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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
女王アリシア
72/116

お相撲とわたし

祭りの会場に戻れば、本日のメインイベントが始まっていた。

広場中央に用意された丸い闘技場、その周りに半裸の男達が並ぶ。

丸い闘技場、またの名を土俵という。


はい、相撲大会です。


ランズデールでは相撲が人気だ。

武断の気風溢れるわが領地では、格闘技が盛んである。

その中でも、とくに相撲が人気であった。

それには理由がある。


代表的な格闘技といえばなんであろうか。


例えば、拳闘、ボクシングだ。


これは、とても危ない。

身体強化が魔法のせいだ。

仮に私のパンチの直撃を受けると体に穴が開いてしまう。

エドワードのように、顔がひしゃげる程度じゃ、すまないのである。

あと、私は女の子なので、顔に傷が残ったりするのは、やっぱり怖い。


あるいは、レスリング。


こちらは見た目的にちょっと汚くなることがあるし、離れた場所からは試合の状況がわかりにくい。

やっぱり、催し物としてみると今ひとつであった。


その点、お相撲は、決着が鮮やかである。

勝敗もわかりやすい。

ゆえに興業として、とても人気があったのだ。


以前は、殴る蹴る、なんでもありの、喧嘩相撲であったのだが、負傷者が増えることを嫌った父が、ルールを改正して今の形におさまった。


とりあえず、足の裏以外の場所を地面につけるか、土俵から叩き出されたら負け。

その他、細かいルールは色々あるが、知らなくても見る分には問題ない。


特に宗教的な背景はないので、男女いずれも参加可能だ。

参加したことがある女性は、歴代でも私だけだけれど。


「興味はあるのですけれど、半裸はちょっと…」


闘争心溢れるメアリは、参加しようか迷ったことがあるみたいだ。

でも羞恥心には勝てなかったとのこと。


うん、私も、メアリは参加しては駄目だと思う。

こう、見た目的に、いろいろと問題になってしまう。

絶対盛り上がるとは思うけれど、彼女の一人の友人として、メアリの参加は、止めねばならぬと思うのである。


間諜の拷問という、気の重い仕事から戻った私を、父が手招いた。

最前列の特等席だ。


近くには、ジークもいる。


私は、父と婚約者の間に、割り込むように腰を下ろす。

いや、なんだか二人とも距離が近かったのだもの。

私は、謎の危機感を覚えたのだ。


「ご苦労だったな」


父には、既に間諜の一件についても報告済みだ。

彼は私を、言葉少なに労ってくれた。

私はこくりと頷く。


私の席からは、今日の取り組みに参加する選手たちの様子がよく見えた。


今大会は、勝ち抜き戦のトーナメント方式だ。

土俵では、ちょうど優勝候補らしい大柄な男が、相手を押し出して、勝利のガッツポーズを決めていた。


っていうかギュンターだあれ。


北方遠征で、報奨と一緒に、若い嫁さんまでゲットしてきたおっさんである。

お嫁さんのヤイアや、娘達にいいところを見せるためだろうか。

彼は、なかなかに気合が入っていた。


選手たちは、みな賑やかで楽しそうだ。


「今年は出ないのか?」


父が茶目っ気たっぷりに私をつつく。

私はジークにちらりと目をやった。


「……今年は遠慮します。やっぱり、恥ずかしいですし」


「俺としては、アリシアの土俵入りも、一度ぐらいは見てみたかったがな」


「もうもう!」


私が恥ずかしがってみせれば、ジークまで私を茶化す。

二人とも意地悪だ。


恋人ができたのだから、お相撲取りは卒業である。

以前のように半裸になって、どすこいムーブを見せるわけにはいかないのだ。

私はきっぱりお断りした。


でもそうなると、今回のトーナメントはチャンピオン不在になってしまうな。

それも止むをえないか。

自分の気持に折り合いをつけた私は、すこし寂しい気持ちで、選手たちの取り組みを見守っていた。


しかし、気持ちに折り合いをつけられなかった奴がいる。

いや、この場合、「奴」ではなく「奴ら」と言うべきか。


選手の一人が、観客席に座る私に目をとめた。


「あ、お嬢が戻られましたよ!」


「なに!?」


ギラリ。

選手たちの眼光が、客席に座る私を射すくめた。

選手だけではない。

観客席からも熱い視線が、私に降り注ぐ。


おい、ばか、やめろ。


私を、そんな目で見るんじゃない。


ランズデール人は、図々しい。

加えて楽しいことが大好きだ。

私の心の声など、当然ながら届かない。

いや、聞こえていたかもしれないが、当たり前のように無視された。


「お嬢、今年は大会に、出られないんですかい?」


「そうよ。私は卒業したのよ」


「そんな、嫁入り前に、最後の一番を取ってくださるって、約束だったじゃあありませんか!」


「言ってないわよ、なに勝手に、過去の私の発言を捏造してるのよ!」


私は叫んだ。


しかし、奴らはお構いなしだ。

だれが音頭をとったのか、突如始まるアリシアコール。

アリシアの呼び声は、たちまち会場を飲み込んだ。


アッリシア、アッリシア。


調子づいた観客が盛大に私の名前を連呼する。

私、大人気だ。

まぁ七年連続チャンピオンだからね。

ある意味、この熱狂もそれも当然であろう。


それとは別に、一部の人間は呼び方がさらに変化して、「アッリシア」が「アッシリア」になっていた。

それは古代の帝国だ。


楔形文字ぶつけるぞ、バカタレ。


「アリシアの良いところを見てみたいな」


お調子者の領民達に、私は頭を抱えていたのだが、このジークの言葉がとどめとなった。


ジークまでそんなこと言うの!?

私はショックを受けたふりで、ジークのほっぺをつねりあげる。

痛い痛いとジークは笑っていた。

彼は、たぶん私に元気が無いことを、心配してくれたのだと思う。


「いいわよ、それならお望みどおり相手してあげるわ!」


せっかくだ。

馬鹿共から、元気を分けてもらおう。


私はドレス姿で、ひらりと観客席から飛び出した。


そして、アリシアの、相撲取り卒業記念を祝した、エキシビジョンマッチが決定する。

対戦相手は、今大会の優勝者だ。

その優勝者には、チャンピオン、アリシアへの挑戦権が与えられる。

そこで、ランズデール最強が決まるのである。


ところでだ。

私は服を脱ぎたくない。


当然だ。


もうジーク以外の異性には、肌を見せる気はないのである。

故に特別ルールが採用された。


私の本気のぶちかまし、いわゆるタックルを、今回の挑戦者が受け止める。

その一撃で押し出せたら私の勝ち、受け止めきったら挑戦者の勝ちである。


シンプル イズ ベスト。


とてもわかり易い、特別ルールである。

そして、これなら、がっぷり四つに組み合う必要もない。

私の小さなおっぱいを、うっかり触られちゃう心配も無いのである。


私の参戦が決まると、会場の熱気はいや増した。

選手たちは力戦し、そして大会のトーナメントにおける、優勝者が決定する。


なんと、優勝者はギュンターだった。


新妻ヤイアの愛情パワーで、奴は最後まで勝ち残った。

大体、この手の妻帯者は、準決勝あたりで敗退するのがお約束だ。

しかし、歴戦のギュンターは、そんな死亡フラグを、愛の力で踏み潰した。


流石はランズデール軍古参の騎兵隊千騎長である。


お互い伴侶を見つけた者同士、相手にとっても不足はない。


わたしはヒールがついた靴を脱ぎ、絹の靴下を脱ぎ捨ててから、舞い上がるような華麗さで、土俵上に乗り込んだ。


私が脚を振り上げた時に、ちょっと太ももが見えたらしい。

あとからステイシーが教えてくれた。


「なかなかのサービスショットでしたわ」


うん、その情報はいらない。


そして私とギュンターは、土俵の上で向かい合った。

お互い気合は十分だ。

でも、ギュンター目が血走っててちょっと怖い。

ヤイアの黄色い声援が、意外と近くから聞こえる。

土俵際最前列をおさえるとか、最近越してきたばかりの新妻とは、思えない手腕である。


審判の男が構えをとった。

私は、地面を蹴って足場を確認する。

猛る闘牛のような仕草であったらしい。


そうかもね。

わたしも、ちょっと意識した。


一方のギュンターは、仁王のように堂々たる構えだ。

睨み合い。


「始め!」


そして、審判の号令一過、戦いの火蓋が切って落とされた。


「いくわよ」


「ここは譲りませんぜ」


ふっと私は、笑みを浮かべる。

姿勢を前傾させ、膝を柔らかくたわめ、そして力を開放した。


ど。


私が地面を蹴り込めば、鈍く重く大地が衝撃を響かせる。

舞い上がる土埃。

急激な加速の中、私は静寂の中にいた。


圧縮された時間、世界がゆっくりと流れる。

そして、私は残像を残さんばかりの体当たりでギュンターの体躯にぶつかった。


私が押し、力をみなぎらせたギュンターが土を滑る。


結論から言おう。


私は負けた。


昔の私なら、おそらくそのまま押し切ったはずだ。

でも私は変わってしまった。


この体当たりで、万が一、この男が怪我をしたらと、私は考えてしまったのだ。

ためらいは、踏み込みの甘さとなって、私の一撃から鋭さを奪っていた。

押し込む私が止まった時、ギュンターの後ろ足は、まだ土俵の中にあったのである。


土俵上で、私達二人が静止する。

それから、審判の男が、この勝敗の勝者を告げた。


「勝者ギュンター!」


わっと歓声があがる。


新チャンピオンの誕生だ。

みんなも、そしてギュンターも、嬉しそうに顔を綻ばせる。

勝負は決まったのだ。


彼はふっと力を抜いた。


ふーん。


一方の私である。


私は、しかし、臨戦態勢を解いてはいなかった。

確かに勝負は着いたけれど、お相撲そのものの決着は着いていないのだ。

私は土俵に残っているぞ。


私はにっこり微笑んだ。

それから、ギュンターのズボンの裾を捕まえて、ぺいっと土俵の外へ放り出す。


そして、あっけにとられた挑戦者に土がついた。


会場に唖然とした空気が流れた。


その空気を切り裂いて、前チャンピオンのアリシアは、空気を無視するかの如き傲慢さをまとい、ゆっくりと振り返った。


「勝負は、たしかにギュンターの勝ちでした。でもこの取り組みは、私アリシアの勝ちよ。私アリシアは無敗のまま引退いたします!」


そして、私はドヤ顔で胸を張る。


いや、負けるのは、やっぱり悔しいじゃん?

私は勝ち逃げのチャンスを見つけてしまったのだ。

当然、それを見逃すなんて選択肢、私の中には存在しない。

故にがっつり勝ちに行った。


会場は静まり返り、そしてブーイングの嵐に包まれた。


どういうことだ! ふざけるな!

怒号と罵声が交差する。


ひゃー。

私は笑った。


ところで判官びいきという言葉がある。

強いチャンピオンより、弱い挑戦者を応援したくなるという心理的な働きだ。


ランズデールは、ここのところ逆境続きであった。

帝国との戦争も、蛮族との戦いも、苦しい戦いが続いていた。

ゆえにこの心情がとても強い。


その中で私アリシアは強かった。

強すぎた。

どうやっても倒せない。

他の男達にとって、アリシアはどうしても超えられない壁であったのだ。


なかなか勝てない男どもは、なんとかこの女無双を止めようと、みんなして稽古に励んだのである。

観客とても、同じことだ。


今年こそは、アリシアを倒せるかもしれないと、皆、期待を込めて挑戦者を励ました。


そう、なんと、アリシアは、ここランズデールでは、ヒール女相撲レスラーだったのである。


こんなに美人なのに、である。

ここ数年は、私より挑戦者への声援が多かったのだ。


そこで私は考えたのだ。

悪役は悪役らしく、最後を飾りたい。

私のちょっとしたこだわりであった。


土俵の真ん中に立った私は、ドヤ顔でふんぞり返った。


その私に、観客の不満が飛んでくる。

それと一緒に、四角くて柔らかいクッションが投げ込まれた。


クッションである。


いわゆる、お相撲のお約束であった。

気に食わない取り組みがあった時、問題の選手に向かって、藁を詰め込んだふかふかクッションを、不満とともに投げつけるのだ。

観客の権利である。


もー、わたし、人気者で困っちゃうなー。


私はにこにこしながらクッションを躱しつつ、ギュンターの元に歩み寄った。

彼に手を貸し、立ち上がらせる。


「油断しちゃ駄目よ、ギュンター」


「やられました。ルール無視とは流石です、お嬢」


ふふん、彼の負け惜しみに、私は肩をそびやかした。

そんな得意満面の私に向かって、するどい軌跡で、クッションが投げつけられた。


「へぶっ」


私の横っ面にふわふわな物体が勢い良くぶつかる。


直撃だと!?

やってくれるじゃないか。


私は周囲を見回した。

舐めた真似をしてくれたな。

一体どこのどいつであるか。


そして、私は、犯人の姿を見つけだす。

観客席に陣取ったその相手は、私がよく知る顔であった。


奴の名は、メアリ・オルグレン……!

満面の笑顔を浮かべたその女は、手下を引き連れ最前列に陣取っていた。


手下。


そう奴の後ろには、横隊を形成した騎兵隊員が陣取っていたのである。

全員が手にクッションを握っていた。

給弾要員らしき、クッション運びの男も見える。

なぜだかその男は、ヤマダさんと呼ばれていた。


そして、メアリは、ゆっくりと手を振り上げる。

隊列を形成した男達が、攻撃の号令に備えて構えを取る。

全力投擲の構えだ。


「え、ちょ、どういうこと」


動転する私を尻目に、無慈悲な攻撃命令が下った。

そして、降り注ぐ色とりどりのクッションの群れ。

絶対的安全圏から繰り出される一方的な攻撃である。


たまらず私は、土俵の上を逃げ惑った。


ぎゃー!

クッションは意外と大きい。

まとめて投げられると、逃げ場すらないのである。

大量のクッションに物理的に周囲を封鎖され、追い詰められた私は、ついに間抜けな悲鳴をあげる。


これぞ、まさしく飽和攻撃であった。


ぽこんぽこんと、頭や体に、クッションが当たって跳ね返る。

痛くはないけど、超悔しい。

なんだ、この敗北感。


そして、私は気付いたのだ。

真の勝者とは、誰であるのかを。

それは、私でも、もちろんギュンターでもない。

無責任に状況を楽しみながら、好き勝手振る舞える一番楽しい立場。


そう、それは観客なのだ。


私は18年生きてきて、ついにその真理にたどり着いた。

でもちょっとだけ遅すぎた。


ほんの数分前までは、私も観客席にいたのである。

にも関わらず、私は、呼び声に誘われるまま、わざわざ土俵にあがってしまった。

とんだ失態であった。


ペシペシと頭に跳ねる柔らかい塊に、土俵を追い落とされた私は、涙を流しながら敗走した。


もう観客席にも戻れない。

館に向かって逃走だ。


来年からは私もそっちの立場なんだから、覚えてらっしゃい! 必死に逃げる私のお尻に、ダメ押しのようにクッションがぶつかった。


「ひゃん!」

私は悲鳴をあげる。

ぼよよんとはずんだ物体を、私は悔し涙と一緒に蹴っ飛ばした。

アリシア「関取になるなら、体重あったほうが良いんじゃないかな」

メアリ「ならば勝手にするが良い」


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