お相撲とわたし
祭りの会場に戻れば、本日のメインイベントが始まっていた。
広場中央に用意された丸い闘技場、その周りに半裸の男達が並ぶ。
丸い闘技場、またの名を土俵という。
はい、相撲大会です。
ランズデールでは相撲が人気だ。
武断の気風溢れるわが領地では、格闘技が盛んである。
その中でも、とくに相撲が人気であった。
それには理由がある。
代表的な格闘技といえばなんであろうか。
例えば、拳闘、ボクシングだ。
これは、とても危ない。
身体強化が魔法のせいだ。
仮に私のパンチの直撃を受けると体に穴が開いてしまう。
エドワードのように、顔がひしゃげる程度じゃ、すまないのである。
あと、私は女の子なので、顔に傷が残ったりするのは、やっぱり怖い。
あるいは、レスリング。
こちらは見た目的にちょっと汚くなることがあるし、離れた場所からは試合の状況がわかりにくい。
やっぱり、催し物としてみると今ひとつであった。
その点、お相撲は、決着が鮮やかである。
勝敗もわかりやすい。
ゆえに興業として、とても人気があったのだ。
以前は、殴る蹴る、なんでもありの、喧嘩相撲であったのだが、負傷者が増えることを嫌った父が、ルールを改正して今の形におさまった。
とりあえず、足の裏以外の場所を地面につけるか、土俵から叩き出されたら負け。
その他、細かいルールは色々あるが、知らなくても見る分には問題ない。
特に宗教的な背景はないので、男女いずれも参加可能だ。
参加したことがある女性は、歴代でも私だけだけれど。
「興味はあるのですけれど、半裸はちょっと…」
闘争心溢れるメアリは、参加しようか迷ったことがあるみたいだ。
でも羞恥心には勝てなかったとのこと。
うん、私も、メアリは参加しては駄目だと思う。
こう、見た目的に、いろいろと問題になってしまう。
絶対盛り上がるとは思うけれど、彼女の一人の友人として、メアリの参加は、止めねばならぬと思うのである。
間諜の拷問という、気の重い仕事から戻った私を、父が手招いた。
最前列の特等席だ。
近くには、ジークもいる。
私は、父と婚約者の間に、割り込むように腰を下ろす。
いや、なんだか二人とも距離が近かったのだもの。
私は、謎の危機感を覚えたのだ。
「ご苦労だったな」
父には、既に間諜の一件についても報告済みだ。
彼は私を、言葉少なに労ってくれた。
私はこくりと頷く。
私の席からは、今日の取り組みに参加する選手たちの様子がよく見えた。
今大会は、勝ち抜き戦のトーナメント方式だ。
土俵では、ちょうど優勝候補らしい大柄な男が、相手を押し出して、勝利のガッツポーズを決めていた。
っていうかギュンターだあれ。
北方遠征で、報奨と一緒に、若い嫁さんまでゲットしてきたおっさんである。
お嫁さんのヤイアや、娘達にいいところを見せるためだろうか。
彼は、なかなかに気合が入っていた。
選手たちは、みな賑やかで楽しそうだ。
「今年は出ないのか?」
父が茶目っ気たっぷりに私をつつく。
私はジークにちらりと目をやった。
「……今年は遠慮します。やっぱり、恥ずかしいですし」
「俺としては、アリシアの土俵入りも、一度ぐらいは見てみたかったがな」
「もうもう!」
私が恥ずかしがってみせれば、ジークまで私を茶化す。
二人とも意地悪だ。
恋人ができたのだから、お相撲取りは卒業である。
以前のように半裸になって、どすこいムーブを見せるわけにはいかないのだ。
私はきっぱりお断りした。
でもそうなると、今回のトーナメントはチャンピオン不在になってしまうな。
それも止むをえないか。
自分の気持に折り合いをつけた私は、すこし寂しい気持ちで、選手たちの取り組みを見守っていた。
しかし、気持ちに折り合いをつけられなかった奴がいる。
いや、この場合、「奴」ではなく「奴ら」と言うべきか。
選手の一人が、観客席に座る私に目をとめた。
「あ、お嬢が戻られましたよ!」
「なに!?」
ギラリ。
選手たちの眼光が、客席に座る私を射すくめた。
選手だけではない。
観客席からも熱い視線が、私に降り注ぐ。
おい、ばか、やめろ。
私を、そんな目で見るんじゃない。
ランズデール人は、図々しい。
加えて楽しいことが大好きだ。
私の心の声など、当然ながら届かない。
いや、聞こえていたかもしれないが、当たり前のように無視された。
「お嬢、今年は大会に、出られないんですかい?」
「そうよ。私は卒業したのよ」
「そんな、嫁入り前に、最後の一番を取ってくださるって、約束だったじゃあありませんか!」
「言ってないわよ、なに勝手に、過去の私の発言を捏造してるのよ!」
私は叫んだ。
しかし、奴らはお構いなしだ。
だれが音頭をとったのか、突如始まるアリシアコール。
アリシアの呼び声は、たちまち会場を飲み込んだ。
アッリシア、アッリシア。
調子づいた観客が盛大に私の名前を連呼する。
私、大人気だ。
まぁ七年連続チャンピオンだからね。
ある意味、この熱狂もそれも当然であろう。
それとは別に、一部の人間は呼び方がさらに変化して、「アッリシア」が「アッシリア」になっていた。
それは古代の帝国だ。
楔形文字ぶつけるぞ、バカタレ。
「アリシアの良いところを見てみたいな」
お調子者の領民達に、私は頭を抱えていたのだが、このジークの言葉がとどめとなった。
ジークまでそんなこと言うの!?
私はショックを受けたふりで、ジークのほっぺをつねりあげる。
痛い痛いとジークは笑っていた。
彼は、たぶん私に元気が無いことを、心配してくれたのだと思う。
「いいわよ、それならお望みどおり相手してあげるわ!」
せっかくだ。
馬鹿共から、元気を分けてもらおう。
私はドレス姿で、ひらりと観客席から飛び出した。
そして、アリシアの、相撲取り卒業記念を祝した、エキシビジョンマッチが決定する。
対戦相手は、今大会の優勝者だ。
その優勝者には、チャンピオン、アリシアへの挑戦権が与えられる。
そこで、ランズデール最強が決まるのである。
ところでだ。
私は服を脱ぎたくない。
当然だ。
もうジーク以外の異性には、肌を見せる気はないのである。
故に特別ルールが採用された。
私の本気のぶちかまし、いわゆるタックルを、今回の挑戦者が受け止める。
その一撃で押し出せたら私の勝ち、受け止めきったら挑戦者の勝ちである。
シンプル イズ ベスト。
とてもわかり易い、特別ルールである。
そして、これなら、がっぷり四つに組み合う必要もない。
私の小さなおっぱいを、うっかり触られちゃう心配も無いのである。
私の参戦が決まると、会場の熱気はいや増した。
選手たちは力戦し、そして大会のトーナメントにおける、優勝者が決定する。
なんと、優勝者はギュンターだった。
新妻ヤイアの愛情パワーで、奴は最後まで勝ち残った。
大体、この手の妻帯者は、準決勝あたりで敗退するのがお約束だ。
しかし、歴戦のギュンターは、そんな死亡フラグを、愛の力で踏み潰した。
流石はランズデール軍古参の騎兵隊千騎長である。
お互い伴侶を見つけた者同士、相手にとっても不足はない。
わたしはヒールがついた靴を脱ぎ、絹の靴下を脱ぎ捨ててから、舞い上がるような華麗さで、土俵上に乗り込んだ。
私が脚を振り上げた時に、ちょっと太ももが見えたらしい。
あとからステイシーが教えてくれた。
「なかなかのサービスショットでしたわ」
うん、その情報はいらない。
そして私とギュンターは、土俵の上で向かい合った。
お互い気合は十分だ。
でも、ギュンター目が血走っててちょっと怖い。
ヤイアの黄色い声援が、意外と近くから聞こえる。
土俵際最前列をおさえるとか、最近越してきたばかりの新妻とは、思えない手腕である。
審判の男が構えをとった。
私は、地面を蹴って足場を確認する。
猛る闘牛のような仕草であったらしい。
そうかもね。
わたしも、ちょっと意識した。
一方のギュンターは、仁王のように堂々たる構えだ。
睨み合い。
「始め!」
そして、審判の号令一過、戦いの火蓋が切って落とされた。
「いくわよ」
「ここは譲りませんぜ」
ふっと私は、笑みを浮かべる。
姿勢を前傾させ、膝を柔らかくたわめ、そして力を開放した。
ど。
私が地面を蹴り込めば、鈍く重く大地が衝撃を響かせる。
舞い上がる土埃。
急激な加速の中、私は静寂の中にいた。
圧縮された時間、世界がゆっくりと流れる。
そして、私は残像を残さんばかりの体当たりでギュンターの体躯にぶつかった。
私が押し、力をみなぎらせたギュンターが土を滑る。
結論から言おう。
私は負けた。
昔の私なら、おそらくそのまま押し切ったはずだ。
でも私は変わってしまった。
この体当たりで、万が一、この男が怪我をしたらと、私は考えてしまったのだ。
ためらいは、踏み込みの甘さとなって、私の一撃から鋭さを奪っていた。
押し込む私が止まった時、ギュンターの後ろ足は、まだ土俵の中にあったのである。
土俵上で、私達二人が静止する。
それから、審判の男が、この勝敗の勝者を告げた。
「勝者ギュンター!」
わっと歓声があがる。
新チャンピオンの誕生だ。
みんなも、そしてギュンターも、嬉しそうに顔を綻ばせる。
勝負は決まったのだ。
彼はふっと力を抜いた。
ふーん。
一方の私である。
私は、しかし、臨戦態勢を解いてはいなかった。
確かに勝負は着いたけれど、お相撲そのものの決着は着いていないのだ。
私は土俵に残っているぞ。
私はにっこり微笑んだ。
それから、ギュンターのズボンの裾を捕まえて、ぺいっと土俵の外へ放り出す。
そして、あっけにとられた挑戦者に土がついた。
会場に唖然とした空気が流れた。
その空気を切り裂いて、前チャンピオンのアリシアは、空気を無視するかの如き傲慢さをまとい、ゆっくりと振り返った。
「勝負は、たしかにギュンターの勝ちでした。でもこの取り組みは、私アリシアの勝ちよ。私アリシアは無敗のまま引退いたします!」
そして、私はドヤ顔で胸を張る。
いや、負けるのは、やっぱり悔しいじゃん?
私は勝ち逃げのチャンスを見つけてしまったのだ。
当然、それを見逃すなんて選択肢、私の中には存在しない。
故にがっつり勝ちに行った。
会場は静まり返り、そしてブーイングの嵐に包まれた。
どういうことだ! ふざけるな!
怒号と罵声が交差する。
ひゃー。
私は笑った。
ところで判官びいきという言葉がある。
強いチャンピオンより、弱い挑戦者を応援したくなるという心理的な働きだ。
ランズデールは、ここのところ逆境続きであった。
帝国との戦争も、蛮族との戦いも、苦しい戦いが続いていた。
ゆえにこの心情がとても強い。
その中で私アリシアは強かった。
強すぎた。
どうやっても倒せない。
他の男達にとって、アリシアはどうしても超えられない壁であったのだ。
なかなか勝てない男どもは、なんとかこの女無双を止めようと、みんなして稽古に励んだのである。
観客とても、同じことだ。
今年こそは、アリシアを倒せるかもしれないと、皆、期待を込めて挑戦者を励ました。
そう、なんと、アリシアは、ここランズデールでは、ヒール女相撲レスラーだったのである。
こんなに美人なのに、である。
ここ数年は、私より挑戦者への声援が多かったのだ。
そこで私は考えたのだ。
悪役は悪役らしく、最後を飾りたい。
私のちょっとしたこだわりであった。
土俵の真ん中に立った私は、ドヤ顔でふんぞり返った。
その私に、観客の不満が飛んでくる。
それと一緒に、四角くて柔らかいクッションが投げ込まれた。
クッションである。
いわゆる、お相撲のお約束であった。
気に食わない取り組みがあった時、問題の選手に向かって、藁を詰め込んだふかふかクッションを、不満とともに投げつけるのだ。
観客の権利である。
もー、わたし、人気者で困っちゃうなー。
私はにこにこしながらクッションを躱しつつ、ギュンターの元に歩み寄った。
彼に手を貸し、立ち上がらせる。
「油断しちゃ駄目よ、ギュンター」
「やられました。ルール無視とは流石です、お嬢」
ふふん、彼の負け惜しみに、私は肩をそびやかした。
そんな得意満面の私に向かって、するどい軌跡で、クッションが投げつけられた。
「へぶっ」
私の横っ面にふわふわな物体が勢い良くぶつかる。
直撃だと!?
やってくれるじゃないか。
私は周囲を見回した。
舐めた真似をしてくれたな。
一体どこのどいつであるか。
そして、私は、犯人の姿を見つけだす。
観客席に陣取ったその相手は、私がよく知る顔であった。
奴の名は、メアリ・オルグレン……!
満面の笑顔を浮かべたその女は、手下を引き連れ最前列に陣取っていた。
手下。
そう奴の後ろには、横隊を形成した騎兵隊員が陣取っていたのである。
全員が手にクッションを握っていた。
給弾要員らしき、クッション運びの男も見える。
なぜだかその男は、ヤマダさんと呼ばれていた。
そして、メアリは、ゆっくりと手を振り上げる。
隊列を形成した男達が、攻撃の号令に備えて構えを取る。
全力投擲の構えだ。
「え、ちょ、どういうこと」
動転する私を尻目に、無慈悲な攻撃命令が下った。
そして、降り注ぐ色とりどりのクッションの群れ。
絶対的安全圏から繰り出される一方的な攻撃である。
たまらず私は、土俵の上を逃げ惑った。
ぎゃー!
クッションは意外と大きい。
まとめて投げられると、逃げ場すらないのである。
大量のクッションに物理的に周囲を封鎖され、追い詰められた私は、ついに間抜けな悲鳴をあげる。
これぞ、まさしく飽和攻撃であった。
ぽこんぽこんと、頭や体に、クッションが当たって跳ね返る。
痛くはないけど、超悔しい。
なんだ、この敗北感。
そして、私は気付いたのだ。
真の勝者とは、誰であるのかを。
それは、私でも、もちろんギュンターでもない。
無責任に状況を楽しみながら、好き勝手振る舞える一番楽しい立場。
そう、それは観客なのだ。
私は18年生きてきて、ついにその真理にたどり着いた。
でもちょっとだけ遅すぎた。
ほんの数分前までは、私も観客席にいたのである。
にも関わらず、私は、呼び声に誘われるまま、わざわざ土俵にあがってしまった。
とんだ失態であった。
ペシペシと頭に跳ねる柔らかい塊に、土俵を追い落とされた私は、涙を流しながら敗走した。
もう観客席にも戻れない。
館に向かって逃走だ。
来年からは私もそっちの立場なんだから、覚えてらっしゃい! 必死に逃げる私のお尻に、ダメ押しのようにクッションがぶつかった。
「ひゃん!」
私は悲鳴をあげる。
ぼよよんとはずんだ物体を、私は悔し涙と一緒に蹴っ飛ばした。
アリシア「関取になるなら、体重あったほうが良いんじゃないかな」
メアリ「ならば勝手にするが良い」