友人宅に転がり込んだ公爵令嬢
翌朝、私とメアリは、乗馬を交換して出発した。
実は、私の身体強化は、触れている相手にも効果があるのだ!
残念ながら、自分に使うのと比べると、だいぶ控えめな効果ではあるのだが、長時間の騎乗時などで乗馬に使っておくと、なかなか馬鹿にならない効果を発揮する。
「あと、私のほうがいろいろと軽いから! 昨日頑張ったメアリのお馬さんは、今日は休憩タイムよ! 」
といったら、メアリに頭を小突かれた。
ふふん、事実を認めたまえよ、メアリ君。
それから、もう一日近く馬を駆けさせる。
そしてついに私達は、我が家の盟友であるウェルズリー侯爵領の街、ノーデンに到着した。
街につくと、ウェルズリー侯爵家当主カズンズ氏が、自ら出迎えてくれた。
婚約破棄会場で私をかばってくれたレイン君のお父上で、グレーシルバーの髪と瞳が眩しいナイスミドルある。
背はレイン君と同じ高さだ。
遺伝だね。
「わざわざのお出迎え、感謝いたします、ウェルズリー卿。なにぶんこのような見苦しい格好で、恐縮なのですけれど」
「なんの。ランズデール閣下のおんためとあらば、この程度」
差し出された右手を握り返す。
ちなみに、ランズデール閣下って私のことね。
将軍だから。
これでも。
「それにどのようなお姿であれ、閣下の美しさが損なわれることはございますまい」
そして、すごいさらっと容姿を褒められた。
ちょっと照れる。
実物は、ボロボロドレスにボサボサヘアーで、流れのダンサーみたいになってる小娘なのだが、たとえお世辞であっても嬉しいものは嬉しい。
「おおよその事情は、把握しているつもりです。こちらでご滞在の準備はしておりますゆえ、ひとまずはお休みください」
それを聞いて、私は表情を引き締めた。
説明の手間が省けたのをよろこびたいところだが、私の滞在の準備までできているって時点で、そういう話ではないだろう。
内心、かなりしょんぼりしてしまう。
その後、私達は町の領館に招かれた。
さすがに、まる二日近く騎乗してるとお尻が痛くなってくる。
メアリも股擦れが酷いらしく、恥をしのんで私に回復を頼んできた。
ちょっと恥じ入った表情が妙に可愛らしくて、わたしはちょっと嫉妬してしまう。
かたやケツが痛いと不平を言う公爵令嬢。
この差はいったい、どこで付いたというのか……。
入浴を勧められたが、これはメアリに譲った。
ありがたいことに、部屋には、私のサイズに合わせた騎士隊の制服が用意されていた。
騎士隊の制服は、赤地のジャケットに明るいグレーのスラックスで、デザインなどはなかなかかっこいいのだが、汚れがたいへん目立つという欠点がある。
袖を通しつつ、記章などがすっからかんなのに気付いて苦笑する。
そういえば、勲章の類を、全部学園に置いてきてしまった。
どっちにしろ、地位もなんも全部まとめて剥奪されているだろうし、いまさら気にするようなものでもないので忘れることにした。
続いて武器を調達だ。
もしかして渋られるかな、と少し心配したが、家政をにぎっているらしいおじいちゃん執事に相談すると、快く案内してくれた。
勝手知ったる人んちの武器庫、何度か来た場所でもあるので、とりあえず腰元に提げる分だけ確保する。
鋼鉄の重みが心強い。
それから厨房にお邪魔して、パンと野菜の酢漬けとベーコンを水で流し込むようにつめこんだ。
そして部屋に戻って一服する。
ここまで流れるような作業である。
もう完全にルーチンワークと化しているね!
お風呂上がりのメアリは、旅の疲れもあるのかすこしやつれて見えたが、久々にさっぱり出来て嬉しそうだった。
今日は、ウェルズリー候の晩餐会におよばれしている。
彼はなかなかの美食家で、いつもの滞在時は、これがちょっとした楽しみであったのだが、おそらく口にはできないであろうなぁと思うと少し残念であった。
晩餐会には、ウェルズリー候カズンズ氏と私、そしてメアリの席が用意されていた。
実はメアリ、れっきとした爵位持ちの貴族家当主なのである。
三年前に一代貴族になり、去年は準男爵に封じられている。
今年は、もしかしたら男爵位ももらえるんじゃね? バロネス(女男爵)って、響きが超かっこよくね? などと、つい一週間前まで馬鹿話しをしていたのであるが、流石にこの騒動では封爵は無理そうである。
晩餐会は、大変かたぁい雰囲気ではじまった。
特に対面のナイスミドル、カズンズ氏の態度が、かなり無理をしているようで、向かいに座る私の胸もちょっと切なくなる。
「先だっての西部の前線、帝国の動きはいかがでしたかな」
「ほとんど睨み合いに終止しましたわ。一部小競り合いがありましたけど、例年に比べればずっと小規模なものでした。犠牲がでないのはありがたいのですけど、つけいる隙も無いのは、正直気詰まりですわね」
当たり障りのない回答に、向かいの席のかっこいいおじさまが、眉をハの字にして困り顔を浮かべる。
本当は私なんかより知ってるくせにぃ、とでも言おうかと思ったのだが、これでも自重したのだ。
そんな顔をしないで欲しい。
そこで会話が途切れてしまい、しばらくはかちゃかちゃと食器を動かす音だけが響いた。
さらにもうしばらくすると、何の音もしなくなる。
横を見るとメアリの手も止まっていた。
私が水にさえ手を付けていないことがバレたらしい。
「お腹へってるでしょ? 折角のご厚意なのだから、頂きなさい」
自分のことを棚に上げて勧めるが、メアリは泣きそうな顔で首を横に振った。
これには私まですっかり困ってしまった。
しょうがないなぁ。
私以外のみんなは、ご飯ぐらいは食べておいたほうが良さそうなんだけど。
心の中でだけ、小さくため息をついてから、私は話を切り出した。
「ウェルズリー卿、本題を進めましょうか。まずは隣室の方もよんでくださる? 」
たぶん帝国軍の兵隊さんがわらわらっと出てくるぞ。
私は賢いんだ。
そんな私の予想に反して、部屋に入ってきたのは、黒地に金の刺繍をほどこした、帝国軍士官服の青年であった。