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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
女王アリシア
87/116

大掃除とわたし

「では、アリシアの女王即位を祝して、乾杯! 」


「乾杯! 」


父ラベルの音頭に、皆が唱和する。

その日、西門の貴賓室で、ランズデール家の家督継承が行われ、私は晴れて王国の女王となった。

部屋に集まったのは、私に近しい人達が二十人ほどだ。

今日は記念のパーティーである。


立食形式の、こじんまりとしたパーティーだった。

ちょっとだけおめかしして、壇上に立った私に、アデルが花束をプレゼントしてくれる。


「即位おめでとう、アリシア」


「ありがとう、アデル。それに皆さん」


白い夏の花を基調とした花束だ。

爽やかな、いい香りがする。

私はそれを受け取ってから、周囲の皆に一礼する。

みんなも、温かい拍手で応えてくれた。


そしてパーティーが始まった。

テーブルの上には、お酒とごちそうがたっぷりである。

皇子も諸侯も護衛騎士も、みんなで仲良く食事会だ。


仲間内での、戦勝記念パーティーも兼ねた無礼講だ。

案の定、コンラートと結託したクレメンスが、ジークのことを虐めていた。


みんな、ジークのことが、好きすぎるんだよなぁ。


一応言っておくと、無礼講って、失礼なことをしても良い日ってわけでは、ないよ。

堅苦しい礼儀作法には、目をつぶって、みんなで気持ちよく楽しみましょうっていう意味だからね。


「その意味ですと、私達は、常に無礼講ですね」


「たしかにー」


私は、アデルとエリスの二連装マシンガントークに、かえしながら、鳥肉の揚げ物をもぐもぐしていた。

揚げ物にレモンはかける派だ。

衣がシットリするぐらいかけてくれても構わない。

エリスには邪道だと怒られた。


楽しい、パーティーだった。

この光景には見覚えがあるな。

そう、これは、まるで……。


「お誕生日会かよ! 」


そう、それだ!

コンラートのつっこみが、今日も冴え渡る。

彼は王国の調略のために、しばらく本営を離れていた。

やっと戻ってくれたのだが、こういう時に締めてくれる人材は、やっぱり貴重だ。


「新政権樹立の記念日だ。誕生日というのも、あながち間違いではあるまいよ」


ジークの言葉に、皆が笑う。

アットホームな職場である。


ちょっとブラックなとこがあるかもしれないけど、私たちは、ばりばりの軍事政権だから、しょうがないよね。



パーティーの発端は、私の素朴な疑問だった。


「結局、私って王女なの? それとも女王なの?」


この質問に、みんなが首を捻ったのだ。

ジークでさえ、「どっちだったかな?」って顔で考え込む。


そもそも私の立場が、いろいろと怪しかった。


王国には、元国王のジョンがいた。

帝国の公式見解では、僭主とされていたけれど、王都を実効支配していたのは彼である。

またランズデールの名目上の当主は、私の父ラベルのままだ。


このあたりの事情が絡んで、私アリシアの立ち位置が、いまいち不分明だった。

曖昧なまま、とりあえず、ジークの次に偉い人ぐらいの扱いで通して来たのである。


しかし、先だって私達は、旧王国の打倒に成功した。

この際だからと、いろいろ棚ざらしになっていた案件を、整理してしまうことになったのだ。


そして、どうせなら、めでたい席にしようじゃないかと、パーティー開催の運びとなったのである。


居並ぶメンバーに、ジークが今後の方針について説明する。

彼の声は、相変わらずよく通る。


「今後の大まかな流れだが、アリシアの王宮入城後、王国の新体制を確立する。並行して旧体制派を一掃。それらの作業が完了次第、アリシアの戴冠式だ。なにか意見があるものはいるか?」


「異議なし!」


威勢のいい同意の声が続く。

大まかな予定は、既に全員に共有済みであった。


直近、一番大きな公式イベントは、戴冠式だ。

こちらは盛大に執り行うことが決まっていた。


私は、王国の最後の君主だ。

最終的に、帝国に吸収合併されるまでの、中継ぎが役目になる。

だから、地味にちょこんと、冠だけもらえればいいかな、と私は考えていた。


私は派手なのが苦手だ。

できるだけ目立ちたくないという下心もあった。


けれど、この私の考えに、皆が猛反発したのである。

諸侯だけではない、ジークもだ。


私が、「地味会でよくない?」 とそれとなく提案してみたところ、ものすごい勢いで怒られた。

父とジークから、ステレオ式でお説教である。


「娘の晴れ舞台だぞ。手など抜けるか!」


「嫁の晴れ舞台だぞ。ド派手にするに決まっているだろう!」


「アリシア様の晴れ舞台なのですよ。歴代最高の式典にするべきですわ!」


二人とも、言ってることがそっくりだ。

あと、どさくさに紛れて、自分の意見を被せようとしないで、メアリ。


最近、ジークが父に似てきた気がする。

保護者っぽいとでも、いうのだろうか。

父に毒されているような気がして、私はちょっと心配している。


でも、以前から、ジークはお母さんっぽいところがあった気もするな。

彼の性分なのかも知れない。


式典は事前に日程を告知して、地方からも沢山人を呼ぶとのこと。

もちろんランズデールからもいっぱい来る。

帝国からも馬車便を用意するそうだ。


暇人が大挙して来るだろう、とジークは言っていた。


私はちょっと不安になって、ジークを見る。

以前、カゼッセルに、帝国本土から、とんでもないお客人が来たことがあったのだ。


今度は大丈夫だよね。

ジークは、若干目を泳がせつつ、考えていた。


「……いや、今回は、あの二人は呼ばないぞ。流石にまずい」


「でしたら、いいですけれど」


深刻な顔でひそひそと相談する私達二人を尻目に、パーティーのボルテージは上がっていく。


壇上には、なぜか、お酒が入ったメアリが登っていた。

彼女は、握りこぶしをかため、残る片手に酒瓶を構えながら、軍歌っぽい何かを熱唱する。


やってることが、酔っ払いのおっさんである。

私もジークも遠い目だ。

あれこれと、真面目に心配するのがバカバカしくなってきた。


口角から唾を飛ばしながら、メアリが熱いシャウトを響かせる。

それに応えるのは野次と歓声だ。


場を、盛り上げてくれてありがとう。

でも、身体の線がバッチリ見えるサマードレスで、その動きはやばいよ、メアリ。


楽しくて暖かいパーティであった。

この日、私は、歴代最高に適当な感じで、王国の女王になったのである。



女王アリシアによる、初入城の日を迎えた。

この日のメインイベントは、女王の入城、ではない。


宰相殿との、最初で最後の顔合わせがあるのだ。

既に降伏文書には調印されている。

彼から、王権の移譲を受ける予定であった。


宰相と面と向かって会話した経験は、多くはなかった。

ちょっと緊張気味の私である。


「大丈夫ですよ」


と、メアリが笑っていた。


私のほうが立場は上だ。

彼のほうが、心労も大きかろう。


宰相も、私との顔合わせに緊張しているのかしら。

そう思うと、なんだか少し可笑しかった。


私は、伝統と格式の、ランズデール騎兵隊の装束で出陣した。

後ろには、摂政となる父ラベルと、共同統治者であるジークを従えて、王城へと向かう。


沿道には、沢山の市民が詰めかけていた。

けれど、特にこれといった事件は起こらなかった。

厳重な警備は、猫の子一匹通さない。

当然のことである。


猫の子、というか動物と言えば、馬上から見回して、一つ気になったことがあった。


王都から、鳩の姿が消えていたのである。

王都は長らく兵糧攻めにされていた。


おそらく、みんな食べられちゃったのだろう。

我が物顔で、馬車の行く手を遮っていたあの鳥たちも、飢えた人間の手から逃げることはできなかったのだ。

戦争中、「こいつら平和な顔しやがって」と、私は政敵の姿を鳩に重ねて憎々しく眺めていた。

だが、それが皆いなくなってしまうと、少し物寂しい気もした。

人間の感性って贅沢である。


王城前で下馬した私達を、宰相が率いる文官の一団が出迎えた。


「お待ちしておりました、アリシア陛下」


「ええ、案内を頼みます。シーモア公」


宰相は恭しく一礼して、私達の前に立つ。

それから、彼の案内に従い、ぞろぞろと連れ立って、広い王城の中を進んだ。


王城の回廊は、綺麗に掃除がされていた。

開口部が広くとられた廊下からは、明るい王宮の庭園が見える。

荒れた様子もなく、綺麗に手入れされている。

廊下を飾る調度品も、みな豪華なものばかりだ。


貧乏人の僻み根性で、「無駄に金かけやがって」と思っていたのであるが、まさかその城が、自分のものになるとは思わなかった。

正直、実感が湧いてこない。

客間の一室でも借りたほうが、まだ落ち着けそうだ。


お客様気分が抜けないまま、私は、国王の執務室にたどり着いた。


「どうぞ、こちらへ」


宰相は、部屋の真正面にある、一番偉そうな椅子を私に勧めた。

王様の席だから偉そうなのは当然か。


椅子に座ると、ふかふかだった。

体が沈みこむ。


座り心地は良いけれど、業務用の椅子じゃないな!

すぐ交換してしまおう。

折りたたみの椅子のほうがまだ落ち着く。


机には、王印をはじめ、王様の業務に必要となる諸々の道具が並べられていた。


私の側付きが、毒の検査を施してから、一礼する。


問題なかったみたいだね。


私は、宰相に目線をやった。


「ご苦労。ここまでで結構よ」


宰相は、完璧な一礼を施した後、僅かな部下を引き連れて、退出していった。


これで、メインミッションは完了である。


お疲れ様でーす。


「ふー」


私が盛大に溜息をつくと、ジークが、笑いながら労ってくれた。


「ご苦労だったな、アリシア。女王初日としては、なかなかだったと思うぞ」


「やっぱり、ちょっと緊張しました。これが、彼との最後の顔合わせになるのかしら」


「公的にはそうなる。シーモアは隠居だ。もう会うこともあるまい」


宰相シーモア公。


彼は、私達にとって最大の政敵であった。

だが、私の目には、今日の宰相が、随分と縮んで見えたのだ。


私の身長が伸びたのも、あるのだろう。

だが、物理的にも、心理的にも、彼は小さくなっていたように思う。


思えば、ここ一年間、彼は相当に厳しい立場にあったはずだ。

あの国王を支えながら、帝国からの無茶振りに、応え続けねばならなかったのだから。


帝国側の代理人として、彼との交渉にあたったのは、コンラートだ。

彼は、とにかく好悪の感情の落差が大きい。

そしてコンラートは、宰相を非常に嫌っていた。

ゆえに宰相の心労は、相当に大きかったはずなのだ。


客観的に評価するなら、ここ一年間の宰相の働きは、非常に良かったと、私は考えている。

彼のお陰で、私たちは、王国の宮廷を、帝国の良いように動かすことができた。

その分、私たちは楽ができ、内戦における犠牲も、減らすことができたのである。


私は王国にいたころ、彼の暗躍によって、命の危険に晒されたりもした。

だがあれは、政争の延長線上の話ともいえるだろう。


私個人の感情としては、彼が政権から退くのであれば、遺恨なしとして、彼を許してもいいと考えている。


となると、特に配慮すべきは父であろう。

シーモア公と最も激しく対立したのは、我が父、ラベルであった。


「シーモア公は、全ての公職を辞されるそうですね」


「ああ、そう聞いている」


「お父様はどうされたいですか?」


父は、私の言わんとする所を正確に読み取った。

彼はわかっているとでも言いたげに、笑みを浮かべる。


「彼は、敗者だ。戦う術を失った相手を、殊更になぶるような真似は、私の好むところではないな」


過去の行いを水に流すわけではない。

だが、諍いの歴史には蓋をして、風化するに任せる。

父も私と同じ考えであった。


「そうか」


短く応えたジークは頷いて、私達の方針を受け入れた。


こうして密約は履行され、帝国の信もまた、守られることになる。


シーモア公は、政治の表舞台から去っていった。


コンラートは、諜報部と一緒に、裏でいろいろと準備をしていたようだ。

それらの計画は、全て、無駄になってしまった。


「アリシア様は、お甘い」


私は、彼と彼の恋人から遠回しに苦言を呈された。

もっともメアリからの不満は、遠回しでも何でも無かったけれど。


「じゃあ聞くけど、私、アリシアは、権力争いに向いていそうかしら? 」


「いいえ、まったく」


クラリッサの評だ。

メアリはむむむって顔で黙り込んだので、私は彼女のほっぺをつっついた。


自分でも、私は、その手の暗闘に向いていないと思う。

ならば、邪道は捨てて、正道を歩もうと思うのだ。

私は苦手なことは、無理に頑張らない主義なのである。


あと、権力闘争であっても、逃げ道はあったほうがいいと私は思うのだ。

「負ければ滅ぼされる」となれば、みな、自らの身を守るために、必死になって抵抗するだろう。

結果として、戦いは激しいものに、なるざるをえない。


でも、負けても公職追放程度で済むのなら、悔しさに血の涙を流しながら、手を引いてくれるのではないだろうか。

血涙は流血には含めない。


「敵を包囲した場合も、退路を残して置くのが定石でしょう? あれと同じよ」


あの宰相でも許されたのだ。


今後、なにかしらの対立があっても、深刻な対立に発展することは、少なくできるのではないか。

そう、私は、期待しているのである。


また、現実的な問題として、私の残りの寿命は、宰相殿よりも間違いなく長い。

加えて、共同統治者までいる。

私に、彼を許すだけの余裕があるのは事実だった。


宰相との話は、これで終わりであった。



宰相は、ね。


アリシア様は、お甘い。

コンラートがこう評した理由を、女王アリシアはすぐに実感することになる。


宰相は、敗北を認め、静かに宮廷を去っていった。

自宅に蟄居し、静かに余生を過ごすことにしたらしい。

彼はなんだかんだ言って、状況が見えている人間であった。


しかし身の程知らずの小物たちは、そうではなかったのだ。

ぬるま湯に浸かりきって、すっかり危険に対する感覚が鈍くなった宮廷貴族達は、状況判断力も大きく減退させていた。

宰相の手下達は、彼にいろいろな部分で劣るからこそ、手下であった。

要は、生き残りの能力に欠ける人間ばかりだったのである。


宰相シーモア公は、我がランズデール家にとって、決して相容れることのない政敵であった。

その宰相が許されたと知って、彼を除く宮廷貴族達が「新女王のアリシアは、弱腰だ」と勘違いした。


おいおい、弱腰なわけ無いだろう? だって私の後ろ盾に帝国がいて、私個人も、馬鹿みたいに強力な武力の裏付けがあるのだから。


彼ら宮廷貴族が、アリシア女王を支える姿勢を見せてくれたのなら、私も考えるところがあった。

だが、彼らは自分の存在価値を示すために、私の邪魔を始めたのである。


いわゆる宮廷闘争というやつだ。

俺達の要求を聞かないなら、仕事をしてやらないぞ。

それが彼らのやり口であった。


私は、宮廷貴族達に、これまでの宮廷内のお仕事について、報告をまとめて提出するように申し渡した。

彼らは、私の要求に応える前に、自分たちの地位の保障を求めたのである。


いや、仕事できるかどうかわからないのに、地位なんて保障するわけ無いでしょ? 常識で考えなさいよ。


「馬鹿なんでしょうか」

「馬鹿ですね」

「馬鹿でしたからね」


この発言は、最初から順にエリス、クラリッサ、メアリの順だ。

馬鹿の三連弾、全会一致の無能判定だ。

粛清決定である。


特にお仕事に関しては妥協しないクラリッサは、夏だと言うのに底冷えするような怒気を放っていた。


書類系はさっぱりなステイシーは、相変わらずにこにこしていた。

最近私は、ぶれない彼女に、安心感を覚えている。


そもそも私は、王国の統治について、宮廷貴族の助力を必要としていなかった。

地方は、中央の官僚なんていなくても、何の問題もない。

そして王都でも、周辺地域と、新市街は、私達の施政が行き届いている。


宮廷貴族の皆さんは、一体王都で何やってんの?って状態だったのだ。

ちなみにだが、彼らは何もしてなかった。

宮廷費95%は、伊達じゃない。


連中は、税金の上前はねるぐらいしか、仕事をしていなかったのだ。

まじで単なる穀潰しであった。


私は、古い王国やり方に残せるものがあるんじゃないかと、考えていた。

だから、旧来の貴族たちにも、意見具申の機会を与えようと思ったのだ。


甘かった。

そう言わざるをえない。

見事に、私の差し出した手は、打ち払われてしまったのである。


正直、ちょっとカチンと来た。


この温厚なアリシアちゃんを怒らせるとか、相当だ。


そっちがその気なら、受けて立とうじゃないか。

私は、執務室の椅子に深く腰掛けながら、対抗措置の発動を、厳かに命じた。


「コンラートに通達。あれを投入するわ」


「了解いたしました」


私は切り札を切った。


我が秘密兵器、女王アリシア派の最右翼、アデルお嬢様の投入である。


アデル・バールモンド辺境伯令嬢、またの名を、猟犬アデル。

私は、彼女の牙をもって、政敵を一掃することに決めた。


私のお友達の女の子は、犬系の二つ名持ちばっかりだ。

狂犬とか猟犬とか番犬とか、一体、なぜなのだろうか。


アデルは、私のことが大好きだ。

アデルは、権力と、武力と、やる気を持っている。

そしてなにより、アデルは、我慢をしない。


自分のハートに、とことん素直なのだ。


胸に乙女の鉄心臓、綺麗なドレスを身にまとい、破城槌を振り回す。


それが、私達のヒロイン、アデルちゃんなのである。


「というわけで、コンラートの持っている情報を、アデルに流してもらいたいの。旧来の宮廷貴族は、全て排除する方向で進めるわ」


「了解です!」


私の命を受けたコンラートは、執務室を後にした。

内心のうきうき振りを反映して、彼の足取りは、羽のように軽かった。

奴の性格も大概、物騒だ。

メアリといい、コンラートといい、どうしてああいう部下が育つのだろう。


私やジークは、温厚な性格なのに。


そしてコンラートから情報提供を受けた、アデルと愉快な仲間たちが動き出す。


「やっちゃえ、アデルちゃん!」


私の期待にばっちり応え、アデルちゃんは殺ってくれた。


彼女は、とある宮廷貴族に対し、過去のアリシアに対する不敬発言を理由に、私闘をふっかけたのである。

私闘は、貴族の権利である。

投げ捨てる、白手袋一枚は、必要経費と割り切ろう。


もちろん、王都の中で私兵を動かすには、国王の許可が必要だ。

しかし、アデルは連合軍の重鎮である。

私は彼女に自由裁量権を与えている。

アデルはその気になれば、いくらでも王都で武力を振るえるのだ。


もう一度言うが、アリシアの政権は、軍事政権だ。

アデルは、私たちの「力こそ正義」という鉄則を、実にわかりやすく示してくれた。

私に反抗的な貴族家を、見事に叩き潰してくれたのである。


古い宮廷貴族なんて、汚職の常習犯ばかりだ。

切れ者のアデルは、がっつり殴り飛ばして力の差を見せつけてから、大義名分を用意したうえで断罪に踏み切った。


彼らの邸宅を直接襲撃したうえで、収賄と横領と背任の三連コンボをもって、宮廷貴族の逃げ道をふさいだのだ。

罪状が足りないなら、私が法務に手を回して、アデルを援護するつもりだったのだが、完全に要らぬお世話であった。


横っ面を張り飛ばされて、宮廷貴族たちは、ようやく状況を認識する。

彼らは、泡を食って私に助けを求めてきた。

王家の庇護がない法服貴族なんて、領主貴族相手に対抗できるわけがない。

まぁ、当然の流れだね。


でも遅いよ。

トゥ スロウリィだ。

君ら、速さが致命的に足りないよ。


私は、忠誠義務違反を理由に、彼らとの面会をお断りした。


だって、お前ら、仕事してくれないじゃん。

女王のために働く気がないのに、助けてもらおうとか、調子よすぎるんじゃありませんこと?

私は、社交にもほとんど顔を出していないので、女性経由の伝手もない。

国王から見捨てられた宮廷貴族達は、完全に行き場を失った。


彼らは、ここへきて、ようやく状況を悟ったらしい。

なんでも言うことを聞きますと、言ってきたのであるが、流石にここま阿呆では、仕事をさせるわけにはいかぬ。


私は、最終的に、彼ら全員を帝国の辺境へ追っ払うことで決着させた。

要は流刑である。

これにより大量の貴族籍と、王都旧市街の一等地が空き地になり、死蔵されていた財産を王家は接収することに成功した。

埋蔵金をゲットである。


私は、彼らが貢いでくれた私財を、ありがたく、今回の内戦の戦費支払いに充てさせてもらうことにした。

結構な額の臨時収入があり、私は喜びのガッツポーズを決めたのだった。


「やったぜ」


「山賊みたいですわね」


喜色満面の私の姿を、メアリが的確に表現してくれた。

そうだね。

でも、私たちは、山賊かもしれないけれど、良い山賊なのだ。

だから支持率が高いのである。


アデルちゃんにも用心棒代を支払った。

ついでに父ラベルの好物も教えてあげたので、アタックするときに有効活用してくれるだろう。


「ありがとう、アリシア! やってよかったわ!」


そうだとも。

殺って良かったってことが、この世にはあったりするのだ。



私たちが、旧弊を打破している間に、もう一つの動きがあった。


かの宰相殿、シーモア公が死んだのだ。


彼は殺された。

犯人は、彼の嫡男、レナードであった。


元宰相は、隠棲した。

彼と彼の一族の身命について、私たちは保証していたのであるが、公的な地位についてはその殆どを返上させていた。

位人身を極めていた宰相の一族は、半ば強制的に公職を退くことになったのである。


シーモア公は、自らに課せられた役割を、きちんと果たした。

一族を守るため、すべての官職を退かせるとともに、アリシア女王に対する忠誠を、彼らの命と名誉にかけて宣言させたのだ。


彼は自分の立場をわかっていたし、それを態度で示してくれた。

ひたすらに、恭順の姿勢を、崩さなかったのだ。


ならば、こちらとしてもそれにこたえる義務がある。

私は彼に、十分な額の年金を支給するとともに、当初の密約が遵守されるよう、彼が住まう邸宅にも十分な警備を施した。


領主諸侯の中には、この対応をぬるすぎるとして、不満をいうものも当然いた。

私は、戦後の報奨を積み増すことで、矛を収めてもらったのだ。


宰相の専横で、一番の被害を被ったのは、父と私が率いるランズデール家であった。

その私達がが許すことにした以上、諸侯たちも従わざるを得なかったというのも大きかった。


どんぶり勘定のように見えるかもしれないが、これでも、バランスを取るのに、苦労しているのだ。

とはいえ、いざとなったらジークに泣きつける私は、一般的な王様達に比べれば、大分気楽な立場であった。


私が率いる領主諸侯達は、これでなんとか収まった。


だが、シーモア公の側では、彼のやりように納得しなかった人間がいたのである。


それが、彼の嫡男レナードだ。


私が王太子を殴打した事件の場で、アリシアの冤罪を並べたてた男である。

なんか、謎のノートまで持っていた人間だ。

底意地が悪そうな男だったなぁ、と私は記憶している。


彼も父に従って、自らの地位を返上した。

だが、温室育ちのレナードは、父親ほど現実的な視点を持っていなかった。

すぐに再任官できるものと思い込んでいたのである。


当たり前だが、私にそんな気はない。

官僚に命じて、他にも上がってきた宮廷貴族の任官希望と合わせ、全部まとめて突っぱねさせた。


しかし、レナードはしつこかった。

なんども横柄な態度で絡んでくるこの男に、担当の人間が辟易していたので、ならばと私は、彼を含む既得権益持ち達に試験を課したのだ。


帝国謹製の国家公務員試験第Ⅲ種、下級官吏登用試験である。


そして、レナードは、私の予想通り、試験に落ちた。

そりゃそうだね。

でもそれ、一番下っ端の人向けの試験だからね。


レナードは激怒した。


「なぜ、この私が、試験など受けなければならないのですか。それに問題が帝国語なのも納得いきませんね」


「基礎教養の試験ぐらい、突破してから言ってください。王国には帝国の制度を導入するのに、帝国語を使えない人間を、雇うわけないじゃないですか。あと別に納得していただく必要もありません。とっとお引き取りください」


試験官は呆れた様子も隠さずに、レナードを追っ払った。

レナード、屈辱の一次試験落ちである。


ちなみに試験は三次まであって、その後に面接が控えている。

棒にもハシにもかからないとは、このことだろう。

ところでハシってなんなのだろう?


合格を云々するより先に、まずは平均を超えられるように勉強してくださいね。


試験官に鼻で笑われて、レナードは、屈辱感で震えた。


レナードは、宰相家の嫡男として、常に敬意を払われる立場にあった。

王太子の側近でもあり、彼に意見できる人間など、数えるほどしかいなかったのだ。


そんな、レナードは、誰かから評価される立場になったことなどない。

ましてや、自分よりも身分が低い人間に、能力の不足を指摘されるなど、彼の人生からすれば、ありえないことであった。


肥大化した自尊心を傷つけられて、レナードは逆上した。

そして、一線を超えて不注意な発言を繰り返したのである。


「この私の能力がわからないとは、女王の目は節穴ではないのか」

「物を知らぬ平民共に、王国は食い荒らされてしまうぞ」

「アリシアも無能なら、その部下も馬鹿ばかりだ」


「とか言っていたそうですよ」


壁に耳あり、障子にメアリ。


いろんなところに情報源を持つコンラートに、迂闊なレナードの発言はすぐにばれた。

人の耳がある場所で、主君を無能呼ばわりする人間は、ちょっと公職にはつけられない。


不注意なレナードは、舌禍を理由に王城を出禁になり、公職への復帰も絶望的になった。


彼は鬱屈した。

プライドを保つため、過去の栄光にすがり、自己正当化を繰り返したレナードは、徐々に精神を病んでいった。

そして、自分こそが正義であり、アリシアの治世が不当なものであると、思い込んだのだ。


妄想癖こじらせちゃってるところは、王太子にちょっと近いかもしれぬ。


シーモア公は、これを危ぶんだ。

レナードはアリシアに対して、学生時代から横柄な態度を取っていたのだが、女王になったアリシアは、これを不問として許している。

しかし、このバカ息子は、その厚意を踏みにじったばかりか、更に失言を繰り返したのだ。


甘やかしてきた、つけではあった。

だが、シーモア公にとっては大事な嫡男だったのだ。

彼は、一般的な常識に従ってレナードを諫めた。


自らの身分を弁えろ。

陛下に不敬を働いてはいかん。

態度をあらためないようであれば、廃嫡する。


彼が、息子に言い聞かせたことは、いたってまっとうだった。


しかし既に精神の均衡を崩していたレナードは、自分を肯定しない父親に激高した。

そして、彼は、父を殺めてしまったのだ。


衝動的なものだったのかもしれない。

レナードは、懐に忍ばせていた短剣で、実の父をめった刺しにしたのだという。

シーモア公は、息子の突然の豹変に、ろくな抵抗もできなかったようだ。

家人が彼を見つけたとき、シーモア公はすでに冷たくなっていた。


その後、武装したまま王城に侵入を試みたレナードは、警備の兵に取り押さえられる。

そして、彼の凶行も明らかになった。


父親殺しのレナードは、取り調べの最中に、女王に対しての殺意も口走ったため、父殺しに大逆罪が上乗せされて、斬首された。


私は、連座制を撤廃していたため、家族はそのまま残された。

ただ、シーモア公の家督を継承できる男子は、レナードだけであった。


宰相には、ほかに三人の娘がいたが、全員が既に嫁いでいた。

彼らは流刑になることが決まっている。


血縁を辿ってみた所、公を大叔父とする少女がいたのであるが、「権力争いに巻き込みたくない」という親族の意向で、家督の継承は見送られた。


結局、シーモア公の爵位は凍結されて、財産は王家の管理下におかれることになる。



私は、この報告を執務室で受けた。


「スッキリしましたわね」


メアリが清々しい表情を浮かべて、断言する。

彼女は、戦後処理は全て終わったと考えているのだろう。


しかしまだだ。


私は、重々しく首を横に振った。


「いいえ。身内に一人、対処すべき人間が残っているわ」


メアリが、緊張を漲らせる。

戦争に勝利したとしても、戦後、味方の陣営に粛清の嵐が吹くことも珍しくない。

おそらく彼女は、最悪の想像をしたのだろう。


それは違う。


でも、ある意味、彼女にとってはそれ以上に辛いことかもしれないけれど。

メアリはごくりと唾を飲んだ。


「それは、一体……」


私はメアリに向き直り、そして高らかに宣言した。


「それは、あなたよ、メアリ! 今から、お部屋の立入検査を実施します!」


メアリが驚愕する。

それから、全てを悟ったように絶望の表情を浮かべた。


語るに落ちたとはこのことね。

私は、メアリの裏切りを悟った。


「やましいことがあるようね、メアリ。残念だわ……」


「アリシア様、お待ち下さい。私は、断じて、そのような……」


この狼狽えぶり、自ら悪事を自白したようなものである。

私は胸は、悲しみと怒りに支配された。


私に縋り付くメアリを、力づくで引きずりながら、私は部下を引き連れて彼女の私室へと向かった。

蹴破るようにして、部屋の中に突入する。


秘密を暴かれたメアリが、悲痛な叫びをあげて、その場に泣き崩れた。


そこは王城の一室だった。

引っ越してきたばかりのお部屋である。


床には、メアリの私物を詰め込んだ、たくさんの木箱が積まれていた。

引っ越し品の数々だ。

木箱から覗く大量の瓶。


瓶、瓶、樽、瓶……。


え、樽!?

樽までは、流石に想定外だったよ、メアリ!

そう、今回、検挙の対象となったのは、メアリの心の友、酒である。


私は、ざっと部屋を見渡した。

軽く、百本はあるんじゃないか。


小さな池が作れそうな量を、メアリは自室に溜め込んでいた。

当然持っているだけではない。

毎夜、好きなだけ、お酒を掻っ食らっていると、放った密偵から報告も受けている。


動かぬ証拠を押さえられたメアリは、高速で目を遊泳させていた。


何処見てんだ、ああん? 私は、チンピラもかくやという三白眼で、彼女を睨みつけた。


「これは何かしら、メアリ? 」


「お薬ですわ。呑むと体が暖まるんですのよ。ほら、私、冷え性で……」


ほほう、君が、病気だとは知らなかったよ。

あと夏場に冷え性とか、相当だね、メアリ。


なら、治療を手伝ってあげないと。


私は、睨む瞳に力をこめる。

メアリは「うっ」と小さく、呻きをあげた。


「メアリ、私から、甘いおかしを取り上げる時に、貴女がなんて言ったか覚えてる? 」


「……いいえ」


「貴女は、『豚になりますよ』と言ったのよ。でも、今の私なら言える。脂肪肝になるわよ、メアリ!」


「大丈夫です! ちゃんと弁えますから!」


「これが、弁えてる分量なわけないでしょう、メアリ! 全部没収です!」


「そんな! 許して下さいませ、アリシア様!」


縋り付くメアリを、わたしは片足上げてけっとばした。


「ひーん!」


ころんと転がりながら、我が親友メアリが、情けない声をあげる。

お母さんの威厳はストップ安だ。


知った事か!

私とメアリは、古くからの戦友だ。

長く続いた戦争を、二人で支え合って戦い抜いた。


戦いは、辛く苦しく激しかった。

もちろん、油断なんてできるはずもない。

いつもギリギリの戦況を、私たちは生き抜いてきたのだ。


当然、そこには嗜好品が入る余地なんて無かった。

メアリは、大好きなお酒をずっと我慢していたのである。


だが、状況が変わった。

私たちは帝国と同盟し、二人は、その庇護下に入った。

私たちにも、人生を楽しむ余裕ができたのだ。


そして私は、女の子っぽい趣味にいそしみ、一方のメアリは酒に走った。


帝国産の美味しいお酒は、そんなメアリを優しく受け入れてくれた。


ワインも美味しい。

ウィスキーもいいなぁ。

帝国の麦酒は最高だわ。


メアリは、美酒の虜になり、どんどんと深みにはまっていく。

私アリシアが、甘いお砂糖に溺れたように、メアリは幸せなアルコールに、溺れていったのである。


私は、メアリの精神を信頼していた。

けれど、メアリのパートナーであるコンラートから、泣くような報告があったのだ。


「彼女、一日に二本ぐらいのペースで空けてるんです。俺、心配で、心配で。アリシア様からも止めてもらえませんか」


メアリは、しっかりもの。


彼がもたらした情報は、そんな私の信頼を裏切るものであった。

最初、私は、この話を信じることができなかった。

だって、あれだけ厳しく私を管理してきたメアリが、自堕落な酒飲みになんて、なるわけないじゃないか。


故に、私は、内偵としてクラリッサとエリスを放った。

彼女らが、メアリの潔白を証明してくれると信じて。


結果は、真っ黒であった。


「メアリ、めっちゃ飲んでましたよ」


「アリシア様には内緒にしてねって、言ってました」


私は、吼えた。


メアリの裏切りに。

しかも二人の報告を聞く限り、イケナイ生活してる自覚もあるじゃないか。


こんなこと許される訳がない。

綱紀は正さねばならぬ。


筆頭側仕えをアル中になんて、させるわけにはいかないのだ。

断じて駄目なのである。

私は心を鬼にする事に決めた。


「こんな悲しいことになるなんて、私は本当に残念だわ。正に断腸の思いよ」


「でも、報告聞いたとき、アリシア様めっちゃ笑ってましたよね。私が報告したときとか、『よしきたぁ!』って叫んでたじゃないですか」


いやいや、そんなことないよ。

おかしを隠された逆恨みなんて、これっぽっちもないからね。


現場を押さえた私は、メアリに禁酒を言い渡した。

私は、満面の笑みだ。


「お部屋のお酒は全部没収。監視のため、しばらくコンラートを見張りにつけます!」


「いやぁぁぁぁあ!」


メアリが、身も世もない叫びをあげる。

それから、ヘタリと力なく座り込んだ。


構うものか。

わたしは、手下に命じ、メアリの抱え込んだ命の水を、どんどん外へと運び出した。


戦争も終わったのだから、生活習慣も正してもらいます。

アルコールのとりすぎは、体に良くないからね。


観念したメアリは、がっくりと頭をたれた。

そんな彼女を、とてもいい笑顔のコンラートが、接触過剰気味に慰めていた。



以上をもって、私アリシアは、戦後の後片付けを完了した。


やっぱり身の回りを綺麗にしてからのほうが、いいスタートは切れると、私は思うのである。


アリシア「γ-GTP50以下にしてから出直してこい」

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