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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
アリシア・ランズデール帝国軍元帥
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狩りに失敗したわたし

あ…ありのまま今起こった事を話すわ!


私は、森のなかでジークを襲っていたと思ったら、いつのまにか王国の女王になっていた。

な…何を言ってるかわからないと思うけど、私も何をされたかわからなかった。

ファーストキスぐらいしておけば良かったとか、初めてが屋外ってそれどうなのとかそんなちゃちなもんじゃない、もっと恐ろしい政治力学の片鱗を味わったわ。


無駄に長い述懐からこんにちわ。


公爵令嬢あらため、王女あらため、女王アリシアです。

公的にはまだ王女ってことになってるけど、つい先程、女王の内定を頂いてしまいました。

ここ三ヶ月でどんどん地位が上がってしまい、もうさっぱりついていけません。

どうしてこうなった。


と一応嘆いてみたけれど、実のところ私の心はとても穏やかだった。

なにしろ、私にとっていい事ずくめのお話だったからだ。


まず最初に社交のことだ。

私は、常々、社交にとても強い苦手意識があったのだが、まったく心配いらないと知れたのは本当に嬉しかった。

ジークは私のことが大好きで、未来のお義母さまが私に手ほどきをしてくださるのだそうだ。

これからの私の社交は、おしゃれや美味しい食べ物の話ができる、お友達づくりの場所になるのだ。

それを聞いて私は、俄然やる気が湧いてきた。

楽しそう!我ながら現金である。


あと王国の女王にはなるけれど、それについても心配いらないと太鼓判を押してもらった。

なんと、ジークが共同君主になってくれるのだ。

ジークは私のことが大好きなので、必ず力になると約束してくれた。

それに前の王様に仕えていた閣僚の人達が手伝ってくれるから、なんの心配もいらないのだそうだ。

私が女王になるのは、それが一番王国がまとまるからだ。

すわってにこにこしているだけでお給料が出るなんて夢のようである。


内政や外交の枠組みは、帝国からも人を入れて全部一から作り直すらしい。

軍事は私が統括する予定なので、特に問題ない。

こちらは直轄軍の再編成と内線戦略にちょっと手をいれる予定だ。

テーマはスピードとパワーである。詳しくは内緒。えへへ。


それと私、政治のことも一生懸命、勉強するわ、と言ったらジークは一緒に頑張ろうと言ってくれた。

あと、ジークは私のことが大好きなんだって。

ぎゃー!あんまり好き好き言わないで!わたしも大好きだよ!


そんなふわふわな頭で夕食を食べた後、私は部屋に戻った。

狩りから帰ってきた私の頭脳は、ちょっとした小春日和であったと思う。

部屋に戻ると、クラリッサとステイシーが早速飛びついてきた。


「それで首尾はどうなりました!?」

「あっ!」


実は、狩猟場でのジークハルト襲撃計画は、私と側仕えの四人で立案したものだった。

私は、部屋に戻るまで、すっかりそのことを忘れていた。

すまない。私は頭たれた。


「作戦には失敗したわ…」


そして私は、事の顛末を詳しく報告した。

ジークから聞いた内容を伝えつつ、合間合間に惚気を挟んでみたところ、クラリッサとステイシーは大変喜んでくれた。

一方のメアリからはひどく面倒くさいものを見る目で睨まれた。

さっさと肝心の報告のほうをしてくれませんかねって顔だ。

ちょっとぐらいいいじゃないのさ。

自分だってコンラートと楽しんでたくせに。


「嬉しそうな顔をされていたんで、上首尾かと思ったんですけど、だめでしたか。くそー」

「私としては上々な結果だったのよ。心配事もなくなったし、ジークとも仲良くなれたし」

「それはなによりです。ですが、それはそれとして、このまま引き下がるわけには行きませんよ」


クラリッサが闘志を燃やしている。

ステイシーは今後の計画のため、ジークの護衛騎士から情報を収集に行くそうだ。

メアリは今日の戦利品の赤ワインを開けて、どこからか調達してきたチーズを肴にちびちびやりはじめた。

一人、温度感が違う奴がいるが、私はそれを無視した。


三者三様の反応ではあったが、みな、私の思いと行いを認めてくれていた。

婚約者による皇子への極めて直接的なアプローチを、ここにいる全員が知っていて、後押しないし黙認してくれている。

だれも突っ走る私を止めない。


これは、ある意味で当然のことであった。

父親が私生児かつ、自身も私生児であるクラリッサ。

良家の娘なのに、できちゃった婚で実家を飛び出したステイシー。

そしてランズデールの女、メアリと私。

ここにいる四人に貴族女性的な奥ゆかしさなど期待するだけ無駄であった。

暴走トロッコ四人組、特攻野郎Aチームである。

ちなみにAチームのAはアリシアのAね。


ジークを攻略するにあたり、私は、脇も固めていた。

帝国皇室の歴史から前例を漁ったのだ。

三代前の皇帝は、婚礼前の婚約者に女児を出産させていたが、その娘はつつがなく皇女として冊立されていた。

八代前の皇帝には、婚約者の男子出産に正式な婚礼が間に合わず、その子を嫡子として認めるか揉めた記録があったが、こちらも最終的には皇子として認められている。

その彼が、次代の皇帝として戴冠している以上、制度に邪魔される心配はない。

皇子の花嫁が妊婦であった事例など、数えきれ無いほどであった。


帝国法にのっとれば、皇統を絶やさないことが一番に優先されるのだ。

ジークと私が両思いであることは間違いないし、一人の異性として意識されているのも気づいていた。

なんの問題もないな、と判断した私は猟場で仕掛けた。


寒過ぎたのはとんだ誤算であった。



ジークに迫る私は、さぞかし必死に見えたことだろう。

その通り、必死だったのだ。


私はランズデールの女だ。

ランズデールの者たちは戦いを生業とする。

戦場に向かう男を送る娘達は、婚礼を待たずして契を結ぶ。

たとえ彼女の想い人が、戦場の露と果て、帰らぬ人となろうとも、その娘が見捨てられることはない。

娘と娘の宿した子を私たちランズデールは、皆で守り育てる。

故に女達は愛を受け入れることをためらいはしないし、男達は戦場で死ねるのだ。


私も、ジークも戦場に立つ身だ。

死は、等しく、戦場に立つもの全てに訪れる。

たとえ勝ち戦にあったとて、流れ矢に、あるいはただ一条の剣閃に、命を刈り取られることもありうるのだ。

私は戦場に生きる娘だ。

明日が必ず来るものと、無邪気に信じる気にはとてもなれなかった。


それに、人の気持ちはうつろうものだ。

ジークの誠実を疑うわけでは、無論ない。

でも一つのきっかけで、人と人との関係など簡単に崩れてしまうことを私は知っていた。


例えばジークが、何がしかの理由でメアリを傷つけたとしたら、私は彼を憎むだろう。

無論、状況や程度にもよる。

しかし、父あるいはメアリを故なく傷つけられれば、私の憎しみは、容易に彼への愛情を凌駕して私の心を支配するであろうこと、私は疑わなかった。


自分自身の感情でさえそうなのだ。

今、彼に愛されているからと、未来のジークの変わらぬ愛をなんの根拠も無く信じる気にはとてもなれなかった。



私は美しい娘だ。

帝国全土から同じ年頃の女性を集めてコンテストを開いたら、セミファイナルぐらいまで進出して、そこで落選する程度の美貌だと自負している。

女性としてのふるまいや礼儀作法を加味すれば、予選を抜けられるかさえ怪しいものだ。

要は、その程度の容色でしかない。


私には地位があるし、政治的な価値もある。

彼の妃の座は、おそらく揺るがないだろう。

だが、それが彼の気持ちをつなぎとめるのになんの役に立つというのか。

地位で愛を得られるなら、私は元の婚約者にさえ惚れていた。

ありえない。

既にジークを知った今の身では、その想像だけで虫酸が走るほどだ。


平時の私は、冴えない田舎貴族の娘でしか無い。

これまではそれでもなんの問題もなかった。

王宮の茶会で茶をかけられ、ドレスを嘲笑われたときも、なんとも思わなかった。

直接の危害を加えることもできない、非力な猿どもの振る舞いだ。

言うだけ言わせておいて、私はさっさと立ち去るだけである。


でも、ジークの妃として立つのであれば、そんな風に割り切ることはできなかった。

無論、皇子妃にそのような非礼が表立って働かれることはないだろう

だがその裏で、私がなんと言われているかなど、わかったものではない。

私だけのことであれば、まだ耐えられる。ジークに見咎められるのは辛いけれど私が我慢すればいいだけだ。

でも、第一皇子ジークハルトは田舎の山猿を嫁にとったと、私に絡めて嘲笑われるのは絶対に許せなかった。

私が私を許せなかった。


ブルッフザールの街は、私を暖かく迎えてくれた。

私はとても幸せで、そして苦しかった。

だって、私は、茶会にも、夜会にも、晩餐会にも、ダンスパーティーにも出ていない。

市長に挨拶さえしていないのだ。

なぜか。

決まっている。ジークがそう手配してくれたからだ。

これからずっと、私はこうやってジークに守られながら、こそこそ隠れて過ごすのだ。

社交から逃げ回る妃など、失格以前に有害だろう。

彼はいつかそんな私のことを負担に思うはずだ。

それが一年後か、十年後かそれとも明日なのかまではわからない。

だが、その時は、待てば待つほど近づいてくる。

それだけは間違いない。

ならば、急ぐよりほかない。


私は焦っていた。



以上ような私の思考回路を、クラリッサは一言でまとめてくれた。


「アリシア様はー、幸せ慣れしてないんですよー」


うん、認める。

でもなんで、語尾伸ばしたの?


必死になってるアリシア様も可愛かったです、と言ってニコニコしているクラリッサのほっぺを、私は思いっきりぐにぐにしてやった。

わかってるなら、先に一言言えよ!

私だって、必死に迫ったのにスルーじゃ流石に恥ずかしいわ!

私はクラリッサの頬を目一杯こねくりまわしてやったのだが、残念ながら彼女を喜ばせただけだった。


ステイシーはその間、物欲しげな顔でこっちを眺めていた。

お前には絶対やらんぞ。

喜ばせるだけだからな。


その間、メアリはずっとお酒をちびちび飲んでいた。


「おいし」


ぽやんとした顔でつぶやくメアリは、かわいい。

あとちょっとエロい。


誘う時はこういう感じのほうが良いのかなぁ。

いつのまにかコンラートを堕としていたメアリはやっぱり侮れない。

せっかくモテ女のお手本が近くにいるのだ。

私もメアリから、色々学ぶべきであろう。

何事も勉強である。



女王アリシアにまつわるいろいろをジークから聞いた私は、心に余裕ができていた。

とにかく気鬱だった社交の問題が、勝手に片付いてくれたのが、心理的にでかかった。

これで枕を高くして眠れる。

明日からもこんな日が続けばいいな、と無邪気に考えながら、私はその日眠りについた。


昔の偉い人は言いました。


天災は忘れた頃にやってくる。


眠れる問題児たちの騒動が私の耳に届いたのは、私が狩猟で大物狩りに失敗した日の翌日のことだった。



ランズデール騎兵隊による政庁舎殴り込み事件発生



この報を聞いた時、私は、思わず天を仰ぎ見た。

神よ。なぜ貴方はこうもいいタイミングで、わたしに試練を与えたもうのですか!


ギュンター「へい、ボス!一話分完全放置とかひどくありませんか!」

アリシア「でも、説明なしだと私ただの痴女になっちゃうじゃん」

メアリ「どっちみち痴女だぞ」

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