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第一章 士魂〜チハとの出逢い

長く苦しかったテストから解放されて調子に乗ってしまったのか、溜めていた分を吐き出すように書きたいものを書いてしまいたいと思って実行してしまいました。

艦魂とはほかに、戦闘機の魂などを書かれているかたもいる中、ふと私自身、戦車はどうだろうなぁと思いついて書いてみたものです。

まだ『葛城』の話は書き終えていませんが……こっちも書いてみたいと思ったのです(汗

なのでこれから連載方式で書いていきたいと思っていますのでよろしくお願いします。

 九七式中戦車きゅうななしきちゅうせんしゃ

 全長:5.52m

 車体長:5.52m

 全幅:2.23m

 全高:2.23m

 重量:15.8t(全備重量)

 装甲:20〜25mm

 (データは九七式中戦車改のもの)


 九七式中戦車はそれまでの日本の主力戦車である八九式中戦車の後継である。

 三菱重工業開発。チハとも呼称され、これは中戦車<チ>としてイロハの3番目に開発されたことを示している。

 主機には空冷ディーゼルエンジンを搭載しているのが大きな特徴。

 昭和十四(一九三九)年のノモンハン事件でソ連軍相手に初陣を飾った。

 五七粍榴弾砲をより装甲貫徹能力の高い四七粍装備砲塔に変更した日本初の対戦車戦闘用戦車。「新砲塔チハ」「チハ改」というのもあるが、これは戦後付けられた名称である。正式名称はすべて九七式中戦車のまま。

 中国大陸やマレー半島などの東南アジアでの戦線で活躍したが、戦争中盤から連合軍に投入されたM4戦車などの登場で苦戦を強いられるようになる。


 硫黄島での活躍が有名だが、北の島でのとある戦いも知ってほしい。


 

 



                        ●




 ―――千島列島・占守島しゅむしゅとう

 昭和二十(一九四五)年夏。八月十五日の玉音放送から三日後……

 大日本帝国が一国の未来と命を賭けて決断し、突き進んできた戦争が遂に終わった後の日。

 戦争は――終わった。

 そう、終わったはずなのだ。

 なのに……

 

 ヒュルルルルル………

 ズドォォォオオオォォォンッッ!!


 この音はなんなんだ?

 

 

 そんな音に負けないエンジンが唸る音が目の前から聞こえてくる。うるさいぐらいに揺さぶる振動と音。騒がしいったらないが、時折降り注ぐ爆音と轟音によってどの聞こえてくる音もみな同じだった。

 空冷ディーゼルエンジンは敵に位置を知らせるかのような振動とやかましい音に悩まされがちだが、それはこの戦車が元気ハツラツな証拠だ。ならば文句はない。不調であるほうがずっと絶望的だ。

 昔から知っている感覚。だから自分はなんの文句もない。むしろ良い。これが自分のこいつとともに歩んできた昔からの戦い方なのだ。

 「榴弾装填っ!」

 車長はここにいない。だから砲手である自分が自分で判断して砲弾を入れ、そして撃つ。そして機銃座からは軽やかな機銃の射撃音が時たま聞こえてくる。それは機銃座に座るあいつがまだ生きているという表れでもある。

 砲弾を持ち、砲に詰めた。閉鎖器を閉め、これでいつでも撃てる。

 「よしっ」

 ぺろりと舌で口もとを舐め、操縦手に向かって大きく叫んだ。

 「前進ッ!突っ込め!」

 それに応えるように操縦手がアクセルを踏み、エンジンが一層震え上がり、白煙を噴き出しながら鈍足には鈍足の速さで前進を始めた。

 そして―――もう一人に向かって。

 「頼んだぞ…… チハ…ッ!」

 

 パタパタ――――ッ

 

 額に巻いた日の丸のハチマキの先が土煙を混じった風に吹かれて靡いた。

 砲塔の中から上半身だけを突き出した、迷彩色を施した上着とそのはだけた真ん中に見える土と泥に汚れたシャツ。その生地からたわわに実った果実を揺らす。その華奢な身体とは不似合いの右手は厚い装甲に覆われた砲身が突き出していた。

 前方に右手の装甲に覆われた砲身を構え、『魂士●滅撃』と書かれたハチマキの下にある瞳が目標を捉えた。

 地を揺るがすように前進する中戦車の砲塔から上半身だけを出して、右手に覆われた装甲から突き出す砲口を構えたそれは―――少女だった。

 その砲口が、世界を掻き消すように黒煙を撒き散らしながら火を噴いた。




 

                        ●




 二ヶ月前―――


 夏は濃霧、冬は極寒と積雪に厳しい千島列島のひとつである小さな島。それが占守島だ。

 前にいた満州も冬は寒かったが、雪は降らなかった。だから冬はその分満州のほうがまだマシだ。

 だが、自分は精鋭部隊の一員であるが故にこの島で日本を、北海道本島を護るという使命がある。

 それが、我々第十一戦車連隊の役目。

 第十一戦車連隊は満州から転進した精鋭の陸軍戦車連隊だ。

 日本軍は、第五方面軍……司令官・樋口季一郎中将率いる隷下の諸部隊が、対アメリカ戦を予想して占守島・幌筵島ほろむしろとうの要塞化を進めていた。

 しかし米軍が侵攻してくる気配は全く無く、戦局は悪化し、太平洋や日本本土では激しい戦争が現実にあったが、島は平和だった。

 今年に入り、戦局がますます悪化する中。島に配備された陸海軍両方とも、北海道防衛のために主力を北海道に移転させ、守備戦力が減少したことから配備方針は『決戦』から『要域確保』に変更され、幌筵海峡の通行阻止に重点が置かれた。

 五月には幌筵島南部の陸軍部隊を幌筵海峡に面した柏原附近に集中させ、占守島についても南部に四個大隊を集中配備して、北部には遊撃戦任務の一個大隊のみが配置された。

 ただし、北部でも国端崎こくたんさきなどの一部拠点については死守し、敵軍の内陸侵入阻止を企てるものがあった。

 

 冷たい水に濡らした雑巾で車体の隅々を拭き終えると、青年は満足そうに頷いた。

 「よし。今日の点検も終わり。また今夜もよろしくな」

 青年は子供のような純粋な笑顔をニカッと見せ、その大きな車体によじ登った。

 そしてもたれかかり、満天の星空を仰いだ。日本から離れた遥か北の夜空は今日も綺麗だった。

 そしてふと、南南西の方角に視線を落とす。その先には日本。そしてさらに通り越して日本の次に思い出深い満州国がある。

 戦争は不利に陥り、その果ては散々たるものだが、この島もいつそうなるかわからない。

 今日いきなり敵が来るか、明日なのか、それもわからない。

 ただとにかく。

 とりあえず寝よう。

 「はふぅ」

 青年は大きな口をあけて見事な欠伸を繰り出し、車体に身を預けて目を瞑った。

 やがて眠って寝息を立てる青年の寝顔に、スッと黒い影が落ちた。


 

 微かに霧が囲む山の斜面を、ただでさえ歩きにくい道を岩や石を超えて登る一人の青年がいた。

 首に巻いたタオルで首元の汗を拭いながら、斜面の岩や転がる石を踏み越える。

 「しんど…ッ」

 朝っぱらからこんなハイキングをする羽目になったのは、とある一人の悪友のせいだった。

 青年はすこしばかり大きな岩を超えて、ようやく目的地を目視した。

 ひとつの大きな岩がその場に留まり、先端から細長いものが突き出ている。それはまるで戦車……いや。戦車そのものだった。

 近づけば形がはっきりとしてくる。霧から見えるそれは、迷彩色に施され、車体には『士魂しこん』の『士』が書かれている。

 日本が誇る中戦車をグルリと見渡し、そして車体にもたれかかって呑気に寝息を立てている悪友を見つけた。

 「おい。起きぃ」

 一応呼びかけ、さらには揺さぶるが目覚めない。まぁいつものことだ。

 「朝やで〜」

 と、言いながらどこから出したのかスパナを取り出して寝息を立てる彼の耳そばでガンガンと車体を叩く。

 ビクリと震えて目を開けた彼は、スパナを手に持った友人を見つける。

 「ああ…。明智あけち、おはよぉ…」

 「おはようやあらへんで、桐嶋きりしま。まぁた宿舎やのうてこないなところで寝はって……。点呼で一人居ないたびに朝っぱらから山登りさせられるこっちの身にもなってみぃって話や」

 「そりゃ悪いな」

 「全然反省の色が見えへんのやけど…」

 「いつものことじゃないか」

 「開きなおんなっ」

 「俺は野郎どもと寝るより、こいつと寝るほうがずっと良いんだよ」

 桐嶋と呼ばれた青年はそう言いながら車体をぽんぽんと叩く。

 さっきから関西弁を振りまく明智は、車体を叩く彼の手を見詰め、溜息を吐いた。

 明智……明智秀吉あけちひでよし桐嶋時雄きりしまときおと同じ、この九七式中戦車――チハ(改)の搭乗員の一人だ。チハを愛してやまない明智たち曰く変態といわれる桐嶋は砲手。明智は操縦手だ。

 他にも車長・無線手兼前方機銃手がいる。

 「まぁた『チハちゃん』か?お前はホンマに変態やな」

 「誰が変態だ。またそんな引くような目で俺を見るな」

 満州からの付き合いである九七式中戦車――日本が誇る陸軍戦車。チハと呼称するこの戦車は満州など中国大陸や東南アジアで活躍したが、今となっては敵の新型戦車のご登場によって緒戦の栄光も今となっては虚しいものとなっている。

 しかし硫黄島での戦いでその栄光を思い出したかのような活躍ぶりを見せ、どちらにせよ日本軍の誇る主力戦車としては変わりない。

 桐嶋は家族がいない。かつて妹しか家族はいなかった。元々親なし子で誰にもわかりえない生活を妹とともに懸命に生きて過ごしてきた。軍隊に入り、普通の生活を得る人間とは別の人生を生きてきた彼は、軍隊の中でその内にあった才能を発揮し、現在は精鋭の戦車連隊の中尉に至っている。

 しかしそんな中、妹とともに満州に移り住んだ直後、妹は不治の病によってこの世を突然去った。

 たった一人の家族であった妹を失って悲しみに打ちひしがれていた頃、そんな桐嶋の唯一の家族は、訓練期からずっとともに道を突き進んできた九七式中戦車・チハだった。

 この島に部隊とともに転進してきたときだって、満州からずっと一緒だったのだ。

 家族であり、棺桶であり、自分の全てを託せる存在だった。

 妹を失った桐嶋に残された家族は、戦車一輌だった。

 「せやけど点呼に居ないっちゅうのはアカンで。 連隊長はいつもの如しカンカンや。 軍隊は連帯責任なんやで? 一人の責任は全員で払うっちゅうのを忘れたらアカンで、桐嶋?」

 すこしマジで怖い視線で睨みつける明智に、桐嶋は苦笑して「わかったわかった」と気楽に流した。

 「ちゃんと行くからさ」

 「そないにしても……」

 明智は立ち上がる桐嶋とそばに鎮座する戦車というツーショットを見詰め、苦笑を漏らした。

 「桐嶋があんまり『チハちゃん』を可愛がるから、ホンマもんの人間のように思えてしまうで。それも名前に合うようなべっぴんさんのな」

 そう冗談を言って笑う明智に、桐嶋はなんのこともなく、ニカッと白い歯を見せて笑顔に一層の輝きを増した。

 「そうだろう」

 桐嶋の当たり前のようにそれはもう眩しい笑顔で言ってのけた目の前の悪友に、明智は本気で表情を引きつらせたのだった。

 


 その夜、桐嶋は懲りずにまた抜け出して、『彼女』のもとにいた。

 今は夏だから良いが、さすがにここは遥か北の島であり、冬だったら凍死する。

 だからこの時期しかこんなことはできないのだ。

 「大目に見てくれよ……」

 怒りを通り越して落胆する明智たちの顔を思い浮かべながら笑みを浮かべ、桐嶋は戦車によりかかりながら缶の中身を口に流した。

 身体がぽかぽかと温まってくるそれは、アルコールを少々含んだジュース(と桐嶋は言う)である。夜なんかはこれで一夜を過ごす。

 「お前も飲むか?」

 よりかかる車体に缶を向けて揺らす。

 「…真水ならいいが、こんなので臭くしたくない」

 一瞬車体に浴びせてやろうかと思ったがやっぱりやめておいた。こんなものをかければそれ特有の匂いがつくだろうし、大事な『彼女』を汚したくない。

 「悪いな」

 そう言いながら中身を飲み干し、投げ捨てた。そして車体に振り返るとそのままよじ登り、砲塔から車内に入り込んだ。

 「今日は中で寝ようかな」

 車内の砲手として自分が陣取る位置に背を預けてもたれかかる。

 そしてさっき摂取したアルコールが早くも体中を回ったのか、一気に眠気が襲い掛かり、桐嶋はそのまま眠気の魔の手に拉致されていった。

 

 

 島に生息する独特の鳥の鳴き声が射しこむ朝日とともに桐嶋の目覚めを迎えた。

 あの鳴き声はなんていう鳥だったかな…と薄い意識の中で思いながら、桐嶋は身をよじらせた。

 「……ん」

 微かに漏れた声。自分の声ではない。

 「……ぁ?」

 これは自分の声。なんとも我ながら間抜けな声なのだろう。

 身体がなにか重いものを乗せられているかのように動けず、しかも温かい。不思議に思ってさらに身をよじらせると、手が柔らかい感触に当たった。

 「あ…」

 自分のではないちょっと甘い声。こんな声を昔聞いたことがあるようなないような。

 なんとか上半身だけをわずかによじらせて起き上がり、視線を落とすと大きくて白いものが自分の上に乗っかっているのを見つけた。

 「………」

 眠気から覚め、はっきりとした意識が捉えたのは人の身体。頭。自分のほうに寄りかかっている自分より一回り小さくて華奢な身体。ラインを綺麗に描いた腰、細くて白い肌。目の前には丸い頭に黒髪があった。

 そして小さな寝息が聞こえる。

 「………」

 おそるおそるよじらせて顔を覗き込むと、それは明らかに少女のものだった。

 少女が――しかも全裸の少女が自分に寄りかかって眠っている。自分はまだ夢の中にいるのかと疑い、頬をつねってみたが普通に痛かった。

 ただ硬直してなにも考えていないような表情になるが、実は内心混乱しまくりだった。現実が理解できない。何故、という問いかけが渦を巻く。汗はダラダラと吹き出て、どうすればいいと問いかけるばかりだった。

 「……ん、ぁ」

 ピクリと動いたことによって桐嶋も正気に戻る。桐嶋が呆気の中で見届ける中、少女の身体は桐嶋と密着したまま、まるで猫のように背伸びして、続いて可愛らしい欠伸をした。

 「よく、寝たぁ……」

 「………」

 「ん?」

 少女はふと視線を下に向けた。桐嶋は硬直したまま胸が高鳴るのを感じているだったが、沈黙の後、やがて少女のほうから口を開いた。

 「あの……」

 振り返らないまま、少女が自分に口を聞いているのだと気付く。

 「な、なんだ…?」

 「手、どかしてもらえるかな…? 動けないんだけど……」

 「は…?」

 桐嶋は自分の腕の線を見て辿ると、その手の先が少女の前のほうに続いているのがわかった。そして手いっぱいには柔らかい感触があり、自分が目の前にいる少女の胸を鷲掴みにしているのだと気付いた。

 「―――ッ!! わ、悪い…ッ!」

 勢いあまってサッと手を引っ込め、その際に装甲が自分の腕に思い切り当たった。痛みに悶絶していると、桐嶋からスッと離れていった少女が振り返り、桐嶋を初めてその姿を瞳に映した。

 離れるといっても中は広くない。むしろ狭いのでまだまだ二人の距離は近い。

 数センチという離れた間で、二人はお互いの瞳を見詰めた。桐嶋は呆気に取られた顔をするが、まるで少女の漆黒の瞳に吸い込まれるかのようだった。

 間近に見える少女の裸体。薄暗い中でも上の砲塔から射しこむ朝日に照らされてその珠のような白い肌がきらきらと輝きを放っている。

 ふと、その白い肌の中で、頬にひとつの線のような傷跡があった。

 呆気に取られる桐嶋の前で、少女はにへらと無垢に笑った。

 「…お兄ちゃん、おはよぉ」

 そう言ってえへへと微笑む少女はまるで天使のようで、朝日の光がとても神々しく彼女を優しい光で包んでいた。

 彼女の現像が、今はこの世にいない妹と重なった。

 それが、彼と彼女の出会いであった。



 

 

 「桐嶋ぁ〜」

 懲りずにまたいなくなっていた馬鹿野朗を連れ戻しに、明智はまたウンザリした山登りを経て目的地に到着した。

 迷彩色に施された見慣れた車体。カンカンと車体を叩くが、返事が無い。

 「お〜い、桐嶋ぁ。おるんやろぉ?」

 砲塔から覗き込んだ明智は、ギクリと震えてこちらに焦った顔で仰いだ桐嶋を見て不審に思った。

 「どないしたん?」

 「な、なんでもな……ッ」

 「どうしたのぉ…?」

 ひょこっと新たに顔を見せた者がいた。

 それは少女だった。

 「………」

 「………」

 「………」

 つかの間の重い沈黙の後、明智は吊り上げて震える口元を抑えながら尋ねた。

 「あー……。桐嶋…」

 「…ああ」

 「……誰や?その子……」

 「おっはよーございまーすっ」

 桐嶋が答える前に、元気いっぱいの少女はニッコリと歳相応の笑顔で微笑んだ。

 「『チハちゃん』ですっ!」

 「は……?」

 明智はぽかんと、呆気に取られて少女を見る。

 桐嶋はなんて言っていいのか思考を巡らせているうちに少女がきょとんと首をかしげ、桐嶋に尋ねる。

 「ねぇねぇお兄ちゃん、あの人…」

 「あっ!?」

 「お兄――ッ?!」

 その場の空気が、絶対零度の氷点下に凍りついた。



 車体に座り込んだ桐嶋、腕組みをして立ち尽くす明智、砲塔から上半身だけ(服は着ている)を出しているチハと名乗る少女。

 長い沈黙。彼を連れて帰るということも時間も忘れ、沈黙を破らない明智は腕組みをしたまま神妙な趣きにある。桐嶋はただ車体に座り込んで一汗流し、少女は空をぼーっと仰いで眺めている。

 「まさか……」

 沈黙を破った明智の言葉に、桐嶋はギクリと震える。

 「…まさか女の子を戦車の中に監禁するとは、桐嶋。アカンでそれは…。人として絶対にアカンことや……」

 車体から勢い良くずっこけた桐嶋は、いつもに増して引いた目で見下ろしている明智に向かって迫った。

 「違ぇよっ! とんでもない誤解するなぁぁっっ!!」

 「なにが誤解やっ! この状況はどう見てもアカンことやろっ! 一人のか弱い女の子を戦車の中に閉じ込めて、しかもそないな格好にして……そしてお兄ちゃんやてぇぇっっ?! あんなことやこんなことするつもりやったんやろっ! 鬼畜! 最低最悪やっ!!」

 「それは酷すぎるぞ! 俺はなにも知らないし、そんなことするかぁぁぁっっ!!」

 「しかも挙句の果てに『チハちゃん』なんて呼ばせよって…。 この子はどこの子や? あれやろ? 缶詰工場の女子工員の娘はんやろっ?! いや、ちゅうより娘はんの妹はん? お前、同じ工場の女子工員に摩耶まやはんがおるっちゅうのに……このドアホッ!」

 「あいつは関係ないだろっ! だから違うって言ってるだろうがぁぁっっ!!」

 怒鳴りあって険悪なムードの二人に、砲塔のほうから少女の声が聞こえた。

 「ちょっとちょっと! 喧嘩はやめてよぉっ!」

 ふわりと砲塔から降り立ったのは、先ほどの裸身とは違って、陸軍の軍服(迷彩バージョン)を羽織った少女。外見は幼く、中学生くらいだろうか。しかし幼い外見のわりに実った果実が着地した際にふわわんと揺れている。慌てて二人の間に入って静止の声をかける。 

 「ボクのせいで喧嘩しないでっ…! ご、ごめんなさい…っ!」

 「あ、堪忍な…。お嬢ちゃんが謝ることあらへん。みんなこのアホが悪いんやから」

 「言ってくれるなお前…」

 「あ、あの…。ボクがちゃんと説明するから……とりあえず落ち着こうよっ!ねっ?」

 「せやけど…」「だけどなぁ…」

 「駄目ですかぁ……?」

 「「うっ!」」

 うるうるとした丸い瞳にドキッとなった男二人は赤くした顔を隠すように同時に顔を背け、少女の声を大人しく聞くことにした。

 「この姿では初めましてだね。ボクは九七式中戦車の士魂。『チハちゃん』だよぉ〜っ」

 無邪気な幼い笑顔が眩しかった。


 

 士魂―――

 それは帝国陸軍戦車第十一連隊に刻まれた士魂精神。陸を制する戦士たちの熱き魂だ。それは象徴として九七式中戦車の砲塔部分にも書かれている。

 「ボクはその士魂ってわけだよ。わかってくれた?」

 「いや、さっぱり……」

 士魂は勿論二人とも知っている。自分たち戦車兵の精神でもある、言わば戦車兵の大和魂だ。自分たちはこの精神を心に抱き、日々訓練に励み、戦いに挑む。それは士魂とともに。

 その士魂が、この少女?

 「…間違ってはいないけど、ちょっと違うかも。簡単に言えば、ボクはこの戦車の魂、ってことかな」

 「「戦車の魂ぃ?」」

 桐嶋と明智は同時に素っ頓狂な声を漏らした。

 「うん。じゃあその……艦魂って知らないかな?」

 「知らへん。桐嶋は?」

 「……海軍にいる友人から聞いたことあるが、たしか文字通り艦の魂だろ? 伝説のようなものらしいけど……」

 「そうだね。それと同じだと考えていいよ」

 「あっ! 思い出したで。 たしか聞いたことある。 その艦魂っちゅうものや、アンタが言う戦車の魂とは別やけどな。 俺のパイロットの兄貴から聞かされた話やけど、戦闘機の精霊だとかなんとか……。 だけど、そういう『物』に魂が宿るっちゅう話は日本古来から存在するもんなぁ」

 「よかったぁ、安心したよぉ。 それなら話が早い。 それらをわかっているなら十分だよ〜。 ボクはそのひとつ、戦車に宿った魂だと思ってよ。そして――」

 少女は胸に手を当てて瞳を閉じた。その一瞬現れた神秘的な雰囲気にドキッとする。

 「ボクは…強き想いに宿りし真の士魂だから……」

 ゆっくりと瞳を開けてそう言った少女は、純粋な笑顔を向けてくれた。

 「…わかった。とりあえず君の言うことを信じよう」

 「桐嶋…?!」

 「ありがとうっ!」

 少女はニッコリと笑った。

 「ただし!」

 少女は笑顔からきょとんとした表情に変わる。

 「なんで今更君が現れたんだ?」

 「…現れたというか、元々いたんだよ。 生まれてからずっと。 だからお兄ちゃんたちのことは前から知ってたよぉ」

 「…だとすると、う〜ん」

 「『見えた』ってことだよ。ボクを見えるようになったんだよっ!」

 「じゃあ何故、今見えるようになったんだ? 俺たち」

 「お兄ちゃんは、本当に今までずっとボクを人間のように、妹のように接してくれたじゃないですかっ」

 「………」

 桐嶋は遠い昔のように思える、連隊に配属されて初めてこの九七式中戦車と出会った頃を思い出した。桐嶋は訓練期から乗りこなして馴染んでいくうちに、時が経つごとに思い入れが深くなり、いつしか愛おしさを感じるようになっていた。

 さらに妹を失ってから、桐嶋の悲しい思いはこの戦車に寄り添うようになった。

 故に人のように大事に扱い始め、接してきた。

 「そして明智さんも、ボクを人間のように見えてくるって言った」

 「そういえば言うたな…」

 「…ボクは色んな人たちと出会い、経験して、そしてお兄ちゃんたちの想いが、ボクの存在をお兄ちゃんたちがやっと見てくれるようになったんだと思う」

 「そういうもん、なのかな……」

 「そういうものだよ〜」

 ほんわかした少女のなにも知らないような無垢な笑顔に、桐嶋は不覚にもドキッとしてしまった。桐嶋はその高鳴りを誤魔化すために、口から声が漏れた。

 「あ、あー…。じゃあ一応質問だ。 俺の名前は? ついでにこいつ」

 「ついでかいなっ!」

 関西人がビシッと見事な突っ込みを入れる。

 「お兄ちゃんです。あと明智さん」

 まだ自己紹介してないのに、あっさりと答えられてしまった。自分に対しては「お兄ちゃん」だったが。

 「第二問」

 「よっしゃ、今度は負けへんで」

 クイズ大会じゃないんだ。お前は黙ってろ。ていうかこの状況でボケを忘れないとはさすが関西人である。

 「突っ込めや」

 「心の中で突っ込ませてもらったよ」

 「直に突っ込んでもらわんとボケが虚しいやろ。――って、あいた!」

 ビシリとチョップを入れておく。

 「突っ込んだぞ」

 「おおきに…」

 この状況でこんなつまらないやり取りができるなんて自分もある意味すごいなと思う。伊達に長年ともに満州時代から過ごしているわけではない。

 そんな二人をクスクスと笑っている少女がいた。

 「お兄ちゃんたちって面白いね」

 「売れないやり取りだ。気にしないでくれ」

 「面白いって言われることが生き甲斐や」

 「もっとマシな生き甲斐を見つけてくれ」

 「お前にだけは言われとうないわ」

 「………」

 「あはは」 

 ……ふと気付いた。

 なんだかいつの間にかこの場の雰囲気が和んでしまった。年頃の女の子も入れて、まるで友人同士で談笑しているかのような光景。こんな感覚はもう二度とないと思っていた。

 しかし……

 少女の存在。確かに少女は初めて出会ったばかりのはずなのに、何故か昔から一緒に居たような気がする。まるで長い間過ごしてきたように、馴染みがあった。

 そして何よりずっと自分のそばにいてくれた妹にどことなく似ていた。そしてそれが友人というより家族に近い雰囲気に思えてくる。

 本当に昔からそばに彼女がいたような気がした。

 「…名前は?」

 「チハって呼んで」

 「だよなぁ」

 「なんならいつものように『チハちゃん』で呼んでもかまわないよ〜」

 そういえば彼女はずっと前から自分たちを知っていたという。

 「……すまん。普通にチハで」

 顔を赤くした桐嶋は観念したようにぐったりと頭を下げて言った。そのそばで明智がヒヒヒと笑う。少女、チハは首を傾げて、人差し指を口もとに当ててすこし残念そうな顔をする。

 「う〜ん…。ボクは『チハちゃん』が良かったんだけどなぁ…」

 「悪い…」

 「ううん。お兄ちゃんが決めたことだから、仕方ないよぉ」

 外見が中学生ほどの少女は頬をぽっと朱色に染めてニッコリと無邪気に微笑んだ。 

 【登場人物紹介】


チハ

大日本帝国陸軍第十一戦車連隊九七式中戦車

外見年齢 14歳

身長 153cm

体重 35k

大日本帝国陸軍の精鋭戦車連隊、第十一戦車連隊が保有する日本の主力戦車。八九式中戦車の後続戦車として三菱重工業に開発された。チハとも呼称され、ノモンハン時代から活躍する日本が誇る代表的主力戦車。空冷ディーゼルエンジンが大きな特徴。問題視される部分もあるが、陸軍のアイドルとして当時から戦後まで愛されている。連隊伝統の『士魂』という精神が砲塔部分に刻まれている。

そんな戦車の士魂が彼女である。突然、桐嶋たちがその存在を認識できるようになった。彼女曰く、桐嶋たちが知る前からずっと見てきたらしい。桐嶋の亡き妹に似ている。本当の家族のように大事にしてくれた桐嶋を兄として慕っているために桐嶋を「お兄ちゃん」と呼んでいる。言わば妹キャラ。しかも一人称はボクッ子である。外見は中学生ぐらいの幼さだが、ある部分だけ大人びている。額に『撃滅●士魂(右から書かれている)』と書かれたハチマキを縛ると、右腕の部分が厚い装甲に覆われて砲身に変化できる。

兄の桐嶋をお兄ちゃんと呼んで慕っているがあまりにお兄ちゃん大好きのせいで、たまにいき過ぎちゃうこともある……。



桐嶋時雄きりしまときお

大日本帝国陸軍第十一戦車連隊中尉・九七式中戦車(以下チハ略)砲手

年齢 25歳

身長 178cm

体重 63k

精鋭の第十一戦車連隊に所属する。階級は中尉。チハの搭乗員の一人で、砲手を担当する。親なし子で妹と二人で生活して生きてきたが、満州に移住した直後、不治の病で妹を失ってしまう。そんな折に桐嶋が訓練生として出会ったのがチハ(戦車)だった。家族が本当にいなくなって一人ぼっちだった桐嶋はチハを大事に扱い、ほとんどチハと過ごす時間を増やしていった。それによって知らずに士魂であるチハからもその時から親しまれるようになったようだ。そしてチハ(士魂)と出逢い、彼女との絆を深めていく。しかしチハを亡くなった妹と重ねて苦しむことにもなる。



明智秀吉あけちひでよし

大日本帝国陸軍第十一戦車連隊チハ・操縦手

年齢 26歳

身長 180cm

体重 65k

チハの操縦手を担当する。階級は中尉。関西出身。桐嶋の悪友としていつも振り回されることもあったり世話を焼くこともあったり。明智としては桐嶋のことで溜息を吐くことも多いようだ。だが反面桐嶋とは漫才仲間にしたいとも内心考えている。兄弟に兄が一人いるが、兄は現役の戦闘機パイロット。しかし生死は不明。明るい性格の持ち主で、よく桐嶋と組んでいる。

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