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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
アリシア・ランズデール帝国軍元帥
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姫騎士とわたし

この武闘会を通じて、私は、本物の姫騎士と出会った。

彼女は可憐で、凛々しく、そして美しかった。

私は、勝手に対抗意識を燃やして逃げ回り、捕まり、そして当然のごとく敗北した。

私は女子力だけでなく、姫騎士力も不足していたのだ。


きー!悔しぃー!


今日はこの悲しい出来事について語ろうと思う。



王国から来た騎士の人たちについては、新たな就職先を斡旋したのだが、一人扱いに困った娘がいた。

そう娘さん。

武闘会なのに、騎士見習いの女の子が混じっていたのである。


正直、今回のイベントで、女性騎士の参加は想定していなかった。



私が所属する帝国軍であるが、女性は原則として所属できない。

これだけ聞くと、じゃあアリシアは女じゃないのか的な話に発展しそうだが、それはひとまず置く。

一応言っておくと私は女だ。


帝国軍では、後方勤務も含めて全ての女性は軍属扱い、正規の軍人は全て男性だ。

これには当然理由がある。


一つは女性だと捕虜になった時に危ういだからだ。

帝国軍は交戦規定を遵守するが、相手がそうであるとは限らない。

最悪、死んだ扱いにしてしまえば捕虜の処遇はどうとでもなってしまうのだ。

敵も味方も主たる構成員は男性だ。

捕虜をゼロにはできない以上、単純な能力だけで女性を前線に出す訳にはいかない。


もう一点は、各種衛生設備の問題である。

代表的なところがトイレだ。

私達がいるカゼッセル要塞に女子トイレは無い。

この要塞に限らず、ほとんどの軍事施設はみな同じ感じだ。

だから、私もメアリもクラリッサもステイシーも、必要があれば堂々と男子トイレに突入する。


「やあやあ兵士諸君、もう一歩前に進み給え。君のはそんなにでかくないだろう」


ぐらいの勢いで突入し、個室を占拠して済ませる。

恥じらいなど持っていては、やっていられないのだ。


出征中は、お風呂にだって入れない。

髪も肌もぼろぼろになる。

前線で騎馬を駆って、槍を振るう私やメアリは、それなりの頻度で女を捨てる必要に迫られるのだ。


いまメアリが、「私はアリシア様ほど女捨ててません。一緒にしないで下さい」的なオーラ出してたけど、五十歩百歩だからね。

絶対に逃さんぞ!


こんな理由で、女性の軍人は極めてまれなのだ。

現役の帝国軍人だと、私とメアリしかいない。

例外は本当に僅かであるし、私もこの帝国軍の方針を支持していた。

私は、女性にとって、軍人はハンデを負ってまでなるような仕事ではないと考えている。


でもこの騎士見習いの女の子は、軍人になりたいようだった。



武闘会が終わってからすぐのこと、その日、私は練兵場に向かっていた。

最近、食っちゃ寝生活が板についてしまい、流石に体のなまり具合が心配になったのだ。

加えて、人の目も気になった。


「ようやく少し丸くなられましたね」


メアリが私の体を見て柔らかく微笑んだ。

からかう調子ではなく、本当に嬉しそうな声音であったので、いつまでたってもガリガリだった私を心配してくれていたのだと思う。


でも、乙女的に、「丸くなる」は禁句だ!


女性らしいプロポーションには憧れるが、二の腕やお腹まわりが豊かになるのは断じて避けたい。

私は危機感に駆られた。


私は、帝国に来てから、ほとんど鍛錬をしていなかった。

三度の飯より修行好き、というほどではないが、私は体を鍛えることが嫌いではない。

ただ、帝国は地元ランズデールと勝手が違ったので、練兵場から足が遠のいていたのだ。


ランズデールは騎馬での戦闘を重視する。

騎兵同士の戦いは、馬上で組み合って相手を引きずり下ろしてから、ぶすーっと槍や剣で突き刺し仕留めることが多い。

いわゆる剣と剣による打ち合いの練習よりも、徒手格闘や相撲などの比重が重かったのだ。

私も熱心に練習した。

何しろ私は体が軽い。

組み付かれて持ち上げられてしまったら、為す術などなくなってしまう。

死活問題だ。

ゆえに必死に訓練に取り組んだ私は、瞬く間に地元で一番の相撲取りになった。

どすこいアリシアである。


ごっつぁんです。


本当に小さい頃の話になるが、体重が軽い私は、服を掴まれると、すぐにつまみ上げられて負けてしまった。

業を煮やした私は、上半身素っ裸で戦うスタイルを確立させた。

父の真似だ。

14歳ぐらいまで、わたしの見た目は男の子と殆ど変わらなかった。

山猿という評も納得の訓練風景ではあった。

しかし、それを帝国に来て再現する訳にはいかない。

せっかく素敵な彼氏ができたのに、上半身すっ裸で、ドスコイドスコイ鍛錬するほど、私はまだ女を捨てていなかった。


ゆえに、この日も、誰かと組んで訓練する気はなかった。

隅の方で重量がある長柄の斧や槍を素振りさせて貰う予定であった。

美容のために、ボディのシェイプアップを頑張るのだ。



そうして余り目立たぬよう練兵場に潜り込んだ私を目ざとく見つけた女の子がいた。

そう、件の騎士見習いの女の子。名前はルミリエ。

年は17。奇しくも私と同い年であった。


「アリシア様!」


うわぁああああああ!一番見つかりたくない娘にみつかっちゃったぁあああ!


「なにかしら?」


私は内心汗ダラダラである。

我ながら硬い声が出た。


ぎぎぎと振り返ると覚悟を秘めた雰囲気の女の子と目があった。

まわりの兵士さん達の「頑張れ!」みたいな雰囲気が私の心をさいなむ。

お願いだから、頑張らないで!


「私と、お手合わせ願えませんか!」


「ええ、いいわよ」


いやです。と私は言いたかった。

でもこの娘には何の落ち度もないのだ。

一生懸命に頑張る女の子を理由もなく傷つけるような真似はしたくなかった。


やるか…


お互いに練習用の木剣を手に構える。


「やぁああ!!」


女の子騎士ルミリエが烈吼の気合と共に剣を振るう。

私が切り返すと、弾かれた剣に流されつつも、即座に体勢をたてなおす。

一合、二合、打ち合いつつも、彼女の体軸はぶれない。

剣筋も確かだ。

彼女の努力と研鑽が伺えた。


だが、致命的なまでに軽い。


私は泣きたくなった。



カゼッセルに来た日以来、この娘が毎日欠かさず練兵場で鍛錬をしていることを、私は小耳に挟んでいた。

彼女は必死になって剣を振るいながら言ったのだそうだ。

アリシア様は私のあこがれなのだと。

私も鍛錬して、あの方のような強い騎士を目指すのだと。


最初は遠巻きにしていた帝国兵の皆さんも、彼女の一生懸命な姿にほだされた。

私は彼らが、いい人達であることを知っている。

でも今回ばかりは勘弁して欲しかった。


この娘の手を見れば豆が潰れた跡があった。

昨日今日はじめた鍛錬でないことは、一目瞭然だ。

貴族の令嬢にあるまじきほど、淡い金色の髪を切り詰めて、必死に努力してきた跡が見受けられた。


でも女の子なんだよ。


彼女の太刀は、非力すぎて、話にならなかった。

精一杯頑張った程度で生き残れるほど戦場は甘くない。

だから私は、この娘の騎士への思いに引導を渡さなくてはならない。



でも、なんで私がその役を!?

お父さんが言うところでしょ、普通!


わたしは傍目には、いつもごろごろしつつ遊び回ってる怠惰なお姫様だ。

なのにとても強い。

一方のこの女の子は、毎日必死に練兵場で鍛錬してる。

なのに力は及ばない。


さて、どっちを応援したくなるでしょうか?

言うまでもないよね。


でも現実として、力量差は歴然だ。

結果、食っちゃ寝の女アリシアが、姫騎士ルミリエに上から目線で言い渡すのだ。


「あなた、才能無いわ。いますぐ剣を捨てなさい」


だめだぁ!

どう考えても悪役!

この展開が読めていたから今までずっと避けてきたのに、私はとうとう姫騎士に捕まってしまった。

私は思い知らされた。


姫騎士からは、逃げられない…!


私は、心ここにあらずで、ルミリエの剣を受け続けた。

何十合打ち合っただろうか。

彼女は、息をあげながら必死に剣を振るう。

私が彼女の持ち手を打ち据えると、ルミリエは「くっ」という苦悶の声とともに、木剣を落とした。


ルミリエは泣いていた。

私も泣いていい?


「まだ続ける?」

「はいっ、まだ…」

「いいえ、止めておきなさい」


そして、要塞の兵士の皆さんが見守る中、私は彼女に騎士となる道を諦めるよう言い渡した。


あなたの剣は、非力な女のそれだ。実戦では役に立たない。

でも、騎士を目指し、これだけの研鑽を積んできたあなたの意志力は、これから生きる上で必ず活きるだろう。

ここで、これからどうするかをゆっくり考えなさい。


そんな、いい感じに聞こえる言葉でその場をまとめて、私は練兵場を後にした。


無論、自分の鍛錬は放り出した。

敗走である。



この娘が来るまで、きっとこの要塞内の姫騎士は、アリシアだったに違いない。

わたしはそう確信している。

でも、もう違う。本物の姫騎士ルミリエが来てしまった。

私は姫騎士じゃなくて黒騎士だってバレてしまったんだ。


そもそも、要所要所で見せる姫騎士力が全然違った。


彼女の気迫は「てぇい!!」とか「やぁぁああ!!」みたいな感じだ。気が入りつつも女らしさを失わない。

一方、わたしが剣を振るう時は「シッ…!」みたいに歯と歯の間から息を抜くみたいな音が出る。

あげる気勢は、「シャアァッッッッッ!!!!!」とか「ザァリャァッッッ!!!!!」とかだ。

当然、蛮族にだって負けない。


相手に打たれたときも、ルミリエは押し殺した声で「くっ」って声をあげる。思わずいじめたくなる。

でも私は違う。

痛みを紛らわせたい時は、大声で「ガアアアアアアアアッッッ!!」って叫ぶし、打撃に耐えて整気する時は、丹田に力を込めて「コオオオオオオッッッッ」って深く息を吐く。


だめだ!

これはだめだ!

酷い。そもそも字面が酷い。私に甘いジークでさえドン引きするレベルだ。

コオオオオッッとかいう息を私が吐いた日には、間違いなく逃げられてしまう。

逃さんぞ…!お前だけは…!


そもそもルミリエって名前がめちゃくちゃ姫騎士っぽいのだ。

私の名前のアリシアも、響きはとても綺麗だと思うのだけど、どことなく悪女っぽい気配を感じてしまう。

たしかに私の顔はちょっと悪役っぽい。


でもだからってひどいよ!

私は戦場で頑張ってきたつもりだ。

でも姫騎士力では全然刃が立たなかった。



この日、わたしは、要塞のアイドルではなくなってしまった。

姫騎士ルミリエにその座を奪われたのだ。

でもジークがいてくれればそれで良いはずだ。

私は初心に立ち返った。

今までだって喪女だったのだ。

八方美人にならずに、大事な人に戦力を集中するのだ。


そう心に決めた私は、ジークに慰めてもらうべく、お風呂に入り、ジークの執務室まで押しかけた。

先触れはもちろん出していて、だめな場合はメアリ辺りが止めてくれる。


「ジークに会いに来ました」

「ええ、ご連絡は頂いてますよ」


コンラートはじめ執務室に詰めていた人たちが、にこにこしながらはけていく。

いつもすみません…


「来たか、アリシア」

部屋の中では椅子に腰掛けたジークが私を待っていた。


ジークー!!!

と叫びながら飛びつきたいのであるが、外に声が漏れると恥ずかしいので、実際は心のなかで叫ぶだけだ。

扉をガチャりと後ろ手で閉めてから、私はトトトッと彼のもとに走り寄ると、横向きになって椅子に座るジークの上に腰掛けた。

彼の首元に手を回して抱きつく。

ジークも私の腰に手を回してくれる。


そう、膝抱っこだ。

最近のマイ フェイバリット ポジションである。


この体勢のすごいところをお伝えしよう。

普通、男女それぞれが平均程度の体格だと、女性の目線が男性のそれより大分高くなってしまう。

しかし、私とジークの体格差だと私と彼の目線がちょうどバチコンぶつかるのだ。


すごい。

なにがすごいって、私が彼に抱きついて頬ずりしたり、ふがふが匂いを嗅いだりするのにすごい都合が良い。


私は彼に、今日の出来事を話した。


「聞いて下さいジーク。私、騎士見習いの娘と話したんです」

「なにかあったのか」


私を膝に載せつつ、書類に目を通すジークに、私は自分の姫騎士力の不足について訴えた。

話の流れで、私の気迫のこもった掛け声についても話すことになってしまい、ジークに大爆笑されてしまった。


わたしは褒め言葉をおねだりした。

傷ついた私の自尊心を優しく癒やして欲しい。


「ジーク、慰めて下さい!私は傷心なんです。かわいいかわいいと褒めてください」

「そうだな。アリシアの声はかわいいからな。他のやつに聞かせるのは勿体無い」


これを聞いて、私はごきげんだ。

いいなー。楽しい。

私は、嬉しくなってもっともっととせがんだ。


「貴女の鳴き声を聞くのは俺だけでいい、とかどうだ?」


すこし品が無いかな。

言いながらジークが私の脇腹をさわりと撫でた。


吃驚した。


思わず、くぐもったような声が私の口から漏れる。

ジークに聞こえたかしら。


「嫌だったか?」

「…いいえ。でも急にはやめて下さいませ」


それはすまなかったな、とジークは謝ってくれた。

私はドキドキしてしまって、そのまま黙って彼が書類をめくるのを見ていた。


「ただ、実際のところ、鳴かされるのは俺の方な気がしてならないんだよな」


ジークの声はしみじみしている。

それ、どういう意味!?

私は怒りを込めてジークを睨んでから、机の書類に目をやった。


「あっ、これ二重申請です!」

「なに!?本当か」


執務室には、政務の勉強をジークに教えてもらう名目で遊びに来ている。

仕事はする女アリシアなのだ。

それ以外のこともするけれど。



最後に、少しだけ未来の話もしよう。


ルミリエ嬢は、最終的に騎士の道を諦めることになった。

彼女は子爵家の長女であった。

他家からお婿さんを迎え、三人の息子を産んだ。

厳しくも優しいお母さんとなったそうだ。


そして彼女はもう一つ、偉大な業績を残す。

ルミリエは自身の経験から、戦う女性向けのお化粧品や衛生用品を商会に依頼して開発させたのだ。

半ば女を捨てている私たちには、無い発想であった。

彼女の提案で開発された、匂いを和らげる化粧水や、使い捨ての濡れタオルは、その後、私達女性陣の必需品となる。

そして瞬く間に、男性の必需品にもなった。

それはそうだ。男性でも汚いのや臭いのは辛い。

結果、帝国軍内でガンガン消費される売れ筋商品となり、一部は正式に軍に納入することが決定する。


開発出資者のルミリエは大変なお金持ちになり、家族仲良く幸せに暮らしたそうだ。


騎士を目指して頑張ったルミリエは、資本家として大成功をおさめた。

真面目でひたむきな彼女の努力は、いろんなところで実を結んだというお話でした。

アリシア「・・・この人は・・・ジークハルトは来てくれたわ!」

ジークハルト「あの世で、俺にわび続けろ!オルステッドーーーーーーーッ!!!!」

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