実は前科持ちだった公爵令嬢
ジークハルト・レインザー・ミュンテフェーリング。
舌を噛みそうな長い名前の彼は、帝国の第一皇子だ。
皇太子が存在しない帝国にあっては、王位継承権第一位、国で二番目に偉い身分をもつ、やんごとない御方である。
確か今年で25歳になったはずだ。
実はわたしは、彼とも面識があった。
いや、言葉を濁すのはよそう。
正確に言うと、わたしは、二年前の戦闘で、彼の陣地を強襲して重症を負わせ、帝国本土に叩き返したことがあった。
あまりにひっどい顔合わせで、今になって涙が出そうだが、ここは詳しい経緯を語らねばなるまい……。
初陣を済ませた私は、自身の身の振り方というか戦い方について、父達と相談した。
その結果、ばかみたいな強さの身体強化魔法を活かした戦い方が、もっとも効果的であろうという結論にいたった。
騎兵運用、自身と乗馬に魔法をかけての突撃である。
とにかく乗馬が強くなるというのが大きかった。
私の身体強化を受けたお馬さんは、他と比べて、ずっと長い時間を、とても早く駆け、信じられない高さを跳躍し、そして槍はともかく矢は全く通さなくなった。
そのうち槍すら通さなくなった。
これが実戦ではどうなるかというと、哨戒圏外から突然現れ強襲し、追撃をしようにも追いつけず、矢を放っても通らない非常に強力な騎兵となった。
なんか強そうである。
実際強い。
次にこの使い方である。
強いと言っても所詮は一人、一度の戦いで倒せる数は限られている。
倒せる数を増やせないのだから、一番おいしい相手を狙うことになった。
指揮官狙い、いわゆる首刈り戦術である。
蛮族相手にたっぷり訓練を繰り返して、手応えを掴んだ私は、満を持して対帝国戦線に乗り込んだ。
なにしろ、私の登場は突然のことであった。
なんら対策を持たない帝国軍に対し、私達の戦術は大いに効果を発揮した。
私は必死になって攻撃を繰り返した。
あるいは、彼らには、私が無敵の超人のようにみえたのだろうか。
実際は弱点だらけである。
たとえば、集団でもみくちゃにして馬から引きずり降ろせれば、袋叩きにするだけで、死ぬ。
さすまたやあみで拘束して、周りから槍をつきこんでも、死ぬ。
槍でさされればアリシア・ランズデールは死ぬぞ!
急ごしらえの奇策には、明確なタイムリミットがあったのだ。
集団戦術が得意な帝国軍が、対抗策を編み出すまでに戦果を積み上げねばならない。
そうして死に物狂いで戦場を駆け回っていた時、私は彼と出会った。
ジークハルトの部隊は、いままで一番手強かったが、私はとっておきの作戦で、本陣に突入することに成功した。
そこで護衛に囲まれながら指示を飛ばす彼と対面したのだ。
彼の姿を見た時、最初に感じた印象は、「すごい高そうな装備してる! 」だった。
生憎、容貌のほうはあまり覚えていない。
髪の毛と瞳は茶色かったような気がする。
今まで相手にしてきた帝国軍の指揮官は、質実剛健のかたまりのような、実用重視の装備をしていた。
ジークハルトのそれは、やはり極めて実用的なものだったが、同時に装飾的でもあったのだ。
限界まで性能をあげてから、お金をかけまくってかっこよくした感じといえば、雰囲気が伝わるだろうか。
私は一瞬迷った。
殺して殺されてが当然の職業軍人と違い、お貴族様が相手となると、ただ首をとればいいというわけではないのだ。
例えばの話だが、うちの国の騎士団長の馬鹿息子が、お隣の国で戦死させられたりした場合、敵を討つまで戦争が続いてしまう。
それは困る。
非常に困る。
帝国にガチで来られたら、とてもじゃないがうちの国は保たない。
一方で、捕虜に取れた場合は、大ボーナスである。
最低でも身分に応じて身代金がもらえるし、司令官みたいな身分が高い人が相手であれば、即時停戦だってできるかもしれない。
迷っている時間はない。
捕まえよう。
と、私は決断した。
リスクはあるが、それ以上に大物の匂いがしたのだ
馬上で振り回していた大剣を地面に突き立てて、さっと馬から飛び降りる。
近づきながら帯剣を引き抜くと、彼もまた手に持った剣で切りかかってきた。
わたしの剣は一応鋼鉄製ではあるが、数打ちの量産品である。
一方で彼の剣は、なんかきらきらしいオーラが出ていた。
絶対強い。
打ち合ったら折れそうだなと思った私は、一気に間合いを詰めた。
剣のパワーは遠心力だ。
切っ先はすごい切れるが、根本のほうは案外生身で当たってもなんとかなったりする。
痛いが。
私は、彼の剣の柄にほど近い部分の刃を手甲で弾いてから、もう片方の手で殴りかかった。
私のほどほど威力パンチは、彼の腕でガードされたもののいい手応え。
ボキって音がした。
すかさず手刀で剣を持つ彼の手首を叩いて、得物を叩き落とす。
これで彼は丸腰である。
トドメとばかりに、私は彼のお腹に回し蹴りを放った。
結果からいうとこれが大失敗だった。
ジークハルトは後ろにふっとんだ。
彼はわざと体勢を崩すと、衝撃を逃がすために後ろに跳んだのだ。
私の蹴りの勢いまで使って、一気に距離を取られてしまった。
しくじった、と思ったその時、騎乗したメアリが突っ込んできた。
退路が危ない証拠だ。
時間切れである。
囲まれてはひとたまりもない。
私は馬に飛び乗ると、一目散に逃げ出した。
後に、私達は彼が帝国の皇子だったと知らされた。
逃した大魚の、あまりの大きさにメアリと二人歯噛みして悔しがったのを覚えている。
「私があと一分、アリシア様をお呼びするのを待っていれば! 」
彼女はそう言って血の涙を流した。
私とジークハルト、二人の初対面は、だいたいこんな感じだ。
なんでここまで詳しく戦いの様子を語ったのかって? ここまでに、ジークハルトが私にやられた回数を数えてみて欲しいんだ。
彼の被害は、腕の骨一本、あばらは数本。
手首は多分ねんざで、全治数ヶ月は確実だ。
あとできれば見なかったことにしたいんだけど、彼を蹴り飛ばした先の地面が濡れていた。
一方の私は、手甲をちょっと切られただけである。
そんな彼が、今回の誘拐作戦の立案者だそうだ。
殺害ならまだわかるけど、誘拐して生きたまま身柄を押さえにきてるんだよ……。
どれだけ、恨まれているのだろうか。
私は絶望で頭の中が真っ白になってしまった。
殿下が国境の要塞でお待ちです、と続けるコンラートの声が、どこか遠くに聴こえる。
わたしは、それからのお話にはすべて適当に相槌をうつことで答えた。
要は明日、出発ってことでしょ。
はいはい、了解であります。
いったいこの先どうなるかはわからないし、あんまり考えたくもないけれど、一国の前線指揮官として一言だけ物申したい。
やんごとない身分の皇子様が、のこのこ前線に出てくるなと!