皇子と公爵令嬢
「改めてましてご挨拶を。アリシア・ランズデールと申します。ジークハルト殿下。お会い出来て光栄ですわ」
「ジークハルト・レインザー・ミュンテフェーリングだ。今回、アリシア嬢をお招きできたこと、とても喜ばしく思う」
ジークハルト殿下は非常に長身な方だった。
私より頭二個分ぐらい高い。
体も分厚い。
私はとてもちんちくりんなので、体がでかい人が羨ましいのだ。
目と髪は焦げ茶だった。
初対面の時の記憶は曖昧だったけどあっていたね。
頭髪は軍属らしく短く刈り込んでいた。
この点は好感度高い。
とりあえず、清潔感がありそうな人でよかった。
汚い人だと流石にツライものがある。
お菓子とお茶が運ばれてきて、しばし歓談する。
部屋の様子とか、要塞内の施設であるとか、中庭とかについて当たり障りのないお話をした。
そして殿下が、あらたまった様子で切り出した。
「アリシア嬢の今後についてお話したい」
「ええ、お伺いさせてください」
私が答えると、殿下のおつきの人たちがはけていった。
私の侍女のうち二人が出ていく。
「……すまないが、メアリ嬢も退室をお願いしたい」
「お断りいたします」
メアリィィィ!
常々、すっげぇ度胸あるなっておもってるけど、流石にこの場面ではまずいよ。
「メアリ。さがりなさい」
私は命じる。
後ろにいるメアリの表情は、私にはわからない。
ただ後ろで一礼する気配があると、ゆっくりと部屋を後にした。
殿下がふっと笑みを浮かべる。
「いい侍女をお持ちのようだ」
「ええ、私の自慢なのです」
そして二人きりになった。
殿下はおもむろに足を組んだ。
そして籠の茶菓子をつかむと豪快に口に放り込む。
「あー、そのまえに、話し方は崩させてもらっていいか。歯の奥にものが挟まってるようでな。喋りにくくてかなわん」
「ええ」
そのほうが私もありがたいよ。
「アリシア嬢の待遇についてだが、こちらでは二つの道を用意させてもらった。一つは領内の執政官だ。帝国は全域直轄統治が基本でな。代官地になるが、やることは領主貴族に近い」
こくりと頷く。
「といっても領地経営の経験もない貴女に、そのままお任せするわけにもいかないのでな。こちらでふさわしい場所を用意させてもらうつもりだ。今のところ帝国西北部の一州、ベーリンゲンを考えている。田舎だが、いいところだと思う。牧羊がさかんで、緑が多い。冬は少し寒いが」
羊かー。
ちょっと想像してみるが、なかなかいい感じだ。
お父様も呼べるのかしら。
条件次第ではあるけど第一印象はいいな。
「そしてもう一つの選択肢なんだが」
彼の喉が上下するのが見えた。
「俺の后だ。俺と結婚してほしい」
ここでまさかの豪速球。
火の玉直球ストレートである。
でもちょっと死球気味なんじゃないかな。
私にはとても打ち返せないよ。
「アリシア嬢、大丈夫か? 」
「……いえ、あまり。突然のお申し出に驚いてしまって。その、理由をお伺いしても? 」
「貴女が好きだからだ」
「なるほど」
明快だ。
でもなにか、いろいろ聞かなければいけないことがある気がする。
頭がよく回らないから具体的な言葉がでてこないけれど。
「これは私の力不足なんだが、貴方をお招きするのに、少々余計な手が入りすぎた。参謀本部でも協議させてもらったが、なるべく率直にこちらの希望をお伝えするのが、一番誤解が少ないだろうという結論になった」
「参謀本部……」
「東部管区内であれば、帝国軍内でも周知の事実だ。今回の作戦は、俺があなたに懸想したためのものである
「懸想……」
私には、もうオウムみたいに単語を返すぐらいしかできない。
「対外的に公表できるような事情ではないのでな、コンラートには苦労をかけてしまった」
「それは、まぁ、そうでしょうとも」
ジークハルト殿下が厳かに頷く。
「もちろん、もう一つの選択肢を選んでいただいても構わない。ただその場合でも、結婚を前提とした交際を申し込みたい。ベーリンゲンには俺の別荘もある。機会があれば是非ご一緒させてもらいたいと思っている」
「はあ」
「しばらくは、この要塞に逗留してもらうつもりだ。その間に、アリシア嬢にはゆっくり時間をかけて考えてもらいたい。是非、前向きに検討してもらえると嬉しい」
そう最後に言い残すと、殿下は颯爽と立ち去っていった。
私は塩の彫像みたいになって固まっていた。
「やっと、終わりましたかね? 」
クラリッサが出て来る。
顔はにこにこしている。
こいつ、事情を知っていたな。
「アリシア様が到着される前に、コンラートさんから伝令があったんですよ。誤解をなるはやでとかないとやばいって」
「メアリ様には私達からお話させていただきました」
最後に入ってきたメアリは、心底いたたまれない雰囲気を出しつつ、顔を赤らめていた。
私の顔もさぞ赤くなっていることだろう。
でも、私は言わせてもらいたい。
自分で言うのもなんだが、私の見た目はなかなか美人だ。
小さいけど。
それが係争中の国の因縁がある皇子によばれて、やけに豪華な部屋に通されて身支度までされたら、普通勘違いしちゃうでしょ。
なにせ私の元婚約者はあの王太子だったのだから。
王族の第一印象はあれなのである。
だから、さらば、私の清かりし日々よ……って、考えても不思議ではないと思うんだ。
「すみません。誤解があることは重々承知していたんですけど、さすがにアリシア様のあの格好は許容できませんでした」
とクラリッサ。
「あれは美への冒涜でございました」
とステイシー。
ごめんなさいね。
きれいなお部屋を汚してしまって!
ふー、と私は息をついた。
いろいろ勘ぐってしまったが、この厚遇は、本当に彼らの好意の結果であるらしい。
ならば一度きちんと、お互いの考えについて確認しておく必要があるだろう。
「誤解というけれど、私達が敵同士だったのも事実よ。思うところがあってしかるべきでしょう」
クラリッサは、すっと表情を引き締めた。
「アリシア閣下。閣下が指揮を取られるようになってからの三年間で、何人の帝国人を殺したかご存知ですか? 」
「約二千」
私は答えた。
この場合、私が直接手にかけた数ではないだろう。
大体の戦果は把握している。
「はい。正確には千八百四十六ですね、二年前が約五百で、残りはほとんど去年。今年はほぼおりませんでした。一方、ここ三年間で王国に侵攻した帝国軍の総数は、後方部隊を含めると延べ二十万人です。ちなみにうち二回は帝国の敗北と記録されています。この数字どう思われます? 」
「二十万人を平然と動員できる国力が羨ましいです」
クラリッサがそっちかーって顔をして頭を掻いた。
まぁ彼女が言いたいこともわかっちゃいるのだ。
敵地に侵攻しながら敗北し、それで戦死率1%未満はやはり少ない。
私がやったことだ。
「言いたいことはわかるわ。いかに帝国の被害をおさえながら、停戦に持ち込むかが私に与えられた命題だったのだもの。それが私の仕事だった」
帝国の国力は、王国のそれの約二十倍だ。
この数字は誇張でも何でもない。
万が一、泥沼の殺し合いになってしまえば、私達はすぐにすり潰されてしまう。
故に、王国の対帝国戦は、絶対の絶対に報復合戦にするわけにはいかなかったのだ。
敵を倒さず勝利せよというこの矛盾。
普通は胃に穴が空いちゃうよ。
私の胃は頑丈だから平気だったけど。
「そんなアリシア様に、なるべく快適に過ごして頂きたくてご用意したのが、このお部屋なんです」
少し頑張りすぎて空回りしてしまいましたけど、とクラリッサは苦笑した。
一応聞いてみる。
「私を、その殿下の伴侶に迎えようというのも、その評価ゆえのことなのかしら? 」
「いえ、そちらは完全に殿下の趣味です」
ステイシー即答。
そうですか。
まだ納得しかねる部分もあるけれど、とりあえずの疑問と不安は解消された。
殿下から、その、求婚されたことについても、自分なりに答えを見つけてこたえを返さなければなるまい。
正直、婚約とか結婚には、あまりいい思い出がない。
そういうしがらみにまた煩わされるのも、ちょっと億劫だな、と私は思っていた。
メアリが耳元で言う。
「アリシア様にも、ようやく春が来そうで、本当にようございました」
「そのうちメアリにも来るといいわね! 」
私が超いい笑顔で返事をすると、すごい勢いでほっぺをマッサージされた。
だからやめたまえ。
とりあえずほっぺを責めればいいという固定観念を捨てたまえ!