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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
94/116

協商国とわたし

64話から93話まで、校閲、改稿版をアップしています。


また、写真の話は、たしかにー、という意見を頂いたので、ちょっとだけ加筆しました。

対協商戦争、その作戦会議の席上だった。

メアリが、一つの疑問を投げかけた。


「そもそも、なぜ協商は、このアリシア陛下に、喧嘩を売ろうなどと思ったのでしょうか?」


「もっともな質問だ」


メアリは、「このアリシア」と言った。

「この」、ってどういう意味なのか。

少なくとも、優しい、とか、慈悲深い、みたいな意図が含まれていない事は、私にもわかる。


そして、ジークは「もっともな疑問」と言った。

何が、「もっとも」なのか。

か弱い女王が治める国が、野心を持った隣国から侵攻を受けるのは、別に不思議な事では無いはずだ。


二人の言い草に、納得しかねた私は、黙って口をもぐもぐさせた。

だが、ジークも皆もお構いなしだった。


「まずは協商側の、アリシアに対する認識について説明しよう。俺たちは、既にアリシアに慣れすぎている。ここは一つ、先入観を廃したうえで聞いてもらいたい」


そして、ジークは、直近の王国の歴史を振り返りつつ、アリシアという人物に対する分析を披露してくれた。

名付けて、アリシア聖女仮説である。



王国に、アリシア・ランズデールという少女が生まれた。

彼女は、才知に優れ、一人の将軍として優れた資質を有する人物であった。


アリシアは、ランズデール公ラベルの一人娘であった。

ラベルは、王国を守る剣として外敵との戦いに明け暮れていた。

この十年間、王国は危機に瀕していたが、彼のめざましい働きによってその命脈をなんとか保っていた。


しかし、この英雄ラベルが負傷する。

国難にあって、これは危機的状況であった。


ラベルと同盟者である諸侯達は、追い詰められる。

困難に直面した彼らは、新たな英雄を作り上げることを決断した。


それが聖女アリシアだ。


アリシアの初陣は、蛮族との戦いだった。

そこで、わずかばかりの戦果を挙げた彼女は、領主連合の象徴として祭り上げられる。

アリシアは優秀な少女であったが、それ以上に、その美しく気高い有りようが将兵の心を惹きつけた。


翌年、蛮族の侵攻に際して領主連合の反攻作戦が企図される。

この戦いでアリシアは、連合軍の象徴として将兵の心を一つにすることに成功したのである。


アリシアがかかげる旗の下、大同団結した連合軍は、蛮族を国境の外へと押し返すことに成功する。

具体的な戦果や被害の状況はわからない。

彼ら領主連合は王都の国王に対し、「多大な戦果を挙げ、蛮族を撃退した」としか伝えなかったからだ。


だが戦果は大きく、被害は小さく喧伝されるのが常である。

領主諸侯の抱える戦力を見る限り、かろうじて蛮族共を領域外へ追いやったというのが実情だろう。


もちろん、それでも素晴らしい戦果であった。

アリシアは、一軍の将としても前線に立ち健気に戦い抜いたという。

彼女は、まさに王国の聖女とも言うべき存在であった。


そして、そんなアリシアに興味を持った人物がいる。

帝国の第一皇子ジークハルトだ。

当時、王国は帝国とも戦争状態にあった。

そして彼は、帝国側の司令官として戦争指導にあたっていたのである。


ジークハルトは、アリシアに目をつけた。

王国を統治する上で、その象徴となるアリシアの存在は、得がたい物であったからだ。

自身が後見人となり、彼女を傀儡として女王の座に据えれば、王国の支配とその後の併合は円滑に進められるはずだ。


そして、ジークハルトの策謀が動き出す。

何度か書簡が行き来した後、帝国と領主連合の間で密約が交わされた。


ラベルが、アリシアを帝国の皇子へと差し出すことに同意したのである。

領主連合は、皇子とアリシアの婚姻をもって同盟の証とし、帝国による庇護を願ったのだ。


仕組まれた宮廷劇で、アリシアの婚約者であった王国の王太子は醜態をさらし、彼女の婚約は破談となる。

そしてアリシアは帝国へと連れ去られた。


アリシアは、心優しく美しい娘であった。

皇子は、そんな彼女を溺愛した。

彼女を政略の駒として扱うよりも、自らの妃として迎えることを望んだのだ。


二人の婚約が発表される。

だが、ジークハルトの愛はそれにとどまらなかった。

なんと皇子は、アリシアのために軍を起こし、彼女を王座にすえるべく自ら親征を買って出たのだ。

帝国軍の支援を受けた領主連合は、王都に入城を果たす。

彼らは女王アリシアを戴冠させ、ジークハルトはアリシアの伴侶として共同統治者の座についたのである。


そして、今にいたる。


「以上が、女王アリシアに対する協商側の認識だろうという分析が上がってきた」


ジークの言葉に、諜報部のマルゼーが首肯する。


今までの歴史的経緯を振り返りつつ、一般的な常識に照らし合わせて情報をつなぎ合わせると、こんなアリシア像が浮かび上がるのだそうだ。



おおー!


私は、心の中で拍手した。


すさまじいまでのヒロイン力であった。


この聖女アリシアは、美人で、優しく、気高くて、ちょっと儚げで、そしてもう一度言うけれど、すごい美しい人物なのだろう。

本人が言うんだから、間違いない。


私は思った。

この聖女アリシアを私の実像にしたいな、と。


公式記録を改ざんすれば、出来なくはないはずだ。

協商の見解を輸入すればいいのである。

そうすれば後世には、アリシアが可憐な美少女として伝えられるに違いない。

王様になった私は、後の世に残る評価を気にしているのである。


素敵な評価に、私は目をキラキラさせた。

だが、他の皆は不満そうだ。

そんなの絶対に認めない、って顔をしている。


なぜ、聖女アリシアの良さがわからないのか。

今、語られた協商の見解こそが、真のヒロイン、アリシアの姿であるというのに。


メアリが挙手をした。

彼女は、特に協商の認識に対して不満そうな顔をしていたうちの一人である。


「その、非常に弱そうなアリシア陛下の姿は無理があるように思われます。私たちは、陛下に関する情報を秘匿していません。多少の調査を実施すれば、陛下の実態を知ることは難しくないはずです」


そして、メアリは語った。


題して、実録! 大怪獣アリシアの生態! である。



王国にアリシア・ランズデールという将軍が誕生した。

彼女は武勇に優れ、たった一人で戦局をひっくり返す化け物じみた人物であった。


アリシアは、ランズデール公ラベルの一人娘であった。

王家の血を引く彼女は、虎視眈々と無能な王族から王権を奪う機会をうかがっていた。


彼女に訪れた最初のきっかけは、父ラベルの負傷であった。

北方遠征中に偶発的な戦闘で負傷したラベルは、しばらくの間、前線を離れることになったのだ。

父の陣代を買って出たアリシアは、未成年の身でありながら、なし崩し的に出撃の許可をもぎ取り北方での戦闘に参加。

初日から、敵指揮官の首級をあげる活躍ぶりでその名をとどろかせるも、彼女の独走を恐れたバールモンド辺境伯に後方へと配置を移されてしまう。


前線から引き剥がされたアリシアは、これを不満に思った。


アリシアは思案した。

そして彼女は、領主連合における指揮権の掌握を目指すことにしたのである。


アリシアは、まず手始めにランズデール家の家督を乗っ取った。

ラベルの負傷を理由に、いまだ年若い父を半ば強引に隠居させたのだ。


そして時をおかず、ランズデール騎兵隊、約九千の兵権を掌握。

これを完全に支配下に置くため、アリシアは軍政の改革を実施し全軍の私兵化に成功する。

この戦力をもってアリシアは、領主連合における盟主の座を確立すべく運動を開始した。


この当時、王国の北方諸侯は、蛮族の攻撃にさらされていた。

その中で、精強なランズデール騎兵隊は非常に重要な戦力であった。

これがアリシアの発言権を増大させる。


アリシアは、指揮権の統一という建前のもと、その戦力の多寡をもって全ての北方諸侯に自身の命令権を認めさせた。

そして彼女は、その根拠地を南部に持つにもかかわらず、北部方面における指導的な立場を確立してしまったのである。


蛮族軍、約五万との戦闘では、序盤こそ兵力の不足により押しこまれるも、局地戦においては彼女の剛勇により圧倒。

徐々に戦況を拮抗させる。

最終的には蹂躙戦に近い有様で、領域内における敵性勢力の駆逐に成功する。


これによりアリシアは、領主連合における立場を盤石のものとした。


この戦いで、彼女は四万を超す蛮族軍を殲滅した。

一方、自軍の喪失は五千弱。

アリシアはこの圧倒的な勝利にもかかわらず、「やられすぎた」と不平を漏らし、以後、隷下の部隊には地獄の訓練が施されることになった。


アリシアはその卓越した戦略眼から、帝国との戦争については遅滞戦闘を軸に消極的な戦いを繰り返した。

戦争の長期化による和平を狙ったのだ。


アリシアの立場は徐々に強化されていく。

しかし彼女の目論見は、彼女自身の短絡的な行動によってご破算となってしまう。


アリシアは、ちょっとしたパーティー会場でのいざこざで、婚約者であり王位継承権第一位でもあった王太子を半殺しにしてしまったのである。

まさしく暴挙であった。


この暴力沙汰により、アリシアは王国内での地位を失う。

彼女の野望は潰えたかに思われた。


しかし、アリシアは王位を諦めてなどいなかった。

なんと、王国軍の実質的な司令官の身でありながら、十年以上戦争状態にあった帝国へと亡命してしまったのである。


アリシアの能力を高く評価していた帝国軍は、これを歓迎。

彼女を帝国軍の将帥として遇し、地位と身分を保証した。


アリシアは、帝国内における自らの立場を強化する目的で北伐を進言。

東部方面軍司令官を説き伏せて陣頭指揮を執り、見事これを成功させて帝国軍における自らの地位を盤石の物とした。


しかもアリシアは、彼女に半殺しにされた経験があるはずの第一皇子ジークハルトと意気投合してしまう。

軍人として高い素養を持っていたジークハルトは、アリシアの大好きなタイプだったのだ。

恋をしたアリシアは、皇子に一直線であった。


仲良くなった二人は、瞬く間に親密になった。

周囲を置き去りに関係を深め、親の許可も後回しのまま婚約までしてしまう。

婚姻もまだなのに子供まで作っていた。


そして、アリシアが動き出す。

彼女は帝国の支援を受けながら、王国への侵攻を開始。


諸侯連合の支持、帝国軍の後方支援、そしてジークハルトの後見という三位一体の支持基盤をもって女王の座についた。


そしてアリシアは、絶対的な権力者として王国の頂点に君臨することになったのである。



「というような分析も成立するはずです。私には、聖女仮説は実態からの乖離が大きすぎるように思われます」


会議の席上には、なぜか納得するような空気が流れた。

一方の私は、あまりのショックに打ちひしがれた。


え、私、こんな風に見えてたの?


アリシアのイメージ、悪すぎである。


年かさの、幕僚が唸るように口を開く。

その口元で白いひげが揺れた。


「むぅ。実態は、今の説のほうが近い。というかその通りだろう。実際問題、陛下は聖女などという、うさんくさい存在では無いぞ」


「まったくだ。奴らは我らが陛下を馬鹿にしているのか」


そうだそうだ。

協商共め、陛下を愚弄するとは許せぬ。


口々に、臨席中の幕僚、諸侯が同意した。


一方の私は怒りに打ち震える。


馬鹿にしてるのは、お前らのほうじゃないか!

喉まで出かかった怒声を私は苦労して飲み込んだ。

ここで吼えれば、アリシアが凶暴だという印象に、さらなる拍車がかかってしまう。


「俺もメアリの意見に同意する。だが一般的な常識に照らし合わせると、アリシア聖女説のほうが説得力があるようなのだ」


「つまり協商は、陛下を普通の人間と勘違いしているわけですか」


ジークは、真顔で頷いた。


普通の人間じゃ無いらしいアリシア陛下は、完全にへそを曲げた。

私の不満などお構いなしに会議は進む。


「つまるところ協商は、女王アリシアを傀儡のお飾りと見ているわけだ。それにともなって、我が連合の主戦力を帝国軍であると認識しているらしい。領主軍は、兵力こそ多いが質は王国軍よりも多少まし程度の評価であるようだ」


協商はアリシアを過小評価しているのだ。


ジークはそう締めくくった。


私は言いたい。

協商のほうが、私を高く評価してくれていると。



「しかし、陛下に対する過小評価があるとはいえ、宣戦布告ともなると簡単な話では無いぞ。奴ら、本気で我々と事を構える気か」


「それには、協商が置かれた状況も関係しています」


情報将校が起立して、報告をはじめる。


そして、協商の窮状が語られた。


彼の説明によると、協商の宣戦布告は追い詰められてのことのようだ。

現在の苦境から逃れるために、彼らは軍事的な賭けに出たのである。


これには、蛮族の動きが大きく関連していた。

そして、その背後には、過去のアリシアの働きが大きく影響していたのである。


またアリシアのせいかよ!

でも、今回に限って私は悪くないぞ。


発端は、王国の将軍アリシアが約三年前の戦いで、王国北方の蛮族達を一掃したことにあった。

蛮族は、王国への侵攻は難しいと判断し、その矛先を他の地域へと移す。


一部の蛮族は帝国を狙い、帝国軍により撃破される。

あの北伐である。

私も頑張った。


しかし、残りの一部は違った。

彼らは協商を狙ったのだ。


協商国の北部に位置する諸都市は、蛮族達の猛攻撃にさらされた。

数で圧倒された彼らは野戦での決着を諦め、固い城壁の中に籠もり籠城策で対抗した。


だが、農地は城壁の外にある。

蛮族達は城壁内に籠もる人間を無視し、北部の郊外を荒らして回った。


農地は焼かれ、住民は蹂躙された。


協商北部の諸都市は他の都市に援軍を要請したが、あまりの状況の悪さに周辺の都市は尻込みする。

北部の都市は、見捨てられた格好だ。


そしてここで、追い詰められた北部の諸都市は致命的な失敗を侵す。

蛮族に金を払ったのだ。


「代価を支払うから、手を引いてくれ」


蛮族は答えた。


「一年なら我慢してやる」


蛮族は、その場は引き下がった。

そして半年後にまたやってきた。

彼らは言った。


「気が変わった。もっと食い物と金を寄こせ」


そうなのだ。


連中は約束など守らない。

一年という約束など、なんの意味も持たないのだ。


そして重要な点だが、弱みを見せれば延々とそこにつけ込まれる。

約定破りに抗議しようにも、それを為すための武力が無い。

結局、また財貨を奪われることになった。


これでは盗賊を自分の手で養うような物だ。


蛮族の勢力は増大した。


北部都市の愚行は、自らの身を滅ぼすものだ。

だが、彼らはそれで終わらなかった。

協商にも、知恵が回る人間がいたのである。


それがジェレミアという男だ。

ジェレミアは、北部の中心的な都市の議員であったが、失策を侵した議長を追い落として市政を掌握した。

そして都市の代表者となった彼は、蛮族共に向かってこう言ったのだ。


「俺たちの有り金はもうない。だが、俺の言うとおりにすれば、もっと稼がせてやるぞ」


蛮族はもっぱら協商の北部を荒らして回っていた。

だがジェレミアは手引きして、協商のさらに内側に蛮族を引き入れたのだ。


「北部にだけ被害を負担させるのは、おかしな話だ」


彼はそう言って、協商国全域から物資を徴発して回ったそうだ。


蛮族は、稼ぎを増やしてくれる人間には従う。

その点ジェレミアは、蛮族にとって、いい親分であった。

襲撃場所は教えてくれるし、法律的なお墨付きまでくれるのだ。

ジェレミアの指示に従っている間は、彼らが官軍なのである。

良い身分であった。


利害関係が一致した両者は、手を組んだ。


そして間接的にではあるが、蛮族を指揮下に置いたジェレミアは、協商の議会でも強い発言権を持つようになる。

ジェレミアに逆らった都市に対しては、蛮族に略奪権を渡して領地を荒らさせたのだ。

彼に逆らう者は、いなくなった。


ジェレミア独裁体制の確立だ。


協商にも軍隊は存在した。

彼らは、蛮族を駆逐するには力が足りなかったが、軍としての統率は維持していた。


だが、協商軍に所属する将兵達は面白くなかった。


軍律も守らない蛮族共が、好き勝手に領内で暴れて、酒も金も女も好き放題にしているのに、協商のために命がけで働いてきた自分たちは、冷や飯を食わされているのだ。


心情的に納得いかないのは当然だろう。

不満を募らせた彼らは、軍籍を投げ捨てた。

傭兵に身をやつして、蛮族と同じ行為に走ったのだ。


こうして軍の維持もおぼつかなくなった協商は、軍律を緩めた。

結果、協商の国内は加速度的に荒廃する。


まさに坂を転がり落ちるような転落ぶりだ。

自衛できない国家の末路であろう。


そしてことここにいたって、協商は考えたのだ。

このままでは国が滅びる。

その前に、このゴミ虫共をどこかに押しつけられないか、と。


そこに、アリシアと対立した王国の東部諸侯から、侵攻を手引きする話が入ったというわけだ。


「このまま行けば協商に未来は無い。ゆえに、王国に盗賊の集団を押しつけて、あわよくば領土をかすめ取ろうという算段だろう。協商にしてみれば、送った軍が全滅したところで盗賊がいなくなるだけの話だ」


情報将校から引き継ぎこう結論づけたジークの説明に、私は当然の疑問を投げかけた。


「でも蛮族は、アリシアがいる王国に攻め込むのでしょうか? 順当にいったら、また私に負けるんじゃ有りませんか?」


「兵力が増えたことと装備が良くなったことで、勝てると考えているのかもしれないな。それにいざとなったら逃げれば良い」


喉元過ぎれば熱さ忘れるというか、鳥頭というか、学習しない連中であった。


王国軍の弱さは、よく知られている。

盗賊共にも、敵は弱いと吹聴した方が積極的に動くのだろう。

蛮族を追い出したい協商の人間がたきつけたのかもしれない。


そして、協商が王国へと侵攻したというわけだった。

こうして悲しい行き違いと、一方の指導者が掲げた利己主義から戦争が始まる。



協商軍の陣容は、中核になる協商の国軍が約一万、これに蛮族や流れの傭兵などを集めた雑多な兵が三万弱だ。

総勢訳四万。

農繁期にも関わらず四万の兵力だ。

協商の国力からするとかなりの大きさである。


これに協商を王国へと手引きした、東部諸侯の軍が加わる。

こちらの数は数千程度であった。


対する我が軍は帝国軍が一万五千。ランズデールが七千、領主連合が七千といったところだ。

無理すれば、もっと供出できるけれど、報告を聞く限り正面からぶつかっても勝てそうなので、私はこの数であたることにした。


蛮族軍相手に殲滅したりされたりしていた時に比べれば、格段にこちらが優勢なのだ。

私の懸念は戦力よりも人物にあった。


「野戦でぶつかることになったとして、指揮は誰がとることになるのかしら?」


「俺がとる。いつも通りだ」


ジークは、私の質問の意図に気がついているはずだ。

それでも彼は、自ら指揮を執ると言い切った。


幕僚の皆さんは苦笑いだ。

私個人としても、ジークの陣頭指揮に異論は無いが、敵の戦略目標を正面にさらすやり方が正しいのかは疑問があった。


敵のもう一つの目標は、皇子ジークハルトだと私は考えているのだ。


帝国は王国を併合した。

協商はその王国と境を接している。


黙っていれば、数年以内に帝国から降伏勧告が飛ぶだろう。


しかしこれに先だって、ジークを戦場で捕虜にできれば、帝国相手にかなり強気の交渉ができるのだ。

なにしろ彼は、次期皇帝が確定している第一皇子なのだから。


今、ジークを守る兵は少ない。

帝国本土に増援を要請しても、援軍が来るまでには時間がかかる。


そして彼の脇を固めるのは、弱兵の王国軍。

それでもアリシアを守るため、ジークハルトが前線に出る。


これだけ見れば、軍事的な賭けをするメリットは十二分にあった。


分の悪い賭けではあるけどね。

私が協商の指導者なら、帝国に救援要請を出して、蛮族を追い出してもらうけどなぁ。


蛮族の同盟者に議会を支配されている現状では、そうもいかないのだろう。


「協商の連中は、蛮族共に敗北したのだろう? 我々はその蛮族を駆逐したんだがな」


「人は見たい物しか、見ないらしいですから」


バールモンド辺境伯の言葉に、私は苦笑を返す。

彼らは王国軍が弱いと、思い込みたかったのだ。

その希望的観測を補強するために、情報を集めたに違いない。


弱い女王アリシアに、弱い王国軍。

これなら勝てると踏んだわけだ。



私は、頭の中で状況の整理を進めていた。


戦いとは、敵と味方でする物だ。

敵にやりたいことをさせず、こちらの思惑通りに動いてもらうよう誘導するのが、勝つための道である。


では、「敵のやりたいこと」をまとめてみよう。


蛮族や傭兵達は、略奪が目当てだ。

彼らは欲望を満たすことが目的である。


協商にとって最良の結果はジークの捕縛だ。

次点で、国を荒らす蛮族共の追放だろう。


そして、協商を引き入れた東部諸侯は、アリシアに退位を迫るか最低でも譲歩を強いるのが目標だ。


敵の目的が、ばらばらだ。

烏合の衆も良いところである。

これで、まともに動けるわけがない。


いくらでもやりようがある私は、もっとも単純なやり方を採用することにした。

速戦による決着を目指す。


「敵を集結させた上で、王都近くまで引きずり出します。メアリ、騎兵隊の指揮権を譲ります。敵を引きずり出して頂戴」


「承知いたしました、アリシア様」


私の命に、メアリが嗤う。


私はメアリに、前哨戦を一任した。

彼女ならよろしくやってくれるだろう。


敵を王都近くに引きずり出してから殲滅する。


「敵は賊軍です。こちらは動かず、自分の足で刑場まで足を運んでもらいそこで殺しましょう」


私の言葉にジークを始め、諸将が獰猛な笑みで答えてくれる。

全員物騒な笑みだ。

私の顔はもう少しだけ穏やかだと信じたい。


「こちらも承知した。アリシアの意思は、王都郊外で会戦ということでいいな?」


彼の言葉に私は肯定の意思を返す。


そして、連合軍が動き出す。

新たな戦争の幕開けだった。

メアリ「小型で極めて強いアリシアは、その勢力を拡大しつつ帝国国境より南東方向へ移動、その後北上し、現在王都に停滞中です」


ジークハルト「血の大雨洪水警報」


◇◇◇


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内容は以下の通りです。


本編:64話から93話まで

隠された財宝とわたし:アリシアがお宝探しをする話。

王国の統治と皇子:アリシアの王国の話

ワイン造りとわたし:アデルちゃんが実家の村おこしを頑張る話

ある雨の日:えっちな話


よろしければ、お手にとって頂けると嬉しいです。

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