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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
アリシア・ランズデール帝国軍元帥
43/116

エルベス政庁制圧事件とわたし

ランズデール騎兵隊、エルベス政庁を占領。

私は、その詳細について説明をうけていた。


原因は、元をたどると、一人の女性をめぐる争いだった。

騎兵隊幹部と市長の身内が、その女性を賭けて戦い、最終的にランズデール騎兵隊が市長に喧嘩を売ったのだそうだ。

彼らは盛大に戦い、市長とその一家を追い詰めると、最終的に政庁を制圧して勝利宣言をあげた。

これだけ聞くと、すさまじく馬鹿な所業である。

田舎領主の傭兵隊が、たかが女一人のために、帝国の公権力に喧嘩を売ったのだ。


だが、私は詳細を聞いて、我が部下である単細胞共を全面的に擁護する事に決めた。

奴らはランズデールの誇りを守ったのだ。

その対象が、齢17の女の子一人であることについては、この際目をつぶることにする。


ジークは、隣で報告書を睨んでいた。

私は彼の目を見て、宣言する。

「私はギュンターの決断を支持しますよ」

「だろうな」

ジークは、不敵に笑った。


ランズデール騎兵隊は、ここ三年間、私がずっと統率してきた部隊だ。

お互い嫌になるほどの信頼関係がある。

歴戦の部隊指揮官がやると決めたのだから、やるだけの理由があったということだ。



事の経緯を説明しよう。

ランズデール騎兵隊の人間は帝国軍の方々に案内されて、帝国各地の町や村にお邪魔させてもらっていた。

問題がおきたのは、そんな街の中の一つ、大都市リップシュタットにほど近い衛星都市エルベス。

ここで我がランズデール騎兵隊の幹部ギュンターと、事件の原因となった女性、ヤイア嬢(源氏名シェリーちゃん)が出会ったことがそもそもの始まりだった。


ヤイアは娼婦だった。


彼女は職業柄、春をひさぐ身ではあったが、その身分は帝国が保証していた。

帝国では、治安や防疫、それに裏社会の資金源を断つ目的で、この手のお仕事は公的機関が管理している。

そこで働く女性たちは、健康や生活の保証も含めて、国が面倒をみる仕組みになっているのだ。

広い意味でいえば、彼女らもまた公務員であった。


はるばる遠征で帝国まで出向いて、変な病気をもらう訳にはいかない。

帝国の案内の方も、その辺の事情はよくご存知で、うちの騎兵隊の人間には、特に管理がしっかりしているお店を紹介してくれた。

王国南部の田舎から出てきたお上りさんであるところの男達は、洗練された帝国のお店の雰囲気におっかなびっくりしながらお邪魔した。


さて、受け入れる側のお店からは、ランズデールの人間はどう見えたであろうか。

帝国軍とランズデール領軍による北方遠征成功の報は、すでに帝国全土に知らされていた。

同時に、我が騎兵隊の武名も、3割増しぐらい盛られて宣伝済みだ。

蛮族相手に獅子奮迅の戦いぶりを示した猛者たちの武勇伝は、今や知らぬものがいないほどであった。

彼らは有名人だった。


ゆえに、お店の人たちは、ランズデール騎兵隊の男達を見て、とても怯えた。


当然だ。

強いからと言って、素行が良いとは限らない。

むしろ暴力沙汰については、国がお墨付きを与えているような男達だ。

凶暴な可能性のほうがよほど高い。

腕力で無理を通すことだって、難しくもなんともないだろう。


さらに彼らは、帝国の恩人でもある。

金払いもいい。

できれば今後もながーくお付き合いしたい相手だ。

多少の酷い扱いや無理な要求についても我慢して耐えるよりほか無い。


ヤイアもそのランズデール騎兵隊を迎えた女性のうちの一人だった。

彼女も最初はとても怖かったそうだ。

それはそうだろう。

王国と帝国では言語が違ううえに、兵隊は大声で喋る。

戦場でも通るような大声で、何やら言い合いながら隣に腰をおろしたむくつけき大男を、ヤイアは内心泣きそうな思いで見上げた。

なお、彼女を怯えさせたランズデール騎兵隊の会話を意訳すると以下のようになる。


「こげなきれいな店さ来て、おらたちのかっこ、笑われたりしねぇっぺか?見ろぉ。おめぇなんかほとんどまっ茶でねぇか」

「でぇじょぶだぁ、案内の帝国のひども平気じゃいうとったでねぇか。なぁんもわるいこたねぇ。それにわしらにゃ、他に着るもんなんぞ、なんもねぇじゃろが」

「だども、となりの娘っこさ、えらいべっぴんさんじゃで、わし、はずかしぃわぁ。なぁんかええにおいもするし…」


方言は適当なのでご了承願いたい。

私たちランズデール人は田舎者であるし、王国内でも辺境の領地を飛び回ることが多かった。

都会に出たのは今回が初めてだ。

周りの女の人もみんな綺麗で、とてもどきどきしたらしい。

気後れもしたが楽しかったと、だらしない顔をした隊員から報告があった。

無論、乱暴狼藉を働く気など、毛頭なかったそうだ。


大変結構。

だが貴様の嫁にもその話はさせてもらうぞ。


こんな田舎者を迎えて、お店のほうで軽くお酒を振る舞ったあと、ヤイアは宿の部屋へとうつった。

彼女は、その夜、騎兵隊幹部ギュンターのお相手を務めることになっていた。

「今日は、よろしくお願いしますね」

辛くとも耐えよう、そう決心したヤイアの予想に反して、ギュンターは、とても優しかったそうだ。


これは、彼らの指揮官が私アリシアであったことも一因だろう。

私は、隊員たちに、たとえお金で買った関係であったとしても、女性には優しくしろと常々言ってきた。

俺は金を払った客なのだからと、女性相手にひどい扱いをする人間がいるが、どんな関係だろうと辛いものは辛いし、苦しいものは苦しいのだ。

できれば優しく扱ってもらいたい。

特に、私を女性の基準にしてしまうと大変なことになってしまう。

私は手加減されるのが大嫌いだったので、組討の稽古で流血しながらのインファイトもザラであった。

アリシア相手の顔面パンチは許されるが、一般女性相手にその扱いはまずい。


あと傭兵には進駐の問題もある。

戦争中は、他所の街に数百人単位でお邪魔することになるのだが、当然それなりに問題が発生する。

そこで街の住民に嫌われると、私達が蛮族のような目で見られてしまうのだ。

すると、「俺達はお前らを守ってやってるのに」という傭兵と、「あんな奴ら早く出ていって欲しい」という住民の対立で負のスパイラルが発生して、あっというまに関係が悪くなる。

それはもうびっくりするぐらいの速さで嫌われる。


昨日までにこにこ笑顔で迎えてくれた看板娘の女の子が、私の顔を見るなり店の奥へとぴゅーっと逃げ込むようになるのだ。

あれはさすがの私も堪えた。仲直りするのに足掛け一年もかかってしまった。大変だった。

できれば私達だって、虫だらけの野宿より、綺麗なお宿に止まりたい。

故に、町の人とも良い関係を築くのは大事なことだ。

娼館に務める女の人もそんな中の一人である。


この辺りの機微も、歴戦のギュンターはよく承知していた。

彼はベッドの上でも紳士であったそうだ。


ヤイアちゃんは喜んだ。

お金の払いはいいし、優しいし、ついでに国外のお客なら変な後腐れもない。

お仕事の相手としてみれば、理想的と言っていい相手だ。

絶対に逃すまいと頑張った結果、あっという間に彼女のほうが入れ込んでしまった。


一方のギュンターも自分に喜んでもらおうと、せっせと頑張るヤイアを憎く思うはずなどなかった。

彼はお嫁さんをだいぶ前に亡くしていたが、娘が二人いて、上の子はヤイアと同い年だ。

故郷に置いてきた娘を思って、彼女を可愛がったそうだ。

そう言いつつ、やることはやってるあたり男ではあるが、その点には目をつぶろう。


ギュンターはランズデール騎兵隊の幹部で、ヤイアは店の看板を務める売れっ子だった。

二人が仲良くしているのを、周りの人間は大変喜ばしく眺めていたそうだ。

ある種、王国と帝国が仲良くなった、庶民的な象徴でもあった。


だがこれを面白く思っていない人間がいた。

エルベス市長のバカ息子だ。

名前を覚える必要はないため、以下市長の息子ないしバカ息子と呼称する。

この市長の息子であるが、街で最近評判がいいランズデール騎兵隊を大変にがにがしく思っていた。


帝国は大きい。

良い人間もいれば悪い人間もいる。

権力者の身内に良からぬ輩が紛れることも当然あった。

市長の息子は悪い方の例で、息子の悪事をもみ消していた市長もそこに片足突っ込んでいた。

この男は、街のチンピラを集めて、店からみかじめ料をせしめたり、脅迫まがいの悪事を働いたりと、かなりやりたい放題やってきた。

チンピラもこのバカ息子を後ろ盾にかなりきわどいことまでしていたそうだ。


ところがそこへ、王国とかいう10年ほど戦争ばかりしていた修羅の国から、バリバリの実戦部隊がやってきた。

我らがランズデール騎兵隊だ。

エルベス市を縄張りに持つチンピラどもと、王国南部から来た田舎者は、街のそこかしこで衝突した、らしい。

らしい、とぼかさせて頂いたのは、片方の当事者たちが、衝突など一切なかったと主張しているためだ。

どちらかは敢えて言うまい。


皆さんは、私が、ランズデールの部隊を解散するときに言った台詞を覚えているだろうか。

彼らを送り出す際、私は「全員無事に帰ってこい。現地で問題を起こすな」と言い渡した。

ここで領主貴族と傭兵隊に共通する嗜みについて申し上げよう。


喧嘩をしても、鎮圧に成功すればそれは問題とは言わない。


ランズデール騎兵隊は、私の言葉を忠実に守り、常に複数人で行動し、けんかを売ってきたチンピラどもを自衛のために最速で無力化した。

悪事をはたらく者共は、自軍勢力が優位と見れば予防措置として鎮圧した。

不利と見れば増援を呼んでやはり鎮圧した。

ランズデール人が安全で頼りになると知った町の人からは、陰ながらの応援までありちょっとしたサービスもしてもらったらしい。

楽な仕事でちやほやされて、皆まんざらでもなかったそうだ。


市長の息子はこのことに大いに怒った。

王国からきた田舎者に、自分の面子を潰されたことも悔しかったし、なによりその連中に全く歯が立たないのが業腹であった。

彼は報復を決意した。

その時目をつけたのが、ランズデール領軍幹部のギュンターとヤイアであった。


ヤイアには借金があった。

正確に言うと親が作った借金なのであるが、ヤイアはこれを肩代わりしていた。

若い娘が、借金のために身売りする、というと悲壮な感じがするが、娼館の経営は国が管理しているし、金利も高くない。

十数年別の仕事をすることと天秤にかけて、本人が娼館で働くことを決断したのだそうだ。

あと3,4年頑張れば、借金も完済できる見込みであった。


そんなヤイアの店へバカ息子が押しかけた。

そして店にいるヤイアを捕まえるなり、借金をすべて払ってやるから俺の女になれと脅しつけた。

ヤイアは嫌がった。絶対にお前の元になど行くものかと泣いて抵抗した。

店の人間は、大慌てでギュンターを呼びに行った。

私の部下を頼ってくれるのは嬉しいが、先に官憲を呼びにいけ。


ギュンターは、案内の帝国軍士官を伴って現場に駆けつけた。

駆けつけたギュンターを見るなり、ヤイアは彼に縋った。

「助けて!ギュンター!」

そして彼女は手近な酒瓶をにぎると、バカ息子の腕や頭を殴りまくり、相手が怯んだすきに逃げ出した。

口で助けを求めながら、自力脱出に成功する辺り、なかなか肝が座っていた。

私はヤイア嬢に対する評価を上方修正した。


一方でいいようにやられて醜態をさらしたバカ息子は、ギュンターと彼の腕の中に逃げ込んだヤイアを睨みつけた。


「その女をこっちによこせ!この街で俺に逆らって無事で済むと思うなよ!」


はい、アウトである。

三流悪役のテンプレみたいな台詞であるが、この時点でギュンターの取れる道は一つだけになり、バカ息子の命運は終わった。

同時に私が、ギュンターの決断を全面的に擁護することが決まる。


このバカ息子が、傭兵というものを根本的に理解していないのが悪かった。

チンピラ同士の縄張り争いであれば、権力をかさにきた安い脅しも成立する。

だが、私たちランズデール領軍は傭兵だ。

傭兵にとって武力とは売り物であり、そしてそれを高く売るためには武名が必要なのだ。


考えてもみて欲しい。

どこの世界に、チンピラに脅されて女を差し出すような腰抜け傭兵を雇う人間がいるというのか。

故にその手の脅しに、傭兵屋が屈することは絶対にない。


我々ランズデールはなめられるわけにはいかんのだよ。


「やれ」


ギュンターの号令一下、騎兵隊が手近なものを一斉に投擲すると、数人のチンピラが直撃を受けて倒れた。

難を逃れたもの達は手や机などで体をかばったが、そこをギュンター以下数名が肉薄して、全員制圧、無力化した。

ランズデール騎兵隊は30名に対してチンピラは15名、勝負にならなかった。


さてこのバカ息子を適当にボコって黙らせたギュンターは困った。


ボコる最中に、バカ息子が散々言い立てていたのだ。


こんなことをして俺の親父がだまっちゃいねえ。

この街の法律で、貴様らの首に輪をかけて牢にぶち込んでやる。

俺たちがその気になれば衛兵どもは全部こっちの味方になる。お前らだって囲まれればおしまいだ。


これを横で聞いていたヤイアは真っ青になった。

要するに市の司法と警察権力が敵に回ると言っているのだ。

単なるチンピラの妄言であれば良かったのだが、困ったことにこのバカ息子はエルベス評議会の末席に名を連ねていて、衛兵隊にも籍があった。

無視するわけにはいかない。


ギュンターは案内役の帝国軍士官の人と相談することにした。


「王国なら政庁を落として終わりなんですがね」


領主貴族同士の喧嘩は、割りとわかりやすい。

個人の戦いなら決闘できまり、集団戦なら政庁を制圧したほうが勝ちである。


野蛮だって?

領主貴族なんて統治権と裁判権にぎったヤクザみたいなものだ。

私は、極道の娘アリシアである。

やるときはやるのだ。


もっともこれだけだと世紀末みたいになってしまうので、調停のために王様がいる。

先にやらかしてしまった場合は、現状の追認が基本になるけどね。


だがここは帝国だった。

法がある。

当然力こそ正義だ!は、通用しない。はずだった。


「なら、落としましょうか。政庁」


案内役としてつけられている帝国軍士官、オスヴィン大佐は言い切った。

すぐに伝令をやって憲兵隊に招集をかけ、巡回裁判官の手配を要請する。


彼は帝国法に則って市長の身柄を抑えることにした。

容疑は背任。

市長の権限でエルベスの要職に就任した人物が、市政の私物化を証言したうえで、国外の要人に危害を加えようとした。

エルベス内の警察組織と司法の中立にも疑義生じたため、軍の緊急出動を要請。

ランズデール騎兵隊は義勇参加という位置づけで出撃。

以上がこの辣腕軍人さんが書いたシナリオである。


義勇参加じゃなくてめっちゃ当事者じゃんとか、要人とかいってるけどそれギュンターおじさんでしょとか、突っ込みどころは多いのだが、こういう時は言ったもん勝ちである。


兵は拙速を尊ぶ。

招集されたランズデール騎兵隊は、その日のうちに政庁を占領して市長を拘禁したらしい。

衛兵隊の人たちは、身分を提示したオスヴィン大佐と、なんとなく威厳があるからと仮装させられたログメイヤー一等兵(43歳 本業花屋)に威圧されて素通りさせてくれたため、これといった流血はなかった。


ここまでが政庁舎占拠に至るまでの流れだ。




政庁を制圧してからは、ランズデール騎兵隊の出番はもう無かった。

帝国語が読めないからだ。

彼らは、憲兵の皆さんと「俺達は無実だ!」と訴えるエルベス司法関係の事務官達が、がさ入れをしている間、

街の人から感謝されたりちょっとビビられたりしながらおだやかに過ごした。


「明日には、目処が付きそうです。市長と一部の職員に問題はありましたが、根は浅かった。もう観光に戻っていただいても構いませんよ」


政庁制圧から既に5日、オスヴィンから報告を受けて胸をなでおろしたギュンターに、要人の来訪が知らされる。

その人物の名を聞いて、ヤイアとオスヴィンは顔を輝かせ、ギュンターは色を失った。

うん。お察しのとおりだ。


来訪者、彼女の名はアリシア・ランズデール。

栄えある帝国軍元帥にして王国の王女。



17年間におよぶ喪女生活の果て、ようやく愛しい彼氏を得ながらも、人生初のらぶらぶお泊り旅行を中断させられた彼の上司が、エルベスに到着した。



絶対、怒ってる。



その日ギュンターは死を覚悟した。

アリシア「ようこそ PMC Lansdale Co. Ltd.へ」

メアリ「ご用件をどうぞ」

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