大掃除とわたし
「では、アリシアの女王即位を祝して、乾杯! 」
「乾杯! 」
父ラベルの音頭に、皆が唱和する。
その日、西門の貴賓室で、ランズデール家の家督継承が行われ、私は晴れて王国の女王となった。
部屋に集まったのは、私に近しい人達が二十人ほどだ。
今日は記念のパーティーである。
立食形式の、こじんまりとしたパーティーだった。
ちょっとだけおめかしして、壇上に立った私に、アデルが花束をプレゼントしてくれる。
「即位おめでとう、アリシア」
「ありがとう、アデル。それに皆さん」
白い夏の花を基調とした花束だ。
爽やかな、いい香りがする。
私はそれを受け取ってから、周囲の皆に一礼する。
みんなも、温かい拍手で応えてくれた。
そしてパーティーが始まった。
テーブルの上には、お酒とごちそうがたっぷりである。
皇子も諸侯も護衛騎士も、みんなで仲良く食事会だ。
仲間内での、戦勝記念パーティーも兼ねた無礼講だ。
案の定、コンラートと結託したクレメンスが、ジークのことを虐めていた。
みんな、ジークのことが、好きすぎるんだよなぁ。
一応言っておくと、無礼講って、失礼なことをしても良い日ってわけでは、ないよ。
堅苦しい礼儀作法には、目をつぶって、みんなで気持ちよく楽しみましょうっていう意味だからね。
「その意味ですと、私達は、常に無礼講ですね」
「たしかにー」
私は、アデルとエリスの二連装マシンガントークに、かえしながら、鳥肉の揚げ物をもぐもぐしていた。
揚げ物にレモンはかける派だ。
衣がシットリするぐらいかけてくれても構わない。
エリスには邪道だと怒られた。
楽しい、パーティーだった。
この光景には見覚えがあるな。
そう、これは、まるで……。
「お誕生日会かよ! 」
そう、それだ!
コンラートのつっこみが、今日も冴え渡る。
彼は王国の調略のために、しばらく本営を離れていた。
やっと戻ってくれたのだが、こういう時に締めてくれる人材は、やっぱり貴重だ。
「新政権樹立の記念日だ。誕生日というのも、あながち間違いではあるまいよ」
ジークの言葉に、皆が笑う。
アットホームな職場である。
ちょっとブラックなとこがあるかもしれないけど、私たちは、ばりばりの軍事政権だから、しょうがないよね。
パーティーの発端は、私の素朴な疑問だった。
「結局、私って王女なの? それとも女王なの?」
この質問に、みんなが首を捻ったのだ。
ジークでさえ、「どっちだったかな?」って顔で考え込む。
そもそも私の立場が、いろいろと怪しかった。
王国には、元国王のジョンがいた。
帝国の公式見解では、僭主とされていたけれど、王都を実効支配していたのは彼である。
またランズデールの名目上の当主は、私の父ラベルのままだ。
このあたりの事情が絡んで、私アリシアの立ち位置が、いまいち不分明だった。
曖昧なまま、とりあえず、ジークの次に偉い人ぐらいの扱いで通して来たのである。
しかし、先だって私達は、旧王国の打倒に成功した。
この際だからと、いろいろ棚ざらしになっていた案件を、整理してしまうことになったのだ。
そして、どうせなら、めでたい席にしようじゃないかと、パーティー開催の運びとなったのである。
居並ぶメンバーに、ジークが今後の方針について説明する。
彼の声は、相変わらずよく通る。
「今後の大まかな流れだが、アリシアの王宮入城後、王国の新体制を確立する。並行して旧体制派を一掃。それらの作業が完了次第、アリシアの戴冠式だ。なにか意見があるものはいるか?」
「異議なし!」
威勢のいい同意の声が続く。
大まかな予定は、既に全員に共有済みであった。
直近、一番大きな公式イベントは、戴冠式だ。
こちらは盛大に執り行うことが決まっていた。
私は、王国の最後の君主だ。
最終的に、帝国に吸収合併されるまでの、中継ぎが役目になる。
だから、地味にちょこんと、冠だけもらえればいいかな、と私は考えていた。
私は派手なのが苦手だ。
できるだけ目立ちたくないという下心もあった。
けれど、この私の考えに、皆が猛反発したのである。
諸侯だけではない、ジークもだ。
私が、「地味会でよくない?」 とそれとなく提案してみたところ、ものすごい勢いで怒られた。
父とジークから、ステレオ式でお説教である。
「娘の晴れ舞台だぞ。手など抜けるか!」
「嫁の晴れ舞台だぞ。ド派手にするに決まっているだろう!」
「アリシア様の晴れ舞台なのですよ。歴代最高の式典にするべきですわ!」
二人とも、言ってることがそっくりだ。
あと、どさくさに紛れて、自分の意見を被せようとしないで、メアリ。
最近、ジークが父に似てきた気がする。
保護者っぽいとでも、いうのだろうか。
父に毒されているような気がして、私はちょっと心配している。
でも、以前から、ジークはお母さんっぽいところがあった気もするな。
彼の性分なのかも知れない。
式典は事前に日程を告知して、地方からも沢山人を呼ぶとのこと。
もちろんランズデールからもいっぱい来る。
帝国からも馬車便を用意するそうだ。
暇人が大挙して来るだろう、とジークは言っていた。
私はちょっと不安になって、ジークを見る。
以前、カゼッセルに、帝国本土から、とんでもないお客人が来たことがあったのだ。
今度は大丈夫だよね。
ジークは、若干目を泳がせつつ、考えていた。
「……いや、今回は、あの二人は呼ばないぞ。流石にまずい」
「でしたら、いいですけれど」
深刻な顔でひそひそと相談する私達二人を尻目に、パーティーのボルテージは上がっていく。
壇上には、なぜか、お酒が入ったメアリが登っていた。
彼女は、握りこぶしをかため、残る片手に酒瓶を構えながら、軍歌っぽい何かを熱唱する。
やってることが、酔っ払いのおっさんである。
私もジークも遠い目だ。
あれこれと、真面目に心配するのがバカバカしくなってきた。
口角から唾を飛ばしながら、メアリが熱いシャウトを響かせる。
それに応えるのは野次と歓声だ。
場を、盛り上げてくれてありがとう。
でも、身体の線がバッチリ見えるサマードレスで、その動きはやばいよ、メアリ。
楽しくて暖かいパーティであった。
この日、私は、歴代最高に適当な感じで、王国の女王になったのである。
女王アリシアによる、初入城の日を迎えた。
この日のメインイベントは、女王の入城、ではない。
宰相殿との、最初で最後の顔合わせがあるのだ。
既に降伏文書には調印されている。
彼から、王権の移譲を受ける予定であった。
宰相と面と向かって会話した経験は、多くはなかった。
ちょっと緊張気味の私である。
「大丈夫ですよ」
と、メアリが笑っていた。
私のほうが立場は上だ。
彼のほうが、心労も大きかろう。
宰相も、私との顔合わせに緊張しているのかしら。
そう思うと、なんだか少し可笑しかった。
私は、伝統と格式の、ランズデール騎兵隊の装束で出陣した。
後ろには、摂政となる父ラベルと、共同統治者であるジークを従えて、王城へと向かう。
沿道には、沢山の市民が詰めかけていた。
けれど、特にこれといった事件は起こらなかった。
厳重な警備は、猫の子一匹通さない。
当然のことである。
猫の子、というか動物と言えば、馬上から見回して、一つ気になったことがあった。
王都から、鳩の姿が消えていたのである。
王都は長らく兵糧攻めにされていた。
おそらく、みんな食べられちゃったのだろう。
我が物顔で、馬車の行く手を遮っていたあの鳥たちも、飢えた人間の手から逃げることはできなかったのだ。
戦争中、「こいつら平和な顔しやがって」と、私は政敵の姿を鳩に重ねて憎々しく眺めていた。
だが、それが皆いなくなってしまうと、少し物寂しい気もした。
人間の感性って贅沢である。
王城前で下馬した私達を、宰相が率いる文官の一団が出迎えた。
「お待ちしておりました、アリシア陛下」
「ええ、案内を頼みます。シーモア公」
宰相は恭しく一礼して、私達の前に立つ。
それから、彼の案内に従い、ぞろぞろと連れ立って、広い王城の中を進んだ。
王城の回廊は、綺麗に掃除がされていた。
開口部が広くとられた廊下からは、明るい王宮の庭園が見える。
荒れた様子もなく、綺麗に手入れされている。
廊下を飾る調度品も、みな豪華なものばかりだ。
貧乏人の僻み根性で、「無駄に金かけやがって」と思っていたのであるが、まさかその城が、自分のものになるとは思わなかった。
正直、実感が湧いてこない。
客間の一室でも借りたほうが、まだ落ち着けそうだ。
お客様気分が抜けないまま、私は、国王の執務室にたどり着いた。
「どうぞ、こちらへ」
宰相は、部屋の真正面にある、一番偉そうな椅子を私に勧めた。
王様の席だから偉そうなのは当然か。
椅子に座ると、ふかふかだった。
体が沈みこむ。
座り心地は良いけれど、業務用の椅子じゃないな!
すぐ交換してしまおう。
折りたたみの椅子のほうがまだ落ち着く。
机には、王印をはじめ、王様の業務に必要となる諸々の道具が並べられていた。
私の側付きが、毒の検査を施してから、一礼する。
問題なかったみたいだね。
私は、宰相に目線をやった。
「ご苦労。ここまでで結構よ」
宰相は、完璧な一礼を施した後、僅かな部下を引き連れて、退出していった。
これで、メインミッションは完了である。
お疲れ様でーす。
「ふー」
私が盛大に溜息をつくと、ジークが、笑いながら労ってくれた。
「ご苦労だったな、アリシア。女王初日としては、なかなかだったと思うぞ」
「やっぱり、ちょっと緊張しました。これが、彼との最後の顔合わせになるのかしら」
「公的にはそうなる。シーモアは隠居だ。もう会うこともあるまい」
宰相シーモア公。
彼は、私達にとって最大の政敵であった。
だが、私の目には、今日の宰相が、随分と縮んで見えたのだ。
私の身長が伸びたのも、あるのだろう。
だが、物理的にも、心理的にも、彼は小さくなっていたように思う。
思えば、ここ一年間、彼は相当に厳しい立場にあったはずだ。
あの国王を支えながら、帝国からの無茶振りに、応え続けねばならなかったのだから。
帝国側の代理人として、彼との交渉にあたったのは、コンラートだ。
彼は、とにかく好悪の感情の落差が大きい。
そしてコンラートは、宰相を非常に嫌っていた。
ゆえに宰相の心労は、相当に大きかったはずなのだ。
客観的に評価するなら、ここ一年間の宰相の働きは、非常に良かったと、私は考えている。
彼のお陰で、私たちは、王国の宮廷を、帝国の良いように動かすことができた。
その分、私たちは楽ができ、内戦における犠牲も、減らすことができたのである。
私は王国にいたころ、彼の暗躍によって、命の危険に晒されたりもした。
だがあれは、政争の延長線上の話ともいえるだろう。
私個人の感情としては、彼が政権から退くのであれば、遺恨なしとして、彼を許してもいいと考えている。
となると、特に配慮すべきは父であろう。
シーモア公と最も激しく対立したのは、我が父、ラベルであった。
「シーモア公は、全ての公職を辞されるそうですね」
「ああ、そう聞いている」
「お父様はどうされたいですか?」
父は、私の言わんとする所を正確に読み取った。
彼はわかっているとでも言いたげに、笑みを浮かべる。
「彼は、敗者だ。戦う術を失った相手を、殊更になぶるような真似は、私の好むところではないな」
過去の行いを水に流すわけではない。
だが、諍いの歴史には蓋をして、風化するに任せる。
父も私と同じ考えであった。
「そうか」
短く応えたジークは頷いて、私達の方針を受け入れた。
こうして密約は履行され、帝国の信もまた、守られることになる。
シーモア公は、政治の表舞台から去っていった。
コンラートは、諜報部と一緒に、裏でいろいろと準備をしていたようだ。
それらの計画は、全て、無駄になってしまった。
「アリシア様は、お甘い」
私は、彼と彼の恋人から遠回しに苦言を呈された。
もっともメアリからの不満は、遠回しでも何でも無かったけれど。
「じゃあ聞くけど、私、アリシアは、権力争いに向いていそうかしら? 」
「いいえ、まったく」
クラリッサの評だ。
メアリはむむむって顔で黙り込んだので、私は彼女のほっぺをつっついた。
自分でも、私は、その手の暗闘に向いていないと思う。
ならば、邪道は捨てて、正道を歩もうと思うのだ。
私は苦手なことは、無理に頑張らない主義なのである。
あと、権力闘争であっても、逃げ道はあったほうがいいと私は思うのだ。
「負ければ滅ぼされる」となれば、みな、自らの身を守るために、必死になって抵抗するだろう。
結果として、戦いは激しいものに、なるざるをえない。
でも、負けても公職追放程度で済むのなら、悔しさに血の涙を流しながら、手を引いてくれるのではないだろうか。
血涙は流血には含めない。
「敵を包囲した場合も、退路を残して置くのが定石でしょう? あれと同じよ」
あの宰相でも許されたのだ。
今後、なにかしらの対立があっても、深刻な対立に発展することは、少なくできるのではないか。
そう、私は、期待しているのである。
また、現実的な問題として、私の残りの寿命は、宰相殿よりも間違いなく長い。
加えて、共同統治者までいる。
私に、彼を許すだけの余裕があるのは事実だった。
宰相との話は、これで終わりであった。
宰相は、ね。
アリシア様は、お甘い。
コンラートがこう評した理由を、女王アリシアはすぐに実感することになる。
宰相は、敗北を認め、静かに宮廷を去っていった。
自宅に蟄居し、静かに余生を過ごすことにしたらしい。
彼はなんだかんだ言って、状況が見えている人間であった。
しかし身の程知らずの小物たちは、そうではなかったのだ。
ぬるま湯に浸かりきって、すっかり危険に対する感覚が鈍くなった宮廷貴族達は、状況判断力も大きく減退させていた。
宰相の手下達は、彼にいろいろな部分で劣るからこそ、手下であった。
要は、生き残りの能力に欠ける人間ばかりだったのである。
宰相シーモア公は、我がランズデール家にとって、決して相容れることのない政敵であった。
その宰相が許されたと知って、彼を除く宮廷貴族達が「新女王のアリシアは、弱腰だ」と勘違いした。
おいおい、弱腰なわけ無いだろう? だって私の後ろ盾に帝国がいて、私個人も、馬鹿みたいに強力な武力の裏付けがあるのだから。
彼ら宮廷貴族が、アリシア女王を支える姿勢を見せてくれたのなら、私も考えるところがあった。
だが、彼らは自分の存在価値を示すために、私の邪魔を始めたのである。
いわゆる宮廷闘争というやつだ。
俺達の要求を聞かないなら、仕事をしてやらないぞ。
それが彼らのやり口であった。
私は、宮廷貴族達に、これまでの宮廷内のお仕事について、報告をまとめて提出するように申し渡した。
彼らは、私の要求に応える前に、自分たちの地位の保障を求めたのである。
いや、仕事できるかどうかわからないのに、地位なんて保障するわけ無いでしょ? 常識で考えなさいよ。
「馬鹿なんでしょうか」
「馬鹿ですね」
「馬鹿でしたからね」
この発言は、最初から順にエリス、クラリッサ、メアリの順だ。
馬鹿の三連弾、全会一致の無能判定だ。
粛清決定である。
特にお仕事に関しては妥協しないクラリッサは、夏だと言うのに底冷えするような怒気を放っていた。
書類系はさっぱりなステイシーは、相変わらずにこにこしていた。
最近私は、ぶれない彼女に、安心感を覚えている。
そもそも私は、王国の統治について、宮廷貴族の助力を必要としていなかった。
地方は、中央の官僚なんていなくても、何の問題もない。
そして王都でも、周辺地域と、新市街は、私達の施政が行き届いている。
宮廷貴族の皆さんは、一体王都で何やってんの?って状態だったのだ。
ちなみにだが、彼らは何もしてなかった。
宮廷費95%は、伊達じゃない。
連中は、税金の上前はねるぐらいしか、仕事をしていなかったのだ。
まじで単なる穀潰しであった。
私は、古い王国やり方に残せるものがあるんじゃないかと、考えていた。
だから、旧来の貴族たちにも、意見具申の機会を与えようと思ったのだ。
甘かった。
そう言わざるをえない。
見事に、私の差し出した手は、打ち払われてしまったのである。
正直、ちょっとカチンと来た。
この温厚なアリシアちゃんを怒らせるとか、相当だ。
そっちがその気なら、受けて立とうじゃないか。
私は、執務室の椅子に深く腰掛けながら、対抗措置の発動を、厳かに命じた。
「コンラートに通達。あれを投入するわ」
「了解いたしました」
私は切り札を切った。
我が秘密兵器、女王アリシア派の最右翼、アデルお嬢様の投入である。
アデル・バールモンド辺境伯令嬢、またの名を、猟犬アデル。
私は、彼女の牙をもって、政敵を一掃することに決めた。
私のお友達の女の子は、犬系の二つ名持ちばっかりだ。
狂犬とか猟犬とか番犬とか、一体、なぜなのだろうか。
アデルは、私のことが大好きだ。
アデルは、権力と、武力と、やる気を持っている。
そしてなにより、アデルは、我慢をしない。
自分のハートに、とことん素直なのだ。
胸に乙女の鉄心臓、綺麗なドレスを身にまとい、破城槌を振り回す。
それが、私達のヒロイン、アデルちゃんなのである。
「というわけで、コンラートの持っている情報を、アデルに流してもらいたいの。旧来の宮廷貴族は、全て排除する方向で進めるわ」
「了解です!」
私の命を受けたコンラートは、執務室を後にした。
内心のうきうき振りを反映して、彼の足取りは、羽のように軽かった。
奴の性格も大概、物騒だ。
メアリといい、コンラートといい、どうしてああいう部下が育つのだろう。
私やジークは、温厚な性格なのに。
そしてコンラートから情報提供を受けた、アデルと愉快な仲間たちが動き出す。
「やっちゃえ、アデルちゃん!」
私の期待にばっちり応え、アデルちゃんは殺ってくれた。
彼女は、とある宮廷貴族に対し、過去のアリシアに対する不敬発言を理由に、私闘をふっかけたのである。
私闘は、貴族の権利である。
投げ捨てる、白手袋一枚は、必要経費と割り切ろう。
もちろん、王都の中で私兵を動かすには、国王の許可が必要だ。
しかし、アデルは連合軍の重鎮である。
私は彼女に自由裁量権を与えている。
アデルはその気になれば、いくらでも王都で武力を振るえるのだ。
もう一度言うが、アリシアの政権は、軍事政権だ。
アデルは、私たちの「力こそ正義」という鉄則を、実にわかりやすく示してくれた。
私に反抗的な貴族家を、見事に叩き潰してくれたのである。
古い宮廷貴族なんて、汚職の常習犯ばかりだ。
切れ者のアデルは、がっつり殴り飛ばして力の差を見せつけてから、大義名分を用意したうえで断罪に踏み切った。
彼らの邸宅を直接襲撃したうえで、収賄と横領と背任の三連コンボをもって、宮廷貴族の逃げ道をふさいだのだ。
罪状が足りないなら、私が法務に手を回して、アデルを援護するつもりだったのだが、完全に要らぬお世話であった。
横っ面を張り飛ばされて、宮廷貴族たちは、ようやく状況を認識する。
彼らは、泡を食って私に助けを求めてきた。
王家の庇護がない法服貴族なんて、領主貴族相手に対抗できるわけがない。
まぁ、当然の流れだね。
でも遅いよ。
トゥ スロウリィだ。
君ら、速さが致命的に足りないよ。
私は、忠誠義務違反を理由に、彼らとの面会をお断りした。
だって、お前ら、仕事してくれないじゃん。
女王のために働く気がないのに、助けてもらおうとか、調子よすぎるんじゃありませんこと?
私は、社交にもほとんど顔を出していないので、女性経由の伝手もない。
国王から見捨てられた宮廷貴族達は、完全に行き場を失った。
彼らは、ここへきて、ようやく状況を悟ったらしい。
なんでも言うことを聞きますと、言ってきたのであるが、流石にここま阿呆では、仕事をさせるわけにはいかぬ。
私は、最終的に、彼ら全員を帝国の辺境へ追っ払うことで決着させた。
要は流刑である。
これにより大量の貴族籍と、王都旧市街の一等地が空き地になり、死蔵されていた財産を王家は接収することに成功した。
埋蔵金をゲットである。
私は、彼らが貢いでくれた私財を、ありがたく、今回の内戦の戦費支払いに充てさせてもらうことにした。
結構な額の臨時収入があり、私は喜びのガッツポーズを決めたのだった。
「やったぜ」
「山賊みたいですわね」
喜色満面の私の姿を、メアリが的確に表現してくれた。
そうだね。
でも、私たちは、山賊かもしれないけれど、良い山賊なのだ。
だから支持率が高いのである。
アデルちゃんにも用心棒代を支払った。
ついでに父ラベルの好物も教えてあげたので、アタックするときに有効活用してくれるだろう。
「ありがとう、アリシア! やってよかったわ!」
そうだとも。
殺って良かったってことが、この世にはあったりするのだ。
私たちが、旧弊を打破している間に、もう一つの動きがあった。
かの宰相殿、シーモア公が死んだのだ。
彼は殺された。
犯人は、彼の嫡男、レナードであった。
元宰相は、隠棲した。
彼と彼の一族の身命について、私たちは保証していたのであるが、公的な地位についてはその殆どを返上させていた。
位人身を極めていた宰相の一族は、半ば強制的に公職を退くことになったのである。
シーモア公は、自らに課せられた役割を、きちんと果たした。
一族を守るため、すべての官職を退かせるとともに、アリシア女王に対する忠誠を、彼らの命と名誉にかけて宣言させたのだ。
彼は自分の立場をわかっていたし、それを態度で示してくれた。
ひたすらに、恭順の姿勢を、崩さなかったのだ。
ならば、こちらとしてもそれにこたえる義務がある。
私は彼に、十分な額の年金を支給するとともに、当初の密約が遵守されるよう、彼が住まう邸宅にも十分な警備を施した。
領主諸侯の中には、この対応をぬるすぎるとして、不満をいうものも当然いた。
私は、戦後の報奨を積み増すことで、矛を収めてもらったのだ。
宰相の専横で、一番の被害を被ったのは、父と私が率いるランズデール家であった。
その私達がが許すことにした以上、諸侯たちも従わざるを得なかったというのも大きかった。
どんぶり勘定のように見えるかもしれないが、これでも、バランスを取るのに、苦労しているのだ。
とはいえ、いざとなったらジークに泣きつける私は、一般的な王様達に比べれば、大分気楽な立場であった。
私が率いる領主諸侯達は、これでなんとか収まった。
だが、シーモア公の側では、彼のやりように納得しなかった人間がいたのである。
それが、彼の嫡男レナードだ。
私が王太子を殴打した事件の場で、アリシアの冤罪を並べたてた男である。
なんか、謎のノートまで持っていた人間だ。
底意地が悪そうな男だったなぁ、と私は記憶している。
彼も父に従って、自らの地位を返上した。
だが、温室育ちのレナードは、父親ほど現実的な視点を持っていなかった。
すぐに再任官できるものと思い込んでいたのである。
当たり前だが、私にそんな気はない。
官僚に命じて、他にも上がってきた宮廷貴族の任官希望と合わせ、全部まとめて突っぱねさせた。
しかし、レナードはしつこかった。
なんども横柄な態度で絡んでくるこの男に、担当の人間が辟易していたので、ならばと私は、彼を含む既得権益持ち達に試験を課したのだ。
帝国謹製の国家公務員試験第Ⅲ種、下級官吏登用試験である。
そして、レナードは、私の予想通り、試験に落ちた。
そりゃそうだね。
でもそれ、一番下っ端の人向けの試験だからね。
レナードは激怒した。
「なぜ、この私が、試験など受けなければならないのですか。それに問題が帝国語なのも納得いきませんね」
「基礎教養の試験ぐらい、突破してから言ってください。王国には帝国の制度を導入するのに、帝国語を使えない人間を、雇うわけないじゃないですか。あと別に納得していただく必要もありません。とっとお引き取りください」
試験官は呆れた様子も隠さずに、レナードを追っ払った。
レナード、屈辱の一次試験落ちである。
ちなみに試験は三次まであって、その後に面接が控えている。
棒にもハシにもかからないとは、このことだろう。
ところでハシってなんなのだろう?
合格を云々するより先に、まずは平均を超えられるように勉強してくださいね。
試験官に鼻で笑われて、レナードは、屈辱感で震えた。
レナードは、宰相家の嫡男として、常に敬意を払われる立場にあった。
王太子の側近でもあり、彼に意見できる人間など、数えるほどしかいなかったのだ。
そんな、レナードは、誰かから評価される立場になったことなどない。
ましてや、自分よりも身分が低い人間に、能力の不足を指摘されるなど、彼の人生からすれば、ありえないことであった。
肥大化した自尊心を傷つけられて、レナードは逆上した。
そして、一線を超えて不注意な発言を繰り返したのである。
「この私の能力がわからないとは、女王の目は節穴ではないのか」
「物を知らぬ平民共に、王国は食い荒らされてしまうぞ」
「アリシアも無能なら、その部下も馬鹿ばかりだ」
「とか言っていたそうですよ」
壁に耳あり、障子にメアリ。
いろんなところに情報源を持つコンラートに、迂闊なレナードの発言はすぐにばれた。
人の耳がある場所で、主君を無能呼ばわりする人間は、ちょっと公職にはつけられない。
不注意なレナードは、舌禍を理由に王城を出禁になり、公職への復帰も絶望的になった。
彼は鬱屈した。
プライドを保つため、過去の栄光にすがり、自己正当化を繰り返したレナードは、徐々に精神を病んでいった。
そして、自分こそが正義であり、アリシアの治世が不当なものであると、思い込んだのだ。
妄想癖こじらせちゃってるところは、王太子にちょっと近いかもしれぬ。
シーモア公は、これを危ぶんだ。
レナードはアリシアに対して、学生時代から横柄な態度を取っていたのだが、女王になったアリシアは、これを不問として許している。
しかし、このバカ息子は、その厚意を踏みにじったばかりか、更に失言を繰り返したのだ。
甘やかしてきた、つけではあった。
だが、シーモア公にとっては大事な嫡男だったのだ。
彼は、一般的な常識に従ってレナードを諫めた。
自らの身分を弁えろ。
陛下に不敬を働いてはいかん。
態度をあらためないようであれば、廃嫡する。
彼が、息子に言い聞かせたことは、いたってまっとうだった。
しかし既に精神の均衡を崩していたレナードは、自分を肯定しない父親に激高した。
そして、彼は、父を殺めてしまったのだ。
衝動的なものだったのかもしれない。
レナードは、懐に忍ばせていた短剣で、実の父をめった刺しにしたのだという。
シーモア公は、息子の突然の豹変に、ろくな抵抗もできなかったようだ。
家人が彼を見つけたとき、シーモア公はすでに冷たくなっていた。
その後、武装したまま王城に侵入を試みたレナードは、警備の兵に取り押さえられる。
そして、彼の凶行も明らかになった。
父親殺しのレナードは、取り調べの最中に、女王に対しての殺意も口走ったため、父殺しに大逆罪が上乗せされて、斬首された。
私は、連座制を撤廃していたため、家族はそのまま残された。
ただ、シーモア公の家督を継承できる男子は、レナードだけであった。
宰相には、ほかに三人の娘がいたが、全員が既に嫁いでいた。
彼らは流刑になることが決まっている。
血縁を辿ってみた所、公を大叔父とする少女がいたのであるが、「権力争いに巻き込みたくない」という親族の意向で、家督の継承は見送られた。
結局、シーモア公の爵位は凍結されて、財産は王家の管理下におかれることになる。
私は、この報告を執務室で受けた。
「スッキリしましたわね」
メアリが清々しい表情を浮かべて、断言する。
彼女は、戦後処理は全て終わったと考えているのだろう。
しかしまだだ。
私は、重々しく首を横に振った。
「いいえ。身内に一人、対処すべき人間が残っているわ」
メアリが、緊張を漲らせる。
戦争に勝利したとしても、戦後、味方の陣営に粛清の嵐が吹くことも珍しくない。
おそらく彼女は、最悪の想像をしたのだろう。
それは違う。
でも、ある意味、彼女にとってはそれ以上に辛いことかもしれないけれど。
メアリはごくりと唾を飲んだ。
「それは、一体……」
私はメアリに向き直り、そして高らかに宣言した。
「それは、あなたよ、メアリ! 今から、お部屋の立入検査を実施します!」
メアリが驚愕する。
それから、全てを悟ったように絶望の表情を浮かべた。
語るに落ちたとはこのことね。
私は、メアリの裏切りを悟った。
「やましいことがあるようね、メアリ。残念だわ……」
「アリシア様、お待ち下さい。私は、断じて、そのような……」
この狼狽えぶり、自ら悪事を自白したようなものである。
私は胸は、悲しみと怒りに支配された。
私に縋り付くメアリを、力づくで引きずりながら、私は部下を引き連れて彼女の私室へと向かった。
蹴破るようにして、部屋の中に突入する。
秘密を暴かれたメアリが、悲痛な叫びをあげて、その場に泣き崩れた。
そこは王城の一室だった。
引っ越してきたばかりのお部屋である。
床には、メアリの私物を詰め込んだ、たくさんの木箱が積まれていた。
引っ越し品の数々だ。
木箱から覗く大量の瓶。
瓶、瓶、樽、瓶……。
え、樽!?
樽までは、流石に想定外だったよ、メアリ!
そう、今回、検挙の対象となったのは、メアリの心の友、酒である。
私は、ざっと部屋を見渡した。
軽く、百本はあるんじゃないか。
小さな池が作れそうな量を、メアリは自室に溜め込んでいた。
当然持っているだけではない。
毎夜、好きなだけ、お酒を掻っ食らっていると、放った密偵から報告も受けている。
動かぬ証拠を押さえられたメアリは、高速で目を遊泳させていた。
何処見てんだ、ああん? 私は、チンピラもかくやという三白眼で、彼女を睨みつけた。
「これは何かしら、メアリ? 」
「お薬ですわ。呑むと体が暖まるんですのよ。ほら、私、冷え性で……」
ほほう、君が、病気だとは知らなかったよ。
あと夏場に冷え性とか、相当だね、メアリ。
なら、治療を手伝ってあげないと。
私は、睨む瞳に力をこめる。
メアリは「うっ」と小さく、呻きをあげた。
「メアリ、私から、甘いおかしを取り上げる時に、貴女がなんて言ったか覚えてる? 」
「……いいえ」
「貴女は、『豚になりますよ』と言ったのよ。でも、今の私なら言える。脂肪肝になるわよ、メアリ!」
「大丈夫です! ちゃんと弁えますから!」
「これが、弁えてる分量なわけないでしょう、メアリ! 全部没収です!」
「そんな! 許して下さいませ、アリシア様!」
縋り付くメアリを、わたしは片足上げてけっとばした。
「ひーん!」
ころんと転がりながら、我が親友メアリが、情けない声をあげる。
お母さんの威厳はストップ安だ。
知った事か!
私とメアリは、古くからの戦友だ。
長く続いた戦争を、二人で支え合って戦い抜いた。
戦いは、辛く苦しく激しかった。
もちろん、油断なんてできるはずもない。
いつもギリギリの戦況を、私たちは生き抜いてきたのだ。
当然、そこには嗜好品が入る余地なんて無かった。
メアリは、大好きなお酒をずっと我慢していたのである。
だが、状況が変わった。
私たちは帝国と同盟し、二人は、その庇護下に入った。
私たちにも、人生を楽しむ余裕ができたのだ。
そして私は、女の子っぽい趣味にいそしみ、一方のメアリは酒に走った。
帝国産の美味しいお酒は、そんなメアリを優しく受け入れてくれた。
ワインも美味しい。
ウィスキーもいいなぁ。
帝国の麦酒は最高だわ。
メアリは、美酒の虜になり、どんどんと深みにはまっていく。
私アリシアが、甘いお砂糖に溺れたように、メアリは幸せなアルコールに、溺れていったのである。
私は、メアリの精神を信頼していた。
けれど、メアリのパートナーであるコンラートから、泣くような報告があったのだ。
「彼女、一日に二本ぐらいのペースで空けてるんです。俺、心配で、心配で。アリシア様からも止めてもらえませんか」
メアリは、しっかりもの。
彼がもたらした情報は、そんな私の信頼を裏切るものであった。
最初、私は、この話を信じることができなかった。
だって、あれだけ厳しく私を管理してきたメアリが、自堕落な酒飲みになんて、なるわけないじゃないか。
故に、私は、内偵としてクラリッサとエリスを放った。
彼女らが、メアリの潔白を証明してくれると信じて。
結果は、真っ黒であった。
「メアリ、めっちゃ飲んでましたよ」
「アリシア様には内緒にしてねって、言ってました」
私は、吼えた。
メアリの裏切りに。
しかも二人の報告を聞く限り、イケナイ生活してる自覚もあるじゃないか。
こんなこと許される訳がない。
綱紀は正さねばならぬ。
筆頭側仕えをアル中になんて、させるわけにはいかないのだ。
断じて駄目なのである。
私は心を鬼にする事に決めた。
「こんな悲しいことになるなんて、私は本当に残念だわ。正に断腸の思いよ」
「でも、報告聞いたとき、アリシア様めっちゃ笑ってましたよね。私が報告したときとか、『よしきたぁ!』って叫んでたじゃないですか」
いやいや、そんなことないよ。
おかしを隠された逆恨みなんて、これっぽっちもないからね。
現場を押さえた私は、メアリに禁酒を言い渡した。
私は、満面の笑みだ。
「お部屋のお酒は全部没収。監視のため、しばらくコンラートを見張りにつけます!」
「いやぁぁぁぁあ!」
メアリが、身も世もない叫びをあげる。
それから、ヘタリと力なく座り込んだ。
構うものか。
わたしは、手下に命じ、メアリの抱え込んだ命の水を、どんどん外へと運び出した。
戦争も終わったのだから、生活習慣も正してもらいます。
アルコールのとりすぎは、体に良くないからね。
観念したメアリは、がっくりと頭をたれた。
そんな彼女を、とてもいい笑顔のコンラートが、接触過剰気味に慰めていた。
以上をもって、私アリシアは、戦後の後片付けを完了した。
やっぱり身の回りを綺麗にしてからのほうが、いいスタートは切れると、私は思うのである。
アリシア「γ-GTP50以下にしてから出直してこい」