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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
アリシア・ランズデール帝国軍元帥
57/116

新しい侍女とわたし

「エリス・ブレアバルクと申します。本日よりアリシア様にお仕えさせて頂くことになりました」


よろしくお願いします。

お辞儀と一緒に、滑らかな黒髪が、肩から一筋流れる。


私は、新人侍女から着任の挨拶を受けていた。

本物の貴族のご令嬢が、私のお側付きに派遣されたのである。

あるいは、とうとうこの日が来た、というべきだろうか。

私は心のなかでため息をついた。


私と三人の側近は、武働きができるばかりで、まともな社交ができない。

私達、女ゴリラ四人衆、結成当初からわかっていた弱点であった。


近い将来、、私は皇室の一員になる。

ゆえにこの問題を、放ったままにしておけないことは、誰の目にも明らかであった。


しかし、当事者の私は、新人侍女の採用について、大変消極的であった。

当然だ。

だって、私、貴族のお嬢様なんて、ろくな思い出がないのだもの。

ゆえにジークから、社交しなくてもいいよと、お砂糖よりも甘いお言葉をもらった私は、いろいろ理由をつけながら、新規採用を先延ばしにしていたのである。


別に、侍女なんていなくても、今のメンバーだけで十分じゃない。

私はそう強弁していたのであるが、マルグリットによるカゼッセル襲撃事件で、ついに問題が露呈してしまった。

メアリが、私の婚約者であるジークハルト殿下に、この日の出来事をご注進に及んだのである。

しかもバカ正直に。


「貴族家のご令嬢をお迎えするため、女四人で下町に繰り出して、馬鹿騒ぎをして参りました」

「そうか、まともな侍女を一人いれるぞ」


もうちょっと言葉を飾ってよ、メアリ!

これじゃただの素行不良じゃない!


「いえ、普通に素行不良案件ですよ」


クラリッサの冷静なツッコミが、私の胸に突き刺さる。

これは、本格的になんとかしないと手遅れになる。

強い危機感を抱いたジークが、私が妨害に走るよりも早く、モノホンの侍女の手配を済ませてしまった。


そして、名門ブレアバルク家から、一人のお嬢さんがやってきた。

名前はエリス。

黒髪黒目はクラリッサとお揃いだ。

私を真っ直ぐ見つめ返す、キリッとした勝ち気な雰囲気に、私は内心タジタジになった。


やっぱり怖いよぉ。

私は、きっと、がみがみ怒られるんだ。


エリスから挨拶を受けた私は、内心ビクビクしながら、執務に取り掛かった。

彼女は、しかし、私の予想に反して、特に私の振る舞いを咎めたりはしなかった。

一日経ち、二日過ぎ、三日目になっても、エリスからは何の指摘も出てこない。

本当に一切だ。


エリスは、ひたすら無口なのである。

どういうことなのかしら。

私は、緊張の日々を強いられながらも疑問に思うことしきりであった。


エリスとは、お茶の時間も一緒に過ごしているし、お食事も同じ卓を囲んで食べている。

当然、いくつかお叱りの言葉をもらうのではと私は予想していた。

だがエリスは何も言わない。

彼女は、お仕事に関わる必要最低限の連絡は口に出すけれど、それ以外の事柄については一切沈黙を守った。


その日のお昼のカツサンドを頬張りながら、私は対面のエリスの様子を伺った。

綺麗な女の子である。


私達は、元はメアリの居室だった部屋に手を入れて、そこを食堂代わりに使っている。

お食事時になると、当直の人たちがその日の献立を満載した鍋やお盆を、お部屋に運び込んでくれるのだ。

そこから各自、好きなお料理を自分でお皿に盛って、食べるのである。

いわゆるカフェテリア方式だ。

最初は、士官用の食堂にお邪魔していたのだが、私が顔を出すと混雑の原因になってしまうため、この形式に落ち着いた。

食べきれずに余ったものは、食堂に持ち帰ってもらうことになっているので、残してしまっても無駄にならない。


メニューも豊富だし、好きなものも食べられるしで、私のお気に入りなのだが、お貴族様的なお食事風景とは言い難かった。

対面に座り、綺麗な姿勢でスープを口に運ぶエリスに、私は尋ねた。


「どうかしら。カゼッセルの生活には、もう慣れた?」

「はい。気楽に過ごせるので、私は好きです。お料理もなかなか美味しいですしね」

「そう」


そのまま彼女は、私語もせず、お昼ごはんを食べきった。


なーんか、かみ合わないなぁ。

違和感を抱えたまま迎えた四日目、ついに一人の女が動く。

その名はステイシー。

最年長ゆえの人生経験を持つ彼女は、こういうシーンにめっぽう強い。

意外と言えば意外、納得といえば納得の特技であった。


「アリシア様、エリス様と少しお話の時間をもちませんか」


私がエリスを見れば、エリスは色の抜け落ちた表情で私を見返した。

隠せない怯えの色が伺える。

答える声も、少しだけ震えていた。


「わたくしに、何か粗相がございましたでしょうか」


「そんな馬鹿な!粗相なら私のほうが多かったでしょ、どう見ても!?」


私が驚きの声をあげると、エリスもまた驚いて私と周囲を見回した。



そして、わたしとブレアバルク家の最初のご挨拶における、素敵な食い違いが明らかになる。

なんと、私はエリスから怖い王女様だと誤解されていたのだ。

ご挨拶の折、名門ブレアバルクの皆様にボロが出ないようにと、私は終始おすまし顔でやり過ごしたのだが、これが勘違いされてしまったらしい。

あの時の私は、とても怖くて気難しいお姫様に見えたそうだ。


なんたること。


エリスは、アリシア姫におびえていたのである。

しかし私は私で、立派な貴族令嬢にビビっていた。

結果、お互いに緊張感が抜けないままぴりぴりして、二人でずっともじもじまごまごし続ける羽目になったのだ。


お見合いか。

初々しいな。


メアリがひとつため息をつく。


「アリシア様、是非、その本性を見せてあげてくださいませ」


「いいの!?」


私は、それはもういい感じに顔を輝かせ、逆にメアリはしまったという表情を浮かべた。


構うものか。


私はメアリの背中から抱きついた。

私の身長は、既にメアリを追い越している。

けれど、メアリは力持ちだし、私のおぶさりグセにも慣れているのだ。

遠慮はいらない。

ぬるぬるとメアリの背中に張り付きながら、頬を擦り寄せる私をみて、エリスは目を丸くしたが、すぐに表情をほころばせた。

ころころと楽しげな声をあげて笑う。


すごい、ほんとのお嬢様ってころころ笑うんだ!


彼女が楽しそうだったので、私も一緒になって笑ってしまった。

ところで、私の笑い声はどんな感じで聞こえるのだろうか。

ガハハって感じでは、ないと思うのだけれど。

やっぱりちょっと気になってしまう。


「こんな王女様だけど、仲良くしてもらえると嬉しいわ、エリス」

「はい、アリシア様」



誤解は解けた。

だが、それですぐ仲良く慣れるとは限らないのが人間だ。

アリシアと仲良くなるためには、甘いお菓子か、きれいなドレスか、その他とりあえず適当なもので釣り上げる必要がある。


はい、速攻で仲良くなりました。

皆さんもよくご存知であろう。

私は物欲の塊なのだ。

私アリシアは、ジークにも、あっという間に籠絡された実績を持つ。

翻ってエリスは、豊かな帝国でもトップクラスのお嬢様。

きれいなものや、美味しいものをたくさん知っていた。

故に私とエリスは、それはもう、あっという間に仲良くなった。


エリスは私に尋ねた。


「アリシア様は何がお好きなのですか?」

「はい、甘いものが好きです!」


勢い込んで、手を挙げた私に、しっかりもののお母さんから待ったがかかる。


「お待ち下さい!あまりお菓子を与えすぎると、アリシア様が子豚になりかねません」

「ならないわよ、失礼ね!」


ぶーぶー。

私はぶーたれる。

私が子豚なのは鳴き声ぐらいのものだ。

しかし、メアリは容赦しない。


「この膨らんできたほっぺを、鏡で見てから言ってくださいませぇ!」

「やめろ、メアリィ!」


ひとしきり、私とメアリの低レベルな争いを笑ったエリスは、甘くておいしくて、しかも太りにくいとかいう、夢のようなお菓子の店を紹介してくれた。

高級店からのお取り寄せだ。

胸が高鳴る。


それから、エリスは侍女としても真価を発揮した。

ずばり、私のドレスの新調だ。

ドレス一着を仕立てるには、相応の時間がかかる。

しかも私は成長期の真っ盛り。

ぐりぐり身長が伸びて、夜は成長痛に悩まされているような状態だ。

今から仕立てていたのでは、しばらくすると着るものがなくなってしまう。


「他所の令嬢様方からドレスを集めます。要所のサイズだけ調整して使いまわしましょう」


エリスは、知人の令嬢に手紙を書くと、お古のドレスを大量にレンタルしてくれた。

私が着るものは、そのまま買い上げるそうだ。

ブレアバルク家御用達の服屋を呼び寄せて、私の寸法を図ると、すぐにお直しの作業に入った。

身体計測の数字を見る。

ばっちり身長が伸びているのがわかって、私は内心でほくそ笑んだ。

ジーク、待っていておくれ!


なお、腹周りの数値の変化は見ないことにした。

コルセット絶対つけない教を棄教する日も近いかもしれない。


「一週間もあれば、10着ほどは準備できると思いますよ」


はっやーい。


服装はTPOも大事だ。

今までは、軍服を着てごまかしていたのだが、王女になってしまった以上そうもいかない。

いや、軍服でいけるかもしれないが、私だって女だ。

どうせなら綺麗なドレスを着たい。

以前は、なんちゃって侍女達と顔つき合わせつつおっかなびっくり服を選んでいたのだが、アリシア専用、全自動ドレッサーのエリス様が登場して状況が一変した。

エリスはまじ優秀なのだ。

彼女は、状況に応じて、予め着ていく服を指定してくれる。

その上、しこたま持ち込んでくれた私物のアクセサリ類で私を飾り立ててくれるのだ。


というか、すごいぞ。

宝石箱とか初めて見たのだけど、キラキラのぴかぴかで目が潰れそうだった。

お金ってある所にはあるものだと、私は度肝を抜かれた。


とりあえず、そこそこ見られる姿なら問題ないというのが、私の考えだ。

この有能な侍女殿なら、その程度のこと造作もない。

私はエリスが手放せなくなってしまった。

これでもう、明日突然夜会のお誘いがきたらどうしようとか、寝る前にビクビクせずに済む。

睡眠導入時間が5秒ぐらい短くなるはずだ。


エリスが来てくれてよかったなぁ。

わたしはしみじみと思った。


そして、慣れてしまうとベッタリなのが私の特徴だ。

エリスは19歳。

最初の警戒態勢がウソのように、私は彼女に張り付くようになった。

エリスも私を妹のように可愛がってくれる。

見た目はキリッとしてるけど、優しい。

良い侍女をもらったなぁ。

私はジークに感謝した。


しかし、だがしかし、これを面白く思っていない娘っ子がいた。


クラリッサだ。


ステイシーは、私を見ていられれば満足らしく、いつも通りニコニコしている。

メアリは、身代わり人形の登場を、諸手を上げて歓迎していた。


でも、クラリッサは違った。

彼女はエリスに、妹分のアリシアをぶん取られてしまう格好になったのである。


私とクラリッサは庶民友達だ。

二人でお安い通販雑誌をめくりながら、可愛い小物や、お取り寄せ食品を、あれがほしい、いやこれなんか良さそうだと二人でわいわい眺めるのが日課だった。


しかし、アリシアがぽっと出の金持ち女に走った。

エリスが垂らした高級餌に、がっつり食いついてしまったのである。


クラリッサはちょっとクールな印象がある。

しかしこの時ばかりは、露骨に機嫌を損ねた。

正直、ちょっと可愛かった。


いわゆるペットの問題に近いかもしれない。

新しい子を入れる時は、古い子にも配慮してあげないと拗ねてしまうのだ。

まさにクラリッサがこの状態だった。


クラリッサは、密かに対抗意識を燃やした。

安くても美味しいものがあるだろうと、エリスが注文した高級&低カロリースイーツが届く時期を見計らって、謎のクッキーっぽい何かを注文した。


ほぼ同時に二つはお菓子が届く。

一つはナチュラル志向の高級お菓子。

もう一つは、怪しい通販パッケージのお菓子。

この時点で片方からは嫌な予感しかしない。


そして、私たちは二種類のお菓子を食べ比べをすることになった。


クラリッサのお菓子を一口かじる。

皆の顔を見渡せば、みな同じ感想であるようだ。

皆の眉が下がっている。


「イマイチですわ」

「脱脂粉乳使ってるよね、これ」


私は口を尖らせる。

お菓子がイマイチな原因に思い当たったのである。


脱脂粉乳。


私がこの食べ物に出会ったのは、帝国に来てすぐのことである。

体には良いらしい。

だが、私は、安いお菓子に多用されているこの素材が、はっきり言って好きではなかった。

なんか風味が露骨に貧乏臭くなるのだ。

これが混ざったおやつには、アリシアが見向きもしなくなると評判の素材である。


クラリッサが注文したクッキーもどきには、このお菓子の幸せ度を低下させる悪魔の粉がふんだんに練り込まれていた。

お菓子の値段は正直だ。

きっと脱脂粉乳を使って原価を下げたのである。


残念ながら、あんまりおいしくない。

でも、ぺしゃんこにへこんでいるクラリッサが可哀想で、私はできるだけ美味しそうに食べようと頑張った。

表情を取り繕いながら、もそもそとお菓子を頬張る私を見て、クラリッサは悲しそうに眉毛を下げた。


「アリシア様って、露骨に顔にでますよね…。」


えっそうなの?

動転する私の横で、皆は、深々と頷いていた。


クラリッサは、ひとつため息をつくと、お菓子の箱を持って席を立った。


アリシア様の顔を見てると、かえって切なくなるんです。

と、背中を見せたクラリッサは言った


ご、ごめんよ、クラリッサ。


でもエリスが買ってくれたお菓子、とっても美味しい。

何個でも食べられちゃう。


クラリッサは、その後もちょくちょくエリスに対抗しようと頑張った。

しかし、溢れんばかりの財力の前に、彼女の知恵は無力であった。

あの俊英クラリッサさえも太刀打ちできないとは。

銭の力ってやっぱりすごい。

私は改めて実感した。


そうして、エリスはすっかり新生活に馴染んだ。

ただ、夜は自室に戻って寝るそうだ。

故に就寝前は、前までの四人組で過ごすことになる。


私はベッドの中に、通販で買った、羊っぽい形のクッションを持ち込んでいた。

コットン素材のクッションである。

クラリッサとお揃いだ。

かわいくてふわふわして手触りも良い。

この手の小物は、作りも簡単なだけに、そこそこのお値段で良いものが買えるのだ。

私のお気に入りである。

もふもふと顎の下で感触を楽しみながら、私はクラリッサにお礼を言った。


「これ、ありがとね、クラリッサ」

「はい。いつか、あいつを、見返してやります…。」


私の枕を一撫ですると、クラリッサは自分の布団の中に潜り込んだ。

衝立の向こうでは、メアリがエリスからもらった高級おつまみをひとさじ食べて、「うめー!」と奇声をあげていた。


キャビアとか言ったか。チョウザメの卵で高級品らしい。


だまれ、メアリ!

お前だってクラリッサの世話になってるんだから、もうちょっと空気読め!



私の心配とは裏腹に、お金持ちエリスによる人心掌握作戦は、もうちょっとの間だけしか続かなかった。

それに伴って私の贅沢暮らしもすぐに終わることになるのだが、この時の私は、まだそんなこと知る由もなかった。

アリシア「ゴディバ食べたい」

メアリ「チロルでも食っとけ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王国民(とくに女子)は帝国の人と食べ物に弱い、がここでも見られてすごく楽しかったです。
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