強盗被害者と再会した公爵令嬢
「ランズデール閣下、メアリ嬢、私、コンラート・ヘンラインと申します。コンラートとお呼び下さい」
「アリシア・ランズデールと申します」
「メアリ・オルグレンです」
入ってきたのは、軍人然とした雰囲気をもつ赤毛の青年だった。
どっかで見たことあるな、とかすっとぼけようとも思ったが、流石に昨日、顔を合わせたばかりでは忘れようもない。
そこにいたのは、王立学園前で、私達が馬を強奪した男性のその片割れだった。
改めて見ると上背があってなかなかがっちりしている。
初対面のときも思ったが、かなりできるほうだろう。
一応面識だけはあるので、私もメアリもお相手も、はじめましてとは言わなかった。
「ウェルズリー候、まずは、この場を設けてくださいましたことにお礼を。そして先ごろよりの騒動、まずは我々帝国側の計画について、私から説明させてください」
「ええ、もし差し支えないのであれば」
コンラート氏の申し出である。
向こうから手の内を明かしてくれるそうだ。
拝聴させてもらおう。
「今回の計画の当初の目標は、アリシア・ランズデール元帥閣下、あなたの誘拐でした」
私は、頷いた。
ただ気になることもある。
「でした、とあなたは今、過去形でおっしゃいましたけれど、わたしはまだ自由の身です。
となると、その、私の誘拐作戦は、いまもって継続中ということなのかしら? 」
「いいえ、作戦はすでに失敗したものと、我々は考えております」
コンラートは失敗したと断言した。
私は首をかしげる。
「では、お隣のお部屋の方々は? 」
「今回の作戦に参加した者たちで、現在は私の護衛です。……その、あなたに、対する」
「まぁ! 」
コンラート氏、真面目な顔して、なかなか小粋なジョークを飛ばす。
だって五十人は居るもの。
護衛に二個小隊とか。
最前線かよ。
私は思わず笑ったが、他の誰ひとりとしてクスリともしない。
自然、笑い声も尻すぼみになった。
こほんと咳払いしてから、「続きをお話してもよろしいでしょうか、閣下」とコンラート。
一応訂正させてもらおう。
「あと、その、ランズデール閣下という呼び方なのですけど、私は既に無位無官の身です。
アリシアとお呼び頂けませんか? 」
コンラートは、それを聞くとちょっと目をみはってから、口をもごもごさせた。
それからすこし赤くなって、ではアリシア嬢とお呼びしても? と宣った。
構わんとも。
私は鷹揚に頷いた。
「作戦の第一段階は、王家とアリシア嬢との離間工作でした。まぁ、あの少し頭の足りない王太子相手なら、正直いくらでもやりようはあったのですが。今回はアンという男爵令嬢を利用しました。あなたに対し、並々ならぬ敵意を抱いていたようでしたので」
これを聞いて、メアリの視線がぐっと厳しくなった。
彼女は、私に対する侮辱や敵意には、ちょっと過敏になっているのだ。
ただ今回は抑えてもらいたい。
「メアリ、戦場であれば、私達もはかりごとを用いるのです。コンラート様を恨むのは筋が違いますよ」
恨むのなら、無能な味方の方だろう。
王太子一派を味方と思ったことは生まれて一度もなかったけれど。
咎められて、今度はメアリが俯いてしまったので、私のために怒ってくれるのは嬉しいです。
と付け加えておく。
「今回の王太子の醜態で、アリシア嬢のお父上、ランズデール公も王家を見限るだろうという予測がありました。
そこまで行かずとも、辺境領主諸侯の離反は期待できるだろうと」
対面に座るウェルズリー候が頷いた。
なるほど、たしかに西部随一の辺境領主が離反していた。
説得力がある。
「そのうえでアリシア様を帝国にお迎えできれば、辺境の、より具体的に申し上げるなら王国の西部、北部、南部の併呑を円滑に進められるだろうという目論見でありました」
「ほぼ全域ですわね」
「はい」
コンラートが頷く。
過大評価が過ぎるせいで、わたしは同意しかねる部分も多い。
「次に誘拐の具体的な計画です。アリシア嬢が学園に寄宿されている期間を狙う予定でした。学園内への武器の持ち込みは、制限されておりますし、人目につかぬよう、人の出入りを行うのも容易です。加えて学園内部には連絡員も配置済みで、あなた周辺の警備も手薄だ」
なるほど、たしかにそういうことならあの学園はうってつけの場所だ。
アン男爵令嬢にも帝国の手が入っていた。
他にも何人もいるのだろう。
私を誘拐、誘拐ねぇ……。
それでも、いまいちピンとこない。
「一つ思ったのですけれど、いいかしら? 」
「はい」
「誘拐ではなく、殺害を狙ってみては? 」
メアリとウェルズリー候が、ぎょっとしたようにこちらを見た。
なんだなんだ。
誘拐がありなら謀殺も手段としては選択肢のうちのひとつだろうに。
「我々、帝国の取る手段としては悪手です。復讐にかられた領主諸侯軍すべてが敵に回りかねない」
「ですから、帝国ではなく王国に手を汚させるのです。より具体的に言うなら、今回私が王都を脱出する時に、傍観を決め込めばよかった。逃亡手段がなければ、私達は王都内で追い詰められて捕縛されるか、そのまま死んでいたでしょう。かりに私の価値があなたが仮定するほど高かったとして、おそらく誘拐するのと同程度の効果が見込めるはずです。わざわざ手間がかかる手段をとったのはなぜ? 」
コンラートはこの質問に対して、少し困ったような顔を浮かべると、首を横に振った。
「その質問に対して、私は今ここで答える権利がないのです」
それからこう付け足した。
「一応付け加えるのであれば、誘拐についても、実現は難しくない見込みでありました。実際、損失も少なかったのです。現に今回の作戦で、人的被害は発生しておりません」
「あれだけの騒ぎをおこしたというのに? 」
「はい、皆無です。
なにしろあなたの国の宰相殿も内通しておられますから。
いくらでももみ消せるのです」
これを聞いて、私は内心白目を剥いてしまった。
「よくもまあ、今まで我が国は負けなかったものね……」
「それを閣下がおっしゃるのですか……」
コンラートが、また苦笑を浮かべた。
私の中で、諜報員は冷徹、エリート、人でなし、みたいな印象だったのだけど、なんだかこの人は人間臭い。
外部との交渉も担当しているのかもしれない。
敵国人にこんな事を言うのも何だが、私は嫌いじゃなかった。
「以上が、今までの我々の計画になります。結果はご覧のとおりです。前座の王太子は目論見通り踊ってくれたのですが、アリシア様には逃げられてしまいました」
「はい、その、乗馬、ありがとうございました」
私も一応お礼を言っておく。
となりでメアリも一礼した。
お礼は忘れない。
「そして、ここからが本題になります。アリシア様を帝国にお迎えしたい。もちろん十分な処遇についても約束させて頂きます」
うむ、きた、きましたよ。
この時、私の内心は、うっきうきであった。
もともと亡命を求める心算であったのだ。
部屋を帝国兵と思しき方々に囲まれた時は、すわ暗殺か身柄拉致かとも警戒したのであるが、蓋を開けてみれば向こうから諸手を上げての大歓迎。
乗るしか無いでしょう、このビッグウェーブに!
できるだけ可愛い笑顔で、私は首肯する。
「わかりました。私の身一つではありますが、よろしくお願いいたします」
「ありがとうございます! 色よい返事を頂けて、自分も肩の荷がおりました」
コンラートは、ふっと笑顔を浮かべると、ウェルズリー候に視線を向けた。
候も笑顔で頷いている。
メアリもニコニコしている。
晩餐会スタート時のお葬式ムードが嘘のようだ。
それにしても、随分と高く評価されてるな、と思った私は、知己である帝国軍司令官の名を挙げた。
彼の推挙があったのかもしれない。
「ルーデンドルフ閣下にも、よしなにお伝え下さい」
ルーデンドルフ大将、帝国軍の東部方面軍司令官どのである。
帝国は、北の蛮族共とは違って、話が通じる相手だ。
例えば、農繁期の休戦協定であったり、捕虜交換であったり、互いの利益が合致する場合には、まっとうな交渉が成立する。
一応ランズデール公の名代である私は、現場では一番地位が高いことが多く、帝国軍の司令官殿とも何度か顔をあわせたことがあった。
ルーデンドルフ閣下は、真っ白な頭を刈り上げた、厳しいお顔の武人であったが、話してみるとなかなかに気さくな、いいおじいちゃんであった。
国境要塞の交換交渉では、「ランズデール卿とはいつか馬を並べてみたい」とのお言葉をもらったこともある。
このいたれりつくせりの待遇、きっと彼が私のことを覚えていてくれたのだろう。
しかし、これはとんだ思い違いであった。
コンラートが、交渉成立のいい笑顔を浮かべたまま、爆弾を投下する。
「いえ、今回の作戦は、ジークハルト殿下の発案によるものです」
私は、自分の顔から表情が抜け落ちるのを感じた。