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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
女王アリシア
83/116

幻の決戦案とわたし

私たちは、ジョン一党が干物になるまで、高みの見物を決め込むつもりであった。

しかし、この予定が崩れる。


一応お断りしておくと、エドワード渾身の精神攻撃により、私アリシアが恐慌状態に陥ったこととは、別件である。

あれは凄まじい破壊力であったが、大勢には影響していない。


私はぶっ倒れそうになったけどね!

問題が発生したのは東部であった。


東部に潜伏させていた諜報員から、急報があったのだ。


「協商が動いているそうだ」


「それは、軍事行動を伴う動きなのかしら」


「そのようだ」


ほう、と、感嘆するような、声が上がった、会議室には、私をはじめ、諸侯の皆さんの姿もある。

皆、外敵の動きがあったというのに、動じる気配はない。

私も同じだが、大変に肝が座っていた。


「我々は、これに、対処しなければならない」


ジークは、指先で、報告書の表紙をはじきながら言った。

話す内容とは裏腹に、切迫感は感じない。

彼はやる気だ。

そんなジークに応えるように、ランズデール公、ウェルズリー候、バールモンド辺境伯のおっさん三人衆が、楽しげに口元を歪めた。

多分、戦争をしたいのだろう。


やだもう、この人達、相変わらず、超好戦的。


平和主義者の私は、内心で肩をすくめた。



協商国。


王国の東側に位置する隣国だ。

仲は、良くも悪くもない。

没交渉の隣人のような存在である。


かの国は、さほど大きくはない。

国土も国力も、王国の半分程度の国である。

都市国家の連合体である彼らは、さほど対外戦争にも、積極的ではなかったはずだ。

防衛戦では、根性を出すのだが、自分の故郷が関わらない戦いでは、すぐに撤退してしまう。


しかし、今、王国は、内乱の真っ最中。

私たちに、隙があるように見えるのは確かだし、彼らが、ちょっかいをかけてくるのも、わからなくはなかった。


漁夫の利狙いというやつだ。


「我々が、王都に、かかりきりと見ての動きなのでしょう。ですが、正直に申し上げるなら、なめられているようにしか思えませんな。我々とて、伊達に十年も戦争をしてきたわけではない。戦場の恐怖を、たっぷり教えて込んでやりましょう」


「農繁期だろうが、二正面だろうが、我らは、協商ごときに、遅れを取るものではない。来るなら叩き潰すまでだ」


ウェルズリー候とバールモンド辺境伯、好戦的な諸侯、お二方のご意見である。


ジークは満足げに頷いた。

帝国は拡大主義を掲げている。

王国を併呑したら、次の目標は協商だ。

王国の武闘派達に、やる気があるのは、悪い話ではないのだろう。


「おそらく、協商の動きは、東部諸侯の手引きによるものだ。アリシアの登極後、東部の連中は領地を失うことになる。協商に取り入って、王国から鞍替えするつもりなのだろう」


「となると、協商の目標は、王国東部への進駐ということになるのかしら」


「そうなる」


面倒くさいなぁ。


たしかに私達は、東部諸侯の領地を取り上げるつもりで、準備を始めている。

だが、対価はきちんと払うつもりなのだ。

彼らには、十分な保障があるはずだった。


だが、戦争を仕掛けられたら、平和的な手段はとれなくなってしまう。


アリシアに対抗したい、東部諸侯の思惑と、安全に勢力を拡大したい協商国の野望が合致した結果、東のほうが騒がしくなりつつある。


現状を一言でまとめるなら、そういうことであった。


「慌てる必要はない。だが、こちらとしても、ジョンを早期に下す必要が出てきたということだ」


ジークがこう総括して、その時の会議は終了となった。



そんな状況の中、王国の騎士団長から、一つの提案がなされた。


私たちは、それを聞いた時、目が点になった。

それほどに、酷い話であったからだ。


ジークが、王国の使者からの提案を、確認するように繰り返す。


「双方、一万ずつ兵を出し合って、正々堂々と雌雄を決する、だと」


「左様。互いに譲れぬものがある以上、武によってその正義を問うより他、ありますまい」


使者と思しきこの男は、もったいぶって首肯すると、だらしない腹を突き出してふんぞり返った。

彼を囲む視線は、多少の温度差こそあれ、みな冷ややかだ。


それはそうだろう。


「貴様は、譲れぬものなどと言うが、こちらが要求しているのは、失政も甚だしい王族の廃位と、戦争犯罪者共の処断だけだ。そのためにお前たちは、一万もの兵を犠牲に捧げるというのか?」


「そもそも、兵の命とは、高貴なる血に捧げるためにこそ、あるものでしょう」


この使者は、さも当然のことであるかのように、言い切った。


おそらく、彼も貴族の出なのであろう。

厚顔無恥な言葉を口にしながら、男は、平然と私達に向かい合っている。


私には、この使者に勇気があるというよりも、ただ鈍感なだけであるように、思われた。

多少なりとも、恥を知る人間であれば、このような提案、できようはずがないからだ。


ジークの目に、隠しきれない侮蔑の色が浮かぶ。


「貴様のような人間と、同じ旗を仰ぐ羽目にならなかったことを、天に感謝すべきであろうな。戻って伝えろ。受けて立ってやる。今度こそ約定を違えるなよ」


そう言い捨てから、使者の男を退出させた。


協商の動きが無ければ、このような提案一蹴しただろう。

だが、私たちにも、決着を急ぐ理由ができてしまった。


ジークは、この決闘まがいの決戦を了承する。


こうして、私達のお膳立てされた舞台の上での決戦が、決まったのである。



王国軍との決戦について、詳細を詰める過程で、「王宮の守備も必要だから、やっぱり決戦は七千人で」とか、「俺たちに騎兵が居ないから、騎馬を寄越せ」とか、王国側からよくわからない要求が沢山飛んできた。


参加人員を一万から七千に減らす点については、了承の返事を返した。

だが、その他は、全て無視だ。


連中は、そのことについて不満を言っていたのだが、


「文句があるのなら、今から攻めかかっても良いのだぞ? 」


とジークが脅せば、一発で沈黙した。


想像力に乏しい連中も、これだけ言われれば、自分たちの状況がわかったらしい。

私たちは、七日後の決戦を約して、交渉を終えた。


そしてまた、諸侯を集めた会議が始まる。

議題は当然、決戦時の作戦だ。


「まず基本となる作戦案だが、どうする? 」


「一番単純なのは、ランズデール騎兵隊七千の力押しですわね」


ランズデール騎兵隊の全軍突撃で、敵の騎士団長の首を取る。

作戦終了。

とても単純な作戦だ。


指揮官は当然、アリシア・ランズデールだ。

帝国軍相手に首刈り戦術を仕掛けることを思えば、ずっと簡単なお仕事である。

テンミニッツあればイナフだ。


ジークは一つ頷いた。


「では、この作戦を軸に、より楽に勝つ方法を考えようか」


そして、領主諸侯の皆さんや、帝国軍を交えて、作戦案が話し合われた。


私は、そこそこやる気であった。

他の皆は、ものすごくやる気であった。


私の温度を、淹れたての紅茶ぐらいとするなら、周りの皆は、真っ赤になるまで熱せられた鋼鉄のようであった。

温度差が激しい。


私の内心とは関係なく、議論は進む。


「損害を減らすのであれば、槍兵で固く守って、弓兵主体で戦うべきだろう 」


「中央の部隊も、弓騎兵主体にしてはどうだ? 」


「我々の出番も、残しておいて頂きたい! 」


席上で、ジークを含めたおっさん達が、暑い議論を繰り広げる。


皆、血の気が多いなぁ。


私は、もっぱら聞き役だ。

ジークと父がいれば、変な作戦にはならないだろうし、私は休憩することにした。


「……決まったら教えて下さいませ」


私はメアリに冷茶を淹れてもらい、優雅な読書タイムを決め込んだ。

議論は、一刻にもわたって続けられたようだ。


私は、その間に新作の小説を二冊ほど完読した。

涙あり、笑いありの素敵な冒険譚であった。


私が感動の結末に、ちょっとうるうるしていると、ようやく話し合いも終了した。


そして、最終的な作戦案が、お披露目となる。


布陣は、左翼に領主諸侯軍三千、右翼に帝国軍三千、中央にランズデール騎兵隊一千だ。


左右両翼は、前列に槍隊を起き、残り全部弓兵である。

ランズデール騎兵隊も弓騎兵だ。


実に兵力の八割強が弓装備。


飛び道具が嫌いな王国の騎士団長が見たら、発狂しそうな布陣であった。

絶対嫌がらせ目的も入ってる。

私は弓が苦手なので、ジークの隣で観戦役に回された。

ランズデール騎兵隊は、父が指揮することになる。


酷い戦いになりそうだなぁ。

私は、ちょっと心が痛んだ。


だって、戦いにすら無さそうなのだ。


作戦は、やっぱり単純だ。

戦闘開始後、両翼は固く守りながら矢を放つ。

中央のランズデール騎兵隊は、後退しながら射撃する。

敵は後退する中央の部隊を追いかけて、前進してくるだろう。

私たちの、左翼と右翼の間に敵を引きずり込む形になる。


そうやって誘い出した相手を、両側から挟撃して終了である。


「騎馬突撃の原型すら残ってませんね」


「だが確実だろう」


中央のランズデール騎兵隊が用いるのは、引き撃ち戦術だ。

この戦術で有名なのは、某遊牧騎馬民族が築いた大帝国だろう。

飛び道具を持たず、足が遅い敵が相手なら、絶対に負けることがない戦い方だ。

大陸の西から東までを制覇した、無敵の戦術である。

王国軍は、飛び道具を持たず、足が遅い。


つまり王国軍は死ぬ。


一方の槍兵と弓兵を使った戦術は、イングランド式と呼ばれる戦術だ。

某騎士道の国の大軍を、半分の兵力でコテンパンにやっつけた戦い方である。


やっぱり王国軍は死ぬ。


つまり、このまま戦えば、王国軍は二度死ぬことになる。


「敵にまともな練度の騎兵が居たら、中央突破されて負けるんだがな」


「王国軍、騎兵居ないですからね」


詳しいことは面倒だから省くが、騎士に徒歩の従士がくっついて歩くのが、王国軍の戦い方だ。

だから、足の早い騎兵部隊というのが居ない。


彼らには弓隊もいない。


ないないづくしだ。

これでどうやって戦えというのだろう。


私でも活路が見いだせない。


「では、この作戦案でいこう」


「了解」


私は今回の決戦は、見学のようだ。

それでもいいかな。


私は、了承の返事をしてから、席を立つ。

荒事は男たちに任せておいても問題無さそうであるし、私は戦争後のお仕事を進めておくよ。


連合軍は、戦いに備えて準備を始めた。

約束された勝利のために。

だが、この決闘じみたスポーツ戦争は、結局戦われること無く終戦となる。


原因は、おっさんたちのいたずらだ。


ランズデール公ラベル、ウェルズリー候カズンズ、バールモンド辺境伯ガーランド。

この三人は、本当に酷い連中であった。


協商国「お手柔らかにおねがいします」

アリシア「……ごめんね」

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