誕生日とわたし
その夜、ジークと私は寝台の上にいた。
もう春の終わりも近い。
開けた窓からは副風は、近づく夏の気配を運んで、すこし汗ばむくらいの暖かさだった。
私をしとねに横たえると、ジークは私の頬を撫で、口づけを落とす。
淡い橙の室内灯に照らされた、彼の横顔が私の目に映る。
ほの暗さの中、触れれば届く距離に浮かぶ彼の相貌は、以前、夜会で見た時よりずっと真剣で私は一人笑いをこぼした。
「なにかおかしかったか」
「いいえ、なんでも」
いけない。
ジークのご機嫌を損ねたみたいだ。
だからこれは、彼なりのお仕置きであったのだろう。
ジークは、私の胸を少し乱暴に掴んでから柔らかく力を込めた。
夜着の上から感じる、彼の指使いは、くすぐったくて、嬉しくて、少しだけ怖くて、そしてなにより残念であった。
なにせ、私は貧乳だったから。
揉めるほどの乳が無いこの悲壮。
ジークと夜をともにする度、わたしはこの想いを胸に抱かねばならないのだろうか。
だとしたら、貧乳なる属性は、それこそ呪いに近いと、私は思う。
せめてもう少しの脂肪があれば、こんな悲しい思いをせずに済むなのに。
しかし、さて、どうしたら女の胸はでかくなるのであろうか。
メアリのそれは大変立派であるが、育て方を聞いたところで奴も首をかしげるだけだろう。
この薄暗さには既視感があった。
ジークと二人連れ立って、何度か夜会に顔を出した時のことだ。
ベッドで見上げるの彼のかんばせは、夜の庭で、斜め下から伺ったそれにとても似ている。
◇◇◇
エリスの参戦で、外面を取り繕えるようになった私アリシアは、夜会にも顔を出せるようになった。
そんな私が向かう先は、東部第一の都市リップシュタット。
いよいよ、私アリシアは社交界にデビューしたのである。
私は、緊張もし、同時に身構えもしたのだけれど、蓋を空けてみれば、なんということはない。
ほとんどがただの挨拶回りであった。
戦場で、部隊指揮官に面通しするのと何ら変わらない。
私の軍服がドレスに変わっただけであった。
私は、少しだけがっかりし、そしてそれ以上に安心した。
自分と彼らは、住む世界が違うのだと、勝手に想像して、怖がっていたのだけれど、そこにいるのは、皆、だれかと仲良くしたいだけの人間であった。
私と同じ人間であった。
ところで、夜会に出て、私は一つ学んだことがある。
エロ成分は、多すぎても少なすぎてもいけない。
どっちにしてもエロくなくなる。
とても重要な事であった。
その夜会は、主催者さんの配慮が行き届いた素晴らしい夜会であった。
お庭も綺麗で、休憩室も多く、とても過ごしやすい。
これに、ある雰囲気を感じ取ったジークは言った。
「大当たりをひいたな。覚悟しておいてくれ」
夜会にも色々あるのだが、中には異性との出会いを目的とする会もある。
春の陽気と行き届いたサービスに恵まれた、その出会いの会場は、夜もふけるとすごいことになった。
廊下を歩けばあはん、お庭に出ればうふん。
会場のいたるところで、良い子には見せられない光景が展開していた。
めくるめくスペクタクル。濃厚なR18空間。
ちなみに私はその時17歳。アウトである。
庭の茂みに目をやれば、大体、裸のカップルがくっついている。
私は、恥ずかしがるのを通り越して、感心してしまった。
うちの実家は牧場なのだが、馬の繁殖を思い出してしまったのだ。
あれもなかなかすごい。
それぐらい、実に壮観な眺めであった。
「これ、風紀的に問題にならないのですか?」
「両者合意の上だからな。衛兵も多く配置されているだろう。トラブルがあればすぐに駆けつけるはずだ」
周囲に目をやれば、心を殺しながら、周囲を巡回する衛兵さん達の姿あった。
見れば、皆、目が完全に死んでいる。
彼らは、独り身であるのだろうか。
だとしたら、特別に手当が必要だと思う。
お一人様手当みたいな。
「かえって心をえぐりそうだな」
そう言って、ジークは笑った。
もう!
私はお一人様期間が長かった。
ゆえに、彼らのお仕事の大変さがよくわかる。
このきっついお仕事には、相応の対価があってもいいと、私は思った。
その日、私たちは、このすごい夜会の雰囲気を堪能し、キスだけして、お宿に帰った。
◇◇◇
ジークの体は大きくて重い。
ベッドの上で仰向けになった私は、私の右手首を押さえる彼の重みを感じていた。
細い手首に感じる硬い肌触りは、彼の気持ちの強さを現すようで、私は少しくすぐったかった。
やっぱり男の人なんだな。
彼の体を両手で抱え上げた時には、ついぞ感じなかったのだけれど。
そう思うと、少し不思議で、楽しかった。
そう、私はジークを持ち上げたことがある。
彼と踊った時に、彼の体を抱きかかえたのだ。
割と軽々抱き上げてしまい、ジークは恥ずかしそうに両手で顔を隠していた。
それは、男装した私のダンスホール行脚がバレた、直後のレッスンでのことだ。
その時の私は、お相手不在で練習ができなくなっていた。
「ならば、俺が踊ってやろう」
案の定、ジークが立候補する。
彼は、私のダンスパートナーを務めてくれた。
ジークも私も体を動かすのは得意な方だ。
ふたりの息だってバッチリ(主観)である。
絶対素敵なダンスが踊れるはず。
しかし、私の予想は、残念ながら大外れだった。
体格差がひどすぎたのだ。
ジークの動きに合わせると、私の動きが速すぎて、メアリいわく「残像が見える」レベルの武踏になる。
逆に私の歩幅にあわせると、ジークの動きがちまちまして、お遊戯会みたいになってしまうそうだ。
私はふくれっ面だ。
私達の相性はいいはずなのに、納得いきません。
ブスくれたアリシアの顔を見て、ジークは、やおら私を横抱きにした。
それから、くるくる回りだす。
「ふはは、これなら問題あるまい」
とりあえず回っていればダンス。ゆえにこれでもダンスだそうだ。
楽しかった。
世界が回る。
わたしからはジークしか見えない。
二人だけの世界とか、まさしくバカップルの象徴である。
しかし、自信満々で回りはじめたジークだけれど、体力より先に、三半規管が根をあげて、すぐに終わりとなってしまった。
目を回して、四つん這いになったジークに、クラリッサの無慈悲な宣告が響く。
「問題しか無かったな」
そこで、私の脳裏に、閃めくものがあった。
「目が回った時は、逆方向に回転するとはやく治るらしいわ!」
おい、まて、やめろとジークは言ったけれど、持ち上げてしまえばこちらのものだ。
わたしはジークを横抱きにして、逆方向に回転し、当然の如くジークの目眩は悪化した。
調子に乗って、高速回転したからね。
コマみたいに回ったよ。
うずくまったまま、身動き取れなくなったジークを、撫でたりさすったりして、私は素敵な時間を堪能した。
見ていたみんなは爆笑し、私はその後、ジークに拳骨を落とされた。
へっへっへ。
楽しかったです。
◇◇◇
私はジークの手が好きだ。
その彼の手が、暗がりの中、私の体を撫でている。
わたしの立てた膝に触れて、太ももをさすり、その内側をなぞる。
くすぐったく、嬉しい。
私は今どんな顔を見せているだろうか。
自由になった左手で、ジークの広背筋や、僧帽筋を撫でながら、彼の瞳を見つめていた。
硬くてさわり心地が良い。
私の手荒れは大分ましになったけど、それでも指のふしくれは一生取れない気がしている。
こんなゴツゴツした手の女、ジークは嫌じゃないのかな。
私の顔をすぐ上から覗き込む彼は、安心したような、それでいて少し呆れたような表情をした、いつものジークハルトであった。
「腹が立つほど落ち着いているな。初めてのはずだろうに」
「信じてるからだと思う。ジークのこと」
嫌ではないのだ。
それに今日誘ったのは、私の方。
はい、今日も今日とて、私が誘いました。えへへ。
無理矢理でもないし、強いられたわけでも勿論無い。
ただ好きだからここまで来たのだ。
怖いことが無いわけではなかったけれど、それはジークに関することではなかった。
ジークは私の髪に触れ、淡く光る銀色に無骨な指を絡めていた。
「泣いて嫌がることをするかもしれんぞ」
「いいよ、それならそれで。ジークにだけは見せてあげる」
泣いて嫌がるとこでも、なんでも。
私がそう言えば、ジークは、私から夜着を剥ぎ取った。
裸の体を強く抱きしめられれば、彼の鼓動と体温が伝わってくる。
私は、すっかり安心していた。
自分でも、この落ち着き具合を不思議に思う。
ここカゼッセルで、初めて彼にあった時、私は怖くて仕方がなかったはずなのに。
女は不利だ。
私はずっとずっとそれが不満で、そしてとても怖かった。
戦いに向かう度、敵の手に落ちた自分の姿を、思わないことはなかった。
戦って戦って戦って、ようやく出口が見えたのに、結局最後は捕まった。
カゼッセルについた私は、悲壮な覚悟を決めていた。
それでも、泣いたりするものかと、きつく心に誓いながら、私は彼の前に立ったのである。
虚勢も良いところであった
今でも自嘲気味に思う。
あの時、もし陵辱されたのならば、私はきっと泣いただろう。
酷く無体な扱いに、ボロ雑巾のように打ち捨てられた、自分の体のイマージュは、今も私につきまとっている。
それが単なる想像のまま終われたことに、私はとても安堵していた。
私の敵手がジークであってくれて、本当に良かったと、私は思う。
◇◇◇
その日は私の誕生日だった。
身長はまだ少し足りなかった。
目標の高さまであと二月ほどはかかるだろう。
残念ながら、二月も待つと、対王国戦争が始まってしまう。
どうしようかと思った私は、自分のしたいようにすることにした。
ここ数ヶ月、元恋敵の襲撃やらダンスやら夜会やらで、私はいろんな女の子に触れてきた。
なぜだか物理的にも触れてきた。
いや、ほんとそっちの趣味はないのである。
勘弁して頂きたい。
そして、私は、一つの結論に至った。
男女の関係は、シチュエーションに拘って先延ばしにするものじゃないなってことに。
ドラマを求めるより、実効を求めたほうが幸せになれる。
下手に関係をもったいぶると、敵国の将軍にかっさらわれる危険があるのだ。
私は、極めて現実的な結論に達していた。
ジークハルトを、アリシア二号にさらわれる前に、自分のものにしてしまおう。
誕生日は、いい機会であるように思われた。
故に私は、決意した。
この日の夜着は、メアリに整えてもらった。
濃紫で薄絹の、いっぱいひらひらがついた、とても素敵な一着だ。
大事な時に着ようと、リップシュタットで買ってきた、とっておきの一着である。
メアリは、私の髪を梳いてから、肩に手を置いて微笑んだ。
「お綺麗です。アリシア様。とても」
そうね。本当に綺麗になったと自分でも思うよ。
私は、その夜、ジークを呼んだ。
彼を私の寝室に呼んだ。
そして、私はジークとお話し、結局、最後にはジークが折れてくれた。
それで、二人で一夜を過ごすことになったのである。
あとの流れは、まぁ、ご覧のとおりだ。
彼は壊れ物のように、私を大事に扱ってくれた。
けれど、それでも、初めての私は、とても痛かった。
痛くて痛くて、私はぽろぽろと大粒の涙を零した。
終わってから、赤く目を腫らした私を心配したのだろう、ジークは私を優しく抱きしめて慰めてくれた
「すまない。苦しかっただろう」
「いえ、辛くて泣いたわけではないのです。私、安心してしまって」
私もジークの体に手を回して彼の胸板に顔を埋めた。
そう。
私は安心したのだ。
痛くて泣いたわけじゃない。
この日の最大の懸念事項をクリアして、私は大層ほっとしていた。
思い出して欲しい。
私アリシアが、魔法使いであるということを。
それもナイフ程度、簡単に跳ね返す重装甲の魔法使いなのである。
この日、私がもっとも心配していたことは、だからこのことであった。
できなかったらどうしよう。
この地上で、これほど深刻かつ滑稽な悩みを持つ女の子はいないはずだと私は自信を持って言える。
それほどに、とても深刻な悩みであった。
幸い、私の心配は杞憂であった。
痛いってことは、つまり大丈夫だったということである。
人体っていうのはよくできているな、と私はとても感心した。
その夜は二人で眠った。
朝チュンの光はとても眩しくて、私は次のお約束をして、ジークを部屋から送り出した。
以上が、大人の階段を一つ登っちゃったアリシアからの報告である。
エロい展開をご希望の皆様には、ご満足いただけたかな?
私は自信をもって、この様子をお茶の間にお届けしたいと思う。
ジークハルト「ここまでエロくない濡れ場になるとは思わなかった!」
メアリ「さすが、アリシア様です!」




