観測所ではしっかりと確認できた。この結果、それ以降はロパトカ岬の重砲は一発も射撃することは二度となかった。

 この重砲はわずか1門の砲でソ連軍の4門の重砲を壊滅させたのだ。

 一方10cm加農砲はロパトカ岬を射撃するには射程が不足するため上陸部隊に対して射撃し、多大の損害を与えていた。

 


 四嶺山でのソ連軍との戦闘に先立ち、第九一師団長はソ連軍の奇襲上陸の報告にもとづき、2時10分、全兵団に戦闘戦備を下令すると共に、2時30分、戦車第十一連隊に対し工兵隊の一部を併せ指揮し、国端方面に急進してこの敵を撃滅するように命令した。

 同時に歩兵七三旅団に対してもできる限りの兵力を集中してこの敵を撃滅するように命令した。さらに、在幌筵島の師団主力にも占守島集中を命じた。

  戦車第十一連隊長は部下部隊に直ちに出動を命じ、逐次戦闘加入の態勢で、池田連隊長を先頭に四嶺山北斜面を攻撃してきているソ連軍に対しての攻撃を計画した。

 「これより四嶺山にいる敵軍に向けて突撃する! 命を捨てる覚悟がある者は続けっ!」

 終戦という報告を受け、しかしすぐに再び戦争に引き戻されてしまった彼らは、絶対に祖国を、やっぱり帰ることができないかもしれない故郷を想って、故郷や家族を護るために覚悟を決めた。

 第十一連隊は四嶺山のソ連軍に向かって進撃。その中にはもちろん彼彼女もいた。

 戦車とともに列を成して行進する精鋭の第十一連隊。

 兵たちの列、その前線に行進する九七式中戦車―――チハがあった。

 砲塔から上半身を出して四嶺山の地図を見ていた桐嶋は、自分たちが向かう先に見える四嶺山のほうに視線を移して、目を細くして見詰めてぼやいた。

 「敵の包囲網を突破、か……」

 機銃座席に座る皇が口を開く。

 「敵の後方に回り込んで、段列や敵が形成する陣地を破壊。山の友軍を支援し、敵を撃退することが目的だ」

 「うまくいくと思うか?」

 砲塔から機銃座に声が降りかかる。

 「うまくいかなきゃいけんべ。それが俺たちの任務だべや」

 「だけど大尉はん……おっと、大尉殿」

 車体を操縦する、操縦手の明智が後ろにいる車長の五十嵐に尋ねる。

 「噂によればソ連製の戦車は特別固くてたまらんとお聞きしたんやけど……」

 明智の問いに、五十嵐はつかの間を置いてから、重々しいように小さく口を開いた。

 「まぁな。 アメリカのM4戦車、その後継車体である新型M26でさえ我が砲塔の威力ならば貫通することも可能だ。アメリカ製の戦車は装甲が分厚いように一見見えるが、あんなもの見かけだけだ。 実際に欧州ではドイツ軍のタイガーなどはアメリカやイギリスの戦車を払いのけ、世界最強だった。そして我々大日本帝国陸軍もドイツ陸軍に次ぐ最強の戦車を持っている」

 「それだけ聞いたらたのもしいやけど、アメリカ製なら破壊できるっちゅーことはわかったで。せやけど、問題のソ連製はどんな感じでっか?」

 「……アメリカならともかく、スターリン戦車は装甲が分厚く、貫通はおそらく不可能だ。ソ連軍の機甲部隊、その主力とされる戦車はおそろしく強固だ」

 「……マジでっか〜…。 ちくしょー……せめて攻めてきたのがアメちゃんやったら良かったのにホンマ……」

 「アメリカだろうがソビエトだろうが、我々の聖域に土足で踏み込んでくる無礼者ならばすべて排除するだけ」

 皇がふんっと鼻を鳴らして、機関銃の安全装置のトリガーをいつでも外せるように触れていた。

 「……チハ」

 「………」

 そばにいるチハは暗い雰囲気だった。

 今の明智たちの会話を聞いて、不安と恐怖に怯えてしまったのだろうか。

 いや、それ以前にチハは出動したときからずっとこんな調子だった。無理もない、見かけはただの女の子と変わらない。こんな子が戦場に出るなどと、未だに考えられなかった。

 「………」

 桐嶋は無言でチハをそっと抱き寄せる。

 「……お兄ちゃん」

 チハは桐嶋の無言の空気を読んだかのように、口を塞いだ。

 そして彼の前だけを見詰める強い瞳を見据え、自分も決意した。

 弱い心を捨て、強い心を宿そう。

 簡単じゃないけれど、彼がそうしているように。自分だけが恐がってはいけない。

 自分は、一人じゃない。

 この温もりを、この彼の聞こえてくる心臓を護るためにも。

 チハと桐嶋の二人の視線は、前だけを見据えていた―――



 桐嶋たち戦車連隊を率いるのは、池田末男いけだすえお大佐。

 この戦車第十一連隊は、「十一」を合わせて「士」、通称「士魂しこん部隊」と呼ばれた精鋭部隊で、【戦車隊の神様】と言われた池田大佐が指揮していた。池田大佐は、学徒兵には「健康を第一とし、具合が悪くなったらすぐに申し出よ」と気遣い、下着の洗濯など身の回りのことは全て自分で行なう、四児の父である。硫黄島で言う栗林中将のような、部下に慕われる人格者だった。

 「いくさが終わってようやくあの子供たちを故郷にいる家族のもとに帰らせることができると思ったのに……」

 池田が呟き、彼は出動前に行った、集結した彼らの前に立ったときの訓令を思い出した。

 出動前、集結した戦車隊の部下を前に、池田は問うた。

 「諸氏は今、赤穂浪士となり、恥を忍んでも将来に仇を奉ぜんとするか、あるいは白虎隊となり、玉砕もって民族の防波堤となり、後世の歴史に問わんとするかッ!? 赤穂浪士たらんとする者は、一歩前に出よ。 白虎隊たらんとするものは手を挙げよ!」


 ―――全員が、喚声と共に即座に手を挙げた。


 よく決意をしてくれたと、池田は部下たち全員に心の内で感謝するばかりだった。

 本当に、こんな部下たちを持って誇りに思う。

 池田連隊長を先頭に四嶺山北斜面を攻撃しているソ連軍に対して、第十一連隊は攻撃を開始した。一方歩兵七三旅団は沼尻に配備されていた独立歩兵第283大隊に対して敵の東翼を求めて攻撃するように命じると共にその他の旅団隷下部隊に対して国端崎に急進するように命じた。

 圧倒的なソ連軍人員8000名と砲迫218門に対し、北部の村上大隊はわずか600名。物量に飲み込まれ、全滅する部隊も続出、ソ連軍の上陸を許してしまったころ、濃霧の中で南部から時速60キロで駆けつけた援軍の戦車隊が遂に間に合った。

 決戦に備えて温存されていた軽油を満タンにしたディーゼルエンジンは白い煙と轟音を吹きながら動いていた。やかましいほどのエンジンの音と震動だが、日本製のエンジンは油漏れも日常茶飯事で音がうるさいのも常識であった。

 正に敵に自分の位置を知らせているようなものである。しかも車内はエンジンから漏れる油の匂いで臭い。そしてなんといってもしつこく言うが、音がやかましい。

 「前方に敵目視ッ!」

 砲塔から上半身を出した桐嶋は双眼鏡で離れた距離にいる敵勢力を確認した。

 桐嶋の声を聞いた途端、皇は機銃の安全装置を解除。その持ち手をしっかりと握り締めると、トリガーを引いた。試射である。軽やかな銃撃音が響くと同時に銃弾が放たれる。

 試射を終えた皇は振り返り、砲塔にいる桐嶋を見上げて機銃良好と言いたげに頷いた。

 「よしっ」

 桐嶋も自分の仕事をせねばならない。

 「じゃあな、チハ」

 車内に入る前に、チハにウインクする桐嶋。

 チハは不安げな表情をしていたが、ハッとなって顔を振ると、一変して引き締まった表情になった。

 「頑張ってね、お兄ちゃん。 ボクも、頑張るっ!」

 「ああ。頑張るのはいいが、無茶はするなよ?」

 「それは、お兄ちゃんたち次第だよ」

 そう言ってにっこりと微笑んだチハの笑顔を最後に見て、桐嶋も頷いて車内に引っ込んでいった。

 砲塔にはチハだけが残り、桐嶋が中に入っていった後、チハはキッと前にいる敵を見据えた。

 車内に引っ込んだ桐嶋はすぐさま砲弾――徹甲弾を装填するために抱え込んで、砲に詰める。普段の戦車が使用する砲弾は徹甲弾より榴弾のほうが一般的なのだが、今回は相手が違う。相手がアメリカ製の戦車ならば榴弾で十分だったかもしれないが、より強固で頑丈な鋼鉄の装甲を覆った堅物のソ連製戦車である。主に艦砲で用いられる砲弾だが、相手に不足なし。閉鎖器を閉め、車長にいつでも撃てますという風に合図する。

 「チハ前進せよ。 敵との距離を詰める。 皇少尉、距離を測って報告しろ」

 無線機のインカムを口に当てて五十嵐は言う。すぐに「了解」という返事が聞こえた。

 車長である五十嵐の命令を聞いた明智はアクセルを踏んだ。

 ますますエンジンが騒がしく唸りをあげ、汽車の煙突のようにブシューッと煙を吐き出す。搭乗員四名、砲弾数十発、無数の弾丸を腹に抱え、そしてたっぷりと蓄えた軽油を思う存分に使ってエンジンをフル稼働させ、一輌の戦車であるチハは地をすこしばかり揺らしながら憎き敵との距離を詰めていった。

 桐嶋は五十嵐の命令を聞いて、照準器を覗き込んだ。

 ――直接照準。実は桐嶋が得意なものであり、これがよく当たるのだ。

 「………」

 前方にはいかにも硬そうな敵戦車がいた。その陰に身を隠すように歩兵たちがいた。

 しかしその戦車を破壊されれば自分たちも巻き添えを受けるリスクも負わなければならないのだ。

 「手、震えやがる……」

 精鋭の戦車兵が情けない。厳しい訓練をこなし、精鋭に上り詰めた満州からの精鋭戦車部隊ではあるが、桐嶋自身実は実戦は初めてだった。やはりいざとなると人間は緊張するもので、訓練どおりにうまくはいかないようだ。

 「だけど……」

 上の砲塔にいるであろう、――ハチマキを締め、腕を覆う装甲から伸びた砲身を構えた少女を思い浮かべ、緊張を打ち消す。

 「いくぞ、チハ……」

 「うん、お兄ちゃん……」

 車内にいる兄――いや、【彼】の声が実際に聞こえたわけではないが、チハはそう返事をするように呟いていた。ハチマキの端をパタパタと揺らし、頬にはぐいっと泥が塗られていた。肩から手まで分厚く覆った装甲から伸びる砲身を前に構え、片方の素手で砲身がぶれないように抑え、狙いを定めた。

 「「照準、よし…」」

 桐嶋が直接照準で照準器から敵を測定し―――

 チハが目視できる敵の狙いを定め―――

 二人の『目』が、重なった瞬間だった――――

 「撃てッ!!」

 轟然、五七ミリの主砲が火を噴いた。

 「右三十度に切り替え前進ッ!」

 発射した直後、前進を掛けながらジグザグに行進を始める。続いて他の戦車の砲塔からも火が噴いた。

 「次弾装填ッ!」

 桐嶋が次の砲弾を抱え込む。

 と、同時に閃光が走った。正面から装甲を破られたスターリン戦車が大穴を開き、続いて真っ赤な炎を撒き散らして鋼の破片を爆散させた。運よく命中率が非常に良かった。正にドンピシャ。強固な中でも正面の装甲を破り、車内の砲弾を誘爆させたのだ。頑強で有名だったスターリン戦車も初弾で大破という被弾を受けた。

 もちろん身を陰に隠していた歩兵たちは爆風になぎ倒されて巻き添えに倒れていった。

 続いて味方の『チハ』たちも砲撃を始め、不意打ちを受けたかのようにソビエトの兵士たちは多大な被害を被った。

 次々とソ連製の強固な装甲車を鎮座、または破壊する。中には砲弾が命中してもやはり装甲が分厚いために大きな被害を与えることができなかったものもあった。

 そんな敵戦車たちは、応戦を開始した。砲弾が当たって装甲がへこんだスターリン戦車がまるで怒りを爆発させたかのような轟然とした砲撃を繰り返す。

 しかし戦局はソ連側が押され、日本側が有利な状況だった。島を死守するという怒涛の反撃に打って出た日本軍の戦車の火力に押され、ドイツ軍と死闘を繰り広げたはずのスターリン戦車は後退に出た。

 「見れ。奴ら、逃げていくぞ」

 皇の言葉に桐嶋は砲塔から上半身を出してチハの隣に現れ、前方を見詰めた。

 鎮座したソ連戦車。そして遺棄遺体を置いて、ソ連軍はこちら側の攻撃に対して応戦しているも確かに後退していた。

 「やったな! いけるぞ、チハ」

 隣にいるチハを、ハチマキを締めて頬に泥を塗った兵士らしい雰囲気を持ったいつもと違うチハが、その幼い大きな瞳に桐嶋を映して、すこし明るく微笑んで「うんっ」と頷いた。

 チハの表情に明るみが取り戻され、桐嶋は安心した。

 敵は後退していく。ということは戦況はこちら側に有利に事が運び、上手くいけば早期に停戦することができる。

 この笑顔を―――まだまだ幼い目の前の女の子を危険なことに巻き込みたくない。早く解決してほしいと願っていた桐嶋の心には良い報せであった。

 しかし……それが油断の隙となった。

 「ッ!?」

 

 ドゴォォォォォォォンッッ!!!


 一瞬なにが起こったのかわからなかった

 「………」

 パラパラと砂やチリが舞い落ち、桐嶋はうっすらと瞳を開いた。

 どうやら至近で敵の砲弾が着弾したようだった。見たところ車体に影響はないように見えるが、実際わからない。今は停止した状態で居る。

 「チハッ!」

 少女の存在を求め、呼びかける。

 「お兄ちゃん……」

 確かに聞こえたその声。そしてチリや灰をかぶってムクリと起き上がったチハを見て、怪我はしていないことを確認してほっとする。

 「良かった……。 大丈夫か?どこか痛くないか……」

 「うん。平気だよ…」

 桐嶋の安心したような微笑に、チハもえへへと笑う。

 「停まったね……」

 「ああ…」

 見渡せば周りには敵も味方もすでにいなかった。味方はおそらく敵の追撃に向かったのだろう。きっと今頃敵をもとの浜辺に追い返しているはずだ。

 そして残された自分たちは、ここに停まっている。

 「あまり深く追い討ちをかけると、とんでもないことにもなりかねん」

 「せやけど大尉殿、皆行ってしもうたで」

 「…直撃しなかったのが幸運だったな。 いい機会だ、ここで停車してもし敵が来るのであれば待ち伏せしよう」

 五十嵐が提案すると、唐突に無線機から雑音が走った。

 「…我々も敵の追撃を」

 雑音に混じって聞こえたのは前方の機銃座にいる皇からであった。どうやら彼も無事だったようだ。そして無線機も。

 皇のすこし不満を混じるような問いに、五十嵐が冷静にインカムに向かって答えた。 

 「焦るな。 まずこちらは敵の砲弾を近距離で浴びたんだ。異常がないか確認する。万全の体制でなければ、倒せる敵も倒せなくなる……」

 「……了解」

 渋々な了承の声とともに雑音は切れた。

 「一応エンジンその他諸々の各部確認でっか?」

 「ああ。 悪いが、頼むよ」

 「とんでもあらへん。 ほな、油まみれにでもなってきますか」

 明智は操縦席からエンジンのほうへと身をよじらせた。

 五十嵐は左手首に備えた東京で買った古い腕時計の針を見詰め、背を預け、腕を組んで黙した。

 朝の日差しを浴びた緑の平野が広がるそこには、鎮座した戦車一輌だけが残されていた。

 


 上陸したソ連軍部隊は、日本軍の激しい抵抗を受けるようになったが、午前4時ごろには四嶺山に接近し、四嶺山をめぐってソ連軍と日本軍の間で激戦が行われていたが、これもまた戦車第十一連隊を含めた日本軍の大反撃によって撃退される。

 占守島の果敢な兵士たちは、上陸した竹田浜に再び追い返されたソ連軍に追い討ちを掛けるように攻撃を続けた。

 

 

 「敵機かっ!?」

 唐突に桐嶋の声が車内に直接届いた。

 「明智中尉、エンジンを止めろ」

 「りょーかい」

 ただ震えていたエンジンを止め、息を潜める。

 桐嶋は砲塔から飛行機のプロペラ音が聞こえる上空を見上げた。

 そして、ちょうど鎮座した自分たちの上空を数機の航空機が通っていった。

 桐嶋は最初敵かと思ったが、敵なら海のほうから来るはず。しかしそれらの航空機が飛んできた方向は真逆だった。

 機体を見ると、翼の下に日の丸があった。

 「友軍機だッ!」

 桐嶋の言葉に、車内はほっとした雰囲気になり、機銃座から皇が飛び去る航空機を見詰めていた。

 桐嶋は遠く離れていくたった数機の友軍機を見詰め、呟いた。

 「……敵の輸送船団を攻撃にしいくんだ…」

 それを聞いて、チハはそっと両手を握り、祈りをこめるように両手を握って瞳を閉じた。

 まるでご無事で、と祈るように。

 桐嶋は静かに、敵輸送船が集結する海へと飛び去っていく友軍機に向かって敬礼した。

まだ戦いは続きます。

次回はわずか7機で54隻のソ連艦隊に勇敢に戦いを挑んだ航空部隊の話を入れたいと思います。

そして引き続き精鋭の【士魂部隊】と呼ばれた桐嶋たち戦車第十一連隊の戦い。

それでは次回。

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