幻の決戦案とわたし
私たちは、ジョン一党が干物になるまで、高みの見物を決め込むつもりであった。
しかし、この予定が崩れる。
一応お断りしておくと、エドワード渾身の精神攻撃により、私アリシアが恐慌状態に陥ったこととは、別件である。
あれは凄まじい破壊力であったが、大勢には影響していない。
私はぶっ倒れそうになったけどね!
問題が発生したのは東部であった。
東部に潜伏させていた諜報員から、急報があったのだ。
「協商が動いているそうだ」
「それは、軍事行動を伴う動きなのかしら」
「そのようだ」
ほう、と、感嘆するような、声が上がった、会議室には、私をはじめ、諸侯の皆さんの姿もある。
皆、外敵の動きがあったというのに、動じる気配はない。
私も同じだが、大変に肝が座っていた。
「我々は、これに、対処しなければならない」
ジークは、指先で、報告書の表紙をはじきながら言った。
話す内容とは裏腹に、切迫感は感じない。
彼はやる気だ。
そんなジークに応えるように、ランズデール公、ウェルズリー候、バールモンド辺境伯のおっさん三人衆が、楽しげに口元を歪めた。
多分、戦争をしたいのだろう。
やだもう、この人達、相変わらず、超好戦的。
平和主義者の私は、内心で肩をすくめた。
協商国。
王国の東側に位置する隣国だ。
仲は、良くも悪くもない。
没交渉の隣人のような存在である。
かの国は、さほど大きくはない。
国土も国力も、王国の半分程度の国である。
都市国家の連合体である彼らは、さほど対外戦争にも、積極的ではなかったはずだ。
防衛戦では、根性を出すのだが、自分の故郷が関わらない戦いでは、すぐに撤退してしまう。
しかし、今、王国は、内乱の真っ最中。
私たちに、隙があるように見えるのは確かだし、彼らが、ちょっかいをかけてくるのも、わからなくはなかった。
漁夫の利狙いというやつだ。
「我々が、王都に、かかりきりと見ての動きなのでしょう。ですが、正直に申し上げるなら、なめられているようにしか思えませんな。我々とて、伊達に十年も戦争をしてきたわけではない。戦場の恐怖を、たっぷり教えて込んでやりましょう」
「農繁期だろうが、二正面だろうが、我らは、協商ごときに、遅れを取るものではない。来るなら叩き潰すまでだ」
ウェルズリー候とバールモンド辺境伯、好戦的な諸侯、お二方のご意見である。
ジークは満足げに頷いた。
帝国は拡大主義を掲げている。
王国を併呑したら、次の目標は協商だ。
王国の武闘派達に、やる気があるのは、悪い話ではないのだろう。
「おそらく、協商の動きは、東部諸侯の手引きによるものだ。アリシアの登極後、東部の連中は領地を失うことになる。協商に取り入って、王国から鞍替えするつもりなのだろう」
「となると、協商の目標は、王国東部への進駐ということになるのかしら」
「そうなる」
面倒くさいなぁ。
たしかに私達は、東部諸侯の領地を取り上げるつもりで、準備を始めている。
だが、対価はきちんと払うつもりなのだ。
彼らには、十分な保障があるはずだった。
だが、戦争を仕掛けられたら、平和的な手段はとれなくなってしまう。
アリシアに対抗したい、東部諸侯の思惑と、安全に勢力を拡大したい協商国の野望が合致した結果、東のほうが騒がしくなりつつある。
現状を一言でまとめるなら、そういうことであった。
「慌てる必要はない。だが、こちらとしても、ジョンを早期に下す必要が出てきたということだ」
ジークがこう総括して、その時の会議は終了となった。
そんな状況の中、王国の騎士団長から、一つの提案がなされた。
私たちは、それを聞いた時、目が点になった。
それほどに、酷い話であったからだ。
ジークが、王国の使者からの提案を、確認するように繰り返す。
「双方、一万ずつ兵を出し合って、正々堂々と雌雄を決する、だと」
「左様。互いに譲れぬものがある以上、武によってその正義を問うより他、ありますまい」
使者と思しきこの男は、もったいぶって首肯すると、だらしない腹を突き出してふんぞり返った。
彼を囲む視線は、多少の温度差こそあれ、みな冷ややかだ。
それはそうだろう。
「貴様は、譲れぬものなどと言うが、こちらが要求しているのは、失政も甚だしい王族の廃位と、戦争犯罪者共の処断だけだ。そのためにお前たちは、一万もの兵を犠牲に捧げるというのか?」
「そもそも、兵の命とは、高貴なる血に捧げるためにこそ、あるものでしょう」
この使者は、さも当然のことであるかのように、言い切った。
おそらく、彼も貴族の出なのであろう。
厚顔無恥な言葉を口にしながら、男は、平然と私達に向かい合っている。
私には、この使者に勇気があるというよりも、ただ鈍感なだけであるように、思われた。
多少なりとも、恥を知る人間であれば、このような提案、できようはずがないからだ。
ジークの目に、隠しきれない侮蔑の色が浮かぶ。
「貴様のような人間と、同じ旗を仰ぐ羽目にならなかったことを、天に感謝すべきであろうな。戻って伝えろ。受けて立ってやる。今度こそ約定を違えるなよ」
そう言い捨てから、使者の男を退出させた。
協商の動きが無ければ、このような提案一蹴しただろう。
だが、私たちにも、決着を急ぐ理由ができてしまった。
ジークは、この決闘まがいの決戦を了承する。
こうして、私達のお膳立てされた舞台の上での決戦が、決まったのである。
王国軍との決戦について、詳細を詰める過程で、「王宮の守備も必要だから、やっぱり決戦は七千人で」とか、「俺たちに騎兵が居ないから、騎馬を寄越せ」とか、王国側からよくわからない要求が沢山飛んできた。
参加人員を一万から七千に減らす点については、了承の返事を返した。
だが、その他は、全て無視だ。
連中は、そのことについて不満を言っていたのだが、
「文句があるのなら、今から攻めかかっても良いのだぞ? 」
とジークが脅せば、一発で沈黙した。
想像力に乏しい連中も、これだけ言われれば、自分たちの状況がわかったらしい。
私たちは、七日後の決戦を約して、交渉を終えた。
そしてまた、諸侯を集めた会議が始まる。
議題は当然、決戦時の作戦だ。
「まず基本となる作戦案だが、どうする? 」
「一番単純なのは、ランズデール騎兵隊七千の力押しですわね」
ランズデール騎兵隊の全軍突撃で、敵の騎士団長の首を取る。
作戦終了。
とても単純な作戦だ。
指揮官は当然、アリシア・ランズデールだ。
帝国軍相手に首刈り戦術を仕掛けることを思えば、ずっと簡単なお仕事である。
テンミニッツあればイナフだ。
ジークは一つ頷いた。
「では、この作戦を軸に、より楽に勝つ方法を考えようか」
そして、領主諸侯の皆さんや、帝国軍を交えて、作戦案が話し合われた。
私は、そこそこやる気であった。
他の皆は、ものすごくやる気であった。
私の温度を、淹れたての紅茶ぐらいとするなら、周りの皆は、真っ赤になるまで熱せられた鋼鉄のようであった。
温度差が激しい。
私の内心とは関係なく、議論は進む。
「損害を減らすのであれば、槍兵で固く守って、弓兵主体で戦うべきだろう 」
「中央の部隊も、弓騎兵主体にしてはどうだ? 」
「我々の出番も、残しておいて頂きたい! 」
席上で、ジークを含めたおっさん達が、暑い議論を繰り広げる。
皆、血の気が多いなぁ。
私は、もっぱら聞き役だ。
ジークと父がいれば、変な作戦にはならないだろうし、私は休憩することにした。
「……決まったら教えて下さいませ」
私はメアリに冷茶を淹れてもらい、優雅な読書タイムを決め込んだ。
議論は、一刻にもわたって続けられたようだ。
私は、その間に新作の小説を二冊ほど完読した。
涙あり、笑いありの素敵な冒険譚であった。
私が感動の結末に、ちょっとうるうるしていると、ようやく話し合いも終了した。
そして、最終的な作戦案が、お披露目となる。
布陣は、左翼に領主諸侯軍三千、右翼に帝国軍三千、中央にランズデール騎兵隊一千だ。
左右両翼は、前列に槍隊を起き、残り全部弓兵である。
ランズデール騎兵隊も弓騎兵だ。
実に兵力の八割強が弓装備。
飛び道具が嫌いな王国の騎士団長が見たら、発狂しそうな布陣であった。
絶対嫌がらせ目的も入ってる。
私は弓が苦手なので、ジークの隣で観戦役に回された。
ランズデール騎兵隊は、父が指揮することになる。
酷い戦いになりそうだなぁ。
私は、ちょっと心が痛んだ。
だって、戦いにすら無さそうなのだ。
作戦は、やっぱり単純だ。
戦闘開始後、両翼は固く守りながら矢を放つ。
中央のランズデール騎兵隊は、後退しながら射撃する。
敵は後退する中央の部隊を追いかけて、前進してくるだろう。
私たちの、左翼と右翼の間に敵を引きずり込む形になる。
そうやって誘い出した相手を、両側から挟撃して終了である。
「騎馬突撃の原型すら残ってませんね」
「だが確実だろう」
中央のランズデール騎兵隊が用いるのは、引き撃ち戦術だ。
この戦術で有名なのは、某遊牧騎馬民族が築いた大帝国だろう。
飛び道具を持たず、足が遅い敵が相手なら、絶対に負けることがない戦い方だ。
大陸の西から東までを制覇した、無敵の戦術である。
王国軍は、飛び道具を持たず、足が遅い。
つまり王国軍は死ぬ。
一方の槍兵と弓兵を使った戦術は、イングランド式と呼ばれる戦術だ。
某騎士道の国の大軍を、半分の兵力でコテンパンにやっつけた戦い方である。
やっぱり王国軍は死ぬ。
つまり、このまま戦えば、王国軍は二度死ぬことになる。
「敵にまともな練度の騎兵が居たら、中央突破されて負けるんだがな」
「王国軍、騎兵居ないですからね」
詳しいことは面倒だから省くが、騎士に徒歩の従士がくっついて歩くのが、王国軍の戦い方だ。
だから、足の早い騎兵部隊というのが居ない。
彼らには弓隊もいない。
ないないづくしだ。
これでどうやって戦えというのだろう。
私でも活路が見いだせない。
「では、この作戦案でいこう」
「了解」
私は今回の決戦は、見学のようだ。
それでもいいかな。
私は、了承の返事をしてから、席を立つ。
荒事は男たちに任せておいても問題無さそうであるし、私は戦争後のお仕事を進めておくよ。
連合軍は、戦いに備えて準備を始めた。
約束された勝利のために。
だが、この決闘じみたスポーツ戦争は、結局戦われること無く終戦となる。
原因は、おっさんたちのいたずらだ。
ランズデール公ラベル、ウェルズリー候カズンズ、バールモンド辺境伯ガーランド。
この三人は、本当に酷い連中であった。
協商国「お手柔らかにおねがいします」
アリシア「……ごめんね」




