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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
女王アリシア
92/116

女王の戴冠と皇子

アリシアの戴冠式当日を迎えた。

俺は王城近くに設置した仮設司令部で、状況について報告を受けていた。

式典には、仮装した俺の影武者が出席している。


影武者と言ったが、俺とはあまり似ていないと思う。

だが、周りの者達は、遠目には、俺とそっくりだという。

三十半ばのうすらでかいおっさんと、雰囲気が似ていると言われて、俺はとても不本意だった。


現在、王国に置かれた諸外国の大使館は、完全に空になっている。

帝国が、ジョンの王権を否定したため、彼らは、大使を退去させてしまったのだ。


故に、戴冠式に列席するのは、王国の諸侯と、わずかばかりの帝国人だけだ。

要は身内しかいない。

そこから俺が抜けても、何の問題もなかった。


で、わざわざ俺が、アリシアの戴冠式を欠席した理由だ。

一言で言うと、テロリストのあぶり出しであった。


嫁の大事な記念日に水をさそうとする無粋な輩が、王都に根を張っていた。

俺は、その駆除作業の、陣頭指揮にあたっていたのである。


「まったく、こんな日にまで、仕事をすることも無いでしょうに」


「性分だからな。アリシアも、俺が仕切ったほうが安心できるそうだ」


幕僚の苦言に俺は笑って答えた。


昨日のうちにアリシアの晴れ姿は、思う存分、堪能させてもらった。

今日は仕事だ。

アリシアの信頼に、応えねばなるまい。



アリシアの戴冠式を一目見ようと、地方からも大挙して人が押し寄せていた。

王都行きの定期馬車は満杯で、王都から出ていく馬車はみな荷を空にして出て行くのが当然になっている。


大量の旅行者達は、王都の宿場だけでは収容しきれず、空き家や旧市街の邸宅を臨時に改装して、受け入れを行っていた。


街路にも商店にも人が溢れかえり、そこかしこでは、小さな諍いや争いが起こっている。

そんな、喧騒の支配する街に、見知らぬ顔が混じっても、目立つことはない。


良からぬ輩を紛れ込ませるにも、大変に都合が良い状況だった。

協商も、工作員に仕事をさせる、絶好の機会ととらえたようだ。


アリシアの戴冠式当日に、協商の大規模な破壊工作が目論まれていることを、我々は掴んだ。

そこで俺たちは、奴らのいう「絶好の機会」とやらが、単なる錯覚であることを教えてやるために、歓迎の準備をしていたのである。


良い機会であるし、ネズミ共をまとめて、網にかける予定であった。


「俺が協商の人間なら、今回は様子見で済ませるがな。連中、帝国とやりあうのは始めてだろう」


「奴らは、そうは思わなかったようですな。我々で協商の素人どもに、本物のやり方をきっちり教育してやることにしましょう」


幕僚達の笑いが上がる。

狩る側の余裕だ。

我々帝国軍は、協商の動きを、ほぼ完全に把握していた。


協商は、王国の東部と境を接している。

この関係上、彼らは王国に入るにあたって、王国東部の商会を経由するぐらいしか方法がない。

迂回して、海路から人を送り込むには、ランズデールが邪魔になる。


故に、工作員の身元を偽るにも、限界があった。

結果、彼らの偽装は意味を為さず、その動きは筒抜けであったのだ。


新たに王国に入り込んだ協商の工作員達は、王国内における既存の諜報網を、暴露する以外の仕事を出来ていない。


奴らは、ジョンの統治下で実績を積んだつもりになっているようだ。

王城に侵入して、アリシアへの襲撃を敢行したことで、我々の警戒が緩いと判断したらしい。

あまり、甘く見られるのもしゃくに障る。


我々帝国軍は、奴らの慢心に、せいぜい高い代償で応えてやるつもりであった。


「もっとも、俺達よりも、物騒な連中がいるんだがな」


「いや、あれを敵に回すのは、勘弁願いたいですな」


先日のアリシアに対する襲撃事件で、我々は戦時態勢に移行していた。

帝国人の憤りは大きい。


だがそれ以上に、怒り心頭であったのが、ランズデールの出身者たちだ。

特にアリシア随一の腹心メアリは、その小柄な体躯に殺意を漲らせて、周囲にだれも近寄せないほどだ。

彼女の後ろ姿に鬼を見たと、コンラートは震えていた。


戴冠式には、ランズデールからの人間も、当然参加する。

それに混じって、メアリの手勢も、王都に到着していた。


その最精鋭は、王城へと入ったようだ。

総勢、約千人が、アリシアの身辺に展開していた。


内訳は、メアリが直卒する侍女部隊と、同じくメアリが統率するランズデール騎兵隊からなる近衛兵、そしてメアリが取り仕切るランズデールの諜報部隊だ。


メアリの直卒部隊、フルコースであった。

日頃、「私は、アリシア様のおまけですから」みたいな顔をしているが、アリシアに負けず劣らず、あの女も大概であった。


ランズデール人の集団は、概ね、腕力による序列によって運営されている。

ゆえに指揮系統が明確で、統率に乱れがない。

一糸乱れぬ隊列を組み、王宮へと入場する老若男女の集団は、統率された狼の群れを思わせた。


幕僚の一人が、感慨深げに口を開く。


「我々は、あれと戦争をしていたんですなぁ」


「今だから言えるが、あいつら少しおかしいだろ」


マフィアと特殊部隊を足して、二で割らないと、ああいう集団になるのかもしれない。


「帝国の第一皇子だけど、嫁の実家が怖い件について」とかいう題名で、一つ随筆を書いてみてもいいかもしれないな。

独占ドキュメンタリーだ。

これを世に出して、俺が闇に葬られたら、奴らのことを疑ってくれ。



今、王城の謁見の間では、ラベルが王冠をささげ持ち、アリシアがそれを頭上に頂いている頃合いだろう。


アリシアの傍には、メアリとアデルがいるはずだ。


王権の象徴たる杯を持つのがメアリ。

槍を模した杖を捧げるのがアデルである。

それぞれ、法服貴族と、領主諸侯を代表する。


彼女らが両輪となって、アリシアの新しい王政をささえるのだ。


旧来の宮廷貴族は、王都から完全に駆逐されていた。

ゆえに直参であるメアリが、宮廷貴族の筆頭ということになる。


王国の宮廷は、貴族の社交場ではなく、陸軍のサロンのような有様になりそうだ。

ある意味、信頼感しかない。


まさに女王アリシアの親政を象徴する、宮廷人事であった。

実質は親政という名の独裁であるが、アリシアは善政を敷くだろうから、問題はあるまい。


帝国の皇帝が有する権限も極めて強力だが、王国はその上をいく。

将来が大変に楽しみであった。


戴冠により、王国の第一主権者となったアリシアのお披露目は、王城前の広場を見下ろすバルコニーで行われる予定だった。

姿を見せたアリシアは、しばらく観衆の前で、お手振りをしてから撤収。


それで戴冠式は終わりとなる、はずだった。



アリシアの顔見せに先んじて、協商が王都に張り巡らせた諜報網を排除すべく、掃討作戦が決行された。

市街に点在する協商の拠点を急襲し、一部の商会も接収する手はずになっている。


今頃、突入部隊が、敵拠点の制圧に走っているはずだ。


続々と、俺の元へ作戦完了の伝令が届く中、アリシアが、バルコニー上に姿を現した。

おれは、広場を見下ろす建物五階の特等席から、彼女の姿を眺めやる。


アリシアは、しずしずと、バルコニーの縁へ進み出る。

彼女の白い輪郭は、夏の強い日差しの中で、光の中に溶けるようだ。

アリシアがけぶるような笑みを浮かべて手を振ると、詰めかけた観衆から、割れんばかりの歓声があがる。


広場を包む熱気は、高所で眺める俺のところまで届くほどだ。

素晴らしい熱狂ぶりであった。


広場に集まった観衆の半数以上は、地方出身者だ。

蛮族や帝国との戦いで、常に陣頭に立って、彼らを守り続けたアリシアの戴冠は、記念すべき一大イベントであった。


バルコニーから、向かって左側が特に騒がしい。

あの辺りは北部の出身者達が多かったはずだ。

アリシアは、優しげな微笑みを浮かべて、彼らの声援に応えていた。


ところで、アリシアは人間のふりをしているが、正体は雪の妖精だ。

本領発揮は冬である。


「私、直射日光浴びると、溶けちゃうんですよねぇ」


とは、本人の談。

事実、昨日のリハーサルで、夏の暑気にやられたアリシアは、汗を拭き拭き、とても辛そうな様子であった。


休憩となり、長椅子にでろんと垂れたアリシアは、「夏場は本当に苦手です・・・・・・」と言いながら、従者に扇子で風をおくらせていた。


今、たおやかに手をふるアリシアは、穏やかな笑みの下に、暑い暑いと内心の泣き言を、隠していることだろう。


頑張れアリシア。


お手振りも佳境にさしかかる。

俺が、感慨深げに彼女を見守っていると、西の市街地で、爆発音が響いた。

目をやれば、噴煙が上がっている。


だが、たなびく煙の筋は白い。


火災を知らせるものではないな。

火災時は、煙が黒くなるのだ。


取りこぼした協商の残党による、最後の悪あがきというところだろう。

こけおどしが精々、事前の予想通りだ。


「火事だー! 逃げろー!」


広場で、一人の男が叫ぶ。

男は夏だというのに、フードで顔を隠していた。


俺は、指揮所の窓から、声があった方に目をやった。


「無駄なことをするものですな」


俺の隣に立つ幕僚が、皮肉げに唇をゆがめた。


「言ってやるな。協商の連中は、ただ無知なだけなのだ」


叫んだ男は、自分の言葉で、民衆が統制を失い、無秩序な混乱が発生することを狙ったのだろう。


だが、広場の民衆は、動揺した様子を見せなかった。

むしろ待っていた感すらある。


男は、たじろいだように周囲を見回す。

彼を取り囲む視線は、ただひたすらに醒めていた。

俺は、しらーっとした空気が流れるのを感じた。


その男が、叫んだ場所も悪かった。

よりによって、ランズデール人が一塊になっている場所で、この男は流言を振りまこうとしたのである。

狼の群れの中に、狐が一匹紛れ込んだ格好だ。


瞬く間に、毛皮にされることだろう。


「準備をしておいた甲斐があったな」


「ええ、こうもうまく運ぶとは、思いませんでしたが」


実は地方出身には、予め騒動の危険性について情報を渡しておいたのである。

協商の工作員が、王都に潜んでいる可能性が高いこと。

流言で、戴冠式に集まった観衆を、混乱させようと企んでいること。

彼らの目的は、アリシアの戴冠式で事件を起こし、彼女の権威に傷をつけること、などなどをだ。


俺は、彼らには備えるように申し渡してあった。


アリシアが、その寝所を襲われ、命を狙われていることも、既に知れ渡っている。


「血祭りにあげてやる」


彼らは、手ぐすね引いて、協商からの挑戦を待ち構えていた。

ランズデールの民は、十年に渡る戦争の中で鍛えられ、アリシア直卒の兵とも馴染みが深い。

彼らにとって、アリシアの敵は、すなわち自分たちの敵であった。


そして、連中はアリシアほどの自制心を持ち合わせていない。

彼らは、過激で容赦がなかった。


俺は、そのことを知っていた。

そのうえで、俺は非公式ながら、彼らに対して、一日限りの逮捕特権を与えておいた。


怪しいやつがいたら、通報しろ。

必要とあれば実力行使も許す。


戴冠式の日に限っては、トラブルがあっても目をつむると、言い渡しておいたのである。


こうして、あわれな協商の工作員は、常識外の武闘派非戦闘員に包囲されることになった。


フードをかぶった男の肩を、がたいの良い禿が、がしりとつかむ。

その脇を、重量級の角刈りをした男が固めていた。

男達の二の腕は、アリシアの太ももよりも太そうだ。

とても善良な一般人には、見えなかった。


「貴様、どこの人間だ。ランズデール人なら、三年前の相撲大会の……」


「いや、相撲の話はもう良い。その男を拘束しろ!」


帝国軍が出るまでもない。

その男は、凶暴な南部民達に、袋叩きにされて捕縛された。


「俺は王都の人間だ!」などと言っていたが、まったくの無駄である。


そんなものに配慮する、穏当な南部人はいない。



バルコニーに出たアリシアは、それらの喧噪に無感動に目をやっていた。

彼女は戦場経験も長い。

予め、言い含めていたわけでは無いが、彼女も予期していたことだったのだろう。


と、アリシアの眼光が走り、ひらりと腕が翻る。

繊手がひらめいて、陽光の中に、白い一筋の軌跡が走った。


彼女が、暗器を投じたのだ。


その軌跡は、ただ真っ直ぐに伸びていく。

そして、遮蔽物の多い建造物の上階に身を隠した男の額に突き立った。

声もなく、隠れ家から、男が転がり落ちる。

その手には弩を握っていた。


「狙撃手か!?」


その言葉に、指揮所には緊張が走った。

距離を考えれば、アリシアを狙ったものではない。


おそらく、追い詰められた工作員が、広場に集まった観衆に向かって、無差別に攻撃を加えようとしたのだろう。

その男を、アリシアが仕留めたのだ。


墜落した男が、地面に衝突し、湿った濁音が広場に響きわたった。

男が手に持つ弩が転がり落ちる。


場は騒然となる。

悲鳴が聞こえた。


まずいな、俺は内心に呟く。


ここまで短絡的な行動に出てこられるとは、予想していなかった。

協商が白昼堂々、王国人を殺せば、王国人の直接的な憎悪が彼らに向かう。

ゆえに、直接的な手段は取るまいと、俺はたかをくくっていた。


だが、甘かった。

群衆にどよめきが走り、ざわざわと落ち着きを失った、空気が立ち上る。


避難誘導を指示するべきか?

おれが、対処のために立ち上がりかけたそのときだった。


低い女の声がその空気を切り裂いた。


「諸君!」

重々しい声はアリシアのものだった。

彼女の地声はソプラノだが、やたらと声域がひろい。

腹の底から絞り出すような重い声であった。


アリシアが、場を制していた。


彼女は、観衆の前に身を晒すように、バルコニーの縁へと飛び上がった。

声を出す者はいない。

広がりかけた動揺は、彼女の声にあっされて、世界は静寂を取り戻していた。


たよりない、バルコニーのへりに足を乗せながら、アリシアの体は、根を張ったように小揺るぎもしない。


静まり返った群衆の、息を飲む音が聞こえるようだ。


喧騒が遠くなる。


アリシアは、睥睨するように、眼下の群衆を眺め渡した。

その姿は、戴冠一日目にして、すでに主権者たる国主のものであった。


女王が花びらのごとき唇を開く。

そして、アリシア・ランズデールの演説が始まった。



諸君。


我が王国は、常に外敵の脅威にさらされてきた。

今、そのことを知らぬ者は、王国にはいない。

我らは、皆、常に戦争の災禍に脅かされてきた。


諸君。


だが、ついに、我々が、平和を手にする日がきた。

帝国とは和平を、蛮族共には鉄槌を。

そして厄災の温床であった、旧弊たるジョン一党は打倒された。

戦争は、終わり、我々はようやく、安寧の日々を得たのである。


しかし、諸君。


我々の平和と繁栄を妬み、それを脅かさんとする者共がいる。


我らは、父を亡くし、兄を失い、

自らの血をもってこの平穏をあがなった。


しかし、ようやく我々が勝ち得たその果実を、

ただ己が野心のために、

暴虐をもって奪わんとする者共がいるのだ。


再び、我らがうましき故郷を侵さんとする者共。

その名は協商だ。

今、私が斃した者、今日、我々が下した者たちは、その尖兵である。


諸君。


奴らは、我らを侮り、無謀なる挑戦をもって、

我らが母を、妹たちをおびやかし、穢さんとしている。

我々は、再び、侵略の脅威に晒されているのである。

無為に祈り、あるいは城壁の奥に逃げ込もうとも、奴らが退くことはない。

協商は、ただ、私たちが平和な日々を営むことさえ、許さないだろう。


諸君。


私アリシアは、国難に際し、これに相対する術を一つしか知らない。

戦争だ。

ただ、戦いをもってしか、敵を退ける道はない。


私アリシアは、戦争において、これを制圧する術を一つしか知らない。

勝利だ。

ただ、勝利をもってしか、我らが生き残る道はない。


なぜ、私がここにいるのか。

なぜ、私が王となったか。


それは、勝ったからだ。

勝ち続けたからだ。

私は、私たちは、常に勝者であった。

ゆえに、今、私と私の朋友はここにいる。


私が今あるのは、意志において勝り、

力において優れ、

知恵をもって、全ての敵手達を凌駕して来たからに他ならないのだ。


諸君。


私たちは、常に勝利と共にあった。

私と私たちは、これからもそうあり続けるだろう。

今までもそうあったように。


諸君。


王国民、諸君。


ここで改めて、問いたい。

諸君が、何を望むのか。

そして、どんな未来を求めるのかを。


私アリシアは、望む。


私は、諸君が私と共にあることを望む。

私は、諸君に私と陣を同じくすることを望む。

私は、諸君と共に歩み、諸君と共に剣を取り、共に敵を打ち破り、共に凱旋することを望む。


諸君はどうか。

私アリシアと共にあることを望むのか。


……


よろしい。

その言葉、確かに受け取った。


ならば、共に征こう。

外敵を打ち払い、国土を守り、そして勝利と平和を勝ち取るのだ!


諸君、奮励し、努力せよ!

我らに、勝利を!

王国に、栄光を!

さあ、唱和せよ!


そして、アリシアが吼えた。

結い上げた、銀の髪を振りほどき、細い腕を、その強力で振り上げて、アリシアが怒号する。

戦え、そして勝てと。


彼女とともに剣をとれと。


居並ぶ観衆は、むせ返るほどの熱狂をもってこれに応えた。


我らに、勝利を!

王国に、栄光を!

高い夏の碧空を、割れんばかりにつんざく絶叫が、万雷のごとく、広場を建物を震わせる。

群衆は熱狂に酔い、高く突き上げられる拳には、すでに鉄剣が握られているかの如くであった。


観衆は、見事な唱和をもってアリシアに応えた。

彼女は満足げに頷いてから、バルコニーを後にした。


こうして、アリシアの戴冠式における、顔見せとお手振りは、平和裏のうちに幕を下ろした。

王国人に流血はなかった。

ゆえに、この様を、「平和」と表現することに、俺のためらいはない。



俺は、王国の民が狂っていく様を、仮設司令部の窓から見下ろしていた。

俺の傍に立つ幕僚が、あきれたような顔をして、あごをさする。


「我々は、あれと戦争をしていたんですなぁ」


「……やっぱり、おかしいだろ」


俺の言葉は、宙に浮かび、いまだに止まぬ王国民の怒号に飲み込まれて消えていく。

眼下では、アリシアの忠実な臣民と化した者達が、飽きず歓声を上げていた。


我らに、勝利を!

王国に、栄光を!

アリシア女王陛下、万歳!

アリシア女王陛下、万歳!

我らが奮励を、どうかご照覧あれ!

こうして、王国協商戦争の第一幕は切って落とされたのである。



ここで、一応、お断りしておかねばなるまい。

王国と協商の仲は、積年の宿敵同士というわけではない。

仲が良いわけでも悪いわけでもない、ただの隣人同士として、この二つの国家は、それなりに平和に過ごしてきたのである。


強いて因縁をあげるならば、アリシアが、協商に財布の中を漁られて、親の仇のごとく憎んでいることぐらいだろうか。


しかしこの日を境に、協商は、アリシアにたきつけられた王国民によって、ひどく敵視されることになる。


「ちょっと可哀想なことしちゃったかな」


そう言いながら、舌をちろりとのぞかせて、アリシアは悪戯気に笑っていた。


お前、可愛ければ、なにしても許されると思うなよ。


小悪魔ぶって悪びれるアリシアは、魔王もかくやという悪辣さであった。


彼女は、たしかに寛大ではあるのだが、敵対する相手に対し、不必要に配慮することも無い。

ひとたび戦場で相対すれば、彼女はもてる力の全てをもって、対象を叩き潰すことを目指すのだ。


アリシア・ランズデール。


彼女は、万を超える軍集団を、その辣腕をもって縦横にしてきた経歴を持つ。

その手腕は、帝国の皇子すら恐怖させる、貫禄のアジテーターぶりであった。



この日、協商は王国に宣戦を布告し、侵攻を開始する。

ほぼ同時刻、まるで示し合わせたかのように、王国も宣戦を布告。


ここに、第一次協商戦争が勃発する。

この戦役は、その期間を指して、一週間戦争とも呼称されることになった。


ジークハルト「なんだ、あの演説」

アリシア「メアリがカンペ用意してくれた」


◇◇◇


アリシアが結婚するまでにあるのは、第一次協商戦争までです。

作中で第二次が語られることはないです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 北の蛮族は減らしても減らしても何度でも侵攻してくるのだから、とりあえず国境線に木で壁を作り、それから空堀と土塁を作り防壁を作り、蛮族が入って来れない状況にしないと、アリシアは帝国妃であ…
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