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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
98/116

ガーディセリの戦い

王都南東、ガーディセリ平原にて、我々は協商軍と対峙した。


協商軍の編成は、帝国軍と似ている。

帝国軍を、古風にして、素朴な感じにまとめると協商軍になる。


うむ。

「素朴な感じの軍隊」とか、意味がわからないと苦情をもらいそうだな。


あれだ。

印象という奴だ。

俺のこのふわっとした説明で、アリシアは、「わかるわかる」と笑っていた。

だから雰囲気を感じてくれ。


協商軍の主戦力は歩兵だ。

国民皆兵を伝統としてきた彼の国は、市民兵からなる重装歩兵を主体として編成される。

そうやって兵を集めた彼らは、方陣を用いた集団戦術をもちいて戦うのだ。


集団戦術はごくごくシンプルなものだ。

片手に長槍、片手に盾を持った歩兵の密集隊形をもって、敵と正面からぶつかり合う。

まことにわかりやすい戦い方である。


この方陣を用いた戦術は、攻撃正面に対する衝撃力が極めて高い。

特に、だだっ広い平原での大規模な会戦では、無類の強さを発揮する。

小細工などなしに、ゆっくりと軍を前進させるだけで、統率の取れない敵集団など粉砕してしまうだけのパワーがあるのだ。


加えて、長大な槍の射程も手伝って、騎兵に対しても高い攻撃力を発揮する。

ランズデール騎兵隊も苦手であったそうだ。

アリシアなど、「長槍兵の群れを見る度に、おうちに帰りたくなります」と、真顔でぼやいていた。


信頼と実績に裏打ちされた、鉄板の戦術なのである。


また、この編成は、弓や騎馬といった、特殊な技能を要求する兵に頼る必要がない。

故に、質を維持しながら規模を大きくすることも容易い。

帝国にあってもこの恩恵は大きく、自然、協商と似たような編成におちついたわけである。


この重装歩兵を用いた集団戦術は、とても強い。

ゆえに、広く知られてもおり、その攻略法もよく研究されていた。


最もわかりやすい弱点は、横からの攻撃だ。

一度隊形を組むと、方向転換はほぼ不可能で、側面からの攻撃に対処することは極めて難しい。

結果、大体の戦闘において、横をとられた側が負ける。

このため、如何に敵の隊列を崩し、あるいは側面からの攻撃を成功させるかが勝利の鍵となるのだ。


昔は、強行突破で、歩兵の隊列に大穴を開けて、そこから強引に、敵の隊列を食い破りに来る、公爵令嬢がいたのであるが、普通の人間にそんな芸当は出来ないからな。

命が惜しければ、真似などしてはいけない。

確実に死ぬ。


敵の側面を取り、その横っ面を張り倒すには、いくつかの方法が考えられる。

例えば、敵隊列の一カ所に攻撃を集中して、その一点を突破するのが一つの手。

もし、自軍が、騎馬戦力に恵まれていれば、その機動力を活かして側面攻撃を図る戦術も考えられる。


ただ、強力な騎兵は、その育成におそろしく時間がかかる。

その上、数を揃えるのも大変だ。

故に帝国では、武装を工夫して歩兵の突破力を強化したり、両翼に散兵を配したり、作戦参謀に戦術をひねり出させたりして対処してきた。

強い騎兵は、いればとてもありがたいのだが、手に入れるのは難しい贅沢品なのである。


騎兵か……。


俺は、自軍の戦列を見渡した。

今、俺がいるのは、歩兵の隊列、その右端の部隊だ。

そして、俺のすぐ右隣には、ランズデール騎兵隊が大柄な乗馬を整列させて攻撃準備を整えていた。


ランズデール騎兵隊は、騎兵だ。


そう、なんと、今回の戦いでは、我々の軍に強力な騎兵部隊が参加しているのだ。

ランズデール騎兵隊という、大陸最強の機動戦力に頼ることが出来るのである。


見る限り協商軍の布陣は、事前情報を裏切るものでは無かった。

中央に、長槍と大楯を構えた重装歩兵、約二万が隊列を組み、その両翼に騎兵や軽装歩兵といった補助的な戦力を配している。


極めて一般的な布陣だ。

強いて言うなら、敵主戦力であるはずの重装歩兵の数が、聞いていたよりも少ないように感じた。

おそらく、協商国内の混乱をひきずっているのだろう。


俺の隣に立った少壮の幕僚が言う。


「勝ちましたな」


「ああ」


俺は頷いた。


俺の後ろでは、ラベルとメアリが、なにやら話をしている。

大方、最近仕入れた新しいおもちゃの使い方について、最後の打ち合わせをしているのだろう。


俺も、彼らの作戦だけは、知らされていた。

だが、その実施も兵の運用も、ラベル達に一任だ。

ランズデール騎兵隊に任せておけば、勝手に敵の陣列を崩してくれるとのこと。


結果、俺たちは、敵の正面攻勢を一定時間支えておけば、待っているだけで勝利が転がり込んでくることになっていた。


俺は眉をひそめた。


「ランズデール騎兵隊がいると、戦争が楽すぎるんだが、どう思う?」


「殿下! 贅沢に慣れすぎると、反動が恐ろしいことになりますぞ!」


幕僚達が俺の慢心を戒める。


同感だ。

贅沢は敵である。

しかし、もう、やめられない。

まるで、麻薬患者のようだと、俺は思った。


アリシアが絡みのいろいろは、中毒性が高いのだ。

いろいろとな。


ランズデール騎兵隊は右翼のやや後方に、予備選力として配置されている。


敵の陣からも、その様子は見えているはずだ。

事実、協商軍はそれに対抗するべく、向かい合った左翼側になけなしの騎兵と大量の軽装歩兵を配していた。


敵は、あれで対抗できるのか。

俺はむしろそのことに興味があった。


全軍の兵力は協商軍のほうが大きいが、戦列の幅は連合軍、協商軍で同程度であった。

我々連合軍は、右翼と中央を帝国軍一万二千で固めている。

そして、ぬかるみが多く、地盤に不安がある左翼側を、北部諸侯の軽装部隊八千が固める格好だ。


俺が指揮する帝国軍が受け持つ戦線は、中央から右翼全域と幅広い。

このため帝国軍は、やや歩兵の隊列が薄くなっていた。

およそ二倍、二万以上の敵軍を、一万強の帝国軍で受け持つことになる。


当然、突破される危険性は高くなる。

そこをなんとかしのぐのが、俺の腕の見せ所であろう。


もっとも、帝国の兵は精鋭だ。

遅れはとるまい。


「当初の予定通りで行く。伝令を出せ。総員、戦闘準備」


「承知しました!」


まるで示し合わせたかのように、連合軍と協商軍の陣列で、ラッパの音が鳴り響く。

そして、両軍が動き始めた。


開戦だ。

日は中天に差し掛かろうとしていた。



ゆっくりと前進する帝国軍に対し、協商軍は勢いよく迫ってきた。

まるでなにかに急かされるような早足だ。


俺は敵の動きを見て顔をしかめた。

まだぶつかっても居ないというのに、協商軍の隊列に、ほころびが出来ていたからだ。


「奴ら、前進することすら、ままならんのか」


「練度が低いのでしょう。いまいち圧を感じません」


俺の言葉に幕僚が答えを返した。

先にも述べたが、歩兵の方陣は横からの攻撃に弱い。


故に、進軍時も、横一線の隊列を維持する必要がある。

部隊の歩調を揃えられずに隊列に穴が開けば、そこから崩されてしまうためだ。

故に、隊列を維持したまま、歩を合わせて進めるよう、繰り返し訓練が施される。


協商軍の強みは、良く訓練された市民兵だ。

その精鋭の一糸乱れぬ統率は、見事なものであったという。

少なくとも数年前までの協商軍は、そういう集団であったそうだ。


だが、今、その協商軍の隊列は、見た目にもでこぼことし始めていた。

前に進むに従って、ゆがみが大きく広がっていく。


「単純なぶつかり合いでも、勝てそうですなぁ」


「楽に勝てるに超したことは無いがな。接敵した部隊には、隊列の維持を徹底させろ」


俺は、気を緩めぬようにと下知を出した。


そして、彼我の距離が近づき、彼我の前列が激突する。

槍と槍が交錯し、双方、相手を刺し貫かんと、槍の穂先を差し伸べた。

自分たちが掲げる槍と、敵がかざす槍で、視界があからさまに暗くなる。

立ち並ぶ長槍の列は、まるでうごめく林のようだ。

槍の柄がぶつかり、こすれ合い、槍先が敵の盾を突く。


そして、統率の甘い協商兵が、一線に並んだ帝国の槍衾に衝突し、苦痛の呻きと共に打ち倒された。

彼らは、鋭い穂先に、喉を、脇を、脛を抜かれて倒れ込む。

協商軍は、自ら帝国軍の槍の群れに刺さりに行った格好だった。

帝国軍が差し出した槍先に、協商歩兵の隊列が立ち止まることなく突き進み、突き刺さっていく。


その有様は自滅に近い。


「弱いな」


「ええ、概ね期待通りの展開です」


歩兵と歩兵の正面からのぶつかり合い。

だが、結果は、帝国軍有利の一方的な展開になった。


進み、倒れていく協商軍、立ち止まり、突き刺す帝国軍。


部隊が前進を続ける以上、前列も歩みを止めるわけにはいかない。

味方に押し出された協商兵が、隙間無く敷き詰められた槍の壁へと進み、押しつぶされる。


この間、帝国軍は、もっぱら隊形を維持すべく、部隊指揮官達が手腕を振るっていた。


堅守せよ。


その指示は、完璧に履行された。

なぜか戦果まであがったが、こちらは狙ったものでは無い。


協商軍のラッパが鳴りひびく。

前列の、惨憺たる有様に絶えかねたのだ。

無謀な進軍を止めるべく、敵部隊が動きを止めた。


だが、戦いながら退くのは容易ではない。

俺たちの前で、後ろに退こうとあがく協商の隊列が乱れた。


誘っているのだろうか。

ここを突けば、騎兵突撃無しでも勝てるぞ。

俺は、顎を撫でる。

冷静になれ。

勝てるときほど危ういのだ。


俺の隣に目をやると、幕僚が緩みそうになる頬を引き締めようと、ぴくぴくと口元をひくつかせていた。


まだだ、まだ勝ってない、油断するな。


そんな声が聞こえてくるようだ。

こいつも同じ気持ちなのだな。

俺は内心、苦笑した。


さてどうするか。

一瞬の逡巡の後、俺は、素直に敵失につけこむことにした。


「よし、押し込む。全軍を前へ」


別に、このまま倒してしまっても構わんのだろう?


俺は、誰にとも無くつぶやいた。


動揺が収まらない協商軍に対して帝国軍の反撃が開始される。

数で劣る帝国軍の、一転攻勢が始まったのだ。


協商は分厚い隊列をもって、これを受け止めた。

盾で槍先を躱し、身を守る。

そして、協商は防戦一方になった。


帝国の槍衾が間断なくその前列に襲いかかる。

協商軍は、再反撃に出る余裕を失った。


「無理に突き崩す必要は無い」


協商の陣列は分厚い。

守りに徹されれば、そう簡単には崩せないはずだ。

いや、崩せるかも知れないが、冒険主義は俺の好むところでは無い。


こうして数に劣る帝国軍は、協商軍を圧倒し、その動きを封じ込むことに成功した。

徹頭徹尾、一方的な展開であった。


帝国軍の圧倒的な優勢だった。


その理由は単純だ。

帝国軍の槍が、協商のそれに比べて長かったのだ。


その長さには、かなりの差がある。

協商側が用いる長槍の長さが、およそ2アリシアなのに対し、帝国のそれは、3アリシアの長さがある。


アリシアが万歳しながら二人で縦に並ぶ様を想像してみてもらいたい。

かわいいだろう?

心が暖かくなる。

だが、今は全く関係がない。

言ってみただけだ。


協商軍と比べて、帝国軍の槍の長さは五割増しだ。

そして、槍の列の密度は、二倍になる。

敵の槍が届く距離まで近づくと、こちらは第二列の槍まで届くのだ。

故に二倍。

とてもではないが、まともな戦いにはならない。


敵より長い槍を用いれば、歩兵同士の戦いで有利を取れる。

だが、その分、取り回しは難しくなるし、隊形を維持する難易度も高くなる。

帝国軍には、それを可能にするだけの練度があったのだ。


今は夏、農繁期だ。

故に、我々は、半農の兵を動員することができなかった。


だが、代わりに、今戦っている兵は、みな職業軍人の精鋭であった。

訓練がおぼつかない協商兵に対して、それは圧倒的な優位である。

そして、我々は、その優位を活かし、戦況を支配した。


帝国軍は、強いのだ。

アリシアを愛でるだけの、変態集団では無いのである。



帝国軍は、協商の陣列に槍を突き込み、その表面をじりじりと削っていく。

協商は身動きできずに、兵を減らされるばかりだ。


一方の帝国軍は、積極的な攻勢に出るタイミングをはかっていた。

まだ戦いは始まったばかりだ。

総兵力において、協商がこちらを圧倒していることに変わりは無い。

協商の防御に直面して、帝国の前進は、その速度を落とした。


戦況が、一時的に膠着しかけたその時、右翼に展開する俺たちのさらに右側で、爆音が鳴り響く。

ランズデール騎兵隊が、仕掛けたのだ。

秘密兵器を使ったのだろう。


ランズデールの連中は頼りになるのは確かだが、いつもやることが派手なのだ。

慎みという物を知らんのか。


俺は、顔をゆがめた。



歩兵同士のぶつかり合いに前後して、右翼ランズデール騎兵隊と、敵左翼の遊撃部隊の間でも戦闘が始まっていた。


敵の側背を狙っていたのは、我々だけでは無い。

考えることは、協商も同じだ。

彼らも帝国軍の隊列を、横から崩そうと兵を動かしていたのである。


協商軍は、左翼になけなしの騎兵三千と、蛮族あがりの傭兵八千を配していた。

この部隊が前進を開始する。


協商の騎兵部隊は、有力な氏族が率いる強力な重装騎兵であった。

その直接的な戦闘力は、ランズデール騎兵と比較しても、そうひけをとるものでは無かっただろう。

歩兵の存在も合わせれば、十二分に対抗しうる戦力である。


この部隊を、メアリ率いる騎兵隊が迎え撃った。

彼女が率いたのは、軽装の弓騎兵だ。


騎兵は弓矢を、彼女自身は投げやりをもって、協商軍に攻撃を仕掛ける。

合成弓から放たれた矢は、山なりの弧を描いて、敵の頭上に降り注いだ。


だが、この攻撃は、重装備の協商騎兵に対して有効なものとは言いがたかった。

槍で打ち振るわれ、鎧にはじかれて、ほとんどの矢が実効をあげる事は無い。

メアリは、投槍で、きっちり殺害数を稼いでいたが、個人技で一騎を倒した程度では大勢に影響は無かった。


鬱陶しく降りしきる王国騎兵の矢を弾き飛ばし、協商の騎兵が走り出す。


「この程度か、王国騎兵!」


「退け!」


攻撃の効果なしと見るや、メアリは部隊を転進させた。

馬首を翻し、敵に背を向け逃走に移る。

対する協商の重装騎兵隊は、これを追撃した。


メアリの部隊は足が速い。

距離を一定に保ちながら、隙を見ては、振り向きざまに狙撃を加えた。

だが、これも効果はほとんどなかった。


重装備の敵騎兵は、装備が軽いメアリの隊に追いつくことは出来なかった。

だが、彼らにとってみれば、何の問題も無いことだ。

王国の騎兵隊を押し込めば、その横に展開する帝国軍本隊の側面ががら空きになる。

この帝国軍の側背を突き、壊滅させれば、戦いには勝てるのだ。

うるさい敵の騎兵の存在など、無視すれば良いのである。


協商は、メアリ隊を脅威と見なさず突出した。

ランズデール騎兵隊はしつこく、引き撃ちにて攻撃を加えるが、重装甲の協商騎兵はそれをものともせずに突き進む。

矢を盾でもって弾き飛ばし、臆病な王国騎兵を追い散らす。


協商騎兵の指揮官が、激戦を繰り広げる歩兵の隊列へと視線を送る。

その視線の前では、歩兵隊が帝国軍に押されていた。


そろそろ転進の頃合いか。


急ぎ援護しなければ、味方が負けてしまいそうだ。

手間がかかる奴らだと、内心でうそぶいてから、彼は、協商騎兵の矛先を、帝国軍へと向けようとした。


その時である。


丸くて白いなにかが飛んできた。

逃げる王国騎兵が、また何かを投げつけたのだ。

緩い弧を描いて飛来したその物体は、協商騎兵の隊列のただ中に飛び込んだ。

無駄なことを。

彼らは、当然のごとく、それを無視した。


そして、立て続けの爆音が、頭上と馬蹄の下から、騎兵隊に襲いかかったのだ。


音だけでは無い。

火花が散り、煙が生じて、協商騎兵の視界と鼓膜を乱打する。

驚いた馬のいななきと騎兵達の動揺の声で、騎兵の隊列はたちまち騒然となった。


馬は元来、臆病な生き物だ。

音や光に対しては、敏感に反応する。

はぜるような炸裂音と閃光に怯えた協商の軍馬は揃って、パニックに陥った。


竿立ちになった馬が、騎手を振り落として、駆け去ろうとする。

それが、隣の騎馬と衝突し、両者ともに大勢を崩して横転した。

倒れた馬にけつまずき、後続の騎兵がつんのめる。

転倒した馬が、障害物となって被害を拡大させていく。


たちまち、協商の騎兵隊は大混乱となった。


犯人は、メアリであった。


彼女が、火薬を積めた手投げ弾を、敵騎兵隊に投げ込つけたのだ。

その効果は、「大きな音が鳴って、馬がびっくりする」というものである。


大量に投げ込まれると、極めてうるさい。

もし、住宅地でこれを鳴らせば、騒音公害で訴えられることになるだろう。

それぐらい、大きな音をまき散らす。


一方で、殺傷力は皆無だ。

つまり、うるさいだけのおもちゃである。


メアリの狙いは、敵騎兵部隊の分断と撹乱であった。


騎兵同士のぶつかり合いになれば、立場は互角だ。

当然、こちらの死傷者も増加する。

それを避けるために、彼らは、策を練っていた。


検討の結果、対騎兵用の新戦術として採用されたのが、この新兵器であった。

火薬球というか、花火である。

敵の馬を狙い、音と光で混乱させてしまうのだ。


馬にも性格がある。

メアリは、何度かの実験の後、音に鈍い馬、周りの異変を無視する馬、マイペースな馬を厳選して、攻撃部隊を編成した。

今、協商と同じく、至近距離で爆音にさらされながらも、メアリの部隊は、ぴくりとも動揺しない。

彼女の隊の軍馬に、心持ち眠そうな目をしたものが多そうに見えるのは、おそらく錯覚だろう。


協商騎兵達は、大いに狼狽え、浮き足立った。

隊列が崩れ、進むことも退くこともできなくなる。


そこに、新手の一団が重々しい馬蹄の音をとどろかせながら、突入した。

ランズデール騎兵隊、攻撃部隊、精鋭の重装騎兵を率いたラベルの突撃である。

激突音が連鎖し、人馬の悲鳴がこだまする。

質量を伴った強力な一撃が、協商騎兵隊をただの一撃で粉砕した。


メアリは囮であった。

攻撃の本命は、ラベル率いる重装騎兵であったのだ。

まぁ、あの女が退いたら、普通は囮を疑うわな。


ラベルの戦い方は、娘であるアリシアのそれとは、いささか趣を異にする。

快速を活かした機動戦術を好むアリシアと異なり、ラベルは常に騎馬突撃による衝撃力を重視した。


人馬の圧倒的な質量をそのまま一つの武器にして、敵部隊を粉砕する。

乗馬にまで重装備を施したラベル隊の破壊力は、帝国軍もさんざんに苦しまされたものであった。


ラベルの重騎兵部隊は、過去の存在では無かった。

四年ぶりに戦線復帰したラベルを先頭に、ランズデール騎兵隊が怒号をあげながら、敵隊列へときりこんでいく。

まるで、夏の日に照らされたバターのように、精鋭のはずの協商騎兵は、その隊列を切り崩された。

敵の群れに乗り入れたラベルは、大槍を振り回して敵をたたき落とし、突き込む一撃で鎧ごと騎兵の体を貫いていく。


右に左にと槍を繰り出し暴れる様は、アリシアの戦い方を彷彿とさせる。

むしろ、アリシア・ランズデールの源流が、この男の戦い方というべきか。

その無双ぶりは娘のそれに、いささかもひけをとることは無い。


王国に冠たる勇将ラベルに対抗できる猛者は、協商の軍にはいなかった。

ラベルが率いる一団は、乱れたつ協商騎兵の隊列を突破して突き抜ける。

敵中突破だ。

混乱していたとはいえ、同数の敵騎兵隊をまるで物ともしなかった。


眼前の敵を撃破したラベルは勢いをそのままに、今度は敵後方の傭兵部隊へと襲いかかった。


騎馬隊の群れに逃げ腰になった歩兵達の隊列に、ラベルの重騎兵隊が激突する。


協商の軽装歩兵は、もっぱら流れ者の傭兵や元蛮族だ。

彼らは最初の衝突で、その不利を悟った。


突入してきた騎馬の群れは、あたるを幸いに跳ね飛ばし、槍の一振りで兵を刈り取っていく。

ランズデール重装騎兵は、まさに、戦場の暴威であった。

特に先頭を走る、巨大な騎士の動きがひどい。


ラベルの見上げるほどの巨体に、騎馬の大きさも相まって、その姿はまるで、世紀末覇者のようでは無いか。


傭兵達の武装は、長剣や片手持ちの戦斧だ。

このような貧弱な得物を武器に、完全武装の騎兵部隊に立ち向かうなど自殺行為である。


彼ら、傭兵は思った。


そもそも俺たちは、敵が弱いと聞いたから、王国への遠征に加わったのだ。

こんな化け物がいるなどとは聞いていない。


戦場で彼らは、世の中にはとんでもない化け物がいるのだという、厳しい現実を思い知らされた。

そして彼らはこの場においてもっとも正しい選択をする。


これは、敵わん。

逃げよう。


ランズデール騎兵隊の鋭鋒を受け、数で勝るはずの傭兵隊は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

いっそ清々しいまでの見切りの速さだ。


ろくに戦うことも無く、協商の弱兵が逃げていく。

そして、ここに右翼における戦闘は終結した。

ランズデール隊が、敵部隊の排除に成功したのである。


潰走に移った敵を眺めながら、ラベルが不満げにうそぶく。


「脆すぎる。つまらん」


今し方の戦いは、時間としては極めて短い間の出来事だ。


振り返ってみれば、大したことはしていない。

混乱した騎兵隊に突撃してこれを粉砕。

そのまま、逃げ腰の傭兵部隊を小突いたところ、潰走。

どちらも一瞬で決着がついている。


戦果こそ十分であったが、このあっけない戦いの内容に、ラベルは物足りなさを感じていた。


四年ぶりの復帰戦であるというのに、手向かう相手は雑魚ばかりだ。

どこかで強敵を撃破しておかないと、アリシアに本格的な復帰の話をできないではないか。


ラベルは好戦的に周囲を見回した。


俺は、この時のラベルの思いを戦後に聞かされた。

だが、一言もの申したいと思うのだ。

楽に戦争に勝てるなら、それが一番良いじゃないか、と。


「まぁ、俺を推してくれた婿殿にも格好はついただろう。仕上げといこうか」


ラベルは号令をかけ、その標的を協商軍の本体へと変更する。

歩兵部隊の後背をつき、敵本陣を撃破するのだ。

それで、今日の戦いは終わりである。


主戦場へと馬首を返すラベル。

そこで彼が目にしたのは、ラベル隊に雑魚の処理を押しつけて、元気に暴れ回るメアリの姿であった。


「進め、進め! 勝利は目前だ。手柄首は早い者勝ちだぞ!」


メアリが、陽気に号令する。

身動き取れない協商兵を、メアリの隊は馬上から一方的に打ち倒していった。

横合いから槍で突き崩し、剣でもって切り散らす。」


この有様にラベルは激怒した。


「おのれ、女狐! 華を持たせるなどと言いながら、俺に面倒ごとを押しつけたな!」


怒り狂ったラベルは、ここ一番の馬鹿力を発揮する。

部下さえ追随に苦労する猛スピードで、彼は主戦場へと突入した。


不運だったのは、協商軍だ。

帝国の鋭鋒におされ、側背からメアリの騎兵隊に食いつかれた彼らは、後背からぶち切れたラベルの突撃まで食らう羽目になった。


そして、協商軍は瓦解した。


上空から見下ろす鳥の視点であれば、その有様がよく見えただろう。

まるで砂で出来た兵団が波にさらわれていくように、騎兵隊に食い付かれた協商軍が、さらさらと溶けていく。

横と後ろから責め立てられた協商歩兵の方陣は、為す術もなく崩れていった。


俺は、その様子を本陣から遠望しつつ、戦慄した。

協商軍が武装した兵団であるとは、とても思えない。

それほどに鮮やかな戦いであった。


「あれだな。戦争する度に、連中を味方に出来て良かったと、俺は口にするのだろうな」


「初心を忘れぬのは、良いことだと思いますよ」


俺に応えた幕僚の言葉は、まったくもって至言であった。

俺は重々しく頷きを返す。

たしかに、嫁への感謝の気持ちを大切にするのは、よいことだろう。


しかし、このままでは、手柄首を全部ランズデール人に獲られてしまう。

俺は号令を出した。


「全軍に伝えろ。総攻撃だ」


「伝令! 全軍、突撃!」


こうして、戦闘は最終局面を迎える。

帝国軍とランズデール騎兵隊の総攻撃により、協商軍は指揮官以下、敵の主立った将帥は、そのほとんどが戦死するか捕縛された。

敵部隊は潰走し、ランズデール騎兵隊がこの追撃にあたった。


戦闘終結までにかかった時間は、約一刻だ。

日は、まだ高い位置で輝いていた。


そういえば、昼食がまだだったな。


俺は思い出したように、自分の腹をさすった。

我々の完全勝利であった。



さて、この戦いで一度も名前が出てきていなかった集団が居る。

左翼の部隊だ。


左翼を守る領主連合の兵士達は、バールモンド父娘が指揮していた。

彼らの隊は、この戦いの間中、完全に放置されていた。


一応、言い訳させてもらうと、忘れていたわけでは無い。

彼らがいてくれたおかげで、帝国軍は、左側面からの攻撃を受けずに済んだのだ。


だが、直接的な戦闘という点に関していえば、彼らは傍観者の立場であった。

身動きが取れなかったからだ。


彼らの進む先には、浅い泥の沼地が横たわっていた。

泥濘に足を取られれば、進軍はままならなくなる。

特に重装備のままでは、全く身動きができなくなるため、彼らは、皆、重い金属鎧を脱いでいた。

だが、例え装備が軽かろうと、泥濘の中で戦うことの難しさは変わらない。

左翼部隊は、帝国軍の側背を守ったまま、その場を動かず陣を守っていた。


彼らと正対したのは、協商軍の遊撃部隊だ。

傭兵主体の軽装歩兵である。

この敵部隊もまた傭兵の常で、極めて戦意に乏しかった。


それでも、この傭兵隊は、一応戦おうという姿勢は見せたようである。

沼の上を這いずるように進み、敵歩兵達は前進した。


しかし、接近を試みようとする協商軍に、バールモンド伯率いる王国軍から矢の豪雨が降り注いだ。

ろくに身動き取れぬ所に、弓矢の攻撃を集中されてはたまらない。


協商兵達は、たちまち戦意を喪失し、矢の射程圏外へと後退した。

そしてそのままにらみ合いが続き、協商軍本体が壊滅したのを受けて傭兵部隊も逃げ出した。


「こうも身動き取れないのは、歯がゆいな」


「よいではありませんか。今は、のんびり観戦しておけば。そのうち好機が訪れますわ」


戦闘開始時点の、バールモンド辺境伯と令嬢アデルの会話である。

残念ながら、好機より先に敵が降伏してしまったため、彼らが本格的に動く機会はこなかった。

好戦的な父娘はそろって不満そうな顔をしていたが、報償についてはきちんと支払う旨約束するとしぶしぶ、矛を収めてくれた。


なんの危険も無く、弁当代に加えて金までもらえるなら悪い話ではないだろうに、一体何が不満だというのか。


王国人は、みな好戦的な人間ばかりだ。

これで、なぜ弱兵などという風評が広がったのか、俺はこの謎に首をかしげた。


俺の視界の隅では、ラベルとメアリが首実検に精を出していた。

俺にとっては、奴らこそが王国貴族なのだ。

弱兵どころか、戦争狂の集団である。



我々はガーディセリの戦いに勝利した。

だが、戦闘は、戦場だけで起こるものでは無い。

アリシアが居るところで起こるものなのだ。


……いや、そんなはずは無いのだがな。


夕刻、掃討戦も一段落した俺たちが、帰り支度をしていると、アリシアからの急使が陣を訪れた。

伝令が言う。


「女王陛下が、協商の長、ジェレミアの首を獲りました! ジークハルト殿下がお戻り次第、対応について協議したいと、陛下は仰っておられます。」


話を聞いて、幕僚諸将も顔を見合わせた。

たしかに、この日倒した敵の中に、ジェレミアの姿は無かった。

できれば倒したいとは思っていたが、残念ながら不在だったのだ。


だが、だからといって、なぜアリシアがそれを獲ってきてしまうのか。


「そんな、馬鹿な」


「アリシア陛下は、城にいたのではないのか?」


皆が当然の疑問を、口にする。

その気持ちもよくわかる。

大手柄を喜ぶよりも、困惑の方が強いのだ。


あれか、アリシアは羽を生やして、協商まで首を狩りに行ったのか。

まぁ、アリシアは天使だからな。

そういうこともあるかもしれぬ。


ある、わけが、ないだろうが!


俺は、痛む額を押さえた。

最近頭痛に悩まされる機会が増えたように思う。


俺は薬の手配を命じながら、この使者に事の顛末を尋ねたのだった。


アリシア「ジェレミアの首とったどー!」

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